「家族百景」
百山富士雄と妻の幸子。そして子どもの翼と愛おばあちゃん。
百山ファミリーとかれらを取り巻く人々の心あたたまるハートフルコメディ。
笑いでつづる家族スケッチ。
百山ファミリーにきょうはなにが起こるのか?
「家族百景・第13景 ハートは火の鳥」
きょうは幸子の高校時代の同窓会。イソイソと着ていく服に迷っているところに、近所の主婦の松山さんがやってきて、「気をつけてね。同窓会は危険よぉ……!」と、わけあり顔で言うのだった。そこに、愛おばあちゃん得意の勘違いも加わって……幸子はいったいどうする⁈
抱腹絶倒のハートフルコメディ。
人気の作品シリーズ。
各地の劇団により好評上演。
登場人物5名。約35分。
ハートフル・コメディ 家族百景
作・広島友好
第十三景『ハートは火の鳥』
○時……今
○場所……百山家の居間
○登場人物
百山富士雄(ももやまふじお)金型工場の職人サラリーマン
百山幸子(ももやまさちこ)富士雄の妻・四十代半ば
百山翼 富士雄と幸子の子ども・小学六年生
百山愛 富士雄の母・翼の祖母……富士雄たちとは別住まい
松山ますみ 百山家の近所の住人 四十代半ば
*台詞はそれぞれの地域の生活語に直してもらって結構です。(作者)
◎第十三景『ハートは火の鳥』
翼 きょうは夕方から、おかあさんがお出かけ。高校の同窓会なんだって。ずっとこの日を楽しみにしてたみたい。だけど、昔の友達に会うのってそんなにウキウキするもんなのかな……?
百山家の居間。幸子が姿見を前に洋服を体に当てては着る服に迷っている。きょうは幸子の高校時代の同窓会。出かける準備中。
幸子 (今夜の同窓会を前に気分が高まっている。鼻歌を歌っていたが……)♪ンン、ンンン……ンンン、ンン……迷うなぁ。赤は派手っていうか情熱的過ぎる気もするし……かと言って、青は冷めてるっていうかちょっとクール過ぎる気も……。
幸子、服をとっかえひっかえして、鏡の中の自分を見ている。
幸子 (急に鏡の中の顔を覗き込んで)アッ! ヤダぁ……出来物できてるぅ。あぁあ、もうぅ……! ん~~肌荒れてるなぁ……化粧でなんとかごまかすか……。(目尻の小皺を伸ばしてみて)小皴も増えたし……老けたなぁ……。(明るく自嘲気味に)ハハハ、いやいや、わたしだって年相応にきれいだっつうの。「幸子、老けたねぇ!」とか言われんのかなぁ。「お互いにね!」とか言い返したりして。……こんなんじゃ恋なんて無理ねぇ、夢のまた夢。ときめがないもんな最近、子どももいるし……ハハ、な、なに言ってんだろわたし。……ホントみんなどうなってんのかなぁ。友美、元気かなぁ……理恵なんて今もきれいだろうし……。(なんだかうれしそうに)ヤダなぁ……ウフフ。(赤い服を胸に当てて、ふと)来るかなぁ――、修治君……!
幸子、しばし追憶にとらわれる……。 玄関でドタバタと騒がしい音がして、愛と翼が帰ってくる。二人で映画を観に行った帰り。
翼 たっだいま~!
愛 はいはい、帰りましたよ~。
幸子 (急に振り向いて)翼、どっちの服がええ?
翼 なになに、いきなり⁈
幸子 ねえ、どっち?
幸子、赤い服と青い服とを交互に自分に当ててみる。
幸子 どっち? ズバッと言って!
愛 ん~あたしは赤。赤い服。
翼 ぼくは青。断然青がええ。
愛 赤も似合うと思うけど。
翼 派手だよぉ、派手!
幸子 やっぱ派手かぁ……。
愛 あたしゃ幸子さんの好きにすりゃええと思うけどねえ。
幸子 ………。
幸子、ハタと思い出して。
幸子 すみません、おかあさん! 代わってもらって。
愛 ええほええほ、あたしも映画は久しぶりで。楽しかった。
幸子 よかったぁ。……どうだった翼、おもしろかった?
翼 ビミョー。
幸子 え、アニメでしょ、翼が観たがってた?
