うべ奇兵隊ポトガラヒー

戯曲「うべ奇兵隊ポトガラヒー」   広島友好

   明治維新サイドストーリー

   宇部から奇兵隊に身を投じた五人の若者。

   彼らが見た幕末維新とは? 彼らの愛したふるさとの偉人たちとは?

   そして、動乱の時代に翻弄される名もなき彼らの望んだ未来とは?

   カメラ越しに覗きみる「うべ維新」青春フォトストーリー。


「時は激動の幕末・維新。慶応四年、のちの明治元年三月十四日。

錦の御旗を掲げた長州薩摩の官軍は、徳川慶喜率いる幕府軍を追いつめ、ついに江戸までやってきていた。

明日の江戸城総攻撃を控え、官軍の西郷隆盛と幕府代表の勝海舟が緊迫の会談を行っているそのころ……

明日の命も知れぬ五人のうべ奇兵隊の若者が、「生きとる証」を残そうと、写真店で写真を撮ろうとしていた。

しかし五人は、カメラに生き写しの影が「粘着」するまで、動かずにポーズを取っていなければならぬのだが、どうにもじっとしていられない。

ひょんなことから長州偉人自慢が始まって、事態はあらぬ方向へ………

いくさを前に、うべ奇兵隊の五人は無事にポトガラヒー(写真)が撮れるのか?

そして――明日の命も知れぬ彼らに、望む未来は来るのだろうか?」

2015年10月初演。男5 40分。


   明治維新サイドストーリー

   『うべ奇兵隊ポトガラヒー』

            作/広島友好


○時…激動の幕末・維新。慶応四年、のちの明治元年三月十四日。

あすの江戸城総攻撃を前に、官軍は西郷隆盛と幕府の勝海舟が緊迫の会談を行っている…その同じ日のこと。

○所…江戸両国の撮影局…今で言う写真店のその一室。

○登場人物…主に宇部村出身の五人の奇兵隊士

・水元芳兵衛…足軽。武士ではあるが身分低い。西郷隆盛好き。西郷さんのようになりたい。おっとりしている。心配性。伍長。五人のまとめ役。三十歳前後。

・藤原為五郎…魚屋。高杉晋作狂い。勝ち気。だが本当は臆病。「逃げの為五郎」 会津を追って闘い続ける覚悟。二十代半ば。

・風間庄七…百姓。吉田松陰先生尊敬。勉強好き。輔策と同郷の幼馴染み。二十代後半。

・土田輔策…百姓。渡辺祐策と同名のすけさく。お袋思いの働き者。田舎者。田んぼの仕事のない季節は石炭掘り。松陰の妹のお文さんにほの字。二十代後半。

・木原房吉…植木屋。福原越後を慕う。江戸で植木屋の腕試しをしたい。職人肌。為五郎と遊び仲間。二十代半ば。

・撮影局(写真店)の主人。声のみの登場。アイスクリンの食べ過ぎで腹下す。四十代半ば。

  ※この芝居は、史実を基にしたフィクションです。


   【開演前】

   奇兵隊士五人の古ぼけた写真が舞台に映し出されている。

   【開演】

   NHK大河ドラマ「花燃ゆ」のテーマ曲が舞台に流れてくる。

   舞台がゆっくり暗転する。写真も消えていく。「花燃ゆ」のテーマ曲が盛り上がる。

   次いで「花燃ゆ」のテーマ曲と入れ替わるように、官軍の維新行進曲の「ピーヒャアラ、ピッピッピッ…」という笛と太鼓の音楽が聞こえてくる。

ナレーション「時は激動の幕末・維新。慶応四年、のちの明治元年三月十四日。

   錦の御旗を掲げた長州・薩摩の官軍は、徳川慶喜率いる幕府軍を追いつめ、ついに江戸までやってきていた。あすの江戸城総攻撃を前に、官軍は大総督府参謀・西郷隆盛と幕府代表陸軍総裁・勝海舟が緊迫の会談を行っていた……その同じ日のこと」

   舞台が明るくなる。そこは江戸両国の撮影局…今で言う写真店のその一室。

   五人の奇兵隊士がじっとポーズを取っている。

ナレーション「ここは江戸両国の撮影局…今で言う写真店のその一室。五人の奇兵隊士がカメラの前でじっとポーズを取っている。

   彼らは宇部出身の奇兵隊士で、江戸城総攻撃をあすに控え、「生きとる証」に記念の写真を撮ろうとしているところであった。

   されども、その姿がカメラの写真版に「粘着」するまで、じっと動かずにポーズを取っていなければならぬのだったが………」(注)

   五人の奇兵隊士がじっとポーズを取っている。

   静寂。

   どこからかハエが飛んでくる。ハエの羽音が静かに、しかし執拗に響く。(効果音)

   隊士のひとり(芳兵衛)の鼻にハエが止まる。芳兵衛は動いてはならぬので鼻をムズムズさせたり、息を無理に吹きかけたりして何とかハエを追い払う。どこかへ飛んでいくハエ……。芳兵衛は皆に気づかれぬようにそっとポーズに戻る。

   しかしハエがまたやってくる。別の隊士(庄七)の頬に止まる。庄七は思わずハエを手で叩く。「ピシャ!」 しかしどこかへ飛んで逃げていくハエ……。庄七は仕方なくポーズに戻る。周りの隊士も気づいているが、それとなくポーズを取っている。

   しかしハエがまた戻ってくる。今度は庄七の隣でポーズを取っている別の隊士(輔策)の月代に剃った頭に止まる。庄七は「おぉっ」と一瞬躊躇するが、その月代に止まったハエを手でピシャッと叩き殺そうとする。少し乱暴に。周りの隊士も事の成り行きをポーズを取ったまま注視している。しかしハエはどこかへ飛んで逃げていく。庄七は何事もなかったかのようにさっとポーズに戻る。周りの隊士たちもさっとポーズに戻る。一方、叩かれた輔策は「イタッ」と首をすくめて振り向くが、皆がシンとポーズを取っているので、怪訝に思いながらも仕方なくポーズに戻る。

   しかしハエがまたまた戻ってくる。今度は別の隊士(為五郎)の月代の頭に止まる。庄七はまたその月代に止まったハエを叩き殺そうとする。今度は周りの隊士たちも加勢し同時にハエを叩き殺そうとする。四人は為五郎の月代の頭を勢いよく叩く。ピシャッ!

為五郎 (叩かれて、怒って)なにしとるんじゃ、おぬしらは! アイタァ……(月代をさする)。じっとしとれと言われちょるのを忘れたか!

庄七 (さっとポーズに戻っている)動いちょるのはお前じゃ、為五郎。

為五郎 なにを! おれは頭を叩かれたから――

房吉 (ポーズを取っている)天下の奇兵隊士なら、そのくらい我慢しちょけ。

為五郎 それとこれとは別じゃろが!

芳兵衛 (為五郎を止めて)待て待て。喧嘩をするな。奇兵隊内での揉め事はご法度だ。房吉、為五郎をからかうな。

房吉 はいはい、伍長殿。

芳兵衛 ほれ、為五郎も位置に戻れ。

為五郎 クソッ。

   為五郎もしぶしぶ自分の位置に戻りポーズを取る。

輔策 (ポーズを取ったまま)――ほんじゃけど、いつまで同じ格好をしちょかにゃならんのかのぅ。

庄七 (ポーズを取ったまま)そりゃなんじゃ、影が粘着するまでじゃ。

房吉 (ポーズを取ったまま)そう、ポトガラヒーにの。

輔策 じゃからなんなんじゃ、その、ポトガラヒーって。何度聞いても意味がわからん。

庄七 わしらの(改めてポーズを取って)生き写しの影を、写真板とやらに粘着させて焼き付けるのよ。(ト自分たちの正面にあるカメラ(架空)を指差し)ほれ、写真機とやらいう西洋の新式の機械を使うて影を写し取るのが、ポトガラヒーじゃ。じゃから、わしらの生き写しの影が写真板に粘着するまでじっとしとかにゃならんと、ここの撮影局の主人が言いよったじゃないか。

為五郎 (ポーズを取ったまま)じゃが、そのポトガラヒーの主人はどこ行った? おれらを急に放ったらかして。

芳兵衛 (ポーズを取ったまま)厠だ。腹を壊しておるそうな。

房吉 腹を?

芳兵衛 なんでも近頃港を開いた横浜のエゲレス居留地で、アイスクリンとかいうもんを食べたらしい。

他四人 (ポーズを取るのを思わずやめて)アイスクリン?!

芳兵衛 (仕草を入れてアイスクリンの説明をする)西洋の水飴のような豆腐のような物だそうだ。冷とうて甘うて白あんのような豆腐が口の中で雪のごとくとろけるとか。ほっペたが落ちるほどうまいそうだ。

他四人 (唾をゴクリ)

輔策 異人の食いもんはそねいにうまいか?(食べたそう)

芳兵衛 ああ。うま過ぎて食べ過ぎて、ここの主人は腹を壊したらしい。厠でゲリゲリピーだ。

為五郎 甘い豆腐など気色が悪いわ! 毛唐の食いもんを意地汚く食うからじゃ。西洋かぶれがっ!

   ……さて、明日の江戸城総攻撃を前に、人生一度の記念として写真を撮ることに決めた彼らだったが、「死」を前にして落ち着いてはいられない。

為五郎 ああっ、やめじゃやめじゃ。(ポーズを取るのをやめ決められた撮影位置から離れる)あしたがなんの日かわかっちょるんか。こねいなことしちょってええんか、おれらは?

芳兵衛 (他の四人のポーズも少し崩れ始める)仕方ないわ。わしらは下っ端だ。上からの命令を待つしかない。

輔策 ついこの間までは田んぼを耕すばかりで、宇部村から出ることはないと思うとったが、花のお江戸にやってくるとはのぅ。奇兵隊に入って人生一変した。

庄七 おらが人生のご一新か。(輔策と笑い合う…二人は幼馴染で仲がいい)

為五郎 なにのん気なことを! あすは江戸城総攻撃。天下分け目の決戦じゃ。幕府の勝海舟との話が決裂すれば生きるか死ぬかの戦いじゃ。

芳兵衛 じゃから――あすの命はわからんから、せめて生きとる証を残したいと、本陣(池上本門寺)を抜け出して、こうしてポトガラヒーとやらいうものを。二分(にぶ)の大金を払うてな。(注)

輔策 本陣を抜け出したと知れたら、きついお仕置きじゃ。下手すりゃ打ち首。

芳兵衛 どうせあすには死ぬかもしれん、同じこと。

為五郎 じゃから生きちょる証を、か……。

房吉 けどもポトガラヒーとやらも魂を抜かれるというぞ。いくさの前にこいつ(目の前のカメラを指差して)でコロリかも。

庄七 同じ死ぬんなら、コロリと痛くないほうがええのぅ。

房吉 せめてもう一度、馬関のおなごを抱きたかったがな。(為五郎に訳ありに微笑んで)のぅ、為よ。

為五郎 ああ、それは言える。

   大笑いする。

芳兵衛 ささ、店の主人がなんと言うたか……そう、「ポーズ」を取るんじゃ。

   五人はまたポーズに戻る。

   しばしポーズ………

輔策 ……ほんじゃけど侍が威張っとる世の中も終わりじゃのぅ。鉄砲かつげば、わしら百姓のほうが強いんじゃけぇ。のぅ、庄七。

庄七 それそれ。

輔策 四境戦争じゃ、わしら奇兵隊に敵なしじゃった。今じゃ幕府も降参の一歩手前。

庄七 思えばなんじゃな、奇兵隊に入る前に、緑が浜で潮風受けながら、福原の殿さんの前であたふた操練しとったのがうそみたいじゃ。

輔策 (思い出して)そうそう。それが今じゃ銃の手だれじゃ。(芳兵衛に)のぅ、伍長殿。伍長殿の指導の賜物じゃ!

   芳兵衛はおだてられ気を良くし、急に掛け声をかけ、操練の様子を再現する。

芳兵衛 駆けあ~~し! ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ! いつ、むぅ、なな、やっ! ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ! いつ、むぅ、なな、やっ!

   庄七と輔策はきびきびと駆け足をする。

芳兵衛 止まれぇ! 捧げぇ、銃(ツツ)!(注)

   庄七と輔策はさっと駆け足をやめ、銃を捧げ持つ。(真似をする…以下同様)

芳兵衛 構え!

   庄七と輔策は銃を構える。

芳兵衛 撃て!

   庄七と輔策は銃を撃つ。(二人は口で「ドンッ!」と発する)

芳兵衛 寝撃ち!

   庄七と輔策はうつ伏せて寝て繁みから銃を撃つ。(「ドンッ!」「バンッ!」)

輔策 これじゃこれ。今までの侍はこの寝撃ちができんじゃった。寝転がって弾を撃つとは卑怯千万、武士の体面にも関わると、やりもせん。これがわしや庄七の土まぶれの百姓の奇兵隊にはできるんじゃ。西洋の新式銃とこの寝撃ちが、わしら奇兵隊の真骨頂。「奇道をもって勝ちを制する」じゃ。

   芳兵衛は急に操練の再現をやめて、

芳兵衛 たいした口のききようだな、輔策。わしはあん時恥ずかしかったぞ。

輔策 なにがじゃ?

芳兵衛 (銃を持っての駆け足の動作)ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ! いつ、むぅ、なな、やっ! 思い出してみぃ、緑が浜での操練のことを。あの日、萩から海岸警備の巡視に毛利の若殿様が来られておったが、お前その御前で松の根っこに足を取られてすっころりん。あれは本当に恥ずかしかった。

輔策 若殿様の前でええとこ見せようと張り切っちょたんじゃがのぅ。

庄七 あん時の、若殿様のおそばにおられた福原の殿さんのしかめっ面といったら、なかったのぅ。(笑う)

輔策 ほんじゃけんど、今じゃその足軽侍や百姓のわしらが徳川幕府を降参するまでに追いつめちょるんじゃから、世の中なにが起こるかわからんで。(笑う)頼んますよ、西郷さん。幕府をギャフンを言わせちゃれ。(急に思い出し)――おっと、ポーズポーズ。(ポーズに戻る)

庄七 そうじゃった。(ポーズに戻る)

   四人はポーズに戻るが、芳兵衛