「ハートフルコメディ家族百景」第12景・とうさんの命日

「家族百景」

 百山富士雄と妻の幸子。そして子どもの翼。 

百山ファミリーとかれらを取り巻く人々の心あたたまるハートフルコメディ。

笑いでつづる家族スケッチ。 百山ファミリーにきょうはなにが起こるのか?


 「家族百景・第12景 とうさんの命日」

 きょうは富士雄の幼いころに死んだとうさんの命日。朝から富士雄の様子がちょっとおかしくて、妻の幸子は心配しきり。実は富士雄と亡き父のあいだにちょっとした秘密があって……。幸子たち百山ファミリーは、富士雄の危機を救えるのか⁈ 

    抱腹絶倒のハートフルコメディ。

    人気の作品シリーズ。各地の劇団により好評上演。

    未発表(2023年6月現在)。登場人物5名。約30分。 



 ハートフル・コメディ    家族百景

            作・広島友好

 第十二景『とうさんの命日』


 ○時……今

 ○場所……百山家の居間

 ○登場人物

 百山富士雄(ももやまふじお)金型工場の職人サラリーマン

 百山幸子(ももやまさちこ)富士雄の妻・四十代半ば

 百山翼 富士雄と幸子の子ども・小学六年生

 百山愛 富士雄の母・翼の祖母……富士雄たちとは別住まい

 金田徹(かねだとおる)富士雄の同僚


  *台詞はそれぞれの地域の生活語に直してもらって結構です。(作者)



    ◎第十二景『とうさんの命日』


 翼  もうすぐ夜の十二時。でも、おとうさん、まだ帰ってないみたい。会社の飲み会とかではたまにあることなんだけど……きょうのはちょっと様子がちがうみたいで……。


      百山家の居間。夜の十一時半過ぎ。 幸子が何度も居間を出入りする。家中のヒモ・ロープの類、包丁やカミソリなどの刃物類を探しては目につかない所に隠している。あらかた仕舞ったのだが、漏れはないかと考え、思いつき、探してはまた隠す、といったふう。例えば、台所からやってきて、立ち止まり、考えて……


 幸子 あっ、ネクタイも! 危ない危ない……


      と居間を出ていく。(夫婦部屋のタンスからネクタイを取り出し、別の所に隠す……)とまた居間に戻ってきて……


 幸子 まさかノコギリなんて……? いやでも、もしもってことが。どこしまったっけ?


     ……… といった具合に居間を慌ただしく出入りする。もちろん、夜中なので物音には気をつけているのだが、心配でじっとしていられない。もう何度目かわからないが、ケータイを取り出して電話をしてみる。しかし、応答はない。


 幸子 もうっ、どうしちゃったんだろ、富士雄さん……⁈


      とそこへ、寝ぼけ眼の翼が来る。翼は寝るときのいつもの格好。髪が寝乱れて跳ねている。


 翼  どうしたの、ゴソゴソして?

 幸子 あ、起こしちゃった、ごめーん。

 翼  なんかさがしてんの?

 幸子 ちがう。隠してるの。

 翼  隠してる? なにを?

 幸子 そうだ! 図工で使うカッターナイフとかない?

 翼  あるけど。机の引き出しに。

 幸子 危ない危ない!(と居間を急ぎ出ていく)

 翼  ええっ、なんで? 気をつけて使ってるよぉ。(と幸子を追って出ていく)

 幸子(声) そうじゃなくって。翼じゃなくって。

 翼(声) なんなん、それ?


      幸子と翼、戻ってくる。幸子、手にカッターナイフ。


 幸子 ええから寝なさい。もう十一時半過ぎてるじゃない。

 翼  目ぇ、覚めちゃったよ。

 幸子 あとなんかない?

 翼  なんかって?

 幸子 じゃから、カッターとかハサミとかの刃物。あっ、縄跳びは⁈

 翼  ない。学校に置いてきた。ねえ、気になるじゃん。なんかあったそ? 言わんのじゃったら、返してよ、それ。

 幸子 ん~、翼が心配すると思って。大丈夫だとは思うんだけど……念のためっていうか。

 翼  念のためって、なに?