翼 ちがうの観たほ、アニメじゃないやつ。ぶち疲れたぁ、長かったし……ま、ある意味おもしろかったけど。
愛 大人になったら良さがわかるそ、ああいう映画は。いつかおばあちゃんに連れてってもらってよかったぁ!って思うから。
翼 はいはい。
愛 「はい」は一回。
翼 はいはいはい。
幸子 ハハハ……なに観たのよ、ふたりで?
翼 「ゴッドファーザー」
愛 「パートワン」
幸子 ゴ、ゴッドファーザー⁈ マフィア映画でしょ? おかあさぁん⁈
愛 立派な名作映画です。アニメ見るよりかなんぼか増し。
幸子 いい映画なのは知ってますけど……観る時期ってもんがあるんじゃ……?
愛 ええもんは子どものうちに観るのに限るほ。大人になってからじゃ、頭が固まってつまらゃあせん。それにありゃ、家族愛を描いた映画じゃけえね、なによりも家族を大切にせんにゃあいけん、っていう。
幸子 家族愛……。
翼 ホントはハラハラドキドキする怖いシーンが好きなんだよね、おばあちゃんは。
愛 (とぼけて。耳に手を当てて)なんて言ったほ、翼ちゃん? おばあちゃん、全然聞こえん。
翼 やれやれ。
幸子 (愛にあきれつつも、翼に)翼もよく我慢したね?
翼 背に腹は……ええと、かえ……替え玉一つ?
愛 (正して)背に腹は代えられぬ。
幸子 なにそれ、どういうこと?
翼 アニメよりゲームがほしくて……んで、おばあちゃんが観たい映画にしたそ……。
幸子 おかあさん! このあいだもゲーム買ってやったばかりじゃないですかぁ。
愛 (困って)ん~~翼が泣きつくから……
翼 ええっ、ぼく泣きついてないよぉ。おばあちゃんがゴッドファーザー観たいって言うから、じゃ代わりにゲーム買ってねって……なんていうの……物物交換?
愛 惜しい。交換条件。
幸子 もう、ふたりとも!
愛 映画館行ったら、期間限定特別封切りじゃたそ。それをねえ、観んで、どねえするそかね? 来月は「ある愛の詩(うた)」をやるっていうから、一緒に見に行こ、翼ちゃん。
翼 「ある愛の詩」って、もしかして恋愛物? ぼくヤダ。全然興味ない。
愛 今のうちに勉強しちょかんにゃ、恋の悲哀を勉強しちょかんにゃ、ええ男にはなれんよぉ。(「ある愛の詩」のメロディを口ずさむ)♪ららららら~、ららららららら、ららららら~。(急に)あ、幸子さん、もう時間じゃないほ? 行くんでしょ、同窓会? 支度はできたそ?
幸子 あ、いけない。もうこんな時間か。着替えてきます、わたし。晩ご飯お願いしますね。冷蔵庫に卵とかお肉とか、あとキャベツも買ってありますから、適当に使ってくださいね。(服を体に当てながら、なんだか愛につられて「ある愛の詩」のメロディーを口ずさみながら)♪ラララララ~、ラララララララ、ラララララ~………
幸子、自分の部屋へ弾むように去る。
愛 (幸子の様子をじっと見ていて)……あやしいね、ありゃ。
翼 なにが?
愛 イソイソして。女の匂いがする。
翼 なに、女の匂いって?
愛 (独りごちて)同窓会は危険なのよ。あたしにも経験が……。
翼 なんで危険なほ? 同窓会って楽しいんじゃないの。昔の友達に会えるんでしょ?
愛 ほりゃほうなんじゃけど……どんな友達かが問題なのよ。別のお楽しみがあったりして、ウフフ。やけぼっくいに火がつくことも……。
翼 やけぼっクリ……って、どんなクリ? 焼き栗? ゆで栗?
愛 ちがう。焼け木杭。焼けた杭のこと。
翼 杭って……地面に差したりする棒のこと?
愛 そう、土地の境界とかに突きさす木の棒。んでね、その杭を焼くとね、初めは燃えにくいんじゃけど、一度焼いた杭は、次に火をつけたときには一回目よりバッって燃えやすいの、そういう意味。
翼 へええ。火がつきやすいってこと?
愛 (同意と承認)ほう。
翼 やけぼっくいに火がつく……それが、なんでおかあさんと結びつくの?
愛 ええからええから、子どもにはまだ早い。
翼 (疑いの目で)おばあちゃん得意の勘違いじゃないのぉ?
