白河踊り考 ―奇兵隊始末記―

戯曲「白河踊り考 ―奇兵隊始末記―」   広島友好

  戊辰戦争の際、白河から奇兵隊が持ち帰ったとされる「白河踊り」。その「白河踊り」を演劇的に考察していく。

  明治三年、旧暦七月十五日、盆踊りの夜。山口の柊処刑場で「脱退騒動」に加わった元奇兵隊士・弥助の処刑が行われる。

  弥助の霊を弔うために白河踊りを踊る甚吉に、さらし首になった弥助がいう。「どうやって白河踊りを覚えたか、あの百姓家でなにがあったか、みやすうに話しちゃれ」と。

  ……そこは白河。竹熊としのの百姓家。盆踊りの夜。

  目の見えない娘しのを抱えた竹熊は刀などを戦場から分捕ってなんとか暮らしを立てていた。

  とそこへ会津兵飯沼主税が官軍から逃れてやってくる。

  主税は竹熊が盗んだ味方の刀と自分が新政府軍から奪った錦切れを交換する。

  とそこへ長州兵弥助と甚吉がやってくるのだった………。


    維新の裏側に隠された庶民の真実。  未発表作品。男4・女1。90分。 


   白河踊り考 ―奇兵隊始末記―

            原作・三枝史生

            脚本・広島友好


    ○時と所……戊辰元年 旧暦七月十五日 盆踊りの日 

              白河 くわしくは、しのと竹熊の住むあばら家

        ……明治三年 旧暦七月十五日 盆踊りの日 山口

              くわしくは、柊(ひいらぎ)の処刑場


    ○登場人物

     案内人

     さらし首たち 諸隊脱退兵士(元奇兵隊士など諸隊兵士)

     柴田弥助 長州兵・二十代前半 

    佐々甚吉 長州兵

     かね 弥助の母

     処刑人一 見届役の役人

     処刑人二 執行人

     竹熊 白河の百姓

     しの 竹熊の娘・盲目・十代半ば

     飯沼主税(ちから) 会津兵・三十代前半


 ※この作品は、三枝史生氏にご提案をいただき書き上げた戯曲(初稿2007年)を、今回新たに改稿(第二稿2023年)したものです。三枝史生氏に感謝申し上げます。

 ※史実を基にしたフィクションです。



 踊る人々 ヤレサー揃うた揃うたよ 踊り子が揃うたサヨ 稲の出穂よりヤレサノー よう揃うた……

      人々が白河踊りを踊っている。

 踊る人々 ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草(おぐさ)にヤレサノー 米がなる……

      案内人、登場。

 案内人 ご覧の踊りが白河踊りです。今から百五十年以上前、戊辰戦争の際に、山口の奇兵隊(正しくは長州兵)が福島の白河から持ち帰ったと言われる踊りです。どうです、素朴な踊りでしょ?    今でもお盆になると、山口県の各地で白河踊りが踊られています。この芝居の取材で、わたしも山口市の平川と萩市の佐々並(ささなみ)で白河踊りを踊ってきました。平川と佐々並では踊りや歌詞が若干異なっていましたが、素朴な味わいは同じでした。白河にも取材旅行に出かけて、盆踊りを体験しようとしたのですが、午後からの大雨で急遽取りやめになってしまい……残念無念……。    申し遅れました、この芝居の案内人です。

    これからご覧いただくお芝居は、白河踊りがどのようにして山口へ伝わったのか、明治維新から百五十年以上経った今でも、この白河踊りが、言ってみれば敵地の山口でなぜ踊られているのか、その意味を演劇的に考えていこうとするものです。「演劇的に」ですから、少々ドラマチックにもなっておりますが。


 【処刑場 その一】

      舞台は素朴な作り。中央に、さらし首役の役者たちが首から下を台に隠し、さらし首然として座っている。

 案内人 さて、ここは山口。柊の処刑場。奇兵隊が終わりを告げた場所です。彼らのさらし首が並んでいます。維新を成し遂げた奇兵隊を待っていたのは、「精選」という名のリストラでした。 ところで、奇兵隊という呼び名なんですが、高杉晋作が奇兵隊を創ったあとに、実はこれに続けといろんな部隊ができるんですね。遊撃隊に集義隊、八幡隊。相撲取りの力士隊、神主たちの神威隊。山口の百姓たちの鴻城隊など、二十近くの隊ができたんです。これらを総称して長州藩では「諸隊」と呼んでおりましたが、この芝居ではわかりやすく「奇兵隊」という名を使わせてもらいますね。 さて、戊辰戦争後、役目を終えて必要とされなくなった奇兵隊の半分がリストラの憂き目にあいます。戦争が終わってしまえば金食い虫の兵隊などは厄介なだけですからね。戦争疲れした長州藩には、兵士を丸抱えするだけの財政的余裕はありませんでした。 約四千の兵士のうち、上級武士を中心に約二千名を天皇の御親兵「常備軍」として新政府に差し出しました。そして残りの半分を首にしたんです。首にされて行き場を失った兵士たちは奇兵隊を脱退し、長州藩に抵抗する騒ぎを起こします。これが「脱退騒動」。 脱退兵士たちは一時、山口藩庁の毛利藩主親子を取り囲みますが、やがて明治維新政府の木戸孝允によって武力鎮圧されます。脱退兵士たちを待っていたのは厳しい処分でした。本当の首切り。 こちらは脱退兵士たちのさらし首です。ちょっと話を聞いてみましょう。いかがです、今のお気持ちは?

さらし首一 うらめしいのう。

さらし首二 なんのために戦ったきたんか? 生きてきたんか?

さらし首三 ぶちようけ人を殺したのに。

さらし首一 維新は成ったんか? 

さらし首二 攘夷はどねいした? 

さらし首三 世の中ようなったんか?

さらし首一 戦い済んでわしらお払い箱じゃ。

さらし首二 よう働いたのに……

 さらし首三 うらめしいのう。

 さらし首たち うらめしいのう……

 案内人 迫真の演技です。(さらし首たちに)「脱退騒動」を起こしたあなたたちの不満は、不平等な精選にあったんですよね? 

さらし首一 なして武士ばかりが選ばれるんじゃ。

 さらし首二 百姓・町人も一緒に戦うてきたじゃなぁ(ない)か。

 さらし首三 わしら脱藩浪士もおんなじじゃ。

 案内人 武士階級の上級身分の者だけが、常備軍に優先して残れたんですね。

 さらし首一 わしら帰るっちゅうても帰るとこはなぁ(ない)。家におってもゴクツブシじゃ。

 さらし首二 武士にしてくれるっちゅうたじゃなぁか。

 案内人 奇兵隊の百姓兵は次男三男がほとんどでした。ほかの脱退兵にしても今さら戻れるところはありません。

 さらし首三 わしゃ手がもげちょるんじゃッ。

 さらし首一 わしはよう歩けん。どこ行っても働けんのじゃ。 

案内人 負傷兵も首。病気の者も首。四十歳以上の年寄りも首。維新後の論功行賞も不十分で、彼らには今でいう最低限度の生活保障もなかったんですね。時の権力者は庶民一人一人の身の上など、これっぽっちも考えちゃいません。ま、これは今も昔も変わらないけど。

 さらし首二 だいたい攘夷はどねいしたんか、攘夷は? 

さらし首三 西洋かぶれどもめがッ。

 案内人 心情的には、攘夷から開国へと舵を切った維新政府への不満もありました。攘夷攘夷と命がけで戦い、幕府も倒して新しい国をつくったのに、維新政府のお偉方は、いつの間にか攘夷を捨てて、外国と仲良くやっていこうとしてるんですからね。攘夷を叫んでいた兵士たちは取り残されていくわけです。

      弥助が処刑人たちに連れられてくる。処刑人一は処刑の見届役で、手に処刑人名簿を持っている。処刑人二は実際に処刑を執行する係で腰に刀を差している。

 案内人 弥助です。この芝居の主人公の一人です。百姓出の長州兵で、今から処刑されるところです。時は明治三年七月十五日。旧暦のお盆。盆祭りの夕暮れです。

 弥助 (激しく抵抗して)一生の頼みじゃ! 武士らしゅう死なせてくれ。腹ぁ切らせてくれ!

 処刑人一 うるさい! おまえは罪人じゃ。生意気言うな!

 弥助 クソォ! 離せ、離せ!

 処刑人二 大人しゅうせい!

 甚吉 待ってくれ、待ってくれ!

      甚吉、駆けてくる。

 案内人 甚吉です、もう一人の主人公の。甚吉は戊辰戦争後に奇兵隊を辞めて、百姓に戻りました。脱退騒動には加わっておりません。弥助の幼馴染みです。

 甚吉 きょうはお盆じゃなぁか。盆踊りの日じゃ。きょう殺すことはなぁじゃなぁか!

      盆踊りのお囃子が聞こえてくる。

 甚吉 ほれ、お囃子じゃ。お囃子が聞こえてきた。

 処刑人二 (まとわりつく甚吉を突き飛ばして)うるさい! 盆じゃろうと正月じゃろうと関係ない。わしらはせんにゃいけんことをするまでじゃ。 

処刑人一 (名簿を見て)秋穂(あいお)村百姓弥助! 暮れ六つ(午後六時頃)の鐘が鳴ったら処刑じゃ。ええな。

 弥助 わしゃ、柴田弥助じゃ! 苗字があるんじゃ。

 処刑人一 知らん知らん。

 処刑人二 ええから大人しゅうしちょけ! 

      処刑人は弥助をござの上に座らせると、しばらくは脇に突っ立っている。暮れ六つの鐘が鳴るまでは彼らの仕事はない。

 案内人 明治維新政府が恐れていたのは脱退騒動そのものではありません。彼ら脱退兵の不満と農民の不満とが一つに結びつくことでした。実際に山口の吉田・舟木、そして美祢でも百姓一揆が起こっています。二年続きの不作と御一新への不満が原因です。その一揆と脱退兵が結びつくことを維新政府は恐れたんですね。二つのエネルギーが一つなって、大津波のように全国に広がって、出来立てホヤホヤの維新政府をひっくり返してしまうんじゃないかってね。

 弥助 のう、甚吉。

 甚吉 なんじゃ?

 弥助 わしらのあとになにが残るんかのう。奇兵隊の栄光か。高杉先生の名前か。わしら踊らされちょっただけかもしれんのう。

 甚吉 弥助……。

 弥助 (口ずさんで)宮さん宮さん、お馬の前でヒラヒラするのはなんじゃいな、トコトンヤレトンヤレナ……ようがんばったとは思わんか?

 甚吉 ああ、ようがんばった。

 弥助 (にやりと微笑んで)忘れられんのう、スイカみたいに敵の頭スパッともいだ(斬った)ときのおもしろさは。のう?

