児童劇「おうこくの木 ―ケーナとニトの物語―」

戯曲「おうこくの木 −ケーナとニトの物語−」   広島友好

  父を探しに王国へやって来た少年ニトはひょんな事から少女ケーナとともにいじめられていた天使を助ける。ケーナもまた父を探しに王国へやって来ていた。

  天使に導かれるように二人は王宮へやって来る。ニトは王の紋章入りのペンダントを見せ、王様に父ではないかと尋ねるが、「そのペンダントは戦争に役立った者にやった物で、わしはおまえの父ではない」と王宮の外へ追い出されるのだった……


   戦争を背景にした児童劇。

   1999年八雲国際演劇祭にて上演。1999年9月初演。

   男2他・女3他。100分。  


      おうこくの木  ―ケーナとニトの物語―

            作・広島友好


  ○時……今ではない昔のこと

  ○所……ここではないある所

   ○登場人物

   ケーナ(女の子)

   ニト(男の子)

   店の亭主

   王様

   ホームレス

   武器商人

   木こり

   武器商人の娘

   おかみさん(人々3)

   おうこくに住む人々

   兵士・衛兵

   天使(王の執事・武器商人の会計係・おうこくの木)


*注……初演時では、この台本は、役者が半仮面をつけ登場人物を演じることを想定して書きました。また、大人たち(店の亭主・王様・ホームレス・武器商人・木こり)はひとりの役者が仮面をつけ替えることで演じ分けることを想定していました。 けれど、仮面をつけなくても、また役を兼ねなくても自由です。(作者)

(天使は中年の女性をイメージし、ふくよかでコミカルな動きの中にも母性を感じさせる役者に演じさせたい)


    ……プロローグ……

    音楽が流れ始めると、役者たちが夢のびっくり箱から飛び出してくる、この物語の絵本の扉を開くように。

    歌「夢の絵本」

 歌  子どもだった きみの指が

    絵本の表紙 めくるように

    夢の扉あけてごらん

    大人の仮面 ポッケにしまって

    ぼくらは声 ぼくらは言葉

    ぼくらは色 ぼくらは絵

    夢の絵本 ララ 動き出すよ

    大人んなった きみの声が

    絵本の話 聞かすように

    夢の国で遊んでごらん

    子ども時代の チケットをもって

    ぼくらは歌 ぼくらは踊り

    ぼくらは夢 ぼくらは詩

    夢の時が ララ まわり出すよ


    1……出会いは物語の始まり……

    おうこくの冬の祭の夜。

    おうこくに住む人々が、歌い、踊り、楽器を演奏し、祭の夜を楽しんでいる。

    輪踊りが始まる。

歌・踊り 誰だって生まれる 祭の夜さ

      神様だって生まれた この夜に

      子牛だって 人だって

      星だって 風だって

      誰だって踊れる 祭の夜さ

      神様だって踊るさ この夜に

      羊だって 鳥だって

      森だって 海だって

    西の国から少年ニトが一人歩いて旅してくる。胸におうこくの王の紋章入りのペンダントをぶら下げている。継ぎはぎだらけのズボンのポケットにはハーモニカが入っている。

 ニト (ペンダントを見、辺りを見回して)やっと着いた、おうこくに。……不思議だな。ずいぶん歩いた気もするし、まだ歩き始めたばかりだという気もする。何だろ、踊ってる。ああ、祭なんだ、きょうは。みんなで踊るってどんなだろ。みんなで歌うってどんなだろ。ここにいるんだろか、ぼくの、とうさん……。

    ニト、吸い寄せられるように輪踊りに近づいていく。

 歌・踊り 一人が二人に増えました ヘイ 

     二人が三人になりました ヘイ

      三人は四人になるでしょう ヘイ

      楽しい輪踊り続けましょう

    輪踊りする人々がニトに踊りに加わるよう誘いかける。

    が、ニトは踊りに加わろうとしない。

 人々1女 (踊りながら、以下同じ)どうしたのさ、踊らないの?

 人々2女 突っ立ったまんまじゃ氷柱(つらら)になっちまうよ。

 人々3女 あんた見かけない顔だね。

 人々1 他所者だよ。

 人々2 どこから来たのさ?

人々4男 どこからだってかまうもんか。

 人々3 どうしてさ、大事なことだよ。

 人々4 きょうは神様の生まれた祭の夜なんだぜ。腕組んで踊れば、みんな兄弟さ。

 歌・踊り (ニトを誘って)三人が四人に増えました ヘイ

      四人は五人になるでしょか ヘイ

      四人は五人になるでしょか ヘイ

      楽しい輪踊り――

    ニト、持っていたハーモニカを乱暴に吹く。歌と踊りが断ち切られる。

    人々、白けて――

 人々4 へ、何だ、このガキは。

 人々1 ねえ、みんなで飲みに行かない?

 人々2 そうね、祭はこれからだもの。

 人々4 おっと、忘れるなよ、月が昇ったら三世おうこくの王の広場で輪踊りだ。焚き火を囲んで服と心を焦がしながら朝まで踊るんだ。

 人々1 赤かぶかじりながら、願いごとをとなえて――

 人々2 恋人の手を取って、星の歌を聞くのね。

 人々3 あたしは夕餉の支度して、子どもらを寝かしつけてから行くとするよ。(他の人々去る)あたしの分のぶどう酒、残しといてくれよ。いいね。(踊りの余韻に浸りながら)誰だって踊れる、ルルルルルルル〜〜……

 ニト ねえ、おばさん。

 人々3 おばさんって、ひょっとしてあたしのことか。

 ニト どこかこの辺りで飯を食わせてくれるところないかな? 歩き通しで腹がペコペコなんだ。

 おばさん 坊や、あんたどこから来たんだ?

 ニト 西の国から。

 おばさん 西の国! 東の国じゃなく?

 ニト 東の国じゃなく――

 おばさん 西の国! おやまあ。そんなに遠くから。歩いてか。

 ニト 歩いてさ。(少しいら立って)ねえ? 

 おばさん だったら、あそこに。口は悪いが親切な店の亭主でね。ここだけの話だけど、あの男、あたしに気があるのさ。子持ちのあたしに色目使ってどうするっていうんだろね、いやだよ、まったく……

 ニト (おばさんの話に興味なく)おばさん、ここに長く住んでるの? 

 おばさん 生まれも育ちもおうこくさ。三世おうこくの王の即位の日に生まれたってのがあたしの自慢でね。

 ニト このペンダント見て。

 おばさん 何だいこりゃ。王様の紋章入りのペンダントだね。

 ニト この国で誰かこのペンダントのこと知ってる人、知らないかな。

 おばさん (背の赤ん坊がむずかる)おお、よしよし。

 ニト ねえ、おばさん。

 おばさん (よく見もせず)さあ、知らないねえ。

 ニト チッ。

    ニト、少し腹を立て行こうとする。

 おばさん あんた、おとうさん探してるんだって――

 ニト え――?

 おばさん 十三年前のさ、戦争ではぐれた。

 ニト どうして――

 おばさん あんたの妹さんなら、さっき店に入ってたよ。

 ニト 妹? 妹って?

 おばさん わかんないのか。妹ってのは姉さんじゃない女の兄弟のことさ。

 ニト そんなのわかってるさ。そうじゃなくて――

 おばさん ついさっき女の子が来ておとうさん探してるんだって 言ってた。あの子は輪踊りにも加わったけどね。青いマフラーがさ、跳ねるたんびにこう揺れて、かわいいもんだった。あれはあんたの妹さんだろ、姉さんには見えなかったね。名前は何てったか、あんたと同じ、歩いてきたって、東の国から。

 ニト 東の国? ぼくは東の国じゃなくて、西の国から歩いてきたんだ。

 おばさん 東の国じゃなく――

 ニト そう、西の国から。それも一人で。

 おばさん おや、まあ!

 声  この野郎!

    ト店から一人の女(天使)が突き出される。天使には羽がなく、どう見ても天使には見えない。

    二人を追って少女ケーナが店から出てくる。ケーナの首には青いマフラーが巻かれている。

 亭主 ふざけるのもいい加減にしろ! 祭の夜だってのに。こうしてくれる!(天使を殴ろうとする)

 ケーナ 待って! 待ってよ。

 おばさん (ニトに)ほら、あの子だよ、さっき話してた女の子は。

 ニト ……。

 亭主 うるさいってんだ。関係ないやつはそっちどいてろ!

 ケーナ キャッ!

     ケーナ、亭主に突き飛ばされる。とニトとぶつかる。二人の目が合う。

 ケーナ ごめん。大丈夫?

 ニト ……。

    天使、身振り手振りで必死に亭主に話しかける。が、天使の声が聞こえない亭主にはそれが人を馬鹿にしているようにしか見えない。

 亭主 人をおちょくるのも大概にしろ。下手な大道芸人の真似しやがって。

 天使 (また身振り手振り) 亭主 痛い目に合わなきゃわかんないのか。この、ボケ、カス、ブタ野郎!

    ト突然ニトが亭主を突き飛ばす。

 亭主 何だ、おまえは! チッ、おお、痛え。腕怪我しちまったらフライパン持てないだろうが。おい!(ニトに迫る)

 おばさん やめなよ。まだ子どもだよ。

 亭主 何だ、隣のおかみさんか。

 おばさん どうしたのさ、あんたらしくもない?

 亭主 こいつ(天使)がただ食いしたのよ。ひでえ話だろ、祭の夜に。

 ケーナ (天使に)あなた本当にお金ないの?

 天使 (首振る)

 亭主 (天使に)さ、こっち来な。

 ケーナ そうよ、祭の夜よ!

 亭主 そうだよ、このクソ忙しい祭の夜にだよ……

 ケーナ 神様がわたしたちみんなの罪を許してくださる祭の夜 よ。

 亭主 え?

 ケーナ 神様、どうかこの者の罪をお許しください。

 亭主 いや、しかし……

 ケーナ 神様!

 亭主 神様!

    亭主、ケーナに釣られ両手を組み合わせ祈りのポーズを取ってしまう。

    ニト、面白がって笑う。

 亭主 ――いや、何だ、ただ食いは許してやらないでもない。が、この女が自分のことを天使だって言うのは許せない。

 ニト 天使だって?

 亭主 そうともよ。羽のない天使なんてあるものか。神様を冒涜してる。よって、王様に突き出す。したがって、こりゃ、重罪だ、縛り首だ!

    天使、身振り手振りで必死に何かを伝えようとする。

 ケーナ 待って、この人の話を聞いてあげて。

 亭主 へ、さっきまでは自分は天使だって得意気にぺらぺらしゃべってたのが、ただ食いが見つかってからは(身振り手振りの真似)この調子だ。

 ケーナ それはこの人のこと信じなくなったからよ。(じっと天使の声なき話に耳を傾ける)この人、この天使さん、きのう大変な失敗して、神様に羽を取られてしまったんですって。爆弾の見張りをしてて、お昼ご飯食べ過ぎて、居眠りして。それでまた落ち込んで大食いしたんだって。

 亭主 ――わかった。

 ケーナ ね、わかったでしょ。

 亭主 いいや。おまえらがグルなんだってことがわかったんだ。

 ケーナ そんなことないわ。わたしたちあの店で初めて会ったんだもの。ねえ!