愛 (翼の前に手を差し出して)………。
翼 な、なに?
愛 返して、ゲーム代。
翼 ヤダよ! 一緒に「ゴッドファーザー」観たじゃない。
愛 (笑い飛ばして)ハハハ、晩飯つくるかねぇ。なに食べたい?
翼 ポテトサラダ!
愛 またかね?
翼 だっておいしいんじゃもん。おかあさんのとはなにかがちがう。
愛 アハハ、年の功年の功。コツがあるほ、何事も。塩、コショウに、おばあちゃんの愛情たっぷりのフケを少々……
翼 ゲッ。
愛 アハハ。じゃ、がんばってつくるかねえ。(台所へ行きかける)
翼 ぼくゲームしようっと。
愛 宿題は?
翼 ん~、先にすませる。
愛 感心感心。ハハハ。
愛は台所へ去る。翼も自分の部屋へ行こうとしたところに、近所に住む松山まゆみが興奮気味にやってくる。居間の縁側の方から。後ろ手に何か持っている。二着の洋服である。
松山 あ、翼くん! おかあさん、いる?
翼 うん。(居間を出ていきながら)おかあさ~ん! 松山さん、来てるよ~!
松山、思案顔で手の中の洋服を比べてみる。とそこへ幸子が来る。
松山 百山さん、どっちの服がええ?
幸子 なになに、いきなり⁈
松山 ねえ、どっち?
松山、赤い服と青い服を交互に自分の体に当ててみる。
松山 どっち? ズバッと言って!
幸子 なに、松山さん、どうしたの?
松山 実は……やけぼっくいに火が……!
幸子 ええッ⁈ なに? どういうこと。
松山 あ。百山さんも確かきょう、同窓会だったよね?
幸子 ん……そうじゃけど。
松山 気をつけてね。同窓会は危険よぉ……!
幸子 え、松山さんもこれから同窓会?
松山 あたしは、あと。
幸子 あと?
松山 同窓会が終わった「あと」なの。
幸子 わかるように説明してよ。
松山 先週あったのよ、高校の同窓会が。……楽しかったなぁ! もうみんなおじさんおばさんになっちゃってて、最初はだれがだれだかわかんなかったけど。「え~、まゆみぃ、太ったねぇ!」なんて言われちゃったり、「え~、ちっとも変わってないよぉ、やっぱりまゆみは昔のまんまぁ~!」とか盛り上がって。
幸子 で……?
松山 あたしね……ホント百山さんだから言うけど……高校時代、付き合ってた男の子がいたの……小林優(まさる)。一次会はなんかタイミングが合わなくて優とは全然しゃべれなくて。んで、みんなで二次会にカラオケに行ったの。実はそこでもしゃべれなかったんだけど……帰り際にやっとふたりっきりになれて……ウフフ!
幸子 え、まさか⁈ そのままふたりで――?
松山 ちがうちがう! そんときにはなんにもなくて、連絡先交換しただけだったんだけど……。
幸子 じゃ……もしかして?
松山 そうなの、実はきょう、これからデートなの……!
幸子 松山さぁん! 大丈夫ぅ⁈
松山 (服を体に当ててみて)ねえ、赤と青、どっちがええ、勝負服?
幸子 ……まずいでしょ、それって? ご主人は……?
松山 飲み会なの、きょう。ぜったい午前様。
幸子 ん~~。
松山 非常にまずいんだけど……そりゃわかってるのよ……だけど、なんだか胸がドキドキしてきて……ときめいちゃって……!
幸子 どんな人なの……その高校時代の彼氏って?
松山 あたし部活、バレー部だったんだけど、その隣のバトミントン部。コートの中、ちょこまかちょこまか動き回るの、コマネズミみたいに。
幸子 コマネズミ⁈
松山 すばしこかったのよ。で、それがまたカッコよかったの、スマッシュが! ズパッって! よくよそ見してコーチに叱られてたあたし、アハハ……。(懐かしそうに笑う)
幸子 へええ。
松山 それが、このあいだ会ったら、もうなに、大人の余裕ってやつ、ブランドもんのスーツ着て、なんかいい具合に仕上がってて……ウフフ。(なんだか艶っぽく思い出し笑いをする)
幸子 松山さん……。
松山 (唐突に)あ、幸子さんの彼って、どんな人だった?
幸子 え、わたしの⁈ え、なんで……(知ってるの)?