 甚吉 おう。そのおまえが今度ぁ味方に頭もがれるとは。

 弥助 ハハハ……。

 甚吉 ハハハ……。

 案内人 弥助のお母さんがやってきました。名前はかね。

      かね、来る。野良着姿。手には草を刈る鎌。

 かね (息子が処刑されようとしているのを知らぬかのように)弥助。そねいなとこでなにしちょる? 草刈ってくれんにゃあやれん(大変で困る)でね。

 弥助 かあちゃん……!

 甚吉 おばちゃん。

 かね 百姓なら草取れ。田に草いっぺえ生えちょるぞ。それぐらいしかできゃせんのじゃけえ。(甚吉をつかまえてささやく)なしてこねいなとこにおるそかね、奇兵隊やめた人間が。騒動とはなんの関わりもないんじゃろ?

 甚吉 弥助はわしの友達じゃ。奇兵隊で同じ釜の飯喰った仲間じゃ。幼馴染みじゃ。

 かね 幼馴染みっちゅうても。

 甚吉 なしてここにおったらいけんそじゃ!

 かね (処刑人を気にしつつ小声で)あんたのためじゃろうがね!

      間。

 弥助 かあちゃん。

 かね なんじゃね?

 弥助 なして百姓はわしらと一緒に立たんかったんじゃ? 力貸してくれんかったんじゃ? 今からでも遅うない。一揆じゃ、維新じゃ。一揆起こしてお上の目を覚ますんじゃ!

 かね 相手にできるかね、不作続きで喰うか喰われんかのときに。

 弥助 一揆と奇兵隊が一緒になれば、大きな力になったそに。

 かね 馬鹿。奇兵隊がうちらになにしてくれた。錦切れ(きんぎれ=官軍兵士の肩印)つけて変わってしもうたわ。どっかよそ向いてしもうたわ。

 弥助 ちがうちがう。高杉先生が功山寺で立たれたときを思い出してみぃ。幕府と戦うたときのことを。

 かね ハァン? あん時ぁうちらも期待しちょった、世の中ようなると熱に浮かされちょった。じゃから奇兵隊を応援したんじゃ。ところが今じゃ、うちらが立ち上がろうとするのを、抑えにかかる奇兵隊もおるじゃなぁかね。吉田・舟木の一揆を見てみんさい。

 弥助 ありゃ藩の命令じゃったんじゃ。常備軍に入りとうて、藩に寝返った連中がおったんじゃ。

 かね うちらの願いは裏切られた。御一新への願いは裏切られた。二度もだまされるほど馬鹿じゃない。

 弥助 今もおんなじじゃ。今からでも遅うない。維新政府はでたらめじゃ。もう一度、もう一度、新しい世の中を!

 かね (断ち切るように)そんな夢みたぁな(みたいな)たわ言は聞きとうない! 弥助、ええから早よ戻って草刈ってくれよ。(去りかける)

 甚吉 おばちゃん、おばちゃん! 弥助は今から殺されるんじゃぞ。おばちゃん、弥助は……弥助は……!

 かね 奇兵隊は武士でも百姓でもない!(去る)

 弥助 かあちゃん……!

      ……お囃子が聞こえてくる。

 弥助 (ポツリと)覚えちょるか?

 甚吉 え?

 弥助 あのおなごじゃ。おまえが惚れちょった、白河のおなごじゃ。

 甚吉 ああ……。

 弥助 あんときの踊りは傑作じゃったのう、甚吉。

 甚吉 ああ。

 弥助 覚えちょるか、どねい踊るか、どねい唄うか。

      暮れ六つの最初の鐘(六つのうちの一つ目)が鳴る。

 弥助 唄ってみぃ、踊ってみぃ。最期の……最期の頼みじゃ。ありゃわしが分捕ったんじゃ!

 甚吉 弥助。

 処刑人一 秋穂村百姓弥助。これより処刑を始める。言い残すことはないか。

 弥助 わしゃ柴田弥助じゃ!

 処刑人一 (名簿を見て)柴田なぞ、どこにも書いてないわ! ええから、大人しゅうしろ!

      処刑人二、弥助の首を前に出させる。刀を構える。

 弥助 甚吉! わしら維新の線香花火じゃったんかのう……!

      処刑人二の刀が振り下ろされようとする瞬間――

 甚吉 (処刑の邪魔をして)弥助! 弥助!

      甚吉、踊り出す。

 甚吉 ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ――

 処刑人二 なんじゃ、おまえは!

 処刑人一 やめろやめろ。踊るな。やめろ!

 甚吉 ……道の小草にヤレサノー 米がなる……

 弥助 踊れおどれ、唄えうたえ!

 処刑人一 踊れば、貴様も捕らえるぞ。

 弥助 唄えうたえ、踊れおどれ!

      甚吉、踊る。

 甚吉 ヤレサー見せてやりたい 他国の人にサヨ 長州刀のヤレサノー 切れ味を……

      処刑人二、甚吉に向かって刀を構え、じりじりとにじり寄る。

 甚吉 弥助! おまえ今でも侍か、侍か? わしらやっぱり百姓じゃ! ちがうか、弥助! のう? (踊って)ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草にヤレサノー 米がなる……

 弥助 (踊りと重なりながら)のう甚吉。そいつらに話しちゃれ。なんでこの踊りを知っちょるんか。どねいして憶えて帰ってきたんか。白河で、あの百姓のあばら家でなにがあったんか。みやすうに(易しく簡単に)話しちゃれ! のう、甚吉よ……!

 甚吉 おう、おう(わかった)……!

      ゆっくりと暗くなる……舞台は戊辰元年旧暦七月十五日の白河へと移る。


 【白河のあばら家】

      しのと竹熊の住むあばら家。元住んでいた家が戦火で焼き払われたため、今はここで雨露をしのいでいる。急な仮住まいのため、家の中には荷物らしき物はほとんどない。ただ、このあばら家に不釣り合いな長持が一つ置いてある。また、布団が隅にたたまれて置かれている。

      舞台背景にはこの戊辰戦争を象徴する「長州分捕り」「薩州分捕り」の大標札が立っている。標札の裏には「官軍」の文字烙印がある。

      案内人はこの場の百姓家の装置や「分捕り」の標札を見ながら話す。わかりやすく地図や年表を使ったりもする。

 案内人 では、どうやって白河からこの踊りが伝わってきたのか、そこに至るドラマを考えてみたいと思います。

    白河は奥州の入口。白河城は奥州ののどに当たります。そののど元を抑えようと東西両軍、必死の戦いが繰り広げられます。守るは会津。攻めるは薩長新政府軍。

    戊辰元年、その年の九月に明治になるわけですが、五月一日の戦いで早くも薩長新政府軍が白河城を落とします。わずか七百の兵力で会津側二千五百の敵を打ち破ったのです。会津側の死者は七百。死屍累々たる大敗北。戊辰戦争最大の犠牲者を出します。

    しかし、会津はあきらめず、白河城を奪い返そうと、そのあと七度も戦いを仕掛けてきます。けれども、その都度武器で優位に立つ新政府軍に退けられる、という構図が続きます。薩長新政府軍の最新西洋銃に対し、いかんせん会津側の武器は古く、旧式銃を使い、頼りはもっぱら刀と槍と気高き合図魂というものでした。戦況は明らかに新政府軍側の有利となってゆきます。

    ところで、戊辰戦争では「分捕り」がしばしば行われていました。分捕りとは、よく言えば物資の現地調達であり、兵士たちの少ない給料の穴埋め策であり、まあ、平たく言えば盗人強盗でした。分捕りした家にはこんな立札を立てていました。「長州分捕り」。……旧日本軍の日中戦争での三光(さんこう)作戦=「焼き尽くす、殺し尽くす、奪いつくす」につながるものを感じさせますねえ……。

    さて、白河城を巡る戦いの、その七度目の最後の戦いの日のこと。旧暦の七月十五日、お盆です。昔のお盆は七月なんですね。ちなみに前日の十四日は雨でした。

    ここは白河の外れ。一軒のあばら家です。白河の百姓父娘(おやこ)が住んでいます。      ト竹熊、来る、辺りを見回して。手には菰(こも)に包んで隠した刀を抱えている。

 案内人 百姓の父親が帰ってきましてた。名は竹熊。

      竹熊は家に入ると一息つき、恐る恐る刀を抜いて、見る。

 竹熊 (刀の実感に)ほうぅ……!

    竹熊は刀を鞘に納めると、長持の蓋を開け、刀をしまおうとする。ト娘しのの唄声が聞こえてくる。家の奥で盆踊りを踊っている。

 しの(声) ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草にサヨ――

 竹熊 (びっくりして)な、なにしてんだ!(見られるはずもないのにやましさから刀を隠す)

 しの (出てきて)とうちゃんか?

 案内人 竹熊の娘、しのです。彼女は目が見えません。そしてあばた面です。これは幼いころ疱瘡=天然痘にかかったのが原因で、白河の戦(いくさ)とは関係ありません。

 しの とうちゃん、なに持ってんだ?

 竹熊 しの、おめえ、見えんのが?

 しの アハハ! 見えるわげねえべ。ひゃっけえ(冷たい・澄んだ)音したべ。

 竹熊 こ、これは……なんでもねえ。

 しの ……?

 竹熊 おめえこそなに唄ってる?

 しの 体が知らねえうちに動き出すんだわい。死んだかあちゃんが取り憑いてんでねえのかなあ。

 竹熊 馬鹿言ってろ。

 しの んだげんちょも、盆踊りだべ、きょうは。

 竹熊 (否定して)こだ(こんな)戦のさなかにやるわげねえべ。川さ行って水くんでこぅ。

 しの 外さ戦だっつったのはとうちゃんだぞ。

 竹熊 おめえにゃ弾なんて当たんね。そだ(そんな)あばた面弾ぁよげでぐわ。

 しの またぁ、とうちゃん、そだら口きいで。おがしなあ(あやしいなあ)……なに持ってんだぁ?

 竹熊 (根は正直者)……か、刀だ。

 しの とうちゃん! いい加減、そだ泥棒はやめろ!

 竹熊 あっちもこっちもみんな分捕りしてっぺ。官軍も、会津も、やれ米だ、やれベコ(牛)だ、やれンマ(馬)だ。家ぇ焼かっちぇ、田ぁ荒らさっちぇ、生きるすべねえ(術がない)。流れ弾で死んじまったもんもいっぺ。米もあとひと月もたね(ない)。こっちもどさくささ紛っちぇ、分捕りするしかねえ。

 しの 会津さめっかったら首飛ぶぞ。この前もとうちゃん、官軍に抜け道おせ(教え)だべ。

 竹熊 馬鹿! 声がずねえ(大きい)。ありゃ、庄屋の旦那様に言いつかって……。旦那様がこれからは官軍だ、会津は駄目だど。官軍なら年貢を半分にしてくれるっつったぞ。

 しの 旦那様のひっつき虫か、とうちゃんは?

 竹熊 うっつぁし(うるさい)! おらぁ目の見えねえおめえ喰わすだけで大変なんだ! こっから逃げっぺど思っても頼むもんもいね(いない)。旦那様の気ぃ損ねっちまったらどうにもなんねえ。ぶつくさ言うな。(去りかける)

 しの (気配を察して)どごさいぐ?