 天使 (うなずく)

 亭主 だったら何でこの女かばうんだ。天使だなんて突拍子もないこと言いやがって。鼻っからおかしいと思ってたんだ。店に入るなり注文もしないで、(ケーナの口調真似て)わたしは東の国から来た旅の者です、このマフラーに見覚えはありませんか、おとうさんを探しているんです、前の戦争ではぐれてしまった、このマフラーはおかあさんの形見なの、とか何とか人を泣かせるようなこと言いやがって、その実は女二人グルになってただ食いをやらかそうってんだから、恐い世の中になったもんだぜ。

 ケーナ (怒って)もういい! わかったわ。

    ケーナ、財布から金を出し亭主に渡す。が――

 亭主 こんなんじゃ足りないよ。

 ケーナ え? 

 亭主 この女、七面鳥の丸焼き十人前食っちまいやがったんだから!

 ケーナ ええ、十人前!

     天使、非常にすまなそうにする。

     ニト、面白がって笑う。

 亭主 さ、残りは誰が払ってくれるんだ。それとも縛り首か。おい、天使さんよ、おまえを助けてくれる救世主はどこにいるんだ?

     困った天使はニトを指さす。

 ニト ええ!

 亭主 何だ、おまえもグルか。(ニトの襟首をつかまえる)

 ニト ちがう。こんな女知らない。

 亭主 しらばっくれるな。さ、金寄越せ、懺悔しやがれ。

 ニト 離せったら!

 亭主 (ニトが胸に着けているペンダントに目をつけて)お、おまえ、いいペンダントしてるじゃないか。こりゃ、本物の銀だぜ。(触ろうとするが)イテテテテ! 何だ、電気が来やがった。おい、坊主、こいつを渡すなら許してやってもいいぞ。

 ニト ダメだ。これがないと探せないんだ。

 亭主 何をだ? 何を探す?

 ニト おまえには関係ない。

 亭主 おまえだと。生意気なガキだ。(ニトを押えつけている手に力を入れる)さ、何探してる?

 ニト ――

 おばさん おとうさんだよ、この子の。

 ケーナ え? 

 おばさん この国でおとうさん探してるのさ。ペンダントがその手掛かりなんだよ。

 ニト 勝手なこと言うな!

 亭主 何だ、おまえたち兄妹か。一緒に仲良く父親探しか。

 ニト ちがう!

 亭主 いいから寄越しな。それともかわいい妹が牢屋に入ってもいいのか。

 ニト 関係ない、あんなやつ!

    ト突然太鼓とラッパの音とともに「王様のお触れー!」「おうこくの王のお触れであーる!」という声が聞こえてくる。

 亭主 何だ、何だ?

 おばさん おうこくの兵士たちだよ。

    おうこくの兵士たちがやって来て、皆に王のお触れ書きを見せる。

 兵士1 皆の者――

 兵士2 皆の者――

 兵士1 ありがたくもおうこくの王のお触れであーる――

 兵士2 お触れであーる――

 兵士1 かしこまって聞くように――

 兵士2 かしこまって聞くように――

 兵士1 本日ただ今この時より、下々の者に対し、すべての歌と音楽を禁止するものである――

 兵士2 禁止するものである!

    兵士、「歌ダメ・音楽ダメ」マークをドンと壁に張る。

 亭主 恐れながらお尋ねしますが、これはひょっとして歌うたっちゃダメだってことですか。笛やラッパ鳴らしちゃいけないってことですか。

 兵士1 そうだ。

 亭主 そりゃまたいったいぜんたい突然急にどうしたわけで?

 兵士1 このごろ下々の者たち、あまりに浮かれ、あまりに騒がしく、秩序は大いに乱れ、怠慢がはやり病のようにこの国の隅々まで広がっておるからである。

 亭主 おれたちのどこが怠慢だってんです。遊んでんのはホームレスぐらいのもんですぜ。

 おばさん 歌って騒ぐのはあたしらの息抜きで、おまけに祭の夜に歌をやめろって言うのは――

 兵士1 (太鼓をドンと叩く)うるさい! まだお触れは終わっていない。もしこの王のお触れに背き、不平を言い、歌をうたい、楽器を演奏するものあらば――

 亭主 するものあらば?

 兵士1 死刑!

 亭主 死刑!

 兵士1 縛り首!

 おばさん 縛り首!

 亭主 横暴だ、おうぼうだー(おばさんとコーラスに)

 おばさん おうぼうだー、オウボウダー(コーラスになる)

 兵士たち !(ジロリと睨む)

 亭主・おばさん !(口を両手でふさぐ)

 兵士1 そうだ。口には手を。そして楽器という楽器はすべて三世おうこくの王の広場に捨てること。

 ニト どうするのさ、その楽器?

 兵士1 みんな燃やしてしまう。天を突く焚き火にするのだ。

 おばさん 踊りはどうなんです? きょうはみんなで夜通し踊ることになってんですよ。

 兵士1 踊りは……(お触れ書きをなめるように見て)踊ってもよろしい。

 おばさん やあ!(喜ぶ)

 兵士1 ただし、歌と音楽なしでな。

 おばさん えー!

 兵士たち !(ジロリと睨む)

 おばさん !(口を両手でふさぐ)

 兵士1 わかったな。

 亭主・おばさん (渋々)へい……。

 兵士1 以上だ!

 兵士2 以上だ!

    兵士たち、来た時と同様、太鼓とラッパを鳴らしながら去る。

 亭主 こりゃ、ひょっとしたら近いかもしれないな。

 おばさん 何がさ?

 亭主 戦争さ。

 一同 戦争!

 亭主 おうよ。これはおれの勘だけどな。

 おばさん どっちにしろ、えらいことだわ。みんなに知らせなきゃ。

    おばさん、兵士とは別方向に去る。

 亭主 ああ、そうだ! (呼びかける)おーい、兵士さんよ! ちょっと待ってくれよ。今王様のところへこいつ(天使)を突き出そうとしてたとこなんだよ。おい、来い。来いってんだ。このボケ、カス、ブタ、のろま!

 ニト おい!(亭主に突っかかろうとするが――)

 ケーナ (ニトと同時に)待って! ――これ、あげるわ。これならいいでしょ。

    ケーナ、マフラーを亭主に差し出す。

 亭主 ほー、手編みのマフラーか……。(値踏みする)

 ニト (ケーナに)おい、形見じゃないのか、あれ?

 ケーナ (両手で顔を覆う)

 ニト ――!

 亭主 んじゃ、今度ばかりは大目に見といてやるか。

 ニト 待てよ。

 亭主 何だ?

 ニト それ、返せよ。

 亭主 何!

 ニト これなら足りるだろう。(亭主に自分の有り金を全部突き出す)

 亭主 何だ、持ってんじゃないか。(ケーナの金と合わせて)これとこれでピッタリだ。

 おかみ声 あんた! いつまでかかってんのさ。注文たまってんだよ。何もかもわたしにやらせる気かい、まったく! 

 亭主 何だ、怒鳴るこたあないだろ。(ニトにマフラーを返す)ほらよ。(天使に)へ、ただ食いなんてするもんじゃないよ。人間真っ当に生きなきゃな。おっと、天使だったな、おまえさんは。

    亭主、小馬鹿にして去る。

    ニト、マフラーをケーナの前に突き出す。

 ケーナ (マフラーを受け取って)ありがとう。

 ニト この、ボケ、カス、ブタ、のろま!

 ケーナ 何よ!

 ニト 勘違いするな。ああいう言い方する大人が大嫌いなだけさ。それに、おまえみたいなバカにも虫唾が走るよ。

 ケーナ バカって何よ!

 ニト バカじゃないか。こんな女のどこが天使なんだ。

 ケーナ だって本当のことなんだもん。この人天使さんなのよ。

 ニト そんなのうそだ、作り話だ。

 ケーナ うそじゃないわ。

 ニト じゃ、証拠見せてみろよ。

 ケーナ 証拠なんてないわ。この人がそう言うんだもの。

 ニト ハッ、おまえの頭ん中に天使が飛んでんじゃないのか、こんな風に羽根つけてさ。(天使が飛ぶ真似をふざけてする)

 ケーナ 人のことそんな風にバカにすると――

 ニト バカにするとどうなるんだよ?

 ケーナ 年取ってから入れ歯になるのよ。

 ニト 入れ歯だって。ハハ、天使の入れ歯だ。ハハハハハ。(あまりにあきれて笑いが納まらない)

 ケーナ もういいわ。(傍白)祭の夜に、しかもおうこくに来た初めての日にこんな目にあうなんて。(手を合わせ)神様がきっとかわいい女の子に試練を与えてるんだわ。

    ニト、笑っていたが、ケーナの祈る姿を見て笑うのをやめる。

 ニト おい。

 ケーナ ……。

 ニト おい。 ケーナ 何、今度はどんな悪口言うつもり?

 ニト おまえ、この国でとうさん探してるって本当なのか。

 ケーナ そうよ。――でもちがうわ。

 ニト どっちだよ。

 ケーナ どっちでも同じでしょ。あなた、わたしのこと信じてないんだから。あなたはどうなのよ、おとうさん探してるって本当なの?

 ニト 何で知ってんだよ?

 ケーナ だって、さっきあのおばさんが言ってたじゃない。

 ニト チッ。(舌打ち)

 ケーナ でも、わたしは信じてあげるわ、あなたがおとうさん探してるんだってこと。

 ニト あれはみんなうそさ。

 ケーナ (首振って)ううん。

 ニト どうしてさ?

 ケーナ だって、これ。(ペンダントを手に取って見る)

 ニト あ――

 ケーナ え――、いけなかった?(手を離す)

 ニト おまえ、手、しびれないのか。

 ケーナ 全然。どうして?

 ニト いや……。

 ケーナ でも、あなた何でこの国でおとうさん探してるの?

 ニト だから、探してないって。

 ケーナ ケチ。いいでしょ。教えてよ。

 ニト 関係ないだろ。

 ケーナ ねえ!

 ニト (根負けして)おまえはどうなんだよ?

 ケーナ おまえなんて呼ばないで。わたしにはケーナって素敵な名前があるんだから。

 ニト じゃ、ケーナ、おまえは何でだ?

 ケーナ おとうさんがきっと待っててくれるから。

 ニト (大笑いする)

 ケーナ 何よ!

 ニト (冷たく)そんなことあるはずないじゃないか。

 ケーナ どうしてそんなこと言えるの。おばあさまが死ぬ前にわたしを枕元に呼んでこう言ったわ。ケーナ、おとうさんはきっとおまえを待っててくれるよ。何もかも戦争が悪いのさ。さ、お行き、神様が守ってくださる。

 天使 (しきりにうなずく)

 ニト 脳天気な女だ。

 ケーナ じゃ、あなたは? ええと、名前聞いたかしら?

 ニト ……ニト。

 ケーナ ニト。あなたはどうして――

 ニト 言ってやりたいことがあるのさ。

 ケーナ 何、言ってやりたいことって?

 ニト どうだっていいだろ。

 ケーナ ま! ベーだ。どうせ赤の他人ですものね。――(急に不安になって)でも困ったわ。わたし持ってるお金みんな出しちゃった。この国中歩き回らなきゃいけないのに。

 ニト それはこっちの台詞。ぼくだって一文無しさ。(皮肉で)テンシと関わり合いになったのが運の尽きさ。

    自分のことを言われた天使は急にパチンと指を鳴らし、「いいこと思いついたわ、わたしに任せて」という風に胸を叩くと、ニトとケーナの間に立ち、二人と腕を組んでスキップしてぐるぐる回り出す。

 ケーナ 何よ。

 ニト 何するんだよ。

 ケーナ ――え? 一緒に行けって言うの、この人と? 冗談でしょ。そりゃ、お金はないけど。でもこの人、人のこと信じてないのよ。そんな人と一緒に旅するなんて――ちょっと、何するのよ?