松山 ヤダなぁ。前、ケーキバイキングに一緒に行ったとき、高校時代付き合ってた彼氏がいたって、のろけてたじゃんよ。
幸子 (話したのを思い出して)ああ……。うん、松山さんの彼氏とは全然真逆のタイプかな。
松山 真逆?
幸子 本の虫。文芸部。こんな……トンボみたいな眼鏡かけてて。頭すっごくよくてさ。あのころ夏目漱石に、彼、ハマってたのよね。
松山 漱石。へええ。
幸子 わたしも彼と話合わせたくて、一生懸命「こころ」とか「明暗」とか読んだんだけど……ハハハッ、いっつも眠たくなっちゃって。
松山 わかるわかる、高校時代は眠いのよ。
幸子 ウフフ……漱石の「草枕」なんてホント睡眠薬だったなぁ。
松山 恋より眠気か。え、百山さんって部活、なんだったっけ?
幸子 (弓で矢を射る仕草)弓道。これでも二段、ヘヘヘ。
松山 へええ。
幸子 松山さんは? バトミントン部?
松山 だからぁバレーボール部。バトミントン部は隣。
幸子 ごめん。(小声で)バレー部に見えなくて……。
松山 (少し自慢げに)セッターぁ。県大会ベスト4ぉ。
幸子 へええ。んで……(慎重に訊く)ホントに……行くの?
松山 (戸惑いつつも)も、もう約束してるし。お、お茶飲むだけだし……!
幸子 ホントにぃ? それだけで済むの?
松山、決心して、赤い服を体に当てて。
松山 あたし、こ、これにする! 今のあたしの気持ちは、この色! 赤! これに賭けてみる……!
幸子 か、賭けるって……! な、なにを?
松山 恋の行方を!
幸子 恋って……不倫だよ、松山さん⁈
松山 ぜったい黙っててね、主人に。ぜったい。
幸子 それは……も、もちろん。
松山 燃えてるの、ほてってるの、体が! もう我慢できないの……ときめきを消したくないのよぉ……!(赤い服に決めると、もう幸子も目に入らぬ様子で家に戻っていく)
幸子 松山さん……! 松山さん……。
幸子、呆然と松山を見送る。やがて自分の身に置き換えて妄想してしまう……。そこへ翼がアイスクリームを食べながら来る。
翼 服決まったぁ?
幸子 えッ⁈ あ、う、うん……。
翼 どうしたの……なんかあった? あれ、ほっぺた赤いよ⁈
幸子 え、ええから、しゅ、宿題しなさいね。
幸子、やましい気持ちがあるのか、翼と目も合わせずに自分の部屋に引っ込む。
翼 変なの……? これって、やけぼっくいのせい⁈
富士雄(声) ただいま~!
富士雄が仕事から帰ってくる。
翼 おかえり~! 早かったね。
富士雄 ん。二時間ほど早退けしてきた。おかあさん、送らなきゃだからな。
翼 同窓会?
富士雄 お酒飲むんだってよ。
翼 おかあさん、飲めるの?
富士雄 ハハハ、若いころは結構飲んでた。ま、せっかくの同窓会だし、たまにだしな。
翼 ねえ……
富士雄 なんだ?
翼 やけぼっくいに火がつくって知ってる?
富士雄 やけぼっくいって、あれだろ? やけぼっくい……。ん、なに、それが?
翼 おばあちゃんが言ってた……なんかおかあさん、シソシソしてるって。
富士雄 シソシソ?
翼 あ、ちがった。ミソミソ……ニソニソ……あ、イソイソ、イソイソ。イソイソしてるって。
富士雄 そりゃ同窓会だからな、イソイソもするだろ? なんだか落ち着かないもんなんだよ。(懐かしそうに)翼にはわかんないだろうなぁ……青春時代の自分と、今の年相応に年取った自分がごっつんこしてる(ぶつかり合ってる)ような、変な感じがするんだよ、同窓会って。
翼 ふぅん。
富士雄 んでもって、友達のこともどうなってんのか気になるしな。昔の親友だとか……特に、昔付き合ってた彼女のこととか……えッ、なに⁈ いや、まさか、幸子さんに限って……!
翼 でも、イソイソしてあやしいって、おばあちゃん。
富士雄 あやしいって……幸子さんが?
翼 同窓会は危険なんだって。
富士雄 なんだよ、それ⁈ なんか……そんな素振りがあるの、おかあさん?
