「ハートフルコメディ家族百景」第11景・花咲かおばあちゃん

戯曲「家族百景」第11景   広島友好 

 「家族百景」コピー 

 百山富士雄と妻の幸子。そして子どもの翼。 百山ファミリーとかれらを取り巻く人々の心あたたまるハートフルコメディ。笑いでつづる家族スケッチ。 百山ファミリーにきょうはなにが起こるのか?


 「家族百景・第11景 花咲かおばあちゃん」 

いつも元気な愛おばあちゃん。でも、このごろ「徘徊」の噂があるらしくって……。心配した嫁の幸子が、愛を試そうとしてひと悶着。はたして愛おばあちゃんは大丈夫なのか⁈

    抱腹絶倒のハートフルコメディ。

    人気の作品。各地の劇団により好評上演。

「西の風戯曲集2023」に掲載(西日本劇作の会)

登場人物4名。約35分。 


  ハートフル・コメディ 家族百景    作・広島友好

 第十一景『花咲かおばあちゃん』

 ○時……ある春の日

 ○場所……愛の家の居間

 ○登場人物

 百山幸子(ももやまさちこ)四十代半ば

 百山翼 幸子の子ども・小学六年生

 百山愛 幸子の義母・翼の祖母……幸子たちとは別住まい

 江本涼香(えもとりょうか) イラストレーター志望のデザイン専門学校生 路上での似顔絵描きもやっている。


*台詞はそれぞれの地域の生活語に直してもらって結構です。(作者)

 

◎第十一景『花咲かおばあちゃん』

 翼  ぼくの大好きなおばあちゃん。まだまだ元気いっぱいで、足腰も丈夫。……でもやっぱり、年が年だけに心配になることも。おまけにこのごろ、変な噂があるらしくって……。

      ある春の日。午後。 ひとり暮らしの愛の家。その居間。座卓が一つ。 幸子と翼が心配して愛をさがしている。

 翼  おばあちゃん! おばあちゃーん! ………

 幸子 おかあさぁん! ………

      幸子と翼、愛の名を呼びかけながら家中を。………

 翼  おらんねえ。

 幸子 どこ行ったんかな、おかあさん?

 翼  行くよって連絡入れといたのにね。

 幸子 翼、あんた、お風呂見た?

 翼  おらんかったよ。

 幸子 浴槽の中も?

 翼  ええっ⁈ おぼれてるとか?

 幸子 (心配になって)ちょっと見てくるっ。あ、おばあちゃんの部屋の押し入れさがした?

 翼  そんなとこおらんっちゃ⁈

 幸子 「まさか」があるのよ、おかあさんはっ。

 翼  (不安になって)おばあちゃーん! おばあちゃーん!

      幸子と翼、それぞれ風呂場と愛の部屋に駆け出す。

      しばらくして、ふたり戻ってくる。

 幸子 おらんね。

 翼  外に出たんじゃないほ。散歩とか。

      幸子、携帯を取り出して愛に電話をかける。

      しかし、つながらない。

 翼  ダメ?

 幸子 うん。

 翼  どこ行っちゃったんだろ。

 幸子 ……やっぱり。

 翼  やっぱり……なに?

 幸子 ……。

 翼  なに? 言ってよ。

 幸子 ……。

 翼  ねえ!

 幸子 ……実はね、徘徊してるらしいの。

 翼  ハイカイ?……って、おばあちゃんが? 外ふらふら出歩いちょるってこと?

 幸子 うん、たぶん。

 翼  ただの散歩じゃないそ。

 幸子 もしかして……、認知症が始まっちょるのかも。

 翼  ない! 絶対ない、おばあちゃんは。

 幸子 一度専門の病院で診てもらったほうがええんじゃないかな……。

 翼  えーっ⁈

      間。

 幸子 松山さんが見たっていうのよ。様子がおかしいって。ただの散歩じゃないって。

 翼  あのおばさん、人の悪口ばっかし言うって、おかあさん言いよったじゃない。

 幸子 目は確かよ。観察眼はあるの。

 翼  じゃけど。

 幸子 人の家見て、笑ってたんだって。

 翼  おばあちゃんが?

 幸子 塀越しに人の家ん中見て、(ちょっと薄気味悪く)ニタニターって。

 翼  なんかおもしろいこと見つけたんじゃないそ、おばあちゃんのことじゃから?

 幸子 それが、一軒だけじゃないんだって。

 翼  どういうこと?

 幸子 気になるから、松山さん、そうっとおばあちゃんのあとをつけて歩いたんだって。そしたら、また別の家のお庭を覗いてニタニターっ……。

 翼  じゃから、なんか変わったこと見つけて――

 幸子 そう思ったわよ、わたしも。松山さんも、そう思ったんだって。でも、また別の家にふらふら歩いてって、お庭を覗いて……

 翼  ニタニターっ……?