    天使、ケーナの手とニトの手を握らせようとする。

 ニト やめろよ!

 ケーナ やめてよ!

    天使、泣く。この世の終わりかと思うほど大きな声で。

 ケーナ ねえ。泣かないでよ。(ニトに)どうするのよ?

 ニト 知らないよ。ぼくはひとりで行く。(去りかける)

 ケーナ ニト! あなた、帰る家がある?

 ニト え――? 何だよ、急に?

 ケーナ 帰る家があるのって聞いてるの?

 ニト ぼくは――、あるさ。とびきりのあたたかい家が――

 ケーナ わたしね――、ないの。誰もいないの。育ててくれたおばあさまが死んでしまって……。ねえ、ひとりよりふたりがいいと思わない! 知らない国を旅するなら。

 ニト ぼくは、ふたりよりひとりがいい。

 ケーナ ま!

    ト天使が行きかけるニトを慌てて止める。とニトのペンダントを指さし必死に何かを訴える。

 ケーナ (天使の声を聞いて)え、うそよ、そんなこと。そんなことありっこない。

 ニト 何だよ?

 ケーナ まさか。(笑ったりする)

 ニト おい、気になるじゃないか。教えろよ。何て言ってるんだ?

 ケーナ 自分で聞いてみるといいわ。

 ニト (天使に)おい、何てったんだ? え? ふざけてると承知しないぞ。

 天使 (必死にしゃべる。が、ニトには聞こえない)

 ニト クソ! このペンダントがどうしたんだよ!

 ケーナ 信じてないから言葉がわからないのよ。心が汚いから――

 天使 Father is king! Father is king!

 ニト あ――!

 ケーナ え――? 聞こえたの? まさか――

 ニト やっぱりそうだったんだ!

 ケーナ 何が、そうなの?

 ニト ぼくのとうさんは、王様だったんだ!

    ニト、喜び勇んで駆け去る。

 ケーナ うそよ! あなたみたいな人のおとうさんが王様だなんて! フン。いいわ、どうせ関係ないんだから。

    ケーナ、ニトとは逆の方向に去りかける。が、天使がケーナの手を取りニトの行った方へ引っ張る。

    天使が歌い出す。

    歌「どんな時だって(ひとりより ふたりがいい)」

 天使歌 どんな時だって

     何するんだって

     ひとりより ふたりがいい

     歩くのも 走るのも

     笑う時も 泣く時だって

     さあ、行こうよ さあ、一緒に

     おうこくの旅へ

       一方より、ニトが来る。

 ニト歌 どんな時だって

     何するんだって

     ふたりより ひとりがいい

     わずらわしくもないし

     何よりもさ 気楽でいい

     さあ、行こうぜ さあ、ひとり

     おうこくの旅へ(去る)

 ケーナ歌 どんな時だって

      何するんだって

      ひとりより ふたりがいい

      誰も知らない国で

      おとうさんを探すのなら

      さあ、行こうよ さあ、一緒に

      おうこくの旅へ

 ケーナ ――あ、(口を押さえて)歌っても平気?

天使 (両手を広げて「さあ?」というポーズ)

    ケーナと天使、歌っている間に王宮にやって来る。


    2……王様のペンダント……

    王宮。王の部屋。

    歌はいつしか王宮での舞踏会の音楽に変わっている。王の部屋の隣の大広間で舞踏会は行われているらしい。その様子を武器商人が扉の陰から見ている。

 武器商人 (イライラしながら)いい気なものだ!

    ト一方からニトとケーナと天使がやって来る。

 ケーナ ここが王様の宮殿ね。

 ニト (小声で)何でついてくるのさ。

 ケーナ (同じく小声で)だってしょうがないじゃない。天使さんが引っ張るんですもの。

 ニト また天使か。

 ケーナ あら、あなただって天使さんがいなければお城の壁通り抜けられなかったわ。

 ニト あれはたまたま王の抜け道があったのさ。

 ケーナ それにさ、――ンフ。

 ニト 何だよ?

 ケーナ もしあなたがひょっとして万が一本当に王様の子なら、素敵じゃない。

 ニト 勝手にしろ。

 ケーナ でも、王宮だけは音楽があふれてる。着飾った人たちが楽しそうに踊ってるし、おいしそうなご馳走も並んでる。お部屋はとってもきれいだし……

 ニト 牛みたいに暮らしてるやつもいるってのに……。

 ケーナ あ、誰かいるわ。変なの? 王様かしら?

 商人 (気づいて)誰だ、そこにいるのは!

    ニトたち慌てて隠れる。が、天使が逃げ遅れる。

 商人 誰だ、おまえは?

    天使は商人に捕まるがとっさに執事に化ける。

 商人 何だ、執事か。王はどこにおられるのだ? ミントーラがお待ち申し上げておるとお伝えしたんだろうな。

 天使執事 (「さあ?」と両手を広げる)

 商人 チッ、ええい、もうよい。わしが探してくる。(トちょうどその時部屋の奧に王の姿を見つける)おお、王よ!

    商人、部屋の奧に引っ込む。部屋の奧で王と商人のやり取りする声が聞こえる。その話の様子を天使は身振り手振りで受ける。

 王の声 (ひどく酔っている)おお、商人か。武器商人か。よいよい、おまえの言うことは聞き飽きた。祭の夜にその暑苦しい顔など見とうないわ。ああ、うるさい、わかっておる。好きなようにすればよい、好きなように――ヒック。ああ、床が踊っておるわ。おお、執事よ、よいところにおった。ささ、今宵は無礼講じゃ。

    王、部屋にやって来る。商人も後を追ってくる。王はひどく酔っていて足元がふらふらしている。王は天使の執事の手を取るとしばし踊りをおどる。

 商人 (王の後をついて回って)王よ! 王よ!

    王は天使の執事との踊りのポーズを決める、とついに王の椅子に倒れ込むようにすわる。

 商人 (あきれて)王よ、あなたは! この大事な時に。(天使の執事に)おい、水を持って来い!

    天使の執事、去る。

 商人 王よ、祭なぞに浮かれておる場合ではありませんぞ。今こそ西の国に戦争を仕掛ける絶好の機会なのです。西の国では王が死に国の力が目に見えて衰えております。今なら十三年前の恨みを晴らすこともできます。王よ。この時を逃してはなりませんぞ。しっかりしてください。(王は酔っていて正体がない)何たることだ、この有様は。……王よ、あなたは先ほど好きなようにすればよいとおっしゃいましたな、好きなように。――よし。(王の懐より紙片を取り出し、王の手にペンを握らせ署名させる。書きながら)三世おうこくの王にお仕えしたわがおじ上はこう言い残しております。もっとも優れた王とは、何も考えぬ王である、と。(書き終わり、笑って)裁可は下った! 戦争を起こせばこっちのもの。木こりのやつにも木を伐り出させてやる。

    天使の執事、水を持ってやって来る。

 商人 おう。さ、こっちへ寄越せ。

    商人、天使の執事より水を受け取るとグイと飲み干してしまう。

 商人 うまい! さあ、王はおやすみだ。おっと、目覚ましの必要はないぞ。いずれ地を割る雷(いかずち)の音でお目覚めになるだろうからな。

    商人、去る。

    天使の執事は眠っている王を椅子ごと王の寝室に連れていく。王の寝室は御簾が掛かっており、王の影が透けて見える。

 ケーナ まあ、戦争ですって! あれ? 西の国って、ニト、あなたの国じゃない、もしかして?

 ニト もしかしなくても、そうさ。

 ケーナ どうするのよ、ねえ?

 ニト ねえったって、ぼくにどうすることもできないさ。

 ケーナ 帰らなくていいの?

 ニト 帰る?

 ケーナ 心配じゃない、お家(うち)のこと?

 ニト あんな家(いえ)――

 ケーナ 待ってるんでしょ、あなたのこと。

 ニト 誰が?

 ケーナ 誰がって、決まってるじゃない、あなたのおかあさんよ。

 ニト かあさん――。かあさんなんて、――いない。

 ケーナ いない? でもあなた、あたたかい家があるって――

    トこの時王の部屋の外で騒ぐ声がする。

 声 離せ、離せ! 王に話があるだけだ!

     ト衛兵の止めるのを振り払うようにして木こりが現れる。

 木こり 王様! ぜひともお頼みしたいことが!

 衛兵 おい、ここは木こりの来るところではないぞ!

    ト天使の執事が進み出て手で衛兵に「下がれ」とやる。

 衛兵 はは!(去る)

 木こり (執事に)ありがとう。えらく親切なんだな。いつもとは別人みたいだ。少し太ったのかな。

    木こり、寝室で寝ている王の前へ進み出る。木こりは王が寝ていることに気づかず、王が船を漕いで身体を前後に揺らしたり、左右に傾けたりするのを王の返答だと自分勝手に判断してしまう。

 木こり 王様! きょうはお願いがあってやって参りました。木を伐り倒すのはおやめください。王様がまた戦争を起こそうとしているのはあの武器商人から聞いて知っております。前の戦争でたくさんの武器を作るために山は丸裸になりました。あれから十三年、わたしは一日も休まず木を守り育ててきました。あの木は大切な木。どうか、木を伐り倒す命令はおやめください。

    王、こっくりと首が倒れ、それを起こそうとした弾みに首を左右に振る。それが木こりには「おまえの頼みなど聞けぬわ」という風に映る。

 木こり 王様!

    王、さらにこっくりと身体が前のめりに倒れそうになり、びっくりして手が跳ね上がり「おまえなどあっちへ行け!」という風な動きになる。

 木こり 王様! ――わかりました。せめて、これを。

    木こりは持って来ていた花を王の足元に捧げる。そして一礼して去る。

    木こりが隠れているケーナたちの前を通りすぎる時に木こりの手から花が一輪落ちる。その花をケーナは拾う。

 ニト 花なんかで戦争がなくなるもんか。花は墓場にでも飾ればいいのさ。

 ケーナ 何にもしない人よりは増しよ。(花を匂って)ああ、でもいい匂い。

 ニト (ひとり帰ろうとする)

 ケーナ あ、ねえ、ニト。どうしたの? 王様はひとりになったわよ。

 ニト もういいんだ、あんなやつ。

 ケーナ え? 何で? せっかく来たんじゃない。さ、行って来てよ。

 ニト いいんだ。

 ケーナ どうして?

 ニト ……。

 ケーナ もう!

    ケーナは王の寝室に入り、王を椅子ごとニトのそばまで引っ張ってくる。王は相変わらず寝ている。

 ケーナ さ、行って。

    ケーナ、ニトを王の前に押し出す。ニトは促されるまま、王の王冠と自分のペンダントを比べて見る。

 ニト・ケーナ 同じだ!

 ケーナ (王がニトの手首をつかんだ)キャッ!

    実は王は起きていたのだ。

 王  誰だ、おまえは? 見知らぬ顔だな。

 ニト ……。

 王  何だ、口がきけぬのか。

 ニト 西の国の者だ。

 王  スパイか。

 ニト ちがう! とうさんを探してるんだ。

 王  だったら他所へ行け。(ニトの手を離す)ここは王の寝るところ。(トまた寝る)

 ニト 王様! 王様はぼくの……(聞こうとして聞けない)

 王  ん、何だ?