翼 さあ? 着る服、迷ってるみたいだけど……赤い派手なのにするか、青いちょっとカッコいいのにするか。あ、鼻歌も歌ってた。♪ラララララ~、ラララララララ、ララらァらァらァ~。(後半は転調してずっこけたメロディに)
富士雄 それって、「ある愛の詩」か……? ん~~。
翼 おばあちゃん、なんか秘密を知ってるみたい。確信あるっぽい言い方してた。
富士雄 今どこ、おばあちゃん?
翼 台所で晩飯の支度してる。あぁあ、きっとまた魚だよ、ウゲェ。
富士雄 どうせかあさんの勘違いだろうけど……(それでも心配になって)かあさん。かあさん……!
富士雄、台所へ行く。
入れ違いに、自分の部屋から幸子が来る、赤い服を着て。
幸子 (自信なさげに少しはにかんで)どう、似合う? ちょっと派手かな?
翼 ウワーッ! いいじゃん、いいじゃん! 別人みたい。十歳若い。おとうさん、惚れ直すんじゃない?
幸子 おとうさんは?
翼 帰ってる。今、台所。
幸子 そう……。
翼 あッ、意味わかった、こういうことなんじゃ!
幸子 え、なに?
翼 やけぼっくい。
幸子 やけぼっくい⁈
翼 やけぼっくいに火がつくってのは、あれでしょ、昔はすっごく好きじゃったのに、今はちょっと火が消えたみたいに冷めちゃってた人が、またバッて火がつくみたいに惚れ直すってことでしょ? きっとおとうさん、今のおかあさん見たら、やけぼっくいに火がつくよ! ぼく、呼んでこようっと。おとうさん、おとうさん! おかあさんすんっげえきれい! イケてるよぉ!
翼、台所へ駆け去る。
幸子 翼……翼……! ……なんかことわざの意味がズレてる気もするけど。
松山(声) 百山さん……! 百山さん……!
松山、少しよろめきながら来る、傷心の青い服を着て。
松山 やっぱあたし――、うちの旦那、裏切れないぃ~!
幸子 あ、青い服……!
松山 約束すっぽかすのは悪いから、行って、お茶だけ飲んで大人しく帰ってくる。
幸子 う、うん……。
松山 ホ、ホテルに誘われてもきっぱり断ってくる……!
幸子 ホテル……って、松山さん!
松山 じょ、冗談よ、冗談、アハハ……。
幸子 ………。
松山 百山さんは――赤い服ね……!
幸子 え! あ!
松山 がんばってね……あたしの分まで!
幸子 ち、ちがう、わ、わたし……! こ、これは……!
松山 大丈夫。あたし、口固いから! 応援してるッ!
松山、傷心の思いを抱えてよろめきながら駆け去る。
幸子 ち、ちがうの。ちがう。松山さん……松山さんッ!
幸子、赤い服を着た自分の姿を姿見に写して、見る。
幸子 ……!
愛、手を拭きながらやってくる。割烹着姿。
愛 あッ……!
幸子 あッ! いや――、これは……その……!
間。
愛 素敵じゃねえ……!
幸子 ……!
愛 ホント素敵ッ。……そうそう! 富士雄と結婚する前はこんなじゃったねえ。派手な服がよう似合うて。昔の、若いころの幸子さんに戻ったみたい……!
幸子 着替えてきます――。(行きかける)
とそこへ富士雄、来る。翼も来る。
富士雄 あッ……!
幸子 あッ……!
富士雄 さ、幸子さんッ……!
幸子 ち、ちがうの――、だから、これは――
間。
富士雄 き、きれいじゃ……!
幸子 えッ?
翼 じゃろじゃろ(でしょでしょ)。
愛 ねえぇ!
富士雄 (言葉にならない)うん……うん!
愛 ねえ、結婚する前の、独身時代の幸子さんじゃねえ……!
幸子 ………。
富士雄 なんか知らんけど……ハハハ、妬けてくる……。
幸子 富士雄さん……。
翼 焼けてくる……。(愛に小声で)これが、やけぼっくいに火がつくってことでしょ?
愛 (小声で)ちょっとちがう。
間。
幸子 わたし――、やっぱり着替えてくる!
富士雄 ええッ、なんで⁈ 着替えることないよ。
翼 そうだよ! その服いいじゃん。似合っちょる。
愛 ほうよほうよ、無理して若作りした甲斐がある。
翼 (たしなめて)おばあちゃん!