      間。


 幸子 実はね、今朝出かけに、気になることがあったそ。

 翼  どんな?

 幸子 「きょう、なんの日か知ってる?」って、おとうさんが歯磨きしながら訊くの。

 翼  おとうさんが? 「きょう、なんの日か」って? え? え? なんの日?

 幸子 「とうさんの命日だ」って。

 翼  「とうさん」って……、おとうさんのおとうさん?

 幸子 うん、耕次郎おじいちゃん。

 翼  え、まさかおかあさん、おじいちゃんの命日忘れてたの?

 幸子 だって――。富士雄さんが、確か翼ぐらいのときにおじいちゃん亡くなってるんだもん、わたしと富士雄さんが会うずうっと前に。それにほら、朝は忙しいし、ハハハ……。

 翼  でもさ、おじいちゃんの命日とぼくのカッターナイフと、なんの関係があるそ?

 幸子 おとうさん、まだ帰ってこないのよ。(ケータイを手にして)電話しても出ないし。会社、急に早引けしたって言うし。

 翼  ええっ⁈ どっか具合でも悪いの?

 幸子 なんか朝、様子が変だったのよねぇ。「どうしたの、大丈夫?」って聞いたら……

 翼  聞いたら、なに?

 幸子 「ありがとう」って。

 翼  え?

 幸子 「ありがとう、幸子さん」って、なんかさみしそーに笑うの。気になったんだけど、時間に遅れそうだったから、「ほらほらっ」てお弁当持たせて……

 翼  んで――、だから、なんでカッターナイフなの?

 幸子 カッターナイフだけじゃなくって、家中の包丁とかカミソリとか、ロープとかヒモとか、危ない物はみんな隠してるの。

 翼  それってまさか――、おとうさんが――


      愛、突然居間に入ってくる。

 愛  どうだい、富士雄は死んだかい?

 幸子 ええっ⁈

 翼  お、おばあちゃんっ⁈

 幸子 な、なに言ってるんですかぁ⁈ 富士雄さんは死んだりしないですぅ!

 翼  なんなのおばあちゃん、いきなり。びっくりするよ。

 愛  ごめんごめん。なんだか富士雄が心配になってねえ、こんな遅い時間じゃけど、来てみたほ。

 幸子 心配の仕方が……

。 愛  (耳に手を当て)なんじゃって?

 幸子 いえ、別に。……あの、おかあさん、もしかしてご存知なんですか……?

 愛  富士雄じゃろ? ありゃ昔っから口癖みたいに「死ぬ死ぬ」言いよったからねえ。

 幸子 やっぱりそうですか……。

 翼  さっきからなんなん? 意味わからんのじゃけど。

 幸子 (愛を見て)子どもに聞かせてええものか……

 翼  ねえ、教えてよ! ぼくも家族じゃろ?


      幸子、困って、愛に助け舟を求める。


 愛  ……あのね、翼ちゃん。富士雄は「死ぬ死ぬ詐欺」なほ。

 翼  死ぬ死ぬ詐欺⁈

 愛  「とうさんの命日に、おれは死ぬ」って。

 翼  死ぬの、おとうさん……?

 愛  言うだけ言うだけ。昔っから「死んだとうさんの歳以上には、おれは生きられんのじゃ。とうさんと同い年の、命日の日に、おれは死ぬ!」って、翼ちゃんぐらいのときから口にしてねえ。

 幸子 それがきょうなの、耕次郎おじいちゃんの命日。で、富士雄さんも同じ歳なの、おじいちゃんが亡くなった年齢と。

 翼  そうなんじゃ……。

 愛  心配せんでも。死ぬ死ぬ詐欺、死ぬ死ぬ詐欺。

 翼  え、おじいちゃんって、なんで死んだの?

 愛  (困惑して)ん……

 幸子 そうだ、わたしもくわしく聞いたことなくって。

 愛  ………。

 幸子 なんか、富士雄さんと関係あるんですか?