  ニト 王様は……、どうして歌や音楽を禁止したんです?

 ケーナ (小声で)ニト、そんなこと今関係ないじゃない。

 ニト (小声で)黙ってろよ!

 王  おまえ、誰に頼まれた? わしに文句を言いに来たのか。

 ニト 誰に頼まれたわけでも、文句を言いに来たのでもない。ただ聞いてるんだ。

 王  ただ聞く、わけもなく聞く、裏もなく、下心もなくというのか。

 ニト ああ。

 王  そういうことがあるものなのか、この世の中に。まあ、よい。何故歌や音楽を下々の者に禁止したか。それは難しくも容易い問題だ。歌は下々の者の気持ちを乱すからだ、いちごのように甘い音楽の調べは怠け心を引き起こすからだ。時には歌や音楽でわしら王に盾突こうとするものもある!――と商人は言うのじゃ。この十三年の平安の間に弛んでしまった民衆の気持ちのネジをグイと締め上げろとな。

 ニト 歌や音楽は一日の辛い仕事を紛らわせてくれる――そう友達が言ってた。歌がなければどうしろっていうのさ、朝から晩まで冷たい川の水で洗濯しなきゃいけない時に。寒い冬を越す薪を山のようにこさえなきゃいけない時に。たとえば夜、ひとりぼっちでいてもさ、ハモニカ吹いてれば草や月とおしゃべりしてる気になるんだ、こんな風に――。

    ニト、ハーモニカをひとくさり吹く。

 ケーナ ニト!

 王  (拍手)オー、ホッホ。うまいものじゃ。だがわしにはおまえの気持ちがトンとわからん。歌や音楽は客人をもてなす社交の場にこそふさわしいもの。草や月とおしゃべりするとは、どういうことなのか。しかし、よい余興であった。特別におまえにハモニカを吹く許しを与えよう。

 ニト 王様!

 王  さあ、王のために子守歌を吹くがいい。

 ニト ……。

 王  (大あくびをする)さあ、どうしたのだ?

     ニト、また一人で帰ろうとする。

 ケーナ (ニトの様子を見兼ねて)王様! 王様には、子どもがいますか。

 王  何だ、藪から棒に。わしの子どもか。はて、おったような、おらぬような……

 ケーナ 王様! 王様はこの人のおとうさんじゃないですか。

 王  何?

 ケーナ ほら、このペンダントよく見て。これは王様、あなたの紋章でしょ。ニトはおうこくにおとうさんを探しに来てて、天使さんにおとうさんは王様だって言われて――

 ニト ケーナ!

 王  (新たな余興か何かのように思って)オー、ホッホ。今度は何が始まるのだ。ささ、言ってみろ、何が望みだ? もしわしがおまえの父だとしたらどうするというのだ? おまえがわしの息子なら、やがてはおまえはこの国の王となる。王となり、おまえは何がしたいのだ。贅沢か。

 ケーナ 素敵!

 王  人に命令を出したいのか。

 ケーナ (威張って命令を出す真似をする)

 王  それともこの国を思うがままに操りたいのか。

 ケーナ それもいいかも。

 王  さ、どうしたいのだ?

 ニト ……。

 王  (笑って)オー、ホッホ。答えられないのは答えるべき何物も持っていないからか。

 ニト とうさんが王様だなんて考えたこともない。

 ケーナ あ、うそついた。あなたさっき天使さんの言葉聞いてすっ飛んで来たじゃない。

 ニト おい。

 ケーナ 本当は毎晩そのペンダント抱いて、自分のおとうさんは王様じゃないかって思ってたんでしょ。

 ニト うるさい! ぼくのこと知りもしないくせに!

 ケーナ あなた案外臆病なのね。あきらめるのは確かめてからでも遅くないのに。

 ニト ……。

 ケーナ さ、あなたの言いたいこと、言ってやりなさいよ、王様に。他の話でごまかさないで。

 ニト うるさい、黙れ! ぼくは王の子だ!

 王  (笑う)オー、ホッホ。ぼくは王の子だ、王の子だ――オー、ホッホ。さあ、遊びはそれまでだ。祭の夜とは言え、いつまでも子どもの戯れ事につき合っている暇はない。(あくびをしながら)王は忙しいのだ。

 ケーナ でも、このペンダント――

 王  これは確かにわしの物だが――わしの物ではない。

 ニト え、どういうこと?

 王  これは昔戦争で手柄を立てた者に褒美としてやった物。

 ニト うそだ!

 王  うそなものか。おうこくの王が言っておるのだ。

 ケーナ じゃ、それって誰?

 王  もう十三年も前のことだ、誰にやったか覚えておらぬわ。

 ニト くそ!

    ニト、ショックを受け、ペンダントを王に投げつける。

 王  何をする、無礼者め! 王に王のペンダントを投げるとは王を何と心得おうる! 衛兵! 衛兵! その者を捕まえろ!

    衛兵、出てくる。ニトを追いかけ回す。

    ケーナ、その隙にニトのペンダントを拾う。

 王  それ、あっちだ、こっちだ、何をしておる。それ、そっちの娘も捕まえろ!

    立ち回りの末、衛兵はニトとケーナを捕まえる。

 ケーナ やめて。女の子になれなれしく触んないで!

 ニト 王様! 王様!

 王  もう遊びは終わりと言ったはず。

 ニト ぼくの答えを聞いて下さい、もしぼくがこの国の王となったら何がしたいのか――

 王  ほう、答えてみよ。

 ニト もしぼくがおうこくの王となったら――

 王  王となったら――

 ニト バカな戦争なんて絶対にしない。

 王  バカな戦争?

 ニト ぼくのかあさんは、王様、殺されたんだ、戦争で――

 ケーナ ――あなたも、ニト。

 ニト だから、もう二度と――

 王  (笑う)オー、ホッホッホ。

 ニト 王様!

 王  王に意見するなど百年早いわ!

    衛兵、ニトとケーナを締め上げる。

 王  さ、子ねずみどもをつまみ出せ。(笑って去る)

    ニトとケーナ、王宮の外へ突き出される。


    3……青いマフラー……

    王宮の外。三世おうこくの王の広場。広場には楽器が山積みにされ捨ててある。雪が降り始めた。

    ケーナとニト、衛兵に突き出される。

 ケーナ 何するのよ、もう!

 ニト ……。

 ケーナ でも、楽しかった! ドキドキしちゃった、わたし。

 ニト ケーナ、きみさっき、おかあさんを……

 ケーナ (王を真似て――ニトに)誰だ、おまえは? スパイか。遊びは終わりだ。

 ニト (ムッとして)いいか、もう二度とぼくの後ついて来るな。

 ケーナ オーホッホッホッ、怒ってるの? 王の子よ。(ペンダントをニトの首にかける)

 ニト いつの間に――?

 ケーナ それ、重いし、センス悪いし、あなたに返すわ。それないと困るでしょ、ニトも。

 ニト ケーナ。

 ケーナ (意地悪くなく)夜一人でおねんねする時にね。

 ニト !(怒って去ろうとする)

    ト歌声が聞こえてくる。(ホームレスによる木こりのうた)

 歌声 梢わたる鳥は ようお

    おいらの心さ

    自由求める 鳥のさえずり

 ニト あ――

 ケーナ あの歌――

 ニト どこかで聞いたことがある。

 ケーナ わたしも。

    ケーナとニト、歌声のする方へ近づいて行く。

    とホームレスが楽器の山を漁りながら歌をうたっている。ホームレスはボロボロの格好をしているが、頭にはあたたかそうな毛糸の青い帽子を被っている。

 ニト あ、ホームレスだ。

 ケーナ やだ。あの人が歌ってる。

    二人、しばしホームレスの歌を聞く。

    ホームレスは陽気に歌う。

 ケーナ その歌、どうしたの? 

ホームレス ひえっ!

    ホームレスはひどく慌てて楽器の山の中に身を隠そうとしたり、シンバルを盾に、リコーダーを矛代りにして身構えたりする。

 ホーム 何だ、ガキかよ! びっくりさせるない。心の臓が止まるとこだったぞ!

 ケーナ どうしたの、その歌? 

 ホーム どうしたのってのは、いったいどういうことを言いたいんだ? ――どうしたの? あなた、何でこんなに歌が下手なの、てのか。それとも、今この国で歌なんかうたう頓馬なやつは牢屋に入れられちまうってのに、なのにどうしてあなたは歌っているの? あなた、頭がどうしたの、てのか。

 ケーナ そうじゃないわ。

 ホーム いいんだ、いいんだ。オレは捕まっても平気さ。この国で勇気のあるのはオレ様ひとりだってことを証明することになる。

 ケーナ その歌、あなたの歌?

 ホーム オレが歌ってんだ、オレの歌に決まってらあな。

 ニト そうじゃなくて、おじさん、あんたがつくったの?

 ホーム おじさんだぁ? まあ、いい。最近のガキは怖えからな。(指さして)聞こえてくるのさ、山から。風向き次第でよ。

 ケーナ 山から?

 ホーム そう、木こりが歌ってんだ。

 ニト 木こり?

 ホーム そう、木・こ・り。(木を切る真似をやってみせる)だから――ああ、わかってるよ、訂正する、この国で勇気のあるのはオレ様と木こりのふたりだけだ。だけど、木こりのやつはあれだぜ、いくら歌っても捕まりゃしねえよ。何でも、昔……ん――

    とホームレス、鼻を鳴らしケーナのマフラーの匂いを嗅ぐ。

 ケーナ ちょっと、何よ。何なのよ。

 ホーム クン、クン。同じだ。何ともいえねえいい匂いだ。

 ケーナ 何が同じなのよ?

 ホーム この帽子と――

 ケーナ ――え、わたしのマフラーが――

 ホーム ああ。 ケーナ やめて。これはおかあさんの――、あ――! 

 ニト どうした?

 ケーナ 同じ色、同じ模様。

 ニト 本当だ。じゃ、あんたが――

    とケーナがニトを連れて離す。

 ニト 何するんだよ。

 ケーナ (小声で)ニトの言いたいことはわかってるわ。――あんたがケーナのおとうさんなの――でしょ? やめてよ! だって同じ匂いなんてしないわ。

 ニト でも、確かに同じ編み目だった。それに色も――

 ケーナ い・や! あんな人、おとうさんじゃない。(ホームレスは楽器の山を漁っている。尻など掻く)もう! 

 ニト じゃ、どんな人をとうさんだと思ってるんだ?

 ケーナ わたしのおとうさんは、格好良くて、やさしくて、大金持ちで――。第一、あんなに汚くないわ。

 ニト 脳天気な女だよ。それに偏見の固まりだ。自分のとうさんが乞食や泥棒だったらって考えたことないのかよ。

 ケーナ ええ! そんなこと全然、一度も、まったく、考えたことないわ!

 ホーム あったよ!

    とホームレスが楽器の山の中からバラバラに分解されたラッパを取り出してくる。ホームレスはラッパを組み立て一息鳴らしてみる。……また鳴らしてみる。今度は王宮に向かい鳴らしてみる。ひとり笑ったりする。楽しそうである。

    ニトとケーナはホームレスにそっと近づいていく。ケーナはニトの陰に隠れるようにして。

 ニト ねえ、昔、音楽家だったとか?