一瞬の間。
幸子 (家族を裏切っているようで良心がとがめて大泣きする)アッ、アッ……アッアアッ、アッァァアア~~~!
富士雄 幸子さん⁈ どうしたの? 幸子さんッ……!
幸子 アッア、アッアアアッァァアア~~!
愛 同窓会で気持ちがたかぶっちょるんじゃろ。
翼 若作りしたとか言うからじゃない?
愛 あたしゃ、そねえなこと言うちょらせん。
翼 ええっ、今言ったよぉ!
愛 言って・な・い!
幸子 ごめん――。ごめん……着替えてくるッ!
幸子、涙をぬぐいながら自分の部屋に駆け込んでいく。
富士雄 幸子さん……幸子さんッ!
富士雄、幸子を心配して追っていく。
翼 どうしちゃったのかなぁ、おかあさん?
愛 ん~、更年期の始まりかねぇ?
とそこへ松山、来る。今度は赤い服を着ている。その上派手なネックレスもしている。化粧もばっちりキメている。
松山 あの、ももや(百や)……(言い直して)幸子さんは?
愛 今ちょっと――、(松山を振り返って見てびっくりして)まあッ派手ねえ……!
松山 そうかしら。
翼 おばさん、きれえ! びっくりじゃ! (急に思い出して)あ……! これってなんとか言うやつでしょ、このあいだ国語の時間に習った。ええと、マゴにも……マゴにも衣装――(愛が察してとっさに翼の口を手でふさぐ)
松山 (聞きとがめて)え、なに?
愛 (ごまかして)マ、マゴにも……いしょう……いっしょう懸命愛情を!(翼の頭やら顔やら愛情たっぷりになで回す)
翼 や、やめておばあちゃん……! ウプッ、息がッ……!
愛 (まだ翼の顔をなで回していて)今月はもう年金使っちゃったから、おこづかいは我慢してねえ。
松山 (あきれて笑って)アハハ……。あ、もう時間が……あの、あの! 百山のおばあちゃん。
愛 なんでしょ? あたしゃ、あんたのおばあちゃんじゃないけど。
松山 (愛の返しを無視して。時間を気にしつつ)幸子さんに伝えておいてもらえますか。
愛 なんて?
松山 あたしやっぱり――
愛 あたしやっぱり?
翼 あたしやっぱり?
松山 翔んでみるって……!
翼 え、翔ぶ? 翔ぶって、どこへ? それより、翔べるのおばさん? 体、重そう。
松山 ええから、おかあさんに、そう伝えて! (半分独りごちて)もうこんなときめき最後かもしれんもん……! (愛と翼に)幸子さんに伝えてくださいね、まゆみは翔んだって! 虹の向こうへ翔んだって! お願いねッ!
松山、赤い服を「翼」のようにひるがえして駆けてゆく。
翼 変なおばさん……。
愛 (思案顔)ふむ………。
翼 ねえ、翔ぶってどういうこと? おばさんの体重じゃ、翔ぶの大変そうじゃけど。
愛 翼ちゃん、あんたも男なら、よう憶えちょき(憶えておきなさい)。赤い服着た女は――
翼 赤い服着た女は?
愛 赤い服着た女は――フェニ~~ックス! 火の鳥なのよ!
翼 火の鳥? おばさんが? 燃えてるの⁈ え、焼き鳥ってこと?
愛 (ノリツッコミ)翼ちゃんは塩にする、タレにする? おばあちゃんは塩がええけど。どっちにする? ――ちがう! その焼き鳥じゃない!
翼 そうだよねぇ、どう考えても。
愛 赤い服着た女は燃えちょるの、二度と戻れぬ修羅の大空に翔び立つのよ!
翼 えッ――、ちょっと待って。じゃ、赤い服着たおかあさんも火の鳥ってこと?
愛 ウフフ、幸子さんだって、女じゃからね。
翼 ええ~キモッ。
愛 こらっ。
富士雄、来る。安堵の笑顔で。
富士雄 ああ、よかったぁ、幸子さんの機嫌直ったみたい。
愛 (深刻)富士雄。あたしゃ、どっちの応援をしたらええもんやら。あたしゃ母として、女として、あんたと幸子さんと……。
富士雄 なんだよ、かあさん?
愛 (愛なりに悩んで)んん~~。
富士雄 翼、どういうこと?
翼 ん~、焼き鳥、タレか塩かで迷ってるみたい?