 幸子 ニタニターっ、ニタニターっ。あっちの家、こっちの家。

 翼  ……。

 幸子 心配になって、松山さん、おばあちゃんに声かけたんだって。

 翼  うん、それで?

 幸子 なんか妙にオドオドしてたって。いつものおばあちゃんと全然様子がちがってたって。

 翼  えーっ。

 幸子 一度やっぱり専門のお医者さんに、診てもらったほうがええんじゃないかな。なにもなければ、なにもないで安心できるし。

 翼  おばあちゃん嫌がるんじゃないそ。病院大っ嫌いじゃし。薬もめったに飲まんのじゃけえ。

 幸子 そうなのよねえ……。じゃからさ、その前に、コレしてみようかと思って。

      幸子、持ってきていた自分の鞄から本を取り出す。

 翼  なに? なんの本?

 幸子 認知症の本。(ページをめくって)簡単なテストをしてみるつもりなそ。

 翼  認知症のテストぉ⁈ 絶対嫌がるよ、おばあちゃん!

 幸子 だよね~。でもやっぱし、こういうのって早いほうが……。

 翼  ほうじゃけどさ……。

      間。

 幸子 こうしてても仕方ないけえ、もう一回さがしてみよ。

 翼  家ん中?

 幸子 外。翼は表の通りさがしてみて。おかあさん、裏から川土手のほうさがしてみるから。

 翼  ラジャー。

      幸子と翼、家を出ていく。……家の表と裏から、「おばあちゃーん!」「おかあさん!」と愛をさがす声が聞こえる。やがてその声も間遠になっていく。………

      しばらくして、愛と、路上で絵の勉強を兼ねて似顔絵描きの小遣い稼ぎをしている江本涼香が部屋に入ってくる。涼香はスケッチ帳や似顔絵用の絵の道具を携えている。

 愛  座って座って。むさくるしいとこじゃけど。寒かったじゃろう、ね? いちんちじゅう(一日中)じゃし。花冷えって言葉があるくらいじゃから。

 涼香 けど、結構着てますんで。

 愛  (耳に手を当て)え?

 涼香 (少し声を張って)中に。インナー……肌着、着てますっ。

 愛  ああ、そう。

 涼香 はい。

 愛  時間、大丈夫?

 涼香 夕方からバイトがあるんで。長くは。

 愛  あらあら。(絵筆を動かす仕草をして)やっぱりコレだけじゃあ、食べてくの大変なのね。

 涼香 アハハ、全然全然。まだ学生なんで。学費の足しに。

 愛  偉いのねえ。

 涼香 普通です。

 愛  絵の大学だっけ?

 涼香 デザインの学校。ポスターとか作ったり。イラストとかもやってて。

 愛  じゃったじゃった。聞いたけど、すぐ忘れる。アハハ。

 涼香 いえ。

 愛  足くずしてね。あったかいお茶入れてくるけえ。

 涼香 すいません。でも、そんなに時間(ないんで)。

 愛  ついでに着替えてくる。

 涼香 え。

 愛  (絵を描くための)水とか、用意したほうが……?

 涼香 きょうは、あの、ざっくりスケッチだけ。

 愛  スケッチ。

 涼香 はい。構図も考えなきゃだし。

 愛  (了解の意「そう」)ほう。

 涼香 けど……

 愛  ん?

 涼香 ……。

 愛  どうしたほ?

 涼香 いいんですか、わたしみたいなんで。

 愛  なにが?

 涼香 「まだまだ」な人間じゃし。自分のスタイルとか全然つかみ切れてなくて、中途半端な感じで。それにこのごろスランプで……。なのに、大事なお葬式用の絵とか……なんか、その……

 愛  アッハハ! そねえに難しく考えんでも。気にいっちゃったんだからあたし、あなたの絵が。その場でパッと見て描いただけなそに、あたしの性根の部分がよう出ちょったほ、似顔絵に。で、パッと閃いた! アッハハ。ありがとねえ、無理なお願い聞いてくれて。

 涼香 いえ。はい、うれしいです。

      愛、笑顔で居間を出ていく。

      涼香、ざっと部屋を見回して、絵を描く準備をする。

      玄関のほうでざわざわと音がする。幸子が帰ってきたようだ。「いないなあ。どこ行ったんじゃろ」などと独り言をつぶやきながら部屋に入ってくる。

 幸子 (思いがけず知らない人がいたので驚いて)わっ⁈ びっくりしたぁ。

 涼香 (こちらもびっくりして)あ。いや。あの。

 幸子 ど、どなた……?