 ホーム ん? オレか。オレはおまえ、先祖代々、由緒正しきホームレスさ。ま、ひとり詩人がいたから、詩人のホームレスさ。いや、何、こちとらに何の断りもなく、歌はダメだ、楽器はいけねえて言われると、メラメラとこう反骨の詩人の魂が蘇ってくるのさ。ま、音楽で心を表現するってやつだな。見てろよ。(ト一節吹く)

 ニト 今何て吹いたの?

 ホーム 出べその王よ、戦争やめろ!(トまた吹く)

 ニト 今度は何?

 ホーム 我は平和と三時のおやつを愛す!

 ニト そりゃ、いいや。ぼくにも吹かせて。

 ホーム いいとも。(ラッパを渡す)

 ニト (吹く)

 ホーム 何て吹いたんだ?

 ニト 戦争やめなきゃ、……取るぞ。

 ホーム え、何だって?

 ニト 戦争やめなきゃ……取るぞ。(とホームレスに耳打ち)

 ホーム ヒ、ヒ、ヒ、そいつはいいや。(大笑いする)

 ケーナ (気になる)ねえ、何て吹いたの?

 ホーム (笑いながら)とても、とてもレディーには、ヒ、ヒ、ヒ、申し上げられません。ヒ、ヒ、ヒ。たいしたガキだぜ。(ニトを匂って)おまえはオレと同じ匂いだ。

    ニトとホームレス、ひとしきり笑って、

 ニト ケーナも吹いてみろよ。

 ケーナ (馬鹿にして)いやよ。

 ニト ふん。夢見る女の子にはヘンテコなおじさんのヘンテコなラッパは吹けないわけだ。ケーナの方がよっぽどヘンテコな偏見ってラッパに吹かれてるってのに。

 ケーナ ま!

 ニト おまけに勇気もない。宮殿って箱にいるパピプペパペットの操り人形みたいな王様に捕まるのが怖いのさ。

 ケーナ いいわ。貸して。

    ケーナ、ニトからラッパを受け取ると、両頬をフグのように膨らませてラッパを吹く。が、「プッ」とも鳴らない。

 ニト 何だ、吹けないのか。(笑う)

 ケーナ もういいわ。(トやめてしまおうとする)

 ホーム そうじゃねえ!

 ケーナ え?

 ホーム そうじゃねえ。もっとここ(腹)んとこに息を溜めてだな、ぐっと押し出すのさ。もう一度やってみな。

 ケーナ でも――

 ホーム いいから。

    ケーナ、吹く。今度は少し音が出る。

 ホーム よし、いいぞ。もっとな、リラックスして。そう。音を出すことだけに神経を集中させるんだ。

    ケーナ、吹く。また少し音が出る。

 ホーム いいぞ。おまえには才能がある。いいか。自分を信じるんだ。わたしは天才だ、わたしは吹けるんだってな。

 ケーナ わたしは天才だ、わたしは吹けるんだ。

 ホーム わたしはできる、わたしは天才だ。

 ケーナ わたしはできる、わたしは天才だ。

 ホーム よし、ぶちかましてやれ!

     ケーナ、吹く。ついにきれいな音が出る。

 ホーム ヤッホー!

 ニト いいぞ、ケーナ!

    ホームレスとニト、踊り上がって喜ぶ。

 ニト さあ、王に向かって吹いてみろよ。

 ケーナ (吹く)

 ホーム (聞いて)出べその王よ、戦争やめろ!

 ケーナ (吹く)

 ニト (聞いて)我は平和と三時のおやつを愛す!

 ケーナ (吹く)

 ホーム (聞いて)ん、そりゃ、何て吹いたんだ?

 ニト おかあさんを、返して……。

 ホーム おかあさんを、返して?

 ケーナ (ト今度はホームレスに向かって吹く)

 ホーム 何だ、何だ?

 ケーナ (吹く)

 ニト おとうさんは、誰?

 ホーム おとうさん?

 ケーナ (ポケットから手紙を出して、ホームレスに)ね、見て、この手紙。見覚えがあるでしょ?

 ホーム 何でい、これは?

 ケーナ これはわたしを捨てた時に、おとうさんがくれた手紙。

 ニト あ、それ――

 ケーナ ニトは黙ってて!

 ニト ……。

 ケーナ それにこのマフラー。見覚えがあるでしょ。

 ホーム 見覚えがあるって言えばないような、ないって言えばあるような……

 ケーナ これ(マフラー)はおとうさんがくれた物なの。

 ホーム じれってえな。だから、つまりは何だってんだ?

 ケーナ だから、その……

 ホーム だから、その……?

 ケーナ だから、あなた、わたしの……(言えない)

 ニト おとうさん?

 ホーム え?

 ケーナ ニト!

 ニト おじさん、おとうさんじゃないの?

 ホーム オレが? この子の?

    ホームレス、思わず笑ってしまう。

 ケーナ 何で笑うの!

 ホーム いやいや、すまん。(手紙をためつすがめつ見ながら)それでもし、オレがあんたのおとうさんだったらどうするってんだ? 気味悪がってここから逃げ出して行くんじゃねえのか。

 ケーナ うん、そうしてた――

 ホーム ほれ、見ろ。

 ケーナ さっきまでは。

 ホーム さっきまでは?

 ケーナ だってやっぱり汚いんだもん。想像してたのとかけ離れてる。でも今はちがうわ。ちがうと思うの。何だかわけがわからないけど、あなたは、たぶん、きっと、もしかしたら、勇気のある人なんだわ。縛られることを嫌ってこんな生活してるだけなんだわ、きっと。そう思うの、思いたいの……。(段々小声になってしまう)

 ニト 何言ってんだよ、ケーナ?

 ケーナ 何言ってんだかわかんない。自分でもわかんない。わたしのおとうさんってこんな人なの。いや、いや、いや! ――でもこの人、悪い人じゃないわ。それはわかるの、わたしにも。でも、わたし――

 ホーム へへ。けなされてんだか褒められてんだかよくわかんねえけど、ええと……

 ケーナ ケーナ。

 ホーム そう、ケーナ。残念だがオレはおまえのおとうさんじゃねえ。

 ケーナ でも、わたし、本当よ。今から何にも気にしないことにしようと思うの、おとうさんがどんな人でも。

 ホーム どんな人でもね。

 ケーナ どんな人でもってそういう意味じゃなくて、あなたを傷つけるつもりじゃなくて――

 ホーム だから、ほれ、何だ、安心しなって。オレは正真正銘字が読めねえんだから。

 ケーナ え、字が読めないの? 

 ホーム おまけのついでに書けねえんだ。だから手紙なんてよ――

 ニト でも詩人だって言ってたじゃない。

 ホーム 字が書けねえ詩人だっていらあな。

 ケーナ うそ! 

    ト大砲の音――。

 ニト 何、今の?

 ホーム 大砲だ。ついにおっ始めやがった、戦争を。

 ニト・ケーナ 戦争!

 ホーム さ、退散するとしよう。ごめんよ、ケーナ。いつかきっとおとうさんは見つかるさ。(去りかけて)おっと、言い忘れるとこだった。

 ケーナ 何?

 ホーム ケーナじゃねえ。(ニトに)ほれ……

 ニト ニト。

 ホーム そう、ニト。さっきから気になってたんだがよ、おめえのそのペンダント、同じ物を持ってるやつをオレは知ってるぜ。

 ニト 誰?

 ホーム この国一の大金持ちで、この国一の悪いやつ。 ニト 誰さ?

 ホーム (大砲の音を指さし)武器商人さ。

 ニト え、武器商人!

 ホーム それじゃ、あばよ。わがいとしのチルチル・ミチルよ。

    ホームレス、去る。

    大砲の音が響く中、ニトとケーナは立ちつくす。


    4……一本の木の下でニトとケーナは拾われた……

 ニト (語り)ぼくは大砲の音の中でこの世に拾われた。――ケーナ、大事な話があるんだ。

 ケーナ (両手で耳をふさいでいる)やめて。話しかけないで。わたし今、頭こんがらがってんだから。

 ニト ケーナ、本当に大事な話なんだ。

    間。ケーナ、静かに両手を下ろす。

 ニト ありがとう。

 ケーナ ……。

 ニト ……昔、そう、きょうと同じように戦争のあったころ、生まれたばかりの赤ん坊が山の上の一本の木の下に捨てられてた。(爆弾の音)爆弾で焼かれた町を逃れるためにひとりの男が山を越えようとしていた。

    いつのまにか天使が現れ、山の上の一本の木になる。ニトが戦火を逃れてきた男を演じる。男は息も絶え絶え山の上までやって来る。一本の木に手をつき息を整える。

    遠く大砲の音が絶え間なく鳴り響いている。ト木の根元に動くものがあり、男はギョッとする。

 男  何だ、赤ん坊か。

    男はそのまま行ってしまおうとするが、目の中に何か光るものが飛び込んでくる。

 男  お! (赤ん坊の胸にペンダントを見つけて)王のペンダントじゃねえか。それも銀だ。こいつはついてる。地獄に仏。戦争にペンダントだ。

    ト男はペンダントを取ろうとするが、天使の木がペンダントにエイと気合いをかける。ト男の手にビリリと電気が走る。

 男  アテテテテ! 電気が走りやがった!

    ト近くで大砲の音――。

 男 (赤ん坊を抱え)仕方ねえ。赤ん坊ごと拾っていくか。育てりゃ、牛よりはましだろうて。(トもうひとり赤ん坊を見つけ)ん、こっちにも――。こっちは青いマフラーか。へ、猿みたいな顔して。(大砲の音)ふたりは拾えねえ。(去る)

    とケーナが語り始める。

 ケーナ 昔、きょうのようにこの国で戦争のあったころ、一本の木の下で何かに引き裂かれたように泣き叫ぶ赤ん坊がいた。

    ケーナ、老婆を演じる。老婆は戦火を逃れ息も絶え絶えようやく山の上にたどり着く。ト赤ん坊の声を聞きつけ、一本の木の下までやって来る。

 老婆 何てことだろう! こんなところに赤ん坊が! どうしよう? どうしたらいい? 許しておくれよ。わたしはもうこの先長くはないだろうし、この戦争で若い者みんななくしてしまった。老いさらばえた身に残されたのは死ぬことだけなんだよ。そのわたしに――。ああ、神様! (赤ん坊を腕に抱え)わかったよ。もう泣かないでおくれ。おまえをわたしの家族と思って育てよう。死の代わりに神様がくれた贈りものだ。ん、何だろ、これは――

    老婆は赤ん坊の懐から手紙を見つける。男も赤ん坊の懐から手紙を見つける。手紙を読みながら男と老婆は次第にニトとケーナに戻る。

 ニト 「この子の名はニト。……」

 ケーナ 「この子の名はケーナ。……」

 ニト 「戦争で母を亡くし、……」

 ケーナ 「その罪の重さゆえに父が捨てた哀れなる子。……」

 ニト 「希望のかわりに父のペンダントを与える」

 ケーナ 「やさしさのかわりに母のマフラーを与える」

    一本の木は消えている。代わりに天使がふたりの様子を見ている。

 ケーナ ニト! じゃ、あなた、わたしの――

 ニト ああ、そうらしい。

 ケーナ どうして今まで黙ってたの? 