富士雄 なんで今、焼き鳥の話が出てくんの?
翼 さあ(わかんない)。晩ご飯のおかず?
愛 富士雄、覚悟しちょきーよ(しておきなさいよ)。ええね。
富士雄 おれは焼き鳥、タレでも塩でもどっちでもええけど……、あ。幸子さん、来た!
翼 アッ!
愛 アアッ!
幸子、黄色い服を着てくる。
愛 まあッ、素敵!
翼 ヒマワリの花が咲いたみたいじゃ! すンげえ!
富士雄 ええじゃろう……! きれいだよ、幸子さん……!
幸子 ……ありがとう、みんな。ありがとう……!
幸子、ほんのちょっぴり寂しそうに微笑む。
富士雄 さ、行こう。時間遅れちゃうよ。
幸子 うん。それじゃ、行ってきます。
翼 あ。さっき、松山のおばさん来た。
幸子 え、松山さんが――?
翼 (愛に同意を)ね? (幸子に)すっごく派手な赤い服着て、焼き鳥になって翔んでっちゃった。
幸子 や、焼き鳥になって……翔んでった⁈ 翔んでったのね、赤い服着て……松山さん……!
翼 うん、虹の向こうへ翔んでっちゃった。
幸子 (松山の行動に胸を衝かれて姿見の前に立つ。みんなに背を向けて)……!
富士雄 ……また翼はわけわかんないことを。ハハハ、焼き鳥は翔べないっての。
翼 でも、おばあちゃんが……。
愛 (独り言。嘆息)富士雄は幸せな男じゃ……。
富士雄 え、なに?
愛 (富士雄に小声で)女が黄色い服を着るときは――、あんた、要注意の黄色信号なんじゃぞ。わかっちょるほ?
富士雄 (小声で)またぁ、変なこと言って。(笑顔で。真剣に)おれは――、おれは幸子さんを信じてんだよ……!
愛 ボケっとしちょると、なにが起こるか――
幸子 (意を決したように振り向いて)あの――!
富士雄・愛・翼、息を殺して幸子を見る。
富士雄 ―――。
愛 ―――。
翼 ―――。
間。
幸子 あの――、だから……わたし――、帰ってくるから……! 必ず帰ってくるから……! ハハ……(少しごまかして)焼き鳥買って帰ってくるから……アハハ……! (ニッコリ笑って)行ってきま~す!
富士雄 うん、行こう。
翼 行ってらっしゃ~い。
富士雄 (幸子よりいったん先に部屋を出ていく)
愛 幸子さん……(部屋の隅に引っ張ってきて)楽しんできてね。家のことは気にせんで。と、ときめいたらときめいたで、そ、それは幸子さんの心の自由なんじゃから、ね! 女は悔いを残しちゃ駄目よ、あたしみたいに……!
幸子 そう言われるとかえって……(でも愛の気持ちを受け取って)はい! ウフフ。
富士雄 (部屋に戻ってきて)遅くなるよ、幸子さん。
幸子 うん。
愛 (ガッツポーズして)幸子さん、ファイトッ!
幸子 ウフフ! 行ってきま~す!
幸子、黄色い服をひるがえして部屋を出る。富士雄も幸子を送って出る。
愛 (一つ大きく息をついて)ふぅ……!
翼 変なおばあちゃん。
愛、ふと思いついて。
愛 翼ちゃん。
翼 なぁに?
愛 おばあちゃんが昔観た映画の話……聞きとうないかね。
翼 映画って自分で観るもんでしょ。人に話されても……
愛 あら、昔は映画を丸々一本、二時間かけてお話しする芸人さんもおったんよ。マルセ……マルセ……太郎次郎?
翼 太郎次郎って……それって猿回しじゃん⁈ んでも、そんな、人の観た映画の話を聞くのって、楽しいそ?
愛 (翼の返事に構わずに)ま、聞きんさい。
翼 ゲームしながらでもええ?
愛 駄目。……むか~し、もうン十年も前のこと、おっちょこちょいの一人息子を育てながら健気に働く美人で女盛りの……今で言うなら、ほらなに、シングルマザー? シングルマザーの若後家さんが親子ふたりで暮らしちょったほ。
翼 んん? それてもしかして……?
愛 (照れ笑いを隠しながら)ええから黙って聞きんさい。……そんなある日のこと、何気なくその美人の若後家さんが郵便受けを覗いたら、なんとビックリ、学校時代の同窓会の案内葉書が来てるじゃあぁ~りませんか!