 愛  ……なんでそんなふうに思うほ、幸子さん?

 幸子 いえ、あの、昔ですけど、プロポーズされたときに、「おれ、長生きできない気がするけど、ええか?」って、富士雄さんが。「親父の歳よりは長くは生きられない気がする」って……

 愛  ………

 幸子 亡くなったおとうさんとなんかあったのかなって気にはなったんだけど……プロポーズされて舞い上がってたし。表面はおちゃらけて楽しい人だけど、ホントはさみしい人なんだなって。わたしが支えてあげなきゃいけない人なんだなって……ウフフ。

 愛  のろけちょるほ、幸子さん?

 幸子 のろけるだなんて⁈

 翼  で、どうなの、おばあちゃん?

 愛  ……富士雄は、とうさん大好きっ子で、ショックが大きかったんじゃろうねえ。じゃから「死ぬ死ぬ」言うんじゃろ。

 翼  ………。

 愛  まだ子どもで、父親の悪い面……欠点を知らずにおったから、勝手に心ん中で理想の父親をこしらえてしもうちょるんじゃろ……。

 幸子 ………。

 愛  ありゃ、ただの事故。出合い頭のただの事故。富士雄が気にするこたぁなぁんもないそ。死ぬ必要なんてない。

 幸子 でも――

 愛  でも、なに?

 幸子 もしかしてってこと、あるんじゃ?

 翼  えーッ、おとうさん、死んじゃうの⁈

 幸子 だって、まったく連絡取れんのじゃもん!

 愛  帰ってくるよ、なんでもない顔して。

 幸子 おかあさん、今朝の富士雄さんの顔見てないから、そんなのん気なこと言えるんです。さみしそーな顔して、行ってきまーす……って。わたし胸騒ぎがして、心配で心配で――

 富士雄(声) (酔っぱらって陽気で明るい声)ただいま~!

 翼  あ、帰ってきた! 幸子 よかったぁ!

 愛  ほれ、やっぱり死ぬ死ぬ詐欺。

 幸子 おかあさん!

 金田(声) こんばんは。お邪魔しまーす。


      富士雄と金田、居間に入ってくる。富士雄、酔って足元がおぼつかない。その富士雄を支えるようにして、同僚の金田も来る。


 富士雄 こら~翼~、まだ起きてんのか~。ヒック。

 翼  酔ってる⁈ 富士雄 酔ってない酔ってない、酔っぱらってるだけ~。アハハ。

 幸子 もう、心配させて。あ、金田さん。すみません。主人が。

 金田 いやいやいや。

 幸子 (しっかりして)富士雄さん、富士雄さん。

 富士雄 金田、もういいよ。帰れよ。送ってくれてありがと。ヒック。………


      富士雄、酔っぱらって、うつらうつらと一人の世界に没入する………


 幸子 (金田に)あの、富士雄さん、会社早引けしたんじゃ……

 金田 (帽子を脱ぎながら。幸子に小声で)残業終わって、帰ろうとしたら、会社の近くの公園にいたんですよ、暗い顔してブランコに座って。んで、心配になって。悩みがあるなら、おれに話せよって、無理に誘って。すみません、遅くなって。

 幸子 いいえ、ありがとうございます。

 富士雄 (突然)幸子さん、なんか切るもんある、ハサミとか? カミソリとか。カッターナイフでもいいや。

 幸子・翼 カッターナイフ⁈ ない! そんな物、ない!

 富士雄 なんだよぉふたりして、おっきな声出して。アハハ。

 翼  な、なんに使うの……?

 富士雄 (鞄から取り出して)開けるんだよ、袋の口。わざわざ買って来たんだから、からしレンコン。親父偲ぼうと思ってさ。

 翼  からしレンコン……ってなに?