 ニト ぼくもさっき気がついたんだ、ケーナの手紙見て。

 ケーナ でも、赤ん坊がふたり捨てられてたって――

 ニト 男の兄弟だと思ってたんだ、ずっと。いつもあの男が言ってたから、ぼくを拾った。

 ケーナ 青いマフラーだったから。

 ニト ううん、猿みたいだったから。

    ケーナ、ニトに背を向ける。

 ニト……どうする? あの武器商人のところ行ってみるか。

 ケーナ ……。

 ニト ケーナの望んでた大金持ちだぜ。

 ケーナ 意地悪言わないで。

 ニト ……いやなんだろう、ケーナは?

 ケーナ 何が?

 ニト ぼくと兄妹だってのが?

 ケーナ わかんない! わたし何にもわかんない!

 ニト 勝手にするさ。

    ニト、駆け去る。ふたりの様子をはらはらして見ていた天使がケーナの肩を叩く。

 ケーナ いやよ。いやなんだから……。(天使の声を聞いて)え、おばあさま? おばあさまならこんな時、わたしに何て言うか考えてごらんって? ――素敵じゃないか、ケーナ、おまえに兄さんがいたなんて。(天使に背を見せ)おばあさまならきっとこう言うでしょうね。

 天使 (ケーナの腕を揺する)

 ケーナ わかってるわ。その後決まってこう続くのよ。神様はね、ケーナ、辛いことと一緒に思いもかけない贈りものをして下さるもんだよ。ひとりぼっちだったわたしに、おまえをケーナ、引き合わせて下さったようにね。

 天使 (うなずく)

 ケーナ ……うん。待って、ニトー!

    ケーナ、天使、駆け去る。


    5……「あの男は死んだ」……

    武器商人の家。

    武器商人がそろばんを手に部屋の中をうろついている。

    その後を天使の会計係が帳面を持ってついて回る。

 武器商人 まずは――、最新型の大砲が、(そろばんを弾く)こ う、こう、こう、と。車輪付きが、こう、こう、こう、と。鉄砲の弾がこうで、大砲の弾がこうで、――うーん、やめられん。いくらでも売れる、いくらでも儲かる。作れば売れる、作れば売れる。シ、シ、シ。(笑いが止まらない)――が、しかし、肝心の大砲を作るための燃料の木が足りん。くそ! (会計係に)もう一度木こりのところへ行って、木を伐り倒せと言ってこい。

 会計係 (自分を指さし「わたしが?」と聞くポーズ)

 商人 そうだ、おまえだ。とっとと行け!

    天使の会計係、去る。

 商人 (独白)まだわしを恨んでおるのか。かつてはともに同じ喜び、同じ悲しみを味わってきたのに。いつ道は分かれたのか。

    ト商人の娘が来る。商人に瓜二つである。

 娘  おとうさま。お客様よ。

 商人 (やさしく)おお。誰が来たんだ?

 娘  さあ……。どうしても会いたいんですって。

 商人 どんなやつだ?

 娘  男の子と女の子。――でも、きっとあれ、物貰いね。

 商人 どうしてわかる? 

 娘  だって、女の子はこの雪の日に手袋もしてないんですもの。それに男の子は穴の開いたボロボロの靴。

    ト天使の会計係がニトとケーナを連れて来る。

 商人 (会計係に)おまえはまだ木こりのところへ行ってないのか。とっとと行ってこい。(会計係去る――娘に)さあ、おまえもあっちで遊んでお出で。

 娘  でもひとりじゃさみしいわ。

 商人 わがままはダメだぞ。おとうさんは仕事なんだ。

 娘  わかってる。王様の――

 商人 王様の、おもちゃを作ってるんだ。

 ケーナ (小声で)王様のおもちゃって?

 ニト (小声で)爆弾のことさ。

 娘  王様って子どもね。

 商人 どうしようもなくな。さ、あっちへ行ってなさい。

 娘  おやすみなさい。(去る)

 商人 寝る時は天国のおかあさんにおやすみのキスを忘れないようにな。

    商人、ニトとケーナの視線を感じて、

 商人 (財布から金を取り出し)さ、これを取っておけ。きょうは特別な日だからな。それをしまったらとっとと帰ってくれ。

 ニト ぼくたち金をもらいに来たんじゃないんだ。

 商人 じゃ、何だというんだ。や、わしは何も買わんぞ――

 ニト このペンダントに見覚えがありませんか。

 商人 ん、何だ?

 ニト このペンダントです。

 商人 これは――、おお。

    商人、ペンダントに触る。ほんの少しだけ指先にピリリとくるが、触れないほどではない。

    ケーナ、商人がペンダントに触れるのを見て、

 ケーナ ニト。

 ニト うん。

    商人は自分の胸元からペンダントを取り出し比べてみる。

 ケーナ あ、やっぱり同じだ!

 商人 これをどうした? どこで手に入れた?

 ニト 質問に答えてください。このペンダントに見覚えはありませんか。

 商人 確かに。これは王にもらったペンダント。わしの物であり、わしの物ではない……。これをどこで盗んできた?

 ニト 盗んだんじゃない。これはぼくの物だ。

 商人 おまえの物、これが――。ということは……

 ニト あなたはぼくの、ぼくらのとうさんじゃないですか。

 商人 わしが、おまえたちの?

 ニト これはとうさんがくれたペンダント。これと同じ物をあなたは――。ここに手紙もある。

    商人がニトから渡された手紙を読もうとした時、商人の娘が出てくる。

 娘  だまされないで、おとうさま! あなたたちとっとと出て行きなさいよ。おとうさまが人がいいからってバカにしないで! おとうさま。この人たち、おとうさまからお金を巻き上げようとしてるのよ。

 ケーナ 失礼なこと言わないで!

 娘 じゃ、さっきわたしたちのこと物欲しそうな目で見てたの、あれはいったい何?

 ケーナ あれは――、あなたたちが仲良さそうだったから……。

 娘  この人、大金持ちの娘になりたいのよ!

 ケーナ ――!

 娘  金持ちがうらやましいんでしょ。

 ケーナ そんなこと、ないわ……。

 娘  うそおっしゃいよ。(商人の出した金を取り)これで帰ってちょうだい。そしてもう二度と顔を見せないで。

    ケーナ、出て行こうとする。

 ニト 待てよ。逃げるのか。

 ケーナ 離してよ。

 ニト ここで逃げたら負け犬だ。

 ケーナ 何よ、放っといて! お兄さん面なんかしないで!

 ニト ケーナ。

 商人 おいおい、けんかなら外でやってくれ。

 ニト (商人に)答えてください。あなたはぼくらのとうさんじゃないですか。

 商人 もしわしがおまえたちの父だとしたらどうするというのだ?

 娘  おとうさま! 

 ニト 今すぐにでも武器を作るのはやめろって言う。

 娘  武器――?

 商人 何を言う、娘の前で。変な言い掛かりは止しにしてくれ。わしは王様のおもちゃを作っとるんだ。(娘に)さ、おまえはいい。下ってなさい。

    娘、一旦去る。が途中より三人のやり取りを陰で見ている。

 商人 おお、外はまた雪が降り出したぞ。それ(金)を拾ってとっとと家に帰ったらどうだ。

 ケーナ 家なんてどこにあるの、帰る家が――。

 商人 何だ、手に負えん、子どものホームレスか。

 ニト ぼくらは知ってるんだ、あんたが王様をそそのかし歌や音楽を禁止させたことも、一人で勝手に書類にサインして戦争を起こそうとしてることも。それであんたは武器を作って大儲けをしようとしてるんだ。

 商人 ど、どうして、それを?

 ニト どうだっていいだろ。

 商人 ハッ、すっかりお見通しというわけか。それでも武器を作るのはやめられんと言ったらどうするというのだ?

 ケーナ 武器を作ってる人なんてわたしのおとうさんじゃない!

 ニト ケーナ。

 ケーナ 戦争はおかあさんを殺した。家族みんなをバラバラにした。ニトとわたしをバラバラにした。

 商人 多少の犠牲は付き物だ。かく言うわしも前の戦争であの娘の母を亡くし、弟を、そう弟を失った。

 ニト だったら、どうして?

 商人 だったら、どうして――それが戦争だからだ。この世に戦争のある限り武器を作る者が必要だからだ。そしてこの国でわしの代わりができる者はわししかおらんからだ。

 ニト あんたがあんたの代わりを探さないなら、こっちが子どもであることをやめるだけさ。どうする、ケーナ?

 ケーナ わたし、行く。とっととここを出て行くわ。

    ケーナとニト、去ろうとする。

 商人 ちょっと待て! わしは一言もおまえたちの父親だとは言ってないぞ。わしの子どもはあの娘だけだ。

 ケーナ ニト!(うれしい)

 ニト ああ!

 商人 おお、おお、そんなにうれしいか、わしが父でないことが。ならば喜びついでに教えてやろう、わしはおまえたちの父をようく知っておる。

 ケーナ 誰? 誰なの? 今どこにいるの、おとうさんは?

 商人 会いたいのか。

 ケーナ 当たり前じゃない。

 商人 当たり前? それが、武器を作っていた男でもか。

 ケーナ 武器――?

 商人 その男もかつてわしと一緒に武器や爆弾を作っていた。

 ニト うそだ!

 商人 ペンダントもその褒美として王からもらった物。一つは金。そしてもう一つは銀。それでも会いたいのか。

 ケーナ でも――、今は作ってないんでしょ?

 商人 ああ、今はな。

 ケーナ だったら――

 商人 死んだ。

 ケーナ え?

 商人 そう、あの男は死んだ。

 ニト・ケーナ 死んだ!

 商人 自分の作った爆弾で妻を死なせ、わしを逆恨みして今のおまえたちみたいに戦争はやめろとさんざ意見して、ついには首を括って死んだ。バカな男だ……。

 ケーナ うそよ! うそよ……。(泣く)

 商人 何故うそと言う? 案外戦争をやる者の方が正直だったりするとは思わんのか。

 ニト 行こう、ケーナ。(行きかけて)前のぼくだったらきっとそう思ってた。でも、今はそんなこと思いたくもない!

    ニト、ケーナを連れて去る。

 商人 生意気なガキだ。あの男は死んだ、そう、確かに……。

    立ちつくす商人。娘はその商人の姿をじっと見ている。

    溶暗。


    6……ふたりはホームレスに再会するのであった……

    さみしい裏通り。

    ケーナが泣きながら小走りに行く。その後をニトが追いかける。

 ニト 待てよ!

 ケーナ 放っといて!

 ニト 待てったら!

 ケーナ (急に立ち止まる。ト思ったら大声で泣き出す)

 ニト 泣くなよ。どうせ初めっからいやしないも同じだったんだから。本当はこの国のどこ探したってとうさんなんていないと思ってた。かえってさばさばしてる。それにかあさん死なせるようなやつは首括って当然さ。

 ケーナ うそよ! わたしのおとうさんはそんな人じゃない。 きっとどこかに生きてる。生きてわたしたちを待ってるわ。

 ニト じゃ、生きてたら、あの商人みたいに人殺しの武器作ってても平気だって言うのか。

 ケーナ そんなこと言ってないわ!(トまた大声で泣く)

    トそこに酒瓶片手に陽気に「木こりのうた」を歌いながらホームレスが現れる。

 ホームレス どうした? 何泣いてる? 女の子を泣かせるなんて最低なやつだな。こら、面見せろ。

 ニト あ、おじさん。

 ホーム 何だおまえか。(ニトを抱きしめ)おお、我が息子になりそこなった者よ! てことは、泣いてるのはケーナか。

 ニト ぼくが泣かせたんじゃないよ。

 ホーム (人差し指を左右に振って)チチチ! もう言うな。万事飲み込んだ。一聞いて百知るのができた大人ってもんだ。

 ニト でも、おじさん、えらくご機嫌なんだね。

 ホーム わかるか、やっぱり。わかっちゃったか。

 ニト お酒?