翼 やっぱり映画じゃなくて、おばあちゃんの話じゃ!
愛 (翼を無視して。話に夢中になって)その美人できれいで色っぽい若後家さんは、ハタと困ったほ。女手一つで子どもを育てちょるから、その日の生活にも困るありさまで、貧しくて貧しくて、服を買うお金もなかったからねえ。
翼 なんか話がちょっとちがうような……赤い服か青い服かで迷うんじゃないの?
愛 困った若後家さんは幼い男の子を質に入れて、なけなしのお金に換えて、服を買うことにしたほ。
翼 え、質って……? 質に入れるってなに?
愛 (古い日本映画ふうの涙の別れの場面をたっぷり演じて)「富士雄ちゃん、ちょっとの辛抱じゃからね、我慢してね。きっとかあさん、いい人見つけて、結婚して、おまえを請け出しに来るからね」「待ってるよ、ぼく。質屋のおじさんのほうがきっといい物食べさせてくれるし。無理して迎えに来んでもええからね」「(泣きながら)おまえはいつもかあさんを心配させまいと、そんな強がりばかり言って……!」
翼 やれやれ……また始まった。おばあちゃんのひとり劇場。
愛 「でもぼく、かあさんの赤い服が好きだなぁ。赤い服着たかあさんはほかのどんな人より、銀幕の映画スターよりきれいだもの」「そうかい。おまえがそう言うだろうと思って、今もらったお金でさっそく赤い服を買ったんだよ。見てごらん! 似合うかい?」「うわぁ、きれい! この赤い服ならどんな男のハートもゲットだね!」「じゃ、行ってくるよ、同窓会に。富士雄、かあさんの幸運を祈ってね」「うん、ぼく一生懸命祈ってる。夜も寝ないで祈ってるよ。かあさん……行ってらっしゃ~い!」……はい、翼ちゃん!(と翼に振る)
翼 ええっ、なに⁈ またやるのぉ~?
愛 お願い。
翼 もうッ……しょうがないなぁ。(いつものことである。案外乗り気。立ち上がって演技して……なぜかBGMも流れてきて)「でもぼく、かあさんの赤い服が好きだなぁ。赤い服着たかあさんはほかのどんな人より、銀幕の映画スターよりきれいだもの」
愛 (こちらも立ち上がって)「そうかい。おまえがそう言うだろうと思って、今もらったお金でさっそく赤い服を買ったんだよ。(パントマイムで。着た服をモデルのようにして息子に見せて)見てごらん! 似合うかい?」
翼 「うわぁ、きれい! この赤い服ならどんな男のハートもゲットだね!」
愛 「ウフフ! じゃ、行ってくるよ、同窓会に。富士雄、かあさんの幸運を祈ってね」
翼 「(さみしさに涙ぐんで。でも健気に強がって)うん、ぼく一生懸命祈ってる。夜も寝ないで祈ってるよ。かあさん……行ってらっしゃ~い!」
愛 「行ってきま~す! ウフフ……女は火の鳥なの! 虹の向こうへ、修羅の大空へ翔び立つのよ~~!」
愛、本当に「翼」が生えているかのように部屋を「翔んで」出る。翼、泣きながら母を見送る名演技。
翼 「(嗚咽しながら)かッ、かあさ~ん! かあさ~ん! 燃え過ぎて焼き鳥にならないでね~! ぼく待ってるからね~~! かあさ~ん! かあさ~~~ん……! (涙でしゃくり上げて)ヒック、ヒッ、ヒック……! (と急に客席を見て)ところで質屋のおじさん、晩ご飯のおかずって、なぁに? ぼく贅沢は言いませんけど、チーズハンバーグがいいな、(つぶらな瞳を輝かせて懇願して)ウフッ! (また思い出したように泣いて)かあさぁ~~ん……! かあさぁ~ん……!」
愛、戻ってきて。笑顔で。
愛 なぁんて、ね! ヘヘヘ。(銀幕女優ふうの所作をして)どう、おばあちゃん、名演技でしょ?
翼 (小声で)やれやれ、おばあちゃんの孫は疲れるよ……。
愛 (耳に手を当てて)はぁ? 今なんて言ったほ、翼ちゃん?
翼 べ、別に……アハハハ!
愛 ウフフ!
翼 アハハハ!
愛と翼、仲良く笑い合う。
(幕)
0コメント