 富士雄 なんだ、知らないのか翼、からしレンコン。

 愛  あの人の……耕次郎おじいちゃんの大好物。レンコンの穴にからし味噌を詰めた揚げ物。卵の黄身をつけて揚げてね、衣が黄色いほ。

 翼  へえぇ……からしレンコン。

 富士雄 命日なんだ、きょうは。じゃから、これ食べながら親父を偲ぼうと思ってさ。(突然思いがあふれて)――おれの命もきょうまでだぁ~‼ アアッアアァァ……!

 幸子 富士雄さん⁈

 翼  おとうさん⁈


      富士雄、からしレンコンを抱くようにして号泣する。


 金田 (幸子に小声で)実は……四日ほど前だったか、本屋で百山を見つけて、声かけようとしたら、手に持ってる本が「自殺」の本で、「えっ!」ってびっくりして。……前から、「おれは親父の歳を超えて生きられない」とか、「親父の死んだ同じ歳の命日に、おれも死ぬんだ」とか、呑みに行くたンびに冗談めかして言ってて。

 愛  この子は死ぬ死ぬ詐欺。死にゃあせん。

 金田 ん……そうだとおれも思いますけど……いや、でもね、きょう突然早引けするって言いだして。急に居住まいを正して、「ありがとう金田、世話になったな」なんて……。

 愛  気を惹きたいだけ。

 金田 (熱が入る)納品までまだ余裕のある金型をきっちり仕上げてるんですよ! 自分の仕事の担当の! まるで、まるで、あとのやつが困らないようにするみたいに。立つ鳥跡を濁さず、みたいに……。


      富士雄、しゃくり上げて泣いている。


 幸子 富士雄さん、みんなが心配してるのよ。なんでこんなこと――おとうさんの命日になんて――そんなこと考えるの? わけがあるなら教えて。どんなことでも聴くから、わたし。

 翼  話してよ、おとうさん。

 富士雄 ………。

 翼  家族じゃろ。


      間。


 幸子 富士雄さん……。


      間。


 富士雄 とうさんが死んだ前の晩……一緒にからしレンコン食べたんだ、ふたりで。かあさん、なにかの用事で出かけてて。

 愛  ありゃ、明治座の観劇旅行。そのあと皇居の掃除。あの人の死んだときあたしゃ、大笑いしてたんだねえ……きっと。

 幸子 (富士雄に)それで……?

 富士雄 晩飯ふたりで食べながら、なんか元気がない気がして。だいぶあとで大人になってから、親父が借金抱えてたってことわかったけど。

 愛  ……大豆。

 幸子 大豆⁈

 翼  大豆ってなに? 豆?

 愛  そう、大豆の先物取引。

 金田 先物取引……。

 愛  山っ気のある人でねえ……、株で大儲けするとか言って、大失敗して。その穴埋めに、今度は大豆の先物取引に手ぇ出して。ホンっト馬鹿っ!

 富士雄 ……「がんばってね」って言った、おれ。おれ、とうさんに「がんばってね」って言ったんだ。翼ぐらいのときだったかな……。今思えば、子どもなりに励まそうとしてたんだと思うけど、親父のこと。

 翼  ………。

 富士雄 これ以上がんばれないよ――

 幸子 え?

 富士雄 (思いが込み上げて)「これ以上がんばれない」って、とうさん、あのとき――。さみしそーに笑ってた。大人ってこんなにさみしさそーな顔するんだって、あのとき思った……。

 金田 ………。

 富士雄 (熱いものがのど元にせり上がって)次の朝、家の裏の雑木林で――

 幸子 (富士雄の肩を抱いて)富士雄さん、もういい! もういい、言わなくて。

 富士雄 おれが殺したんだ、おれが! とうさん追いつめて。

 愛  んなわけない! んなわけない……!

 金田 そうだよ、百山。借金があったんだろ。借金で参ってたんだよ、百山の親父さんは。

 富士雄 おれの一言がラストストローだったんだよ。おれの「がんばって」の一言が!

 翼  なに……ラストストローって?

 幸子 今はいい、あとで。

 翼  ええっ、おかあさんもわかんないんじゃないの?