 涼香 あ、はい。

 幸子 義母(はは)は、あの、帰ってます?

 涼香 奥で。はい。お茶を。

 幸子 よかったぁ!

 涼香 ?

 幸子 いないもんだから。ずっとさがしてて。

 涼香 江本……

 幸子 え?

 涼香 江本……涼香です。初めまして。

 幸子 ここの、嫁の、幸子と申します。百山幸子です。

 涼香 ……。

 幸子 失礼ですけど……義母とは?

 涼香 あ。はい。絵を頼まれて。

 幸子 絵を?

 涼香 似顔絵というか。お葬式用の。

 幸子 お葬式⁈……の、絵?

 涼香 お葬式に飾る。祭壇とかに。写真の代わりにしたいって、おばあちゃん……百山さんが。

 幸子 ああ、言いそう。人と変わったことが、好きで。アハハ……。

 涼香 はあ。

 幸子 あの、絵のお仕事を……? あれ、なんてったっけ……肖像画とかの?

 涼香 (手を小さく横に振って)学生です。デザインの専門学校行ってて。漫画とかイラストとかやれたらいいなぁって。

 幸子 漫画……?

 涼香 その、いや、駅通りの商店街で、祝日とかに似顔絵描いてて。絵の勉強も兼ねて。で、おばあちゃんが……百山さんがやってこられて、似顔絵描いたことがあって。それで、あの、こういう流れに。

 幸子 おかあさんが気に入ったんだ、あなたの絵を。

 涼香 そうですそうです。

 幸子 へええ。

      翼、駆け込んでくる。涼香の存在にまったく気づかずに息せき切って喋る。

 翼  大変大変! やっぱりさ、おばあちゃん、近所の家覗いて、ニタニターっ、ニタニターってしてんだって。商店街の豆腐屋のおじさんが教えてくれたっ。

 幸子 翼。(お客さんがいらっしゃってるのよ)

 翼  あ。こ、こんちは。

 幸子 息子の、……孫の、翼です。

 涼香 それ、わたしも見ました! おばあちゃんが人んちのお庭見て、笑ってるとこ。

 幸子 もしかして、ニタニターっ?

 涼香 そんなんじゃくて……、うれしそうなんだけど、なんだかちょっとさびしそうで。

 幸子 うれしそうで……さびしそう?

 涼香 全然悪い意味じゃなくて。いい顔してるなあって。あ。そんときの。

      涼香、スケッチ帳を開き、愛をスケッチしたときの絵を幸子と翼に見せる。

 幸子 うわぁっ!

 翼  すんっげえ! うめえ!

 幸子 いい顔! こんな表情するとき、ある!

 翼  大好きなときのおばあちゃんじゃあ!

 涼香 (思わず笑みがこぼれて)ンフフ! 思わずスケッチしちゃって。

 翼  へええ。

 涼香 江本涼香です。よろしく。

 翼  ぼく、翼。百山翼。

 幸子 です。

 翼  ……翼、です。

 涼香 ウフフ。涼香、です。

 翼  アハハ。

      愛、お盆にコーヒーとお手製の糠漬けを持って来る。シックにオシャレに着替えている。

 翼  (満面の笑顔)あ、おばあちゃん! よかったぁ。

 愛  なになに、楽しそうね? おばあちゃんも仲間に入れて。

 幸子 おかあさん、さがしてたん――うわっ!

 翼  オッシャレー!

 愛  (軽くポーズを取って)でしょ?

 翼  パーティーにでも行くほ?

 愛  パーティー。ある意味そうかもねえ。あの世へのパーティー。

 幸子 またぁ縁起でもなぁい。おかあさんは当分死にません。(小声で)憎まれっ子世にはばかる。

 愛  (耳に手を当て)はぁ? なんか言った?

 幸子 いえ、別に……。

 愛  (涼香に。座卓にコーヒーと糠漬けを出しながら)はい、愛おばあちゃん特製の糠漬け。おいしいよ。

 涼香 (笑顔になって)うわっ。 幸子 おかあさん! 糠漬けにコーヒーって。

 愛  なに?

 幸子 取り合わせが。

 愛  あたしの糠漬けはなんにでもあうほ。

 幸子 おかあさんの糠漬けがおいしいのはようわかっちょるけど。糠漬けにコーヒーって、(涼香に)ねえ?

 涼香 大丈夫……です。

 愛  さ、食べて食べて。

 涼香 いただきます。

 愛  こっちがナス。こっちがキュウリ。

      涼香、糠漬けを一口。そしてコーヒーをすする。

 愛  ……どう?

 涼香 ……いけます。なかなか。

 愛  ほらぁ!

 幸子 そう言うしかないでしょ。ねえ?

 涼香 いや、ホントに。(また一口)

 幸子 そんなことよりおかあさん、連絡しちょったのに、きょう行くって。

 翼  そうっちゃ、おばあちゃん。

 愛  ほうじゃった? ……憶えちょらん。

 幸子 連絡しましたよ、二回。(翼に小声で)ほら、物忘れもひどい。

 翼  ……。

 愛  なんの用事? あたしは忙しいほ。時間もないし。(涼香に)ねえ?

 涼香 はあ、まあ。

      幸子と翼、顔を見合わせて。

 幸子 実はね、おかあさん……ご近所で噂があって……

 愛  なに、噂って?

 幸子 (言いにくそうに)おかあさんが、その、この辺りを、ふらふらふらふら、出歩いてるっていうか……

 愛  ふらふら……?

 幸子 さ、散歩してるらしいって。んで、人のおうちを覗いては(ちょっと薄気味悪く)ニタニターって。

 愛  (カチンときて)あたしはそんな変な顔しちょりゃあせんよ! ニタニターって、なに。あ! 疑っちょるんじゃろ、幸子さん。あたしが徘徊しちょるって。

 幸子 いいえぇ!

 愛  ああっ、腹が立つぅ。人をボケ老人みたいに!

 幸子 まさか、そんな!

 翼  ちがうって。んなことちっとも思ってないよ。

 幸子 そうですよ、おかあさん。ただ……ちょっと心配なだけで……

 愛  ほらっ!

 幸子 ごめんなさい!

 愛  ちゃんと理由があるほ。

 幸子 理由が? どんな?

 愛  言いたくない。

 幸子 理由を教えてもらわないと、言い逃れにしか……

 翼  (子どもながらもたしなめて)おかあさん。

 愛  (ムスッとして)あたしはこれからお客さんとすることがあるほ。なにか用事があるなら、さっさと済ませて帰ってちょうだいな。

 幸子 (翼に小声で)怒らせちゃった。

 翼  (小声で)無理ないよ、あんな言い方。

 幸子 (息子に指摘されて、しょげる)……。

      間。

 愛  ほら、幸子さん。お客さんに迷惑でしょうがね。

 涼香 わたしは、別に。はい。

 翼  (促して)おかあさん。

 幸子 ……あのね、言いにくいんですけど、簡単なテストをね、受けてもらえれば、みんなも安心できるかなぁって……。

 愛  テスト? どんな?

 幸子 その、簡単な……脳のテストを。

 涼香 あ! 人を試すの良くないと思いますけど。

 幸子 え?

 涼香 百山さん、しっかりされてますよ全然。

 幸子 いや、そうですよ。それは、わたしが一番ようわかっちょるんじゃけど。ただ、ちょっと心配で。こういうのは早いほうがええって言うし。

 涼香 でも。

 愛  ……。

 翼  おかあさんさ、おばあちゃんのことが心配なんだよ。いっつもおばあちゃんのこと気にかけちょるし。

 愛  ……。

 翼  それにさ、脳のテストなんて、おばあちゃんなら、らくらくクリアーするよ。

 愛  ……。

 幸子 (なんとなく笑って)アハハ……でも、お客様もいらっしゃるし、きょうのところは。また今度日を改め――

 愛  何分かかるそ?

 幸子 え?

 愛  そのテスト?

 幸子 ものの五分もあれば。

 愛  はい、どうぞ。

 幸子 ええんですか、おかあさん?

 愛  十秒経過。

 幸子 (あわてて)翼、本どこやった?

 翼  そこあるじゃん。

      幸子、認知症の本を広げて、認知症判定の質問項目を見ながら、愛に質問していく。

 幸子 じゃ、いきますね。用意はええですか。

 愛  かかってらっしゃい。

 幸子 質問一。きょうは何月何日ですか?

 愛  えっ。……四月……十六日。

 翼  正解。

 幸子 自分の名前は?

 愛  馬鹿にして。……百山愛。

 幸子 ここはどこ?

 愛  あたしはだれ?

 幸子 おかあさん⁈

 愛  ここは、あたしの家。

 幸子 じゃ、次の三つの言葉を憶えちょってください。あとでまた聞きますから。

 愛  え? あとでね?

 幸子 猿。みかん。飛行機。

 愛  猿……みかん……飛行機。(なんとか憶えようとする)猿。みかん。飛行機。猿。みかん。飛行機。猿。みかん。飛行機……

 翼  (一緒に覚える)猿。みかん。飛行機。猿。みかん。飛行機……

 幸子 じゃ、次の質問。今からわたしが言う言葉を繰り返してみてください。

 愛  はい、ええよ。

 幸子 パソコン。オウム。クラリネット。

 愛  (慎重に間違えないように)パソコン……オウム……クラリネット。

 幸子 ヒゲソリ。コタツ。カスタネット。

 愛  ヒゲソリ……コタツ……カスタネット。

 幸子 リンカーン。特売セット。インターネット。

 愛  リンカーン……特売セット……インターネット。

 翼  さすが、おばあちゃん。

 愛  アハハ! こんなのヘのカッパ。

 涼香 ンフフ。

 幸子 次の質問はね……、知ってる野菜の名前を、思いつく限り上げてみてください。

 愛  野菜ね。そんなの簡単簡単。……ダイコン。ニンジン。ゴボウ。レタス。ハクサイ。インゲン。キュウリ。レタス……

 幸子 レタス言った。

 愛  レタス言った? ん~、ピーマン。ダイコン。

 幸子 ダイコン言った。

 愛  え~っ⁈ ん~ニンジン。

 幸子 ニンジン言った。

 愛  レタス。

 幸子 レタスは――

 愛  レタス。ダイコン。ニンジン。レタス。

 幸子 だからレタスは!

 愛  ダイコン。ゴボウ。

 幸子 おかあさん、ふざけてます?

 愛  (本人は真剣)じゃから、レタス。

 幸子 もういいです。次行きます。

 愛  ダイコン……

 幸子 いいですって!

 愛  レタス……

 幸子 もうっ次! じゃ、さっき三つの言葉を憶えてもらいましたよね。あれ、なんでした?

 愛  え? 三つの言葉? え? ええっ?

 幸子 さっき憶えてもらいましたよね、三つ言葉を?

 愛  ん~、なんじゃったっけ? はれぇ?

 翼  (小声で幸子に)「猿。みかん。飛行機」だよね?

 幸子 そう。

 愛  ん~~?

 幸子 (ヒントを出す。猿の真似をして)ほら、最初の言葉は……「ウキキーッ。ウキウキーッ」

 愛  ああ、猿、猿! 「猿。オウム。クラリネット」

 幸子 惜しい! ちがう。猿はあってる。猿の次が……(みかんの皮をむいて食べる真似)ほら、こうして、こうして。パクッ。

 愛  ああ、ああ、みかん、みかん! 「みかん。コタツ。カスタネット」

 幸子 ああっ、ちがう! (まず猿の真似)「ウキキーッ。ウキウキーッ」……

 愛  猿。猿。猿が……

 幸子 (みかんを食べる真似)「パクッパクッ」………

 愛  みかん。みかん。猿が、コタツで、みかん食って、インターネット!

 幸子 ちがう! なんでごっちゃごちゃになるの! 猿がコタツでみかん食ってインターネット、ってなに!

 愛  (笑うしかない)アハハ。

 幸子 じゃ、最後の問題。

 愛  もうなんでも来い!

 翼  がんばれ、おばあちゃん!

 涼香 百山さん、ファイト!

 幸子 最後はね……、引き算の問題。百から順々に七を引いていってください。

 愛  え? 百から七……

 幸子 そう。100−7=?

 愛  え……?(思わず手を使う)

 幸子 指で数えちゃダメ。100−7=?

 愛  きゅ、九十…………三。

 翼  (素直に感嘆)おおっ。

 幸子 正解。

 愛  (冷や汗もの)アハハ……。

 幸子 次。

 愛  え? 終わりじゃないほ?

 幸子 んなわけないでしょ。次。93−7=?

 愛  きゅ、九十三引く七ぁ?

 幸子 そ。93−7?

 愛  九十三引く七は……

 幸子 指使わない!

 愛  (もぞもぞ動く)んんん。

 幸子 足の指もダメ!

 愛  ん~九十三引く七ぁ⁈

 翼  (幸子の見えないところで両手と口パクで86と合図を送る)

 愛  (翼を見て)はち、八十……六! 八十六!

 翼  やった!

 幸子 (気づいて)翼! ズルしたらダメじゃん! じゃ、86−7=?

 愛  はちはち……八十六引く……七ぁ? は、はち……八十六……はちじゅうろ――(パニックが極まって)も、もうぅっ、馬鹿にするなぁ‼

 幸子 そんなつもりは……

 愛  (腹が立つやら情けないやら)アッアアァ~~ッ!

 涼香 なんか……人権侵害的な感じ……。

 翼  ちょっとやり過ぎだよ。

 幸子 でも……本に(載ってるから)。わたしだって、やりたくてやってるわけじゃ……。(なんだか泣けてくる)

      間。愛、体勢を立て直して。

 愛  じゃ……幸子さん。

 幸子 はい?

 愛  (逆襲が始まる)今度はあんたの番。

 幸子 え? なんです、あたしの番って。

 愛  百引く七は?

 幸子 ええっ! わたしはそんなの。

 愛  人にはやらせといて。

 翼  そうだよ。おばあちゃんだけなんて、ひどいよ。

 幸子 だって、これは。

 翼  おかあさんだって、このごろ物忘れ半端ないじゃん。ぼく、おばあちゃんよりおかあさんのほうが心配だよ。

 涼香 人間いつだれがどうなるか……。

 愛  どうするほ、幸子さん?

 幸子 ……わかりましたよ。

 愛  はい、百引く七は?

 幸子 100−7=93。93−7=86。86−7=……ええっと、79。79−……

 愛  じゃ、七引くのはもうええから……次の問題。

 幸子 まだやります?

 愛  七は七でも、七草がゆの七草は? なんとなんとなに?

 幸子 ええっ、七草ぁ⁈ それは認知症とは……

 翼  おばあちゃんの質問に答えて。わかるでしょ、そのくらい。

 幸子 わ、わかるわよ。七草がゆでしょ、一月七日の。今年も作ってあげたじゃない。ハハハ……

 愛  なんとなんとなに?

 幸子 ……セ、セリ。ナズナ。……え、なに、レタス?

 愛  レタスちがう。

 幸子 セリ。ナズナ……ゴ、ゴギョウ!

 愛  そう。セリ。ナズナ。ゴギョウ。それから?

 幸子 セリ。ナズナ。ゴギョウ……レタス。

 翼  だから、レタスは!

 幸子 セリ。ナズナ。ゴギョウ……レタス? ゴボウ? ええっ⁈ なに? セリ。ナズナ……レタス? あ~ん、降参!

 愛  セリ。ナズナ。ゴギョウ。そしてハコベラ。ホトケノザ。スズナ。スズシロ。

 幸子 (最後だけ一緒に)スズシロ!……だぁ。そうそう。

 翼  さっすが、おばあちゃん。

 愛  お正月には、お屠蘇にお雑煮、おせち料理。七草がゆで疲れたお腹を整えて。二月三日は、「鬼はーそとー。福はーうちー」で、年の数だけ豆食べて、無病息災。三月三日はひな祭り。桃の花を飾ってひなあられのお供えを。五月五日は、翼ちゃんの大好きな端午の節句、子どもの日。柏餅とチマキ食べ食べ、鯉のぼりを見上げましょ。七月七日は七夕さん。短冊に願い事をしたためて、お星様に叶えてもらいましょ。八月のお盆には、キュウリのお馬とナスの牛を玄関に置いて、ご先祖様を送り迎え。中秋の晩には、十五夜お月さんを愛でながら、月見団子をパクパクパクリ! 紅葉狩りの季節を過ぎれば、あっという間にメリークリスマス! そして一年の煤払い、大掃除をして大晦日。年越しそばをいただいて、みなさんありがと、謹賀新年。お蔭様でまた一つ年を取れました。ああ、めでたしめでたし。

 涼香 (名調子に思わず拍手)うわぁっ。

 翼  さっすが。

 愛  アッハハ。

 翼  おかあさん、おばあちゃんにあやまってよ! ほら。全然大丈夫じゃん。

 愛  ええのええの。幸子さんには幸子さんなりの思いがあるんじゃろうから。

      間。

 幸子 おかあさん、あのね。実はご近所の松山さんから、おかあさんが、その、徘徊しちょってんじゃないかって話を聞いて。まさかとは思ったんじゃけど、なんだか心配になってきちゃって。

 愛  ニタニターっ、ね。

 幸子 本当にごめんなさい!

      間。

 涼香 花を見てるですよね、百山さん。花が咲いちょるかどうか。

 幸子 え、花を? よそのお宅のお庭の?

 涼香 ね?

 愛  まあね……。

 幸子 で、ふらふら~っ、ふらふら~って、何軒もよそのお宅の花を眺めては、(薄気味悪く笑って)ニタニターっ、て?

 愛  あんたの「ニタニターっ」には、悪意がある。

 幸子 松山さんが言ってたのを、そのまま。

 翼  おばあちゃん、よそんちの花見て、そんなに楽しい?

 愛  あたしの花じゃもん。

 幸子 え? よそのおうちのお庭でしょ? (翼に小声で)ね、やっぱり心配になるでしょ?

 翼  (小声で)わかる気もする。

 愛  あたしの花なそっ。

 幸子 でも、よそのお庭って。

 愛  あたしがタネをまいたほ。よそのお庭に。気づかれんように。

 幸子 ええ⁈ よそ様のお宅に? 勝手に? タネを?

 愛  こそーっと、バレんように。んで、そのタネが最近花をつけだしたほ。もううれしゅうてうれしゅうて。

 翼  え、え。知らん顔して、タネまいて、

 幸子 その花が咲いてるのを見て、ニタニターっ、ですか?

 愛  (肯定)ほう。

 涼香 ンフフ!

 愛  もうタネまくときなんか、ドキドキハラハラ! そのタネが芽を出して、葉っぱ広げて、つぼみつけて、花を咲かせて。それを見た家の人が、「なんでこんなとこに⁈」って、不思議がるのを想像するのも楽しゅうてね。

 翼  へええ!

 幸子 それで、あっちこっち、人様のお庭を覗いて、ニタニターって、してたんですか。

 愛  タネがわかれば、なぁんだー、ってなっちゃうわね。秘密にしちょけばよかった。

 翼  でも、どうしてそんなこと思いついたほ?

 愛  ものの本で読んだそ。いつも見慣れた道も、自分がまいたタネから芽が出て、つぼみがふくらんで、花が咲くと思うと、ワクワクできる、生きる張りが生まれるって。……おばあちゃん、この年まで胸の張れるようなこと一つもありゃせんけど、んでも、ひそかな楽しみがあれば、あしたもう一日、もうちょっとだけ生きてみようかなって気になれるでしょ。面倒くそうても、外に出てみようかって気持ちになれる。……翼ちゃんもね、もっともっと大きうなって、自分の花を咲かせてちょうだい。ね。それがおばあちゃんの願いなほ。……(急に弱気になって)じゃけど、その日までおばあちゃん、生きちょれるか。

 幸子 おかあさん……。

 翼  おばあちゃん、死んじゃヤダ! 早すぎるよ! ぼくがJリーガーになるまで、がんばって生きちょって。

 愛  はいはい。ありがと、翼ちゃん。

      愛、そっと目頭をぬぐう。

 翼  そうじゃ、おばあちゃん! ぼくも連れてってよ。おばあちゃんの花、見てみたい!

 愛  おばあちゃんの花を?

 翼  うん!

 愛  ほうかねほうかね。うんうん!

 涼香 (笑顔)わたしも一緒に。いいですか。

 愛  ええよええよ。

      みんな、微笑み合う。

 幸子 ……じゃけどさ、変に思われんかな? 人んちの庭先で、みんなでニタニターっ、てしてたら。

 涼香 それはそうかも。

 幸子 でしょ! おかあさんひとりだけだったら、年寄りの徘徊でごまかせるけど。アハハ。

 翼  (ちょっと非難して)おかあさん!

 幸子 (愛に)ごめんなさい。

      間。

 愛  (涼香に)紙を一枚もらえる。それと鉛筆。

 涼香 あ。はい。(鉛筆と、スケッチ帳から紙を一枚取って渡す)

      愛、もらった紙に鉛筆で家の周りの地図を描きだす。

 翼  なになに、おばあちゃん?

 愛  ここがね、おばあちゃんち。ね。それで、この道をまぁっすぐ行って、梅の木がある家が田中さんち。ここにはデージーが咲いちょる。

 翼  デージー! へええ。

 愛  んでね、ここから角を曲がってすぐの、門の立派なおうちにはデージーとパンジー、ウフフ。反対側に渡ると、キャンピングカーのある山下さんちがあって……

      涼香、翼に笑顔で話しかける愛の姿を見て、ハッとしてスケッチ帳を開く。愛の笑顔を夢中でスケッチする。

 愛  ……ここのお庭には、今度ヒマワリのタネをまこうと思っちょるほ。

 翼  ヒマワリかあ! ええね。

 愛  そのはす向かいの田辺さんちには、今、キンセンカが咲いちょるんじゃけど、もう少ししたら朝顔のタネをまいてみようと思うほ。ウフフ、翼ちゃん、あんたも一緒にやってみるかね。(ト種をまく仕草)

 翼  うん!

 愛  アッハハ! ほいでからね、ここの三軒隣に猫を三匹飼っちょる高橋さんちがあって、ここにはヤグルマギクのつぼみが……

      愛、楽しそうに花の地図を描きながら翼に語りかける。

 幸子 (半ば独り言)全然頭しっかりしてる。

 涼香 (愛をスケッチしながら)です。ね。

 幸子 ウフフ。……悪かったなぁ、疑って。

      幸せそうに微笑みながら翼に語りかける愛。その愛をスケッチする涼香。その光景を感慨深く眺めている幸子。幸子、なんだか涙ぐむ。

 翼  よぉし、今度の日曜日の夕方ね! なんか用意するもんある?

 愛  アハハ、タネならおばあちゃんがい~っぱい持っちょるけえ。翼ちゃんは元気に来てくれるだけでええよ。

 翼  ラジャー。

 愛  あ、そうそう、黒い服ある?

 翼  あったかなあ? 黒い服ある、おかあさん?

 幸子 おかあさんのTシャツなら貸したげるけど。(愛に)でも、なんで黒い服?

 愛  目立つといけんでしょ。夕間暮れに紛れてタネをまくんじゃから。忍者みたいに。(タネをまく仕草をしながら)抜き足、差し足、忍び足。

 幸子 なんかちょっと教育上、子どもにやらせてええもんか……?

 翼  絶対ヘマやらんから。

 幸子 ん~、そういう問題じゃなくて。

 愛  何事も経験経験。

 幸子 ま、いっか。花が咲いて怒る人もおらんじゃろうし。

 翼  じゃ、日曜日の夕方ね!

 愛  決まりぃ!

      笑い合う、愛と翼。

 愛  さてと。(涼香に)ごめんね、お待たせして。そろそろモデルを。髪はアップにしたほうがええ?

 涼香 いや。あの。もう。

 愛  へ?

 涼香 (描き上げたスケッチを確かめて)大丈夫です。今。(スケッチしました)

 愛  今? 描いたほ?

 涼香 はい。です。素敵な絵が描けそう。

 愛  え? ほうなほ?

 涼香 です。

 愛  (ちょっと半信半疑だが)あらそう。……ハハハ、モデルがええと、絵を描くのも簡単なんじゃね。

 涼香 アハハ。

 愛  ンフフ。

 涼香 じゃ。

 幸子 あら。もう?(お帰りに?)

 涼香 今のいい感じが残っちょるうちに、家に帰って下書きだけでも。バイトもあるし。

 幸子 うちのおばあちゃんが無理にお願いしたんでしょうけど、どうかよろしくお願いします。

 涼香 いえ。なんか、あの……

 幸子 はい?

 涼香 ……このごろちょっとスランプっていうか、あ、スランプってうまい人がなるもんじゃけど……、自分の絵がよくわかんなくなってたっていうか……。

 幸子 ……。

 涼香 けど、(笑顔で今描いたスケッチ画を見て)はい。なんか。

 愛  あんたもちょっと芽が出てきたかな。アッハハ。

 涼香 そうかも。うん!

 愛  その芽を大事に大事に育ててね。あたしが見込んだ人じゃもの。

 涼香 はい! それじゃ、また見せに来ますね。

 愛  あせらんでええからね。じっくりええの仕上げてね。楽しみにしちょるけえ。

 涼香 (微笑んで半ばお道化て)プレッシャー。

 愛  アハハ。大丈夫大丈夫。

 涼香 はい、がんばります。それじゃ、失礼します。

 愛  あ。糠漬け持ってかんかね?

      涼香、部屋を出ていく。愛、涼香を送って一緒についていく。

      幸子と翼。

 翼  よかったね、おかあさん。おばあちゃん、なんともなくて。

 幸子 ま、でも。そういうこともあるかもって、心の準備はしとかないと。

 翼  大丈夫だって、おばあちゃんなら。

 幸子 うん。だね……。

 翼  もしもおばあちゃんがそうなっても、ぼくが面倒見たげるよ。

 幸子 ホントにぃ⁈ 翼に介護できんの?

 翼  ムサシマルだって、ちゃんと飼ってたじゃん。

 幸子 こら! おばあちゃんと亀を一緒にしない。

 翼  だって。

 幸子 気持ちはうれしいけど。

 翼  うん。

 幸子 それ聞いたら、おばあちゃん、喜ぶわ。

 翼  アハハ。

 幸子 じゃ、そろそろ帰ろうか。

 翼  うん。

      幸子、帰りかけるが、ふと何かたくらむように微笑んで。

 幸子 翼。帰りはさ、ちょっと寄り道して帰ろうか。

 翼  え? コンビニ? プレミアムアイス食べたい。

 幸子 じゃなくて。これこれ。

      幸子、さっき愛が描いた花の地図を手にする。

 幸子 ね!

 翼  あ、うん! 見つかんないようにしなくちゃね。

 幸子 ああっ、なんかもうドキドキしてきちゃった。

 翼  ほくも。アッハハ!

 幸子 ンフフフ!

      幸子と翼、幸せそうに笑い合う。

      愛もそこにやってきて……みんなで微笑み合う。

                           (幕)  


広島友好戯曲プラザ

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