 竹熊 しょんべんだ。

 しの とうちゃん!

 竹熊 会津が勝ったら会津に返すだ、官軍が勝ったら官軍に返すだ。刀はあとでちゃんと返すがらさすけね(大丈夫だ・問題ない)。

 しの ホントだな?

 竹熊 ……ただ、一つや二つ、市場で売ったからってバチ当たんねえべ。おめえ喰わせるためだもの。お天道様もゆるしてくれっぺ。言ってみりゃ、家ぇ焼かれて田ぁ荒らされた、その見舞ぇ金みてえなもんだっぺ! おらぁ、首落とされた骸(むくろ)を埋めてやってんだ、その駄賃だべ!(刀を長持の蓋の上に叩きつけるように置く)

      竹熊、家の外の厠へ出てゆく。

      しの、部屋に上がり、手探りで長持の上の刀を取る。たわむれに二、三度振ってみる。ト何か怖い物にでも触れたように感じて長持のそばに放り出す。そして踊る。

 しの ヤレサー盆が来たから 帯ゆ買うてちょうだいサヨ 当世はやりのヤレサノー しゅすの――(物音にハッとして踊りをやめて……)

      ト会津兵飯沼主税が逃げてくる。官軍に追われているのだ。足に怪我をして引きずっている。白い鉢巻きを締めた、昔ながらの合戦の出で立ち。主税はしのの踊る姿を見て一瞬呆然とする。生死をかけた戦に身を置く今の自分とは程遠い存在に感じて……。

 しの ――だんじゃあ(誰だ)?

 主税 おぬし……一人か?

 しの だんじゃ? 知んねえ声だな。

 主税 怪しいものではない。薩長の奸賊に追われておる。かくもうてくれぬか。

 しの 会津様かぁ?

 主税 そうだ。

 しの 会津は嫌えだ。

 主税 なに?

 しの 負け戦でいっつも火ぃつけて逃げる。だから嫌えだ。

 主税 ずけずけものを言うおなごだ……。

 しの おっがねえもんなんてね(ない)、なんもめえねから。

 主税 目が見えぬのか、おぬし……。

 しの んだぁ。

 主税 薩長奸賊が悪いのだ。いや、やむを得なかった。

 しの やむを得ねえで家ぇ焼かっちぇ、田ぁ荒らさっちゃら、ごせやげる(腹が立ってしまう)。このあばら家でなじょにして冬越したらええか、とうちゃん頭抱えでっぺ。

 主税 ……すまん。とにかくかくもうてくれ。一時(いっとき)でよい。傷が痛む。

 しの ケガしてんのが?

      しの、そろそろと手を伸ばして主税の体にふれる。血。しの、首に下げていた手拭いを主税に渡す。

 主税 すまん……。

 しの 会津様は百姓に負けてるって本当か?

 主税 なに? 百姓に?

 しの 長州の兵隊は百姓だって聞いでっつぉ(聞いてる)。

 主税 礼儀も知らん田舎者だ。

 しの ハハハ! その百姓に負けたのか。信じらんに(信じられない)。百姓はえらぐなったが?

 主税 (侮蔑心)百姓は百姓だッ。一生百姓だ。生まれてから死ぬまで百姓だ。

 しの フフフフ。

 主税 笑うな。なぜ笑う。無礼者め! ウツツッ。(傷が痛む)

 しの フフ。いるだげいだらいいべ。

 主税 え?

 しの いるだげいだらいいべ、こごさ。

 主税 すまん……。

 しの (踊って)ヤレサー盆が来たから 帯ゆ買うてちょうだいサヨ 当世はやりのヤレサノー……

      主税、しのの肢体をまぶしげに見つめる。よく日に焼けたなめらかな肌。柔らかい身のこなし。ト竹熊、来る。

 竹熊 ヒエエエッ! だんじゃあ?

 しの 会津様だ。

 竹熊 なして会津様が⁈ こだどごさ?

 しの 傷の手当だ。

 主税 すまん。この家(や)の主か? 一時でよい、かくもうてくれ。

 竹熊 出てってくんちぇ! お願ぇします、お願ぇします。

 主税 外には薩長奸賊が探し回っておるのだ。会津までなんとしてでも帰らねばならん。ここで死ぬわけにはいかんのだ。会津で起死回生の戦いをせねば。そうだ。送ってくれぬか、味方の陣所まで。おぬし、抜け道ぐらい知っておるだろう?

 竹熊 ぬ、抜け道⁈ と、とんでもねえ!

 主税 知らぬのか?

 竹熊 (ごまかして何度もうなずいて)………。

 主税 ならば……、せめて水を一杯。

 竹熊 み、水を……。んだげんちょも、こ、ここ離れるわげにはいがね。

 主税 なぜだ?

 竹熊 なぜって……。

 しの なしてだぁ?

      竹熊、長持のそばにある刀が気になる。主税はその刀に気づいていない。

 竹熊 しの、水くんでこぅ。早ぐ、早ぐう。

 しの (出ていきながら)とうちゃん、刀は会津様に返した方がいいぞ。(去る)

 竹熊 この馬鹿!

 主税 なに! 刀? どこにある?

    竹熊、主税より一瞬早く刀を取る。

 主税 それは! その刀をどこで手に入れた?

 竹熊 これは、その……。

 主税 言え! 言わぬか!

 竹熊 阿武隈川の河原で、その、ハハハ……

 主税 おぬし、戦場(いくさば)泥棒か!

 竹熊 ……!

 主税 それは……島田様の刀ではないか!

 おい! 竹熊 はあ(もう)死んでだだ! 勘弁してくれろ。おらも生きるためだ。しょうがねがったんだ!

 主税 なにをぉ! 武士の魂を!

 竹熊 までえに(ちゃんと丁寧に)埋めだだ、そのお侍様。穴掘って、埋めで。は、花も手向けだだ。その代わりにこの刀を――

主税 クソッ!

      主税、竹熊を捕らえようと追うが、足の傷が痛む。竹熊、逃げる。主税、さらに追おうとするが、傷が痛み……

 主税 ……頼む。その刀を返してくれ。島田様は、その刀の持ち主は、わたしが親と慕い、お世話になった御恩ある方なのだ。その形見となれば……頼む!

 竹熊 ………。

 主税 頼む。この通り。

 竹熊 ………。

 主税 そうだ。(懐から取り出して)ならば、これと換えてくれ。

 竹熊 なんだぁ?

 主税 錦の肩印……錦切れだ。薩長奸賊が肩に付けておる天子様の御印だ。この錦切れと刀を換えてくれ。頼む。

 竹熊 ……銭になんのが、それ?

 主税 え?

 竹熊 銭になんのが、その……天子様の布は?

 主税 ああ……ああ! これは、わたしが討ち取った長州の奸賊がつけておったもの。その会津の侍から取り返したと言えば、褒められもしよう、銭ももらえよう。

 竹熊 確かが?

 主税 これを付けねば薩長などただの賊。ただの盗っ人強盗と代わりがないのだ。

 竹熊 ………。

 主税 のぅ、頼む。この通りだ!

      竹熊、主税の熱意に負けて刀を差し出す。そして代わりに錦切れを受け取る。笑みを漏らして錦切れを見る。主税、刀を抱き、涙をにじませる。

 主税 島田様……無念でござります……! この仇、必ずや……!

    間。

 竹熊 ……んだげんちょも、会津様もひでえ負けっぷりだなぃ(だなぁ)。

 主税 なに! 竹熊 おらじゃねえ、村のみんながそう言ってんだ。

 主税 (歯噛みをして)ググッ。……裏切り者がおるのだ。

 竹熊 裏切り者? 会津様にか? それともよその国の殿様に裏切らっちゃのが?

 主税 ちがう、白河の百姓だ!

 竹熊 っ――!

 主税 白河の者が薩長奸賊に抜け道を教えたのだ!

 竹熊 ま、まさか、ハハハ……!

 主税 わが隊は、その抜け道からやってきた薩長奸賊に側面から襲われて全滅。島田様初め味方の多くが敵の鉄砲で粉みじんに……クソォ! 許せん! 許せん!

 竹熊 (抜け道を教えたのは実は自分)……!

      竹熊、その場から逃れ出ようとするが、恐怖のため膝に力が入らず思うように足が前に進まない。

 主税 (竹熊の様子のおかしいのに気づいて)どうした?

 竹熊 ハハハ……な、なんでもね、なんでも……!

      トそこへ、しのが急ぎ戻ってくる。

 しの とうちゃん!

 竹熊 (びっくりして)ヒッ! な、なんだぁ⁈

 しの 外がうっつあしいぞ(騒がしいぞ)。官軍だ。

 竹熊 官軍⁈

 主税 なに、官軍だ?

 しの ありゃ長州訛りだべ。

      主税、にじり寄って竹熊を捉えて刀を突き突ける。

 竹熊 ヒエェッ‼ ゆるしてくんちぇ! ゆるし――

 主税 しぃっ! 静かにしろッ。(辺りを見回して長持に目をつけて)だれもおらぬと言え。よいな。わたしがおることを言えば、斬るぞ。

 竹熊 へ、へい!

 主税 娘。父の命が惜しくば黙っていろ。

 しの 命令は聞かね、会津様の言うこと聞かね。

 竹熊 しの! 言うこと聞け。

 しの ………。

 竹熊 しの‼

 主税 娘!

 しの おら……、わがんね。

 主税 娘、かくまう約束だぞ。約束だぞ。

 しの ………。

 弥助(声) こねえなとこに家があった。

 甚吉(声) ぼろ家(や)じゃのう。

      主税、目で竹熊としのに「頼む」と念を押す。長持の蓋を開けて中に隠れようとする。ト中に大量の刀を見つけてカッとなり、竹熊を睨む。竹熊、おびえて身をすくめる。外で弥助たちの声がする。主税、仕方なく長持に身を隠す。竹熊、ほうっと息を漏らす。トあわてて布団を敷いてその中にもぐり込む。

 竹熊 しの。おらぁあんべい悪くて寝でんだ。いいな。

 しの いづがらあんべい悪ぐなった?

 竹熊 (小声で)馬鹿。人夫さぼってんのがバレたら、官軍になにされっか。いいな。面倒はごめんだ。

      ト長州兵・弥助と甚吉、来る。二人は逃げた会津兵を追っている。韮山笠(にらやまがさ)を被り、黒の筒袖に黒のダンブクロ(ズボン)、白の木綿帯の官軍兵士の出で立ち。手にはそれぞれ銃を持つ。腰に刀を帯びている。弥助は勝気だが、頭は切れる。一方甚吉は不器用で「とろい」が、根の優しい男である。二人は幼馴染み。

 弥助 おい! おい! 甚吉 会津が逃げてこんかったか?

 弥助 隠すとためにならんぞ!