 愛  大事なところじゃね。それ聞かんにゃあ、富士雄の気持ちがようわからん。なに、富士雄、ラストエンペラーって?

 富士雄 エンペラーじゃない! ラストストロー。(翼に)ストローは英語でワラのこと。ワラってわかるか、翼?

 翼  田舎の家の屋根とかに使うやつでしょ。

 幸子 あれはカヤ。でも、感じとしてはそれに近い。

 富士雄 重~い荷物を背中にしょったロバが……ロバってホントに我慢強いらしいんだけど……そのロバが、それまではなんとか耐えて、重い荷物を背中にしょって運んでるんだけど、最後にワラをたった一本背中に載っけただけで、そのせいで背骨がゴキッて折れて死んじゃうんだ。それがラストストロー。

 翼  ああっ、最後の一線越えちゃった、みたいな?

 富士雄 耐えに耐えてたギリギリの限界を、最後の一押しで越えちゃうこと。それがラストストロー……。

 金田 父親ってそんなもんじゃないよ。息子にがんばってって言われて、そんな(死ぬなんて)……あり得ないよ!


      間。


 富士雄 (急に大げさにお道化て)なぁんてな‼

 金田 百山⁈

 富士雄 いや、ごめん。ハハハ。そうだよなぁ、ごめんごめん。みんな悪かったね、アハハ、心配かけて。

 幸子 富士雄さん……。

 富士雄 あ、おれもう寝るわ。歯磨きして、ちょっと顔洗って。

 翼  おとうさん……。

 富士雄 (さみしそーに笑いながら)みんな……ありがと。(ふらふらと居間を去りながら独り言)洗面所にカミソリってあったっけ?

 愛  (あわてて)富士雄!

 幸子 待って、待って、富士雄さん!

 富士雄 (それでも行こうとして)幸子さん、おれ、もう、気持ちがラストストローで……!

 金田 百山!

 幸子 (富士雄の腕をつかんで)待って、富士雄さん。座って! お願い。

 富士雄 (力なく言われるがままに座って)………。

 幸子 (必死に)じゃさ、ね、翼で試してみようよ。ね。

 富士雄 え? なにを?

 幸子 翼、協力してくれる?

 翼  (幸子の必死さを感じ取って)うん、いいよ! なんでも言って。

 幸子 おかあさん、からしレンコンの用意してくれますか。富士雄さんと翼のふたり分。

 愛  なにかたくらんじょるね、幸子さん。翼ちゃん、箸と皿!

 翼  ラジャー。


      翼、居間を駆け出ていく。愛は富士雄の買ってきたからしレンコンの袋を開ける。翼が戻ってきて、箸と皿を二人分用意する。愛はその皿にからしレンコンを取り分ける。ふたりが準備をしているのと同時に、幸子……


 幸子 (富士雄に)ここで今から、あの日の夜を再現してみよう!

 富士雄 再現? あの日の夜を?

 幸子 そう。あなたとおとうさんの会話を。翼があの日のあなたになって、あなたが耕次郎おとうさんになってみるの。

 富士雄 おれが……とうさんに?

 幸子 そう。翼があなたで、あなたが耕次郎おとうさん。あの日のおとうさんの本当の気持ちを体験してみるの、あなたが! そしたら、おとうさんのあのときの気持ちがわかるんじゃないかな。あなたの言葉が本当にラストストローだったのかどうか。

 金田 おおっ、それいいよ。

 富士雄 でもな……

 翼  やってみようよ、おとうさん。ぼく協力するから。

 富士雄 翼……

 愛  やりんさいやりんさい。あの人のほうが富士雄より男前じゃったけど。

 幸子 (たしなめて)おかあさん!

 富士雄 いや、かあさんの毒舌もきょうは耳に心地ええよ、これで最後じゃと思うと……

 幸子 ダメ、そんなふうに考えちゃ。ね、やってみようよ富士雄さん。わたしのためじゃと思って。

 富士雄 ………。

 幸子 ね。


      間。


 富士雄 そりゃ、幸子さんのためなら……

 幸子 決まり! (富士雄の気持ちが変わらないうちに間髪入れずに)翼、おとうさんの向かいに座って。

 翼  ラジャー。

 幸子 (翼に)一口食べて、「おいしいよ、とうさん」。いい? よーい、スタート!