 ホーム ハハ、(酒瓶を投げ捨てる)これは何でもねえ。こっちだ。

    ト天使のホームレスが現れる。

 ホーム オレのハニーだ。

 ニト・ケーナ ああ!

 天使 (指でLoveのサイン)

 ホーム (照れながら)その、何だ、さっきそこで運命の出会いってやつをしちまったわけだな、これが。オレのような紳士には飛び切りの淑女がお似合いってわけだ。

 ニト でも――

 ホーム ま、いい、いい。子どもにはわかんねえだろうな、本当の女の良さってやつが。

    天使のホームレスがケーナの打ち沈んだ様子を心配してホームレスに耳打ちをする。

 ホーム ん、んん。よし、ここは一つパーっと歌でもうたって楽しくやろうや。

    ホームレス、ラッパを吹き鳴らし歌をうたい始める。

    歌「いつかいいことあるさ」

 ホーム歌 元気出しな いつかいいことあるさ

      世の中ってやつは そう悪くできちゃいねえ

 天使歌  生まれた時から 幸運のカギは

      誰の手にだって 握られているものよ

 ケーナ  でもわたし、そのカギをなくしてしまった。

 ホーム  バカ言っちゃいけねえ! 

 全員歌  幸運ってやつは めぐりめぐってくるもんさ

      それが人生 それが人の世

 天使歌  元気出して いつかいいことあるわ

      世の中ってやつは そう悪くできてないわ

 ホーム歌 よく探してみな 幸運のカギが

      てめえの足もとに 落ちてるかもしれねえ

 ケーナ  うん。わたし探してみる、もう一度。

 天使   そうよ、その調子。

 全員歌  幸運ってやつは 誰のとこもくるもんさ

      それが人生 それが人の世

      幸運ってやつは めぐりめぐってくるもんさ

      それが人生 それが人の世

    夜も更けてくる。皆、歌い疲れて眠る。ケーナはニトの肩で安心し切って寝る。

    ニトだけが眠れずに夜を過ごす。ひとりハーモニカを吹く。

 ニト (そっとつぶやくように歌う)……幸運ってやつは、誰のとこもくるもんさ、それが人生、それが人の世……。でもぼくは、そのカギを、なくして……(そっと涙を拭う)

    ニトの様子を見ていた天使のホームレスがやさしくニトの頭を撫でる。とニトはこらえ切れずに天使のホームレスに抱きつき声を上げずに泣く。

    (溶暗)

    トいきなり朝がくる。(コロスが太陽を上げる)

 ホーム (パッと飛び起きる)何だー! おい、起きろ。朝になったぜ。一番鶏が……、一番鶏が……

    コロス、慌てて一番鶏の鳴き声をやる。「コケッコッコー」

 ホーム 鳴いてるぜ! さ、出かけよう!

 ニト (寝ぼけている)どこへさ?

 ホーム 朝飯食いにさ。何、あそこのレストランとはちょっとした知り合いなんだ。祭の翌日は豪勢な料理がわんさと出る。チキン、ベーコン、ハム、サラダ、鰹(カツオ)に鰊(ニシン)、何でもござれだ。

 ケーナ それって残り物のこと?

 ホーム 人によっちゃ、そうとも言うな。

 ニト 遠慮しとくよ。

 ホーム まだまだ修行が足りねえな。(天使に)ハニー!(ト天使のホームレスと腕を組み行きかけて)おっと、言い忘れるとこだった。思い出したんだがよ、この帽子、昔、戦争の真っ最中に人を探してるやつを助けた時にもらった物だった。

 ケーナ 誰、その人?

 ホーム 誰だと思うよ。

 ケーナ じらさないで。

 ホーム 山の木こりよ。

 ニト じゃ、木こりがぼくらのとうさんだったんだ。

 ホーム まちがいねえ。

 ケーナ でも、死んでしまった……。

 ホーム バカ言っちゃいけねえ。ちゃんと生きてるよ。ほら、やっこさんの歌が聞こえてきた。

    遠く、山から木こりの歌が聞こえてくる。

 ニト (ケーナに)そうだ。王宮でぼくたち木こりを見た。

 ホーム (独り言のように)実はその木こりってのが武器商人の弟なんだな。

 ケーナ (ニトと話す)じゃ、商人はうそをついてたのね。でも、どうして? 

 ホーム (独り言のように)うそをついたのも兄弟関係のもつれだな、きっと。

 ニト (ケーナと話す)そんなこと、ぼくが知るか。

 ホーム (独り言のように)昔はこの国一の仲のいい兄弟だったんだが、それがおめえ前の戦争で仲たがいだ。

 ニト (ケーナに)さ、行こう。(手を出す)

 ケーナ うん。

    ケーナ、ニトの手を取る。

 ケーナ 痛い! (ニトの)手がガサガサ。

 ニト (ぶっきらぼうに)いいから。

    ふたり、手を取り駆け去る。天使もふたりを追って去る。

 ホーム (皆が行ってしまったのにも気づかず、ひとり残って)ほれ、名前は何てったかな。ミートパイでもねえし、トラコーマでもねえし。いやだねえ、年取ってくると人の名前忘れちまって。……あれ、もう行っちまいやがった。このごろの若い者は人の話を聞かねえからいけやせんやね。(お客に)ア、あなたもそう思う。ねえ、まったく。さ、朝飯食いに行こうや。や、やや! ハニーがいねえ! おーい! おーい!

    ホームレス、天使のホームレスを探しながら去る。(ニトたちとは別方向へ)


    7……そして、木こりは木を植えた……

    山の上。一本の木。木には花が咲いている。(その木は天使が演じる)朝日が差している。

    木こりの歌声が聞こえてくる。「木こりのうた」

 歌声 山をわたる風は ようお

    おとうのやさしさ

    いのちふるわす 山鳴りのうた

    木こりが手に斧と花を持って出てくる。木に咲いた花の手入れをしていたらしい。雪を払ったり、邪魔な枝を取ってやったり。いくつかの花を摘んだりもする。

 木こり歌 緑ぬらす雨は ようお

      おかあの涙さ

      木の芽をなでる 慈愛のしずく

    と二トとケーナがやって来る。

 二ト あ、いた。

 ケーナ あの歌――、あの声――。

    二人はしばし木こりの様子を見る。

    とケーナが木こりの歌に合わせて歌い出す。

 木こりとケーナ歌 草をいろどる花は ようお

         あねえの化粧さ

         蝶にあずける 恋の羽ばたき

    ト今度は二トが木こりの歌に合わせて歌い出す。

 木こりと二ト歌 頂こがす日ざしは ようお

         あにいの強さだ

         恵みつたえる 太陽の腕

 三人の歌 梢わたる鳥は ようお

      おいらの心さ

      自由求める 鳥のさえずり

 木こり 誰だ、おまえたちは……?

     ケーナが進み出ようとするのを二トが制して、

 二ト ぼくは、西の国から来た旅の者です。これに――、このペンダントに見覚えはありませんか。

 木こり ――!

    木こり、ペンダントを受け取る。手はしびれない。

 木こり これをどうしたんだ?

 二ト これは――友達の物です。友達に頼まれてこの国に人を探しにやって来たんです。

    とケーナが前に進み出る。

 ケーナ わたしは、東の国から来た旅の者です。これに――、このマフラーに見覚えはありませんか。

 木こり (マフラーを受け取る)これをどうしたんだ?

 ケーナ これは――友達の物です。友達に頼まれてこの国に人を探しにやって来たんです。

 木こり これは亡くなった妻が編んだマフラーにまちがいない。そしてあの時子どもに――

 ケーナ どうしておかあさんは――、あなたのおかみさんは亡くなったの?

 木こり (間)旅の人には話す必要はない。

 二ト 教えないならぼくらは帰る。そしてこのペンダントとマフラーの持ち主も永遠にあなたの前には現れない。

    間。木こり、昔のことを語り始める。

 木こり ……昔、十三年も前のこと。この国に戦争があった。わたしは武器商人の兄とともに王のため国のため武器を作った。わたしは兄の言うがままに山の木という木を伐り倒し、たくさんの鉄砲や爆弾を作るための燃料にした。戦争が激しければ激しいほど、長びけば長びくほど、わたしら兄弟の懐はうるおった。……妻は反対していた。ふたりの赤ん坊を持った妻は命のいとしさを学び始めていた。が、わたしは盲目で金を稼ぐことが家族のためだと信じていた――

 ケーナ そんなことないのに――。

 木こり そう。それはまちがいだった。が、まちがいであるということに人はなかなか気づかない。手痛い仕打ちを受けるまでは――

    ト爆弾の破裂する音――。(木こりの台詞の間に次の動作……今まで木を演っていたはずの天使が居眠りを始めていた。ト爆弾の破裂した音に天使はびっくりして飛び起きる。ト自分の背から羽がなくなっているのに気づき、泣く)

 木こり ある日――、わたしたちの作った爆弾が敵の国の手に渡り、あろうことかわたしの家を直撃した。天使が見放したんだって面白がって言うやつもいた。家には妻とふたりの赤ん坊が――

 ケーナ 家にいたの、わたしたち――(ニトが慌てて口をふさぐ)

 木こり そう、ふたりの子どももいた。が、無事だった。妻が赤ん坊をかばってくれてた……。

 ケーナ (小声)おかあさん……。

 木こり 自分の愚かさゆえに妻を死なせ自棄(ヤケ)になったわたしは、一本の木の下にふたりの赤ん坊を捨てた。男の子には銀のペンダント、女の子には青いマフラーを。

    遠く爆弾の音。

    木こりは木の下に、ニトとケーナから受け取ったペンダントとマフラーをまるで赤ん坊のように捨て置く。そしてその赤ん坊の懐に手紙を入れる。そして木陰に隠れる。とニトとケーナが4場の男と老婆のようにペンダントとマフラーを拾い、去る。その様子を木こりはじっと見ていた。遠く、爆弾の破裂する音。木こり、再び木の前に出て語り始める。

 木こり 子どもたちとの永遠の別れの場所が父の絞首台か……。

    木こり、しばし神に許しを乞う。木を見上げ、首を吊るための縄を括りつけようとする。が、木の天使が嫌がる。

 木こり わたしが首を吊るための縄を木に括りつけるのに手間 取っていると、――そこに旅人が現れた、そう、きょうと同じように――

    ニトとケーナ、木こりの回想の中の旅人を演じる。しかしそれは旅人であると同時に今この時のニトとケーナでもある。

 ニト ぼくは、西の国から来た旅の者です。とうさんを探しているんです。この戦争ではぐれてしまった――

 木こり どんな人です、あなたのおとうさんは? 心当たりがあるかもしれない。

 ニト ぼくのとうさんは、罪深い人です。自分の犯した罪のためにかあさんを殺し、子どもを捨てた――

 木こり そんなおとうさんを見つけて、どうするつもりです?

  ニト 言ってやりたいことがある。何故捨てたのか。何故かあさんを殺したのか。問いつめて、はいつくばらせて、永遠にさよならするつもりです――

 ケーナ ニト!

 ニト ……。

 木こり 誰です、あなたは?

 ケーナ わたしは、東の国から来た旅の者です。おとうさんを探しているんです。この戦争ではぐれてしまった――

 木こり あなたも? どんな人です、あなたのおとうさんは?

 ケーナ わたしのおとうさんは、王様です。格好よくて、やさしくて、大金持ちで――

 木こり もしも、あなたのおとうさんがしがない貧しい木こりで――

 ケーナ 今は、たとえどんな人がおとうさんでもいいの。

 木こり でも、罪深い男だとしたら、かあさんを死なせ、子どもを捨てた――

 ケーナ それでもいい。生きてさえいてくれたら、きっとわたしたちを待っててくれる。

 木こり そんなこと――

 ケーナ そしてできることなら、その時おとうさんがわたしたちにとっての、子どもにとっての王様であれば――

 木こり 子どもにとっての王様……。

    トこの時二トが叫びにならない叫びを上げ、近くに置いてあった斧を取り、木こりに向かい立つ。が、何もできず、思わず木を切り倒そうとする。

 木こり (木をかばい)この木はダメだ、この木は! 何があっても!

    ニト、再び木こりと向き合う。とニトは振り上げた斧を投げ捨て、泣きながら自分を殴る。

 ケーナ やめて! お願い、ニト!(自分を殴るニトの手を抱きとめる)

 ニト やっぱりぼくには許せない! ケーナ、どうしてこんなやつを許せるんだ。ぼくたちを捨てた親を。かあさんを殺したやつを。

 ケーナ じゃ、わたしたちどこに戻ればいいの? ……あなたにはあたたかい家がある、帰る家があるけど――

 ニト あれはみんなうそだ! そんなものない! 牛みたいにこき使われて……

 ケーナ あ――、だからニトの手はこんなに荒れてるのね、あかぎればかりで! 

 ニト ぼくはね、ケーナ、ニトなんて呼ばれたことはない。いつもなんて言われてたか、ケーナにわかるか。「おい、この野郎、ボケ、カス、ブタ、そこの!」

    ニト、込み上げる怒りに再び木を切り倒そうとする。

    が、また木こりが木をかばう。

 木こり ダメだ、この木は! この木は家、この木は子ども。

 ケーナ この木がどうして家なの? どうして子どもなの? 

 木こり (再び語り始める)旅人が去った後、彼らの残した言葉に鞭打たれたように必死で子どもの行方を探した。(大砲の音、爆弾の破裂する音)――誰かー、赤ん坊を知らないか。ひとりは王のペンダント、ひとりは青いマフラー! (架空の人物に)ねえ、赤ん坊を見なかったか。ひとりは男に拾われて、ひとりは老婆に――(架空の人物があっちと指さした)ああ、ありがとう!(行こうとするが、引き止められ「何かくれ」と手を出される)え――、何かくれ? 困ったな。ああ、この帽子をあげるよ。(ト帽子を架空の人物にやる。さらに人波をかき分け探すが)しかし、ますます激しくなる戦火のために通りは人であふれ、その人波の中についに子どもを見つけることができなかった。……(疲れ切り足など引きずっている)その日の夜遅く山に帰って来た。見ると、そこにあるはずの木がなくなっていた。

    天使が木を演じるのをやめ、厳しい目で木こりを見つめている。

 木こり ああ! 神よ!

    長い間。沈黙。

    天使、うちひしがれている木こりの肩に手を添える。

 木こり そして、わたしは木を植えた。もしかしてここに子どもたちが戻ってくる時、目印の木がなければもう二度と会えないように思えた。だから、もう一度会えるその日のために……

    木こりが木を植える。天使を真ん中にしてその両側にニトとケーナが位置する。そして木が芽を出し、日に日に大きく育っていく動きを木こりの台詞に合わせ演じる。

 木こり 木は育つ。少しずつ、少しずつ。一日一日。一日が一月に。一月が一年に。春、夏、秋、冬。そしてまた春が来て、夏が行き、秋と出会い、冬が去る。いつしかこの木がわたしには子どもに、そして妻に思えてきた。

    舞台中央に緑の木ができる。

 木こり (マイムを入れながら)大風の日、わたしは一晩中、木とともにいた。(木は激しい風に揺すられる。木こりがその木を風から守る)

    ――日照りの続く時には谷から清水を汲んできた。(日照りにしなびた木に水をかけてやる。と木が蘇る。)

    ――雪の日には木をあたためた。(凍りついた木の雪を払い、木を抱きあたためてやる)

    ――何もない日には、終日無言でおしゃべりをした。(木はおしゃべりをするように風に梢を揺らし、木こりは木に寄り添いすわる)

    ――そして戦争の始まった日にわたしは王の元に花を届けた。(天使の木が木こりに花を手渡す)

    ……歳月は流れた。

     天使とニトとケーナの演じる木と、その木の根元にくつろぐ木こりの姿がひとつの家族のように見える。

     やがて静かにニトとケーナは木から自分に戻る。

 木こり わたしは待ってた。本当の子どもたちの帰る日を。わたしを許してくれる日を。この木は家、この木は子ども。バラバラだったわたしたちをつなぐ唯一のもの――

 ケーナ おとうさん!(つぶやくように)

 木こり ケーナ! やっぱりそうだった。歌声を聞いた時からわかってた。かあさんに似たやさしい声。

    ニトはふたりに顔を背け去ろうとする。

 ケーナ ニト、待って! ニト! (行こうとするニトの手を取る)……兄さん! 

 ニト ――!

     ケーナ、ニトの手を取り木こりの方へ引っ張っていく。

    木こりは顔を背けたままのニトの手を取る。

 ニト (顔を背けたまま)ごつごつしてる……。

 木こり ?

 ニト 手が――ごつごつしてる。

 木こり 木を育ててきたから、おまえたちと別れてからずっと。

 ニト ……。

 木こり (ニトの手を撫でて)おまえもこんなに――。とうさんを許してくれ。

 ニト ――。

 木こり もう二度と離しはしないよ。ニト!

 ケーナ (ニトの心を後押ししてやるように)兄さん!

 ニト (父に抱きつく)……とうさん!

    ニト、泣く。ケーナも父に抱きつき泣く。父はふたりを抱きしめ、頭をポンポンと撫でるようにしてやる。天使の木が思わず貰い泣きをする。

 木こり さあ、家に入って温かいスープでも飲みながらつもる話をしよう。おまえたちのことを聞かせておくれ。

 ニト でも、その前にしなくちゃいけないことがある。な、ケーナ。

 ケーナ あ、うん。(父に)心配しないで、すぐ帰ってくる。(ふたり、一旦去る)

    木こり、ふたりが去るのを見送った後、木に寄り添うようにする。

 木こり ねえ、どれだけの時が流れたんだろう。一瞬だった気もするし、ずいぶん長い歳月だったような気もする。――かあさん、おまえが生きていてくれたら……

    天使の木が妻のようにやさしく木こりの肩を抱く。

    ニトとケーナ、木こりから離れたところで――

 ケーナ でも、武器商人に戦争をやめさせるなんて本当にできるの? 

 ニト もう一度頼んでみるのさ。

 ケーナ そうね。今なら何だって叶う気がする。

    ふたり、駆け去る。


    8……エピローグ…… 

    武器商人の家。

 商人 おおい、出てきなさい。……ああ、困った、困ったことになった。

    ニトとケーナ、来る。

 商人 おお、いいところへ来た。あれから娘が部屋に引き籠もって、口もきこうとせんのだ。あの娘にもしものことがあったら……。これはおまえたちの責任だぞ。

 ケーナ まあ、勝手な言い方!

 ニト でも、いったいどうして?

 商人 わしが武器や爆弾を作っておるのを知ってショックを受けてしまったのだ。

 ケーナ じゃ、もう武器なんて作らなければいいのよ。

 商人 ハ、何を。それに稼がなければ。これも娘のため。

 ニト そんなことないさ。このままだとあの子は一生口なんてきいてくれないよ。

 ケーナ 頑固そうだものね。

 商人 親譲りだ。

 ケーナ たぶん、きっと、飢え死にね。

 商人 それは困る。

 ニト 戦争やめて、武器を作るのやめたら、あの子は必ず出てくるよ。

 商人 しかし、王が……、王が今さら許してはくださるまい……。

 ニト ケーナ。

 ケーナ うん。

 ニト 王様ー!

 ケーナ 王様ー!

    ニトとケーナ、王のところへ飛んで来る。

    (役を兼ねている場合は、商人を演じていた役者が舞台の上で慌てて王の仮面と衣装に着替える)

 王  何だ、またおまえたちか。わしは、ほれこの通り、忙しいのだ。

 ニト 王様。お願いがあってやって参りました。

 ケーナ 今すぐ戦争をやめてください。

 王  ハ、何を。わしも戦争などしたくないわ。しかし、あの商人がわしをそそのかすのだ。

 ニト 商人はもう武器を作るのはやめたって言ってます。

 ケーナ かわいい娘のために。

 王  ほう、そうか。あの商人がな。

 ニト 王様!

 王  しかし、戦争をやめるわけにはいかんのだ。

 ケーナ どうして?

 王  わしをそそのかすものがおるからだ、商人よりもっと別に。

 ニト 誰です?

 ケーナ 教えてくれたらその人のところに行ってくるわ。

 王  (笑って)ならば、教えてやろう。それは民だ。

 ニト 民?

 王  民衆だ。

 ケーナ 民衆?

 王  そうだ。この国の人々が実は心の底では戦争を望んでいるのだ。だから戦争はやめられない。

 ケーナ そんなことないわ!

 王  では、民に聞いてみるがいい。民衆が本当に戦争を望まぬのなら、わしは決して戦争はしないぞ。(去る)

    ニトとケーナ、舞台正面に出てくる。

 ケーナ ねえ、戦争を望んでるって本当なの? どうしたらい い、ニト? 

 ニト これを。(ケーナの髪に挿してあった花を手に取る)

 ケーナ 信じる、花の力?

 ニト ああ!

 ケーナ うん。

    ニトとケーナが歌「どんな時だって(胸に抱くなら)」を歌いながら民衆(客席)にあの木に咲いた花を配る。

 ニトとケーナ歌 どんな時だって

      胸に抱くなら

      武器よりも 花がいい

      涙流す 戦争を

      誰もみな 望まないなら

      さあ、咲かせよ さあ、一緒に

      おうこくに花を

    歌の中、天使に羽が戻り劇場を飛び回る。

 ニト・ケーナ あ、羽! 

 天使 (Loveのサインをする)

 歌   どんな時だって

     何するんだって

     ひとりより ふたりがいい

     歩くのも 走るのも

     笑う時も 泣く時だって

     さあ、行こうよ さあ、一緒に

     おうこくの旅へ

                     (幕)

    ……カーテンコール……

    役者たちがそれぞれの楽器を手に集まってくる。

    歌「夢の絵本」

 歌   子どもだった きみの指が 絵本の表紙 めくるように

     夢の扉あけてごらん 大人の仮面 ポッケにしまって

     ぼくらは声 ぼくらは言葉 ぼくらは色 ぼくらは絵

     夢の絵本 ララ 動き出すよ ぼくらは歌 ぼくらは踊り

     ぼくらは夢 ぼくらは詩 夢の時が ララ まわり出すよ

    役者たちは歌の終わりとともに夢のびっくり箱の中に帰っていく。ゆっくりと夢の扉が閉じる。

                 (おわり)

広島友好戯曲プラザ

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