      しの、弥助と甚吉の前に。手探りしながら。

 弥助 娘。会津兵が逃げてこんかったか?

 しの 会津兵……。

      布団の中から竹熊がしのに、「黙っていろ」というように咳払いをする。弥助と甚吉がその咳に気づいて布団を見る。

 しの 会津は……あっちさ行ったわ。

 弥助 あっちとはどっちじゃ? しの あっちだ。

      しのの指す先はどう見ても見当違い。

 甚吉 おまえ……、目が見えんのか?

 弥助 目が見えんのになしてわかる、会津がどこへ逃げたか?

 しの 目が見えねえがら、わがんだべ。

 甚吉 なに言いよるんじゃ、ハハハ。

 弥助 あやしいのう……。

 しの ………。

      トまた、布団の中で竹熊が咳をする。

 弥助 (竹熊に)おい、おまえなして人夫に出ん?

 甚吉 この辺りの男衆は、荷運び人夫で召し出されちょるはずじゃぞ。

 竹熊 がおって寝ごんでやして(病気で寝込んでまして)。(わざと大げさに咳をして)ゴホン、ゴホン……!

 弥助 労咳(ろうがい)じゃあるまぁのう。

 甚吉 高杉先生とおんなじじゃ。

 竹熊 (大げさに)ゴホン、ゴホン……!

 しの 早ぐほがさ行った方がいいんでねえが。移っかもしんねし。(しのもわざと咳をして)ゴホン、ゴホン。

 甚吉 (怯えて。弥助の袖を引いて)弥助。弥助。

 弥助 恐れじゃのう。すぐに移るか。一休みじゃ、ここで。

 甚吉 じゃけど、弥助……

 弥助 なんべん言うたらわかるんじゃ! わしゃ柴田弥助じゃ。苗字で呼べ、苗字で。仮にもわしゃ伍長じゃぞ。

 甚吉 ………。

 弥助 この辺りにおるはずじゃ、会津のやつは! 逃がしゃせんけえのう。

 甚吉 ………。

      間。

 弥助 ……おい、親父。厠はどこじゃ?

 竹熊 (布団に寝たまま)へ。この(家の)裏に。

 弥助 腐っておったかのう、握り飯が。この戦で碌な喰いもんがない。(威張って)甚吉、よう見張っちょれよ!

 甚吉 わかっちょる。

 弥助 なんじゃその口のききようは。こりゃ伍長命令じゃ。はいと言え、はいと。

 甚吉 ……はい。

 弥助 (薄ら笑いして)フン。

      弥助、外に出る。

 甚吉 弥助のやつ、伍長になったとたん威張りくさりおって。(右耳の後ろを押さえて)アツツツツ。

 しの どうしただ?

 甚吉 鉄砲ぶっ放されたんじゃ、耳元で、弥助に。耳が馬鹿になっちょる。

 しの ほれ……お囃子だっべ。

 甚吉 お囃子……? (耳に手を当てて)よう……聞こえん。

 しの アハハ……おめさんは耳が聞こえねえんだな。

      盆踊りのお囃子が遠く聞こえてくる。

      しの、耳をそばたてお囃子のする方をのぞき込む。体を向ける。腰が浮く。自然踊り出す。

 しの ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草にヤレ――

 竹熊 やめろ、しの。そだどぎでねえべ。

 しの なして?

 竹熊 わがんねおなごだなぁ。

 甚吉 ええ、ええ。好きじゃわしゃ、踊りは。

 しの 好きがぁ、踊りが?

 甚吉 ああ、好きじゃ。今のはなんちゅう踊りじゃ?

 しの フフ、名めえなんてねえ。盆踊りだ、白河の踊りだ。

 甚吉 白河の踊り……白河踊りか。フフ……ほれ、踊ってみろ。

      しの、遠く聞こえるお囃子に合わせて……

 しの ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草にヤレサノー 米がなる……

 甚吉 うん、うん……今年ゃ豊作、穂に穂が咲いてか。ええのう。

 しの いいがぁ?

 甚吉 ええのう。うん、うん。続きはなんじゃ?

 しの 道の小草にヤレサノー 米がなる……

 甚吉 ほんと豊作じゃ、道の草にまで米がなったら。のう? ハハハ。

 しの おめさん、やっぱし百姓だべ? 長州は百姓侍だべ。

 甚吉 百姓侍……アハハ! 弥助に聞かれたら、ぶち殺されるぞ。

 しの 弥助………。

 甚吉 ああ、百姓じゃ、わしゃ百姓じゃ。この手ぇ見てみぃ。鍬ダコじゃ。……ほれ。(しのの手を取ってさわらせる)

 しの (甚吉の手のタコにさわって)ずないタコ。

 甚吉 ズナイ? (言葉の意味を察して)ハハハ。いんや、こもう(小さく)なった、やおう(柔らかく)なった。鉄砲じゃ、タコはできんけえのう。

 しの ………。

 甚吉 なんじゃ、おまえの手は傷だらけじゃな。これは……火傷じゃな。

 しの (手探りする手つきをして)ハハハ、この手が、おらの目ぇだからしょうがねえべ。ぶっつけだり、引っかけだり。

 甚吉 ………。

      間。

 甚吉 ほうか、きょうはお盆か。お盆じゃったのう……。

 しの んだ、お盆だべ。

 甚吉 (望郷の念がわき上がって)フム……。

      お囃子の音が遠く聞こえる………

 甚吉 盆踊りが好きなんか、おまえ?

 しの うん。死んだかあちゃんと一緒に踊ってる気ぃする。じさまもばさまも一緒にけえってくる気ぃする。ヤレサー揃うた揃うたよ 踊り子が揃うたサヨ――、どんな踊り踊ってる、おめさんの国では?

 甚吉 わしの国か? 周防長門か。

 しの んだ。

 甚吉 同じじゃ、同じ。みながつどうて、ご先祖様拝んで、唄、うとうて、輪こさえて……。なつかしいのう。(目をつぶって思いを馳せて。耳に手を当てて)フム……太鼓が聞こえる。ン……稲の匂いがする、土の匂いが……。こねいなとこまで来て、わしゃなにしちょるんじゃろうか……。

      お囃子の音………

      長持の蓋がそっと押し上げられて、中から主税が様子をうかがう。隙あらば甚吉を斬ろうという構え。甚吉が目を開ける気配を察すると、また長持に隠れる。その様子を竹熊が布団から首を伸ばして怖々見ている。

 甚吉 (つぶやいて)かあちゃんまめにしちょるじゃろうか……。

 しの かあちゃん? どんなかあちゃんだ、おめさんのかあちゃんは?

 甚吉 口うるさいおなごじゃ。二言目には草刈りせいじゃ、ハハハ……。

 しの 村が恋しくねえのが? かあちゃん恋しくねえのが?

 甚吉 わしが恋しいと思うても、相手がそうは思わんかものう。ゴクツブシとかグレモノとか、行くとこのうなって奇兵隊に入ったんじゃとか言われちょったけえのう……(目尻の涙をぬぐって)いかんいかん、目から汗が出た。

 しの ………。

      間。

 甚吉 よし、一つここの踊りを習うてみようかのう! おい、娘、教えてくれんか。

 しの うん! 立ってくんちぇ。おらのやる通りやっせ。

 甚吉 ヤルトオリヤッセ……ああ、わかった。やる通りやっせ、じゃ。ハハハ!

      しのが唄いながら振りを教える。甚吉がその後からついて真似る。

 しの ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ……

 甚吉 ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ……

 しの 道の小草にヤレサノー 米がなる……

 甚吉 道の小草にヤレサノー 米がなる……

      踊る二人に気づかれぬように、主税がそっと長持から抜け出て、甚吉を斬ろうとねらう。竹熊は怖々見ている。

 しの ヤレサー盆が来たから 帯ゆ買うてちょうだいサヨ……

 甚吉 ヤレサー盆が来たから 帯ゆ買うてちょうだいサヨ……

 しの 当世はやりのヤレサノー しゅすの帯……

 甚吉 当世はやりのヤレサノー しゅすの帯……ハハハ。よし、今度はわしが即興で一つこしらえちゃる。

 しの おめさんが?

 甚吉 ほうじゃ。

 しの うん! 甚吉 見ちょけ。……ヤレサー見せてやりたい 他国の人にサヨ 長州刀のヤレサノー 切れ味を――

      主税が甚吉に斬りかかろうとするが――

 しの おっがね!

 甚吉 なんじゃと!

    主税、しのの大声と、甚吉が振り向いたのにびっくりして、あわてて長持の陰に身を隠す。間一髪。竹熊はハラハラして様子を見ている。

 甚吉 なにを怖がる?

 しの 長州刀の――切れ味を……って。

 甚吉 ………。

 しの おもしれえか、人斬んのは?

 甚吉 なんじゃと?

 しの なあ、おもしれえか、人斬んのは?

 甚吉 ………。

 しの なんにん人斬ったんだ?

 甚吉 え?

 しの 今まで、なんにん人殺したんだ?

 甚吉 わからん。数えちょらん。今じゃ鉄砲じゃ、鉄砲! スナイドル銃で何人も何人も……数え切れん。

 しの おらに貸してくれ、鉄砲。

 甚吉 鉄砲をか?

 しの んだ。

 甚吉 なしてじゃ?

 しの わけもなんもね。

 甚吉 ………。

      甚吉、思案するが、鉄砲をしのに渡す。しの、鉄砲の重さや鉄の冷たさを感じる。

 しの (引き金にさわる)………。

 甚吉 そうじゃ、それに指かけて引くんじゃ。そしたら会津もイチコロじゃ。

 しの ………。

      しの、引き金に指をかけて甚吉に向かって構える。

 甚吉 (唐突に)踊ってくれんか、わしが死んだら?

 しの え?

 甚吉 わしが死んだら、さっきの踊りを? のう?

    しの、鉄砲を甚吉に向けて構えたまま……

 しの んだら(だったら)、おらが死んでも踊ってくれっか?

 甚吉 馬鹿。死ぬのはわしが先じゃ。

 しの そだごどわがんね。

 甚吉 百姓じゃろうが、おまえは。兵隊じゃなぁ(ない)。死ぬのは、わしじゃ……!

      間。

 しの なあ、さっきの答えは?

 甚吉 え?

 しの おもしれえが? 人、殺しておもしれえが?

 甚吉 役目じゃ、それが。戦じゃ、それが。

 しの おらたち百姓殺して、おもしれえが?

 甚吉 なに?

 しの 流れ弾さ当だって百姓いっぺえ死んでぐげんちょも、それもおもしれえが? 家に火ぃつけて、おもしれえが? 田ぁ踏み荒らして、おもしれえが?

 甚吉 もう返せ、早よ! おい!

 しの おらげの(おらの家の)田ぁのあぜ直してくいよ(くれよ)。稲起こしてくいよ。百姓なら手伝ってくれ! 手伝ってくれ!

 甚吉 そりゃわしのせいじゃなぁ(ない)! 戦じゃ、戦。これが戦なんじゃ。早よ返さんか! おい!