 金田 おおっ、なんか映画みたいだな。

 翼  (からしレンコンを一口食べて)おいしいよ、とうさ――ウエッ、からッ。

 幸子 やっぱ、からいの?

 翼  ……でも、うまっ。からうま! アハハ。(シャキシャキ食べる)

 富士雄 (笑顔になって)そうだろ、うまいだろ。(自分も食べて)あ~、この味この味!


      富士雄と翼、からしレンコンを食べる。そのシャキシャキといううまそうな音が響く。


 富士雄 この音だなぁ……口の中でシャキシャキ、レンコンが……(当時のことを思い出してゆく)

 幸子 (促して)富士雄さん……。

 富士雄 ああ、うん。……どうだ翼――じゃない。どうだ――富士雄、うまいか? (自分に戻って)変な感じだなぁ。

 幸子 いいから、続けてみて。ね。

 富士雄 う、うん……。

 翼  (当時の富士雄として)うん、うまいよ、とうさん。大人になった気がする。

 富士雄 (当時の父耕次郎として)そうか。ハハハ、大人の味か。とうさんも、とうさんのとうさんから――富士雄のおじいちゃんから教えてもらったんだ。こんなうまい食いもんがあるぞ、てな。

 翼  (富士雄として)そうなんだ、へええ。


      しばらくふたり、からしレンコンを食べる。周りのみんなはその様子を見守っている。


 富士雄 (耕次郎として)……ん。思い残すことはないよ。

 翼  え?

 富士雄 おまえと、こうやってとうさんの大好物を一緒に食べられて。ん。ん。

 翼  (富士雄として)ダメだよ。なんかこれで死んじゃうみたいなこと言っちゃ。

 富士雄 (さみしそーに笑って)そうだな……。

 翼  (半分お道化て)可愛い子どもがいるんだからさ、もっとがんばってくれなくっちゃ!

 富士雄 (耕次郎として)がんばったんだけどなぁ、とうさん。ホントがんばってきたんだけど……。まだがんばんなくちゃダメか?

 翼  (富士雄として)そうだよ、ダメだよ! がんばって、がんばって、がんばんなきゃ! ぼくこれからだもん。

 幸子 (小声で)翼、ちょっと言い過ぎ。

 富士雄 (自分に戻って……後悔の念が込み上げて胸が詰まって)ありがとうって言えばよかった。がんばってくれてありがとうって。いや――、がんばんなくってもいいよって。

 翼  (自分に戻って)仕方ないよ、おとうさん。昔は「がんばって」しか励ましの言葉ってなかったって言うし。それが普通だったって聞いたことある。

 愛  今はなんて言って励ますほ?

 翼  励まさない。ぼちぼちやってこうよ、とか。つらかったら逃げてもいいよ、とか。がんばってる人にがんばってなんて、ぜ~ったい言っちゃダメ! もう常識。

 富士雄 (翼の慰めが逆に胸に応えて、大泣きして)アッ、アッ、アアッア~……!

 翼  あ――。ご、ごめん……。

 富士雄 ウウッ……アアッアアァァ~……!

 翼  ごめん。ごめん!

 富士雄 アアッアアァァ~……!

 翼  ――ああッ、ぼくがいけんのじゃ! ぼくのせいじゃ! ごめんごめん、ぼくがとうさんを……! ぼくがいけんのじゃ! アッアアッアアッ……!(こちらも大泣きする)


      富士雄、ハッとして――


 富士雄 (強く否定して)おまえのせいじゃないッ。おまえのせいじゃないよ、とうさんが死んだのはッ! 富士雄、おまえのせいじゃないッ……!

 翼  アッアアッアアッ……!

 愛  (その場につり込まれて。富士雄が耕次郎に思えて)……弱かった。弱かったほ、あなたは! 符(ふ)が悪かった。運が悪かった。穴に落ちただけ。落とし穴に。世の中の落とし穴に。人生の落とし穴に。

 富士雄 (耕次郎として。泣きながら)すまんッ、すまん。

 愛  あれは、事故。事故じゃった。そう言い聞かせてきたそ、自分に。必死に……!

 富士雄 (耕次郎として)すまん、愛。すまんッ。

 愛  すまん――、その一言をどんだけあなたから聞きたかったか! ……じゃけど、聞いても気持ちが収まらん。

 富士雄 え?

 愛  そのあと、富士雄を抱えて、あたしがどんだけ苦労したか、あなたにわかるかね! (襟首をつかんでのどを締め上げながら)富士雄を女手一人で育てるのに、どんだけ苦労したかッ。

 富士雄 (また落ち込んで)アアアッアアァァ……! すまん、すまん!

 幸子 おかあさん、逆に追い込んじゃダメ!

 愛  あッ! (手を離して)つ、つい、興奮して。

 富士雄 アアアッアアァァ……!

 愛  耕次郎さん、この子見て。(翼を当時の富士雄として)富士雄はこんなに素直なええ子よ。あなたのお陰、あなたの。……ちょっとおっちょこちょいじゃけど。

 幸子 (ツッコむ)おかあさん! おっちょこちょいは、今いい。

 愛  どうか成仏して。この子を連れてかんで。富士雄を許してやって。悪気はなかったんじゃから。

 富士雄 (耕次郎として)馬鹿。当たり前だ! (翼に)富士雄、おまえは一ミリも悪くない。いや、一ミクロンも! 一ミクロンも悪くない。おまえはとうさんの生きる喜びじゃったよ。今も……あのときも!

 翼  アアッ~、死なんでーや、おとうさん! 死なんでおってーや! アアァッアアアア……!

 愛  (富士雄に。泣いて)もう頼りないって言わんから、死ぬなんてもうやめて……アアアッアア……! だれも責めたりせんから。おっちょこちょいなんて言わんから。アアアッアアァ……!

 幸子 (泣いて)ごめんねえ、あたしもこのごろやさしくできんで……アアアッアアン……! アアアッアアァ……!

 富士雄 ごめんっ、ごめんみんな……おれ、馬鹿じゃった、馬鹿じゃった……アアッアアアァ……!


      富士雄を真ん中に家族四人が泣き合う。富士雄をギュッと抱くようにして。暖かい何かが確かにそこには在って。………


 金田 (心秘かに感動して。ケータイを取り出して妻に電話をする)あ。おれ。心配してんじゃないかと思って。――あ、寝てた! ごめんごめん。なにって、そんな不機嫌な声出すなよぉ。……義隆は? え、寝てる? ちょっと起こしてよ。ちょっとだけでええから。や、別に、声が聞きたくなって。――わ、わかったよぉ、怒んなくても。……なにって? や、その、とうさんもそこそこがんばってるよって、義隆に……。や、まあ、そうなんだけどさ。……はいはい、あしたにするよ。はーい。………(ケータイを切る。と鳩時計の音に気づいて)おっ。


      台所から、十二時を告げる鳩時計の、のどかな鳩の鳴き声が十二回聞こえる。


 翼  あ、十二時じゃ。

 愛  てことは……

 幸子 命日過ぎちゃった。

 富士雄 うん……。


      間。


 幸子 (慎重に訊く)乗り越えた、富士雄さん?

 翼  これで呪いもとけた?

 幸子 (たしなめて)翼!

 富士雄 ……ん。なんだかすっきりした。いっぱい泣いたせいかな、ハハハ。憑き物が取れたって感じ。肩の辺りが軽くなった。 金田 百山の親父さんは呪縛霊かよ、アハハ。


      間。


 富士雄 十二時かぁ……。

 幸子 うん……。


      間。


 幸子 あ。おかあさん、泊っていかれるでしょ?

 愛  いんや、朝から太極拳があるから。

 幸子 ええっ、でも。

 愛  (よっこらしょっと立ち上がって)帰る帰る。

 幸子 じゃ、送っていきます。もう遅いから。

 愛  (富士雄を心配そうに振り返って)じゃけど……

 翼  ぼくがおとうさん見張っちょるから、大丈夫。

 富士雄 ハハハ……。

 金田 奥さん、おれも帰ります。またあしたな、百山。

 富士雄 すまん。ありがとう。このことは会社のみんなには……

 金田 ああ、言うわけないじゃんよ。

 富士雄 すまんな。

 金田 それじゃ、奥さん。

 幸子 すみませんでした、本当に。

 金田 いえいえ。あ、もうここで。どうもお邪魔しましたぁ。


 金田、去る。幸子も玄関まで送っていく。


 富士雄 かあさん、ありがとう……。

 愛  (指を折りながら)「親よりも 先に死ぬのが 親不孝 馬鹿息子でも 長生きをしろ」……与謝野「愛」子。

 富士雄 なんだよ、それ。ハハハ……。与謝野「晶」子だろ?

 翼  おとうさん、これ(からしレンコン)、食べてもええ?

 富士雄 おっ、気に入ったか。

 翼  病みつきになりそう。

 愛  親子三代、味の好みも似るんかねえ。性格は似てほしくないけど、アハハ。

 幸子 (戻ってきて)それじゃ、おかあさん。

 愛  ほいほい。それじゃね、翼ちゃん。

 翼  気をつけてねー。


      愛と幸子、去る。


 富士雄 おれも食うかな。


      富士雄と翼のからしレンコンを食べるシャキシャキという音が響く。


 翼  でもさ、本音言うとさ……

 富士雄 なんだ?

 翼  やっぱいいや。

 富士雄 言いかけたことは、言ったほうがいいぞ。

 翼  やっぱさ、もうちょっとがんばってもらわないとね。中学入ったら、水泳教室にも行きたいし。(あわてて)いや、でも、無理してがんばんなくってもいいけどさ。死んでもらったらマジで困るから、ハハハ。

 富士雄 ハハハ。ああ、がんばんない程度にがんばるよ。

 翼  だったら、来月からおこづかいも――

 富士雄 (びっくりして)あ!

 翼   え? あ!


      とそこに人影が……富士雄の亡き父耕次郎の姿にも見えて。


 富士雄 と、とうさんッ⁈

 翼  お、おじいちゃんッ⁈

 金田 ……おれだよ、おれ。

 富士雄 か、金田か。なんだよ、驚かすなよ。

 金田 帽子帽子。


      と金田、居間の隅に忘れていた帽子を手にする。


 富士雄 ……おまえも食ってかないか、からしレンコン。

 金田 いいのか。実はちょっと興味が。アハハ。

 富士雄 食べろ食べろ。うまいぞ。

 金田 (座って。手でつまむ)……んっ、うまっ。

 富士雄 だろだろ。ハハハ。

 翼  辛うまだよねぇ。

 富士雄 なんだ、生意気な。ハハハ。ん。うまいっ。うまいなぁ。(と懐かしさに急にグッと涙が込み上げて)――ウッゥッ!

 金田 馬鹿だな、おまえ……(富士雄の涙を見て、不覚にも自分も涙が込み上げて)――ウウゥッ!

 翼  えっえっ、なに泣いてんの、ふたりとも?


      富士雄と金田、なぜだか熱いものが胸に込み上げて……


 富士雄 (涙をぬぐいながら、金田に)ハハハ、おまえが泣くことないだろがよ。

 金田 (強がって)だってさ。辛子がツンッと来て。ハハハ。ハハハハ。(笑いながら涙をぬぐう)

 富士雄 フフ。ハハハ……。

 金田 アハハハ……。

 翼  エヘヘへ。


      からしレンコンを食べる三人の姿が、百山家父子三代の姿にも見えて。ほがらかな笑いのうちに……… (幕)  

広島友好戯曲プラザ

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