 しの いやだ! やだ!

      しのと甚吉、鉄砲をつかみ合い、もみ合う。長持の陰からそっと主税が出て、足音を殺して甚吉に近づく。もう一度主税が甚吉に斬りかかろうとしたその時――

 弥助(声) 見てみぃ、甚吉! 外ぁ星がいっぱいじゃ。天の川じゃ!

    弥助が戻ってくる。主税、あわててまた長持の中に隠れようとするが、それよりは竹熊の寝ている布団に隠れる方が早いと一瞬のうちに判断して、布団に飛び込み隠れる。その勢いで、竹熊が布団から弾き出される。竹熊は布団に戻ろうとするが、主税に強く抵抗され、再び外へと弾き出されて、まるで踊りを踊っているかのようによろける。竹熊がよろけた瞬間に、甚吉が振り返る。

 甚吉 (しのから鉄砲を取り返していて)ハハハ、なんじゃおまえは? なにしちょる?

 弥助 (入ってきて)なんじゃなんじゃ?

      弥助と甚吉、竹熊をじっと見る。

 竹熊 ハハ、ハハハ……。(ごまかして。よろけた手の動きをうまく踊りの所作に使って)ヤ……ヤレサー今年ゃ戦で 穂に穂が咲かんサヨ み、道の小草がヤレサノー 血に染まる……、なんて。ハハハ……!

 弥助 ふざけた踊りじゃ。

 甚吉 おぬし元気じゃなぁ(ない)か?

 竹熊 踊りど聞くど居でも立ってもいられねえ、ハハハ……。

 しの 初めで聞いだわ、とうちゃんが踊り好ぎとは。

 竹熊 バ、馬鹿。おらぁ、ん(生)まれ落ぢだどぎがら踊り好ぎだわ。オギャーつって踊ってだわ、ハハハ……。(仕方なく続きを踊って)道の小草にヤレサノー うじがわく……、なんて。

 しの とうちゃん、唄ちが(違う)べ。こうだべ。ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草にヤレサノー 米がなる……

      しのが唄い踊る。竹熊も踊る。甚吉も踊る。

 竹熊 (しのと一緒に)……ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ……

 甚吉 (しのと一緒に)……道の小草にヤレサノー 米がなる……

 弥助 なんじゃ、甚吉、おまえまで。わしらは戦に来ちょるんど。百姓とはちがうんど。

 甚吉 (踊りをやめて)………。

 弥助 ほうじゃ。思い出したんじゃが、おまえ、竹熊ちゅうんじゃないか。

 竹熊 はい……?

 弥助 やっぱりおまえじゃったか。

 甚吉 なんじゃなんじゃ?

 弥助 こいつじゃ、こいつ! 庄屋の小平七郎に忠言して官軍に抜け道を教えてくれたのは。

 甚吉 抜け道を?

 竹熊 ヒェェ‼ (人差し指を口に当てて)シイィィィッ!

 弥助 なんじゃ、シイィィィッとは? 褒めようとしとるんじゃなぁか。ありゃ大働きじゃった。のう、竹熊。あれで会津は総崩れじゃ。

 竹熊 (布団にいる主税を気にしてごまかして)だ、だれか、人まちげえじゃ……

 弥助 んにゃ、まちがぁなぁ(間違いない)。目の見えん娘がおると聞いた、あばた面の。家を焼け出されてあばら家に住んでおると。ほうじゃろ?

 竹熊 ハハハ……

 弥助 褒美をやらんにゃいけんと、隊長も言うておりんさった。よかったのう、竹熊。

 竹熊 ほ、褒美を……ほんとが! ……んだげんちょも、おらぁ……(弥助にささやいて)庄屋様に言いつかって抜け道を教えただけで。年貢を半分にしてくれるっちゅうもんだから、官軍様が……

 弥助 年貢のことはともかく……おまえのお陰で会津は猿のごとく逃げていきよったわ。アハハ、ハハハ! ほいほいさっさ、ほいさっさ!

 甚吉 ハハハハ、会津は猿じゃ! (竹熊に)のう? ほいほいさっさ、ほいさっさ!

 竹熊 (仕方なく追従して)ハハハ……ほいほいさっさ、ほいさっさ……ほいほいさっさ、ほいさっさ!

 主税 おのれぇぇ‼

      主税、怒り心頭、布団よりバッと起き上がり、弥助たち長州兵がいるのも忘れて竹熊に斬りかかる。

 主税 裏切り者め! 待て! おい! 大人しゅうしろッ!

 竹熊 アワワワワッ……助けてくれッ! 助けてくれ‼

 しの とうちゃん! とうちゃん!

      竹熊、必死に逃げる。主税は足を引きずりながらも何度も竹熊に斬りかかる。驚いた弥助と甚吉は一瞬啞然とするが、ハッと我に返って――

 弥助 会津じゃ……!

      弥助と甚吉、二人掛かりで主税を捕らえ、刀を叩き落とし、取り押さえる。

 主税 ウググッ、離せ! 離せッ!

 弥助 会津め! こねいなとこに隠れちょったか!

 主税 ウムムッ、無念! 無念! ……さあ、殺せ、殺せ! しかし、その前にこの男を渡してくれッ。この男の卑怯千万な手口によって、多くの味方が死んだのだ。武士の情けをッ。

 弥助 馬鹿を言え。それが戦じゃ。抜け道教えてなにが悪い。頭使うて、策練って、使えるもんみんな使うて勝つのが戦じゃ。馬鹿正直に刀と槍で正面から戦う会津が悪いんじゃッ。

 主税 ウググッ……!

 弥助 それにこの男も、庄屋に気に入られたい一心でしただけのこと。庄屋のこぼすおこぼれ拾うて生きとる百姓もおる。それが会津にはわからんのじゃろうのう、ハハハ。百姓ちゅうもんはそねいなもんじゃ。

 主税 (冷笑して)フンッ。さすがは百姓侍だの。百姓の気持ちがようわかるわ。

 弥助 なにぃ! もういっぺん言うてみぃ!

 主税 (弥助を睨みつけて)……!

 甚吉 弥助。

 弥助 ………。

      間。

 弥助 さ。命乞いしろ。

 主税 武士は命乞いなどせんッ。

 弥助 笑わせるのう。官軍に捕まった会津の豚どもは、みんな涙流して命乞いしよったど。ハハハ……耳そいで、鼻そいで、指つぶしたら、どんな男も命乞いする。陣所の秘密も漏らすわのう。

 主税 会津武士にそのような者はおらん!

 弥助 ほうかの……家老の息子のなんたら帯刀(たてわき)は、会津の侍ではないんかの?

 主税 なに、帯刀様?

 弥助 小便たらして命乞いをしよったが、ありゃ会津じゃなかったか。ハハハハ。

 主税 おのれぇ!

 甚吉 ま、会津は殿さん(とんさん)が輪をかけた腰抜けじゃっちゅうけえのう。仕方ないんじゃろうのう。

 弥助 ほうじゃ、錦の御旗を見て、「(腰抜けふうに)錦旗(きんき)じゃ、錦旗が出た!」と、将軍慶喜とお手手つないで大坂から逃げ出しよった、ハハッ、ハハハ! 鳥羽伏見で戦うちょる家来見捨てて逃げ出しよった。まるで尻をかろげたお猿の駕籠屋みたいにのう。ほいほいさっさ、ほいさっさ。ほいほいさっさ、ほいさっさ。アハハハ!

 甚吉 ハハハハ!

 主税 (悔しさに歯噛みして)グググッ……!

 弥助 悔しかったらなんとか言うてみぃ!

      間。

 主税 偽物ではないか……。

 甚吉 なに?

 弥助 なんじゃと?

 主税 おぬしらの掲げた錦の御旗は偽物ではないか。長州薩摩が組んで、偽物を作らせたと聞いた。大久保・西郷がにせの御旗を作ったと。いや、倒幕の密勅そのものが偽物。まだお若い天子様をだまし、薩長の言いなりに――

 弥助 天子様を馬鹿にするんか! 年が若いけえ周りのもんに言いくるめられるうつけもんじゃと。

 主税 いや、そうではない、そうではない! われらは天子様をお迎えして、会津に江戸を造るのだ。

 甚吉 会津に江戸を⁈ こりゃたまげた話じゃ。

 弥助 寝言を言うな!

 主税 長州こそ偽物!

 弥助 なにを!

 甚吉 またふざけたことを。長州のどこがにせもんなんじゃ?

 主税 長州兵こそ偽物ではないか! 本物の武士ではない。百姓の集まりではないか。紙屑拾いの格好をして、寝っ転がって鉄砲を撃って。ハハハ、賊じゃ賊、山賊じゃ。

 弥助 わしら侍じゃ! にせもんじゃなぁ(ない)!

 主税 ……では先祖の話をしてみろ。家系図を見せてみろ。

 甚吉 か……家系図?

 しの (小声で)家系図……てなんだ、とうちゃん?

 竹熊 (小声で)ほれ、親のまた親がだれだっつうあみだくじみてえな……。

 しの 親の親……。

 主税 そうだ、その家系図だ。(弥助と甚吉に)おぬしら家系図を持っておるのか。わたしは奥州藤原家を家祖とする飯沼家当主飯沼主税だ。徳川幕府開闢(かいびゃく)以来、会津藩祖保科(ほしな)家に仕える家柄だ。どうだ。おぬしの先祖はなんだ? 百姓だろう。何代さかのぼっても百姓だ。肥溜めの匂いのする百姓だ。

      お囃子が流れてくる………

 弥助 チッ。よう似ちょるのう、口のきき方が。のう、甚吉?

 甚吉 ああ……よう似ちょる。

 主税 だれにだ? だれに似ておる?

 弥助 フンッ。奇兵隊にも武士がおる。半分が侍じゃ。藩から家禄をもろうちょる侍連中じゃ。百姓出のわしらを馬鹿にしておんなじような口をきく。どん百姓のと、肥溜め侍のと……。じゃが、城勤めの侍こそ臆病者。エゲレスやフランス……夷狄(いてき)の大砲に腰を抜かして小便ちびりよる連中じゃ、ハハハッ!

 主税 会津武士に臆病者はおらん。長州と一緒にするな!

 弥助 黙れ! 臆病者!

 主税 百姓侍! 偽物めが!

 弥助 (刀の柄に手をかけて)黙れ! 黙れ! 黙らんと命はないぞ!

 主税 どん百姓めが! 肥溜め侍‼

 弥助 黙れッ!

 主税 (唾を吐きかけて)この百姓がッ!

      弥助、カッとなり刀を抜くと、主税の胸を突き刺す。

 甚吉 弥助ッ!

 弥助 馬鹿たれが! 馬鹿たれが!

 主税 ウグーッ……!

      主税、憎しみの形相で絶命する。

 弥助 馬鹿にしくさって。蛤御門の恨みじゃッ……!

 しの なじょった! なじょった?

 竹熊 アァッアアアァ……!

 甚吉 弥助のやつが……会津兵を……。

 しの アアッ、アァア……! むごいべえ……むごいべえ……!

      しの、衝動に突き動かされて踊る、死者の霊を慰めるために。

 しの ヤレサー見せてやりたい 他国の人にサヨ……

 竹熊 しの! やめろ!

 しの 長州刀のヤレサノー 切れ味を……

 弥助 ……やめろ。やめろ!

 しの (構わず踊って)ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草に――

 弥助 ならん、踊りは!

 しの ……!

      弥助、しのの額に銃口を当てた。

 しの 弔いだべ。なにすんだ?

 弥助 会津のために踊ってはならんッ。弔うことあいならんッ。

 しの なして? なして!

 弥助 会津は朝敵じゃ! 徳川慶喜の謀反に味方して、錦旗に発砲した大逆無道の輩(やから)じゃ。弔うことあいならんッ。踊れば……殺すぞ!

 しの (それでも踊ろうとして)ヤレサー揃うた揃うたよ 踊り子が揃うたサヨ――

 弥助 (一層の大声で)踊るなっちゃあや!

 しの (弥助の大声に思わず動きが止まって)……!

      間。

 弥助 ええか、よう聞け……その踊り、長州がもらうた。わしがもろうた。長州分捕りじゃ!

 竹熊 長州分捕り……!

 弥助 わしが分捕った!

 しの 死んだらみんなおんなじだべ!

 弥助 同じじゃなぁ(ない)。死んでも罪は消えん。死体もそのまま腐らせとけ!

 しの 死んだもんになんの罪があるっつうだ?

      しの、強引に踊ろうとする。

 しの ヤレサー今年ゃ豊作――

      弥助、鉄砲をドン!と宙に向けて撃つ!

 甚吉 待て待て! 待て、弥助! 同じ百姓じゃなぁか。踊りくらいええじゃなぁか。

 弥助 会津の味方するもんは、御一新の邪魔をするもんは、百姓でも許さん!

 甚吉 御一新はそねえなもんか。百姓も殺さんにゃあいけんのか。わしにぁおまえの気持ちがようわからん……。

 弥助 甚吉の臆病もんがッ。腰抜けがッ。

 甚吉 なんじゃと! 弥助 生き肝でも喰うてしゃきっとせえ! 人のケツのあとばっかヘコヘコついてきてからに。

 甚吉 な、なにを! おまえこそ目ぇ覚ませ。百姓おどさんにゃあならんような御一新は、わしらの願う御一新じゃなぁ(ない)!

 弥助 なんじゃと!

 甚吉 そねいな世の中、ええことないわ。

 弥助 馬鹿たれが!

 甚吉 馬鹿っちゅうな! クソォ、馬鹿っちゅうな、おまえはッ! 人を馬鹿馬鹿言いくさって――!

      甚吉、弥助につかみかかる。二人はつかみ合い、睨み合い、もつれ合う。しかし、甚吉は弥助に殴り飛ばされる。

 甚吉 クソォッ……クソォ……!

      しの、再び踊る。

 しの ヤレサー見せてやりたい 他国の人にサヨ 長州刀の――

 弥助 踊るな! 踊るなっちゃあや! 踊るなッ!

 しの (一瞬の間の後また踊る。皮肉を込めて)ヤレサー見せてやりたい 他国の人にサヨ 長州刀のヤレサノー 切れ味を……

      しの、踊る。その手つき腰つきのたおやかさが、興奮が醒めやらぬ弥助に、新たな欲望の油を注ぐ。

 しの (その姿は美しい)ヤレサー揃うた揃うたよ 踊り子が揃うたサヨ 稲の出穂よりヤレサノー よう揃うた……

 弥助 ……甚吉。……甚吉!

 甚吉 なんじゃ?

 弥助 おまえ、親父とこの会津兵を向こうにやって、肝を煮てこい。

 甚吉 キモ?

 弥助 肝じゃ、肝。肝喰うたら精が付くっちゅうじゃろうが。その弱気の虫を直せッ。

 甚吉 じゃけど……肝を喰うたら、気が狂うと言うぞ、目ん玉が飛び出すと。

 弥助 薩摩に負けられるかッ。薩摩は会津の肝を食うて戦いよるんど。打ち取った敵の首を大皿に並べて酒盛りしよるんど。ええから行ってこい!

 甚吉 のう、冗談じゃろ、弥助? のう……?

 弥助 早くしろッ。伍長の命令じゃッ。

 甚吉 じゃけど……

 弥助 佐々甚吉! 命令が聞けんのかッ! 佐々甚吉ッ! 命令じゃ‼

 甚吉 (軍人として反射的に姿勢を正して)はい! ……親父、手伝え。

 竹熊 へ? へえ……。

      甚吉、内心不服だが、仕方なく竹熊と一緒に主税の死体を外に担いでゆく。

 しの ヤレサー揃うた揃うたよ 踊り子が揃うたサヨ 稲の出穂よりヤレサノー よう揃うた……

      踊るしの。弥助、しのに手を伸ばす。しの、勘よく逃れて弥助の気を逸らそうとする。

 しの なにすんだ……?

 弥助 こら、こっち来い。……おい。……こら。

 しの 長州の――、長州の――

 弥助 長州の、なんじゃ?

 しの 長州の……田んぼはどうだ? もう穂が出たが?

 弥助 そんなもん知らん。来いッ。

 しの 白河の米はどうだ? うめえが?

 弥助 そりゃ長州じゃッ。山口じゃ。山口は秋穂の米じゃ。フン。そねいなことより鉄砲の話でも聞け。これがスナイドルの元込めじゃ。七連発じゃ。ええじゃろう、のう? それに引きかえ会津はヤーゲル銃じゃ。先込めじゃ。いや、種子島(火縄銃)使うちょるやつもおる。それが長州と戦おうっちゅうんじゃけえアホたれじゃ。話にならん。そう思わんか。

      間。

 しの いつから侍になったんだ? ほれ、なにが(なんとか)言ったべ……んだ、奇兵隊に!

 弥助 馬関で夷狄(いてき)と戦うてからじゃ。攘夷じゃ、攘夷。わしも甚吉も毛唐から国を守るために立ち上がったんじゃ! 「今にきっと夷狄が攻めてくる。エゲレス、フランス、メリケン……世界が攻めてくる。そのとき武士では間に合わぬ。百姓兵でなくては役に立たぬ。命を惜しまぬ者でなければならぬ。そういう者は奇兵隊に集まれ」とな、国中が一つになった。士農工商一つになって、天下に比べるもののなぁ奇兵隊が出来上がったちゅうわけじゃ!

 しの それが……なしてここさいる? 自分の国守ってだらよがったべ?

 弥助 ハハハハ! それがのう、攘夷攘夷言うちょったんが、いつの間にやら倒幕に……徳川慶喜憎し、会津は松平容保(かたもり)憎しに変わって……気がづいたら会津を追ってここまで来ちょったっちゅうわけじゃ。不思議よのう、こんなみちのくまで……。

 しの ………。

 弥助 じゃが、こねいなことでもなぁと、おまえとも出逢わんかったかもしれん。人の世はおもしろいのう。「おもしろきこともなき世をおもしろく」じゃ。(しのに手を伸ばす)

 しの (逃れて)おめさんは――、おめさんは、だれのために戦ってんだ?

 弥助 だれのため?

 しの 奇兵隊は、官軍は、だれのために戦ってんだ?

 弥助 じゃから国のためじゃ。国の百姓のためじゃ。こっち来い。

 しの 白河で戦ってっとも(戦ってるのも)、お国の、長州の百姓のためになんのが? アハハ、そりゃおかし(い)べ!

 弥助 今は……御一新のためじゃ。

 しの 御一新。御一新はだれのためだ?

 弥助 決まっとる、天子様のためじゃ。新しい世のためじゃ。

 しの おめさん、天子様見だごどあんのが?

 弥助 ば、馬鹿たれ。

 しの 天子様は百姓が?

 弥助 馬鹿か。天子様が百姓なわけなぁじゃろうが、アハハハ!

 しの んだらなして戦う? 天子様が百姓でねえんなら?

 弥助 (困って)そりゃ……おまえ……、うるさいッ。侍になるためじゃ、侍に! 新しい国をつくるためじゃ!

 しの なして侍になる? 百姓でいいべ。

 弥助 うるさい! わしゃどこにも帰るとこがないんじゃ! 次男三男のゴクツブシは、家におるとこが一つもないんじゃ。

 しの ……!

 弥助 もうそねいな話はええから、こっち来い!(しのの手をつかむ。トふとその手を止めて)おまえ……だれかに似ちょると思うたら、甚吉の妹に似ちょるんじゃな。かよによう似ちょる……。

 しの 甚吉って……もう一人の人が?

 弥助 こっち来い。

 しの どごが似でんだ? あばた面かその妹も? 目が見えねえのが?

 弥助 目は見える、かよは。あばたなど気にせんでええ。(いやらしく笑って)ついちょるもんがついちょらええ、穴さえ開いちょら。

    弥助、片手に鉄砲を持ち、もう片方の手でしのの手を取って、力尽くで家の奥に引きずり込もうとする。

 しの なにすんだ!

 弥助 分捕りじゃ、分捕り。これこそ分捕りじゃ!

 しの やめでくんちぇ! いでえ(痛い)! やだッ。やだッ。

 弥助 大人しゅうせえ!

 しの やめでくんちぇッ。とうちゃん! とうちゃんッ! 助けでくんちぇ!………

 弥助 来いッ!

      弥助、強引にしのを家の奥へ連れて去る。 

     しばし舞台沈黙。………

 甚吉(声) 弥助、肝が煮えたぞ!

      ト甚吉と竹熊、来る。

 甚吉 弥助。どこ行った? おーい。おまえ本当に喰うんか、これ? 気色悪い色じゃ……。

 竹熊 ………。

 甚吉 (肝を見ながら独り言)弥助ならこう言うじゃろのう……おまえは勇気が足りん。鉄砲撃つときもいっつも腰が引けちょる。そねいなそ見られたら長州の名折れじゃ。喰え、喰え!

 竹熊 ………。

      間。

 甚吉 (ふと竹熊を振り返って)……笑ったの?

 竹熊 へ? 甚吉 笑ったの、おまえ。そんなにわしがおかしいか。

 竹熊 と、とんでもねえ。

      間。

 甚吉 喰ってみろ。

 竹熊 へっ⁈

 甚吉 この肝喰ってみろ。

 竹熊 ふぇっ⁈

 甚吉 肝喰うと、どうなるか見てみたいんじゃ。本当に気が狂うんか、目玉が飛び出すんか。喰ってみろ!

 竹熊 そだばが(馬鹿)なごど……

 甚吉 冗談じゃなぁ(ない)。ええから喰え!

 竹熊 やだ!

 甚吉 喰え!

 竹熊 やめでくんちぇ! 勘弁してくんちぇ!

 甚吉 喰えっちゃ! 喰え!

      甚吉、逃げる竹熊を追いかけ回す。

 竹熊 やめでくれえ!

 甚吉 喰え、喰えッ!

      甚吉、竹熊を捕まえて、嫌がる竹熊の口に無理やり肝をねじり込んで食べさせようとする。

 竹熊 ウゲェッ、ま、待って! 待ってくんちぇッ。これを、これを!

      竹熊、甚吉の手からなんとか逃れ、主税からもらった錦切れを取り出す。手柄を立てたような照れ笑いを浮かべる。

 甚吉 錦切れじゃなぁか。なしてこれを?

 竹熊 ヘヘヘヘ。

 甚吉 盗人か! おまえ、錦切れ泥棒か?

 竹熊 ま、まさかっ。

 甚吉 天子様の錦切れじゃ。わしら官軍が賜った肩印じゃ。それを盗るのは盗人じゃ!

 竹熊 んだがら、ちが(違う)べ。あ、あの会津兵から取っけえしたんだべ。おらが取っけえしただ。

 甚吉 こりゃ、仲間の中村五楼(ごろう)の錦切れじゃ……!

 竹熊 あの、ヘヘヘ……ご褒美を……。

 甚吉 まことに盗っ人じゃないんじゃな?

 竹熊 んだがら、あの会津のお侍がら……。

 甚吉 ………。

      間。

 竹熊 んだげんちょも、なんだべ……

 甚吉 ん?

 竹熊 (睨まれて言葉を引っ込めて)いや、なんでもね……。

 甚吉 なんだ、気になるじゃろうが。言え。

 竹熊 いや、その……長州様もやりようがあったべど思ってよ。

 甚吉 なに、やりよう?

 竹熊 関わりねえ人らの田ぁ荒らして……。おんなじ百姓だっつうでねえが。そだ布切れ一めい(枚)付けだがらって、威張らねえでも……

 甚吉 錦の肩切れじゃ! わからんのか! ありがたいもんなんじゃ、錦切れは。ありがたいもんなんじゃ……!

 竹熊 いや、そらそだ。んだんだ……ヘヘヘ……。

 甚吉 わしらは御一新のために戦うとるんじゃ。ええ? そうじゃないか。

 竹熊 んだんだ、そりゃそだべ……ヘヘヘ……。んだげんちょも……

 甚吉 なんじゃ?

 竹熊 ……それは徳川様よりええ世の中になんのがない? 家ぇ焼いて田ぁ荒らして人いっぺえ殺して……。おらぁ戦がねげれば、喰ってがっちゃ(喰っていかれれば)、徳川様でも長州様でも――

 甚吉 もう黙れ!

 竹熊 へ、へいッ。

      間。

 甚吉 おまえには、わしらの気持ちがわからんのじゃろうのう……! 百姓でもなぁ(ない)侍でもなぁ(ない)わしらの気持ちは……。

 竹熊 ………。

      間。

 竹熊 ヘヘヘ……んで、あの……ご褒美は……?

      ト絹を裂くようなしのの悲鳴!

 しの(声) やめでくんちぇー‼ やめでくんちぇー‼

      ドンッ!と胸を貫くような銃声! 弥助がしのを奥に連れていった辺りから衝撃音がする。

 甚吉 ――!

      一瞬の静寂。お囃子が聞こえてくる………

      甚吉が家の奥へ飛び込もうとしたとき、弥助が幽鬼のようにふらふらと出てくる。顔は血だらけ。手にはだらりと鉄砲を提げて。その様子に息を飲む甚吉と竹熊。

 甚吉 なした? おい、弥助? おい……!

 弥助 ……死んだ。おなごが死んだ。

 甚吉 え⁈

 竹熊 ヒィッ……!

 弥助 勝手に、自分で――。わしがちょっとかわいがっちゃろうとしたら……自分で鉄砲を――。目が見えんと思うて油断しちょった……!

 竹熊 (半狂乱になって)アアッ、アァアァァッーーー‼

    甚吉、家の奥に駆け込む。

 竹熊 (弥助に迫って)うそだべッ、うそだべッ……? なあ……? なあッ……!

 弥助 ……!

      甚吉、戻ってくる。

 甚吉 おまえ……弥助……おまえ、なにしとるんじゃ!

 弥助 フンッ、気にするな……おなごの一人や二人おんなじことじゃ。

 甚吉 本気か、そりゃ、弥助?

 弥助 ああ。

 甚吉 むごいのう、むごいのう……!

 弥助 惚れちょったんかおまえ、あのおなごに? ハハハハ! 一発やっちょきゃよかったのう、ハハハハ。

 甚吉 それでも人か、弥助。これじゃおまえは、人非人じゃ!

 竹熊 (泣き狂って)アアッ、アアアッァァッ……!

      甚吉、何かが取り憑いたように踊り出す。

 甚吉 ヤレサー盆が来たから 帯ゆ買うてちょうだいサヨ……当世はやりのヤレサノー しゅすの帯……

      踊る甚吉。

 弥助 やめろ、やめろ!

 甚吉 ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ……

 弥助 踊るな、甚吉!

 甚吉 ……道の小草にヤレサノー 米がなる……!

      竹熊も踊り出す。

 竹熊 ヤレサー揃うた揃うたよ 踊り子が揃うたサヨ……

 弥助 やめろ! わしゃその踊りを分捕ったんじゃ!

 竹熊 ……稲の出穂よりヤレサノー よう揃うた……

 弥助 やめろ、やめろ! やめろー‼ ああっクソォォ……!

      弥助、頭を抱え込む。

 甚吉・竹熊 ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草にヤレサノー 米がなる……

 弥助 狂うたか、おい、甚吉! ハハ、ハハハ。肝喰うて、狂うたか……!

 甚吉 ヤレサー見せてやりたい 他国の人にサヨ 長州刀の――

      甚吉、急に踊りをやめる。

 甚吉 やめる、わしゃやめる……!

 弥助 え? なにを……なにをやめる?

 甚吉 わしゃ侍やめる……奇兵隊やめる……!

 弥助 肝喰うて、気がちごうたか! ハハ、ハハハ!

 甚吉 ………。

 弥助 次は会津の殿様(とんさん)の首じゃッ。会津城下へ総攻撃じゃッ。

 甚吉 ………。

 弥助 のう、やめてどこに行くとこがある? 奇兵隊におるから飯が喰える、刀が持てる、武士になれる。やめて田舎に帰れば、わしらゴクツブシじゃ。おまえの家など食う米もないぞ。やめるも地獄、やめぬも地獄よ。同じ地獄なら奇兵隊におって戦った方がええ!

 甚吉 このまま人、殺し続けるんか? 肝喰うて、百姓殺して。

 弥助 なんじゃ急に。これはただの人殺しじゃなぁぞ。御一新じゃ。朝敵を征伐する立派な仕事じゃ!

 甚吉 むごいのう、むごいのう……! これがわしらの御一新か……わしらの戦か……!

      沈黙。

 弥助 いぬるぞ、甚吉。隊に戻って報告せにゃならん。

 甚吉 ヤレサー……

      甚吉、また踊り出す。

 甚吉 ……今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草に――

 弥助 ええ加減にせえ! やめんか、甚吉! やめろ! 命令じゃ!

 甚吉 約束じゃ、約束なんじゃ! あのおなごと約束したんじゃ。死んだら踊るって、どっちかが死んだら踊るって……! (涙を落としながら)ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草にヤレサノー 米がなる……―― 

弥助 やめろ! 甚吉! 命令じゃ! 命令じゃ‼

      踊る甚吉。

 甚吉 ヤレサー見せてやりたい 他国の人にサヨ 長州刀の――

 弥助 やめんと撃つぞ! 甚き――

      ト弥助、気づいてギョッとする。

 弥助 な、なんじゃ、おまえ⁈

 竹熊 うおっおぉぉーーー‼

      竹熊が主税の刀を手に弥助に体当たりするように突進する。それに気づいた弥助が銃の引き金を引く。その銃声とともに素早く暗転――! 銃声の余韻と闇の中、甚吉の唄う白河踊りだけが聞こえる………

 甚吉(唄) ヤレサー揃うた揃うたよ 踊り子が揃うたサヨ 稲の出穂よりヤレサノー よう揃うた……

      満天の星明り……流れ星が三つ流れて…… 


 【処刑場 その二】

      甚吉、踊っている。時は夕暮れ。やがて夜になり星が出る。

      処刑人一・二が甚吉に向かって刀を構え、じりじりとにじり寄る。

 甚吉 ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草にヤレサノー 米がなる……

      さらし首たち。

 さらし首たち うらめしいのう。

 さらし首一 見てみい、馬鹿みたいに踊りよるで。

 さらし首二 盆じゃからちょうどええんじゃなぁか。

 さらし首三 なんでも肝喰うたというぞ、人の生き肝を。

 さらし首一 肝喰うなんて正気じゃねえな。

 さらし首二 わしらは正気じゃったんか、ええ? 御一新のために気がちごうちょったんじゃなぁか。

 さらし首三 ハハハ……まっこと気がちごうちょったんかもしれんのう。

 さらし首たち ハハ、ハハハ……うらめしいのう!

      甚吉、踊る。

 甚吉 ヤレサー見せてやりたい 他国の人にサヨ 長州刀のヤレサノー 切れ味を……

      処刑人たち、さらに甚吉ににじり寄る。

 処刑人一 やめろやめろ。邪魔だ邪魔だ。今から処刑じゃというのがわからんのか!

 甚吉 待ってくれ、もうちょっと待ってくれ! お願えします、お願えします。きょうはお盆じゃなぁか、盆踊りの夜じゃ。話があるんじゃ、話が。お願えします。……ほれ、お囃子じゃ、お囃子が聞こえてきた。

 処刑人二 ……ハッ。なんにも聞こえりゃせんじゃないか。

 甚吉 この通りじゃ、頼んます。この通り!

 処刑人二 (処刑人一の顔を見る)………。

 処刑人一 (情けをかけて)暮れ六つの鐘が鳴り終わるまでじゃ。ええな!

 甚吉 すんませんッ。

      処刑人たちはまた少し離れて人形のように立つ。………

 甚吉 弥助、弥助。

 弥助 なんじゃ、甚吉。

 甚吉 わしゃのう、山口に帰ってから眠れんのじゃ、恐ろしゅうて眠れんのじゃ。なしてあんなむごいことができたんかのう。

 弥助 ハハハ、おまえは虫もよう殺せんような男じゃったけえのう……。

 甚吉 ……わしゃ夜中に起き出して、この踊りを踊るんじゃ。そうすると、あのおなごの声が耳に蘇ってくる、唄が頭ん中ぐるぐる回る。一晩中踊るんじゃ。ほいでようやっと疲れて眠とうなる、うとうとする。明け方、ちょっとの間ぁ(まぁ)眠られる。その繰り返しなんじゃ……仕事などまともにできるわけがなぁ。わしゃ怠けもんじゃ、気が狂うたんじゃ。

 弥助 ハハハ……、わしが分捕った踊りが、おまえに取り憑いたんかもしれんのう。フフフ……。

      間。

 弥助 (つぶやくように唄って)宮さん宮さん、お馬の前でヒラヒラするのはなんじゃいな、トコトンヤレトンヤレナ……。(ふと)甚吉。錦の御旗は山口でこさえたっちゅうのは、ありゃ本当じゃろうか?

 甚吉 偽物じゃと言うちょったのう、あの会津兵は。

 弥助 本物の天子様もひょっとしたら、おらんのかもしれんのう。どっか上の方のこしらえごとなんかもしれん。

 甚吉 んな馬鹿な……!

 弥助 わしら踊らされちょった。遠く奥州白河・会津まで行って、人ようけ殺して。ヒラヒラ踊らされちょった、ヒラヒラ流されちょった。

 甚吉 弥助……。

 弥助 わしらのあとになにが残るんかのう。奇兵隊の栄光か、高杉先生の名前か。

 甚吉 ほうじゃのう……あとになにが残るんやら……。

      寺の鐘が鳴り終わる。処刑人二が刀を構え、弥助の脇に立つ。

 処刑人一 よし、もうええな。鐘が鳴り終わった。

 甚吉 まだじゃ、まだ。早い。早過ぎる!

 処刑人二 うるさいッ。約束じゃ。

 処刑人一 秋穂村百姓弥助。これより処刑を始める。言い残すことはないか?

 弥助 何度言うたらわかるんじゃ、わしゃ柴田弥助じゃ!

 甚吉 弥助……!

 弥助 宮さん宮さん、お馬の前でヒラヒラするのはなんじゃいな……

 処刑人一 唄はやめろと言いよるじゃろ!

 弥助 (少々ムキになって)トコトンヤレトンヤレナ……

 弥助・甚吉 (甚吉もともに唄い出して)……あれは朝敵征伐せよとの、錦の御旗じゃ知らないか、トコトンヤレトンヤレナ……

 甚吉 (涙声になって)弥助よぉ……!

 弥助 (落涙して)甚吉……ホンマにわしら、維新の線香花火じゃったのう……!

      処刑人二の刀が振り下ろされる。陰で見守っていたかねが飛び出してくる。

 かね 弥助ぇーーーーーー‼

 甚吉 弥助、弥助……!

      弥助、絶命。……ト弥助は、自分の斬り落とされた首を持つようにして立ち上がると、さらし首たちとともに座る。自分の首から下を隠し、さらし首となる。

 かね (さらし首の弥助に向かって)弥助、弥助……!

 甚吉 おばちゃん。

 かね (弥助の頬をなでながら。しかし気丈に微笑んで)こねいなとこでなにさぼっちょる。のう? 草刈ってくれんにゃやれん(困る)でね。百姓なら草取れ。田に草がいっぺぇはえちょるぞ。早よ手伝うてくれ、手伝うてくれ……!

 甚吉 (かねの哀れな姿にまた涙を誘われ)おばちゃん……!

 かね 弥助……弥助ぇ……! 分捕り自慢が、命分捕られてどねいするほかね……! 弥助ぇぇ……!

      かね、弥助の首にすがりついて泣く。処刑人たち、母の姿にもらい泣きしながらも、それを隠して去る。

      遠くお囃子の音………

 弥助 (さらし首のまま)わしゃ武士にはなれんかったんかのう……。

 甚吉 (弥助の声を感じて)なれんかったのう、百姓は武士に……。

 かね (弥助の声は聞こえてない)武士でも百姓でもなぁ(ない)、奇兵隊は……。

 甚吉 ヤレサー……

      甚吉、苦しげに踊り出す。 甚吉 見せてやりたい 他国の人にサヨ……

 かね ああッ、せんない(せつない)ねえ! 御一新になってなにがようなったんかね? ええ目見たそはホンの一握りだけじゃ。馬鹿らしいのう、せんないのう……!

 甚吉 ……長州刀のヤレサノー 切れ味を……

      甚吉、踊っている。

 かね 気がちごうても役立たずでも、生きちょるほうが……。

 甚吉 (踊っている)………。

 かね 甚吉……、甚吉! うちにもその踊りを……踊りを教えてくれんかね!

 甚吉 おばちゃん!

 かね 踊ってくれんかね、教えてくれんかね、弥助のために!

 甚吉 うん……! こうして踊るんじゃ。

      かね、甚吉から振りを習って踊り出す。

 甚吉 ヤレサー見せてやりたい 他国の人にサヨ……

 かね ヤレサー見せてやりたい 他国の人にサヨ……

 甚吉 ……長州刀のヤレサノー 切れ味を……

 かね ……長州刀のヤレサノー 切れ味を……

 弥助 (泣き笑いしながら)踊れ踊れ! そりゃわしが白河から分捕ってきた踊りなんじゃ! 白河からの手土産じゃ! ええ踊りじゃろう、のう? あのおなごから分捕ったんじゃ、のう甚吉! アハハ……アハハハ……! 

      甚吉が踊る。かねも踊る。

 甚吉・かね ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草にヤレサノー 米がなる……

      かね、何事かと集まってきた百姓たちに呼びかける。(観客を百姓に見立てて)

 かね ほれ、見てみんさい、甚吉を。元は奇兵隊じゃが、優しい男じゃ。隊中様(たいちゅうさま=諸隊の兵士こと。親しみを込めて呼ぶ)じゃ。死んだ弥助のために踊ってくれよる。死んだ奇兵隊のために踊ってくれよる。死んだもんらのために踊ってくれよる。あんたらも踊ってくれんかね。ね、ね! みやすい(易しい・簡単な)踊りじゃけえ。ね……!

      甚吉がかねの意を汲んで、周りの百姓たちに踊りを伝えるように踊る。かねも踊る。

 甚吉 ヤレサー揃うた揃うたよ 踊り子が揃うたサヨ……

 弥助 踊れ踊れ! わしがこれ、分捕ったんじゃ! 踊れ踊れ、死ぬまで踊れッ! 夜通し踊れッ! 夜が明けるまで踊るんじゃッ! アハハハッ!

 甚吉・かね ……稲の出穂よりヤレサノー よう揃うた……

      どこからか、しのの唄声が聞こえてくる。

 しの(唄声) ヤレサー盆が来たから 帯ゆ買うてちょうだいサヨ 当世はやりのヤレサノー しゅすの帯……

      涙ながらに踊る甚吉。

 甚吉 ヤレサー盆が来たから 帯ゆ買うてちょうだいサヨ 当世はやりのヤレサノー しゅすの帯……

 かね (真似て)ヤレサー盆が来たから 帯ゆ買うてちょうだいサヨ 当世はやりのヤレサノー しゅすの帯……

 甚吉 ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草に――(弥助の首にすがりついて)弥助、弥助ぇ……!

      ――ト踊りが静止する。

 弥助 ああ、きれいじゃのう。見てみぃ、天の川じゃ! あんときとおんなじ星じゃ。星はちっともかわっちょらん。……いつか時が流れて、だれもわしらのことを思い出さん日がくるじゃろのう。星だけがわしらを憶えちょるような、星だけがすべてを知っちょるような……。ああッ、見てみい、錦の御旗じゃ! 錦旗が天の川にたなびいちょるど。ハハハ、ほれ見ろ、錦切れじゃ! 錦切れがヒラヒラ流れちょる……!

      またお囃子が聞こえてくる……甚吉とかね、踊る。弥助とさらし首たちへの明かりは次第に消えてゆく。

 甚吉・かね ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草にヤレサノー 米がなる……

      甚吉とかねの踊る姿も徐々に消えてゆく………

 しの(唄声) ヤレサー今年ゃ豊作 穂に穂が咲いてサヨ 道の小草にヤレサノー 米がなる………

      死者の数ほどの満天の星の中に、流れ星が一つ流れて………

 ――幕――



 *歴史の事実関係のなかでフィクションとしてワザとずらして書いているものもあります。また逆に、単純に知識不足による間違いもあるかもしれません。間違いの場合はご指摘いただくと幸せます。

 *いわゆる差別語や差別的表現に当たるものがあるかもしれませんが、それは時代性を考慮したり、作品世界をより良く表現するためのものであり、差別をしたり、差別を助長する考えのものではまったくありません。

                                   (作者)


 【参考文献】 「長州奇兵隊」古川薫・創元社 「高杉晋作と奇兵隊」田中彰・岩波新書 「奇兵隊始末記」中原雅夫・新人物往来社 「長州諸隊」(上・下巻)高野義祐・山口民報社 「幕末動乱と開国」世界文化社 「長州奇兵隊」一坂太郎・中公新書 「幕末維新の美女紅涙録」楠戸義昭/岩尾光代・中公文庫 「花神」司馬遼太郎全集・文藝春秋 「世に棲む日々」司馬遼太郎全集・文藝春秋 「峠」司馬遼太郎全集・文藝春秋 「会津戦争全史」星亮一・講談社 「戊辰の内乱―再考・幕末維新史」星亮一・三修社 「会津落城」星亮一・中公新書 「幕末会津藩」歴史春秋出版 「戊辰物語」東京日日新聞社会部編・岩波文庫 「維新閑話」冨成博・長周新聞社 「維新から明治へ」第二巻 冨成博・長周新聞社   「学習漫画日本の歴史13近代日本の夜明け」集英社 「アーネスト・サトウ」古川薫・画/岡田嘉夫・小峰書店 「まんが萩が生んだ若き志士」奈良本辰也監修・山口県萩市・萩幕末維新祭実行委員会 「はじめての総理大臣│伊藤博文」高橋宏幸/小西正保/高田三郎画・岩崎書店 「新しい国家の開花」鳥海靖監修・学校図書 「NHKにんげん日本史西郷隆盛と大久保利通」酒寄雅志監修/小西聖一著・理論社 「明治の世直し」岩崎書店 「かい臨丸アメリカへいく」岩崎書店 「ならぬことはならぬ│少年白虎隊」霜川遠志/さ・え・ら書房 「ふくしまの語り部たち」内池和子・歴春ふくしま文庫 「福島県の民話」日本児童文学者教会編・偕成社 「ばんちゃの昔話」馬場タニ・五十島璃英子・歴史春秋出版 「定本奇兵隊日記」田中彰監修・マツノ書店 「戊辰白河口戦争記」佐久間律堂・戊辰白河口戦争記復刻刊行会 「維新戦役実歴談」(復刻版)児玉如忠編・マツノ書店 「呪われた明治維新」星亮一・さくら舎 「白河踊り」(奥州白河からふるさとへ伝えた盆踊り)中原正男・書肆侃侃房 「白河踊り」(郷土平川のおはなし)絵と文平川里・平川コミュニティ推進協議会 「図説戊辰戦争」木村幸比古編・河出書房新社 「完全図解日本幕末史」宝島社 「まんが会津白虎隊」早川廣中監修/野口信一監修/中島昭二作画・歴史春秋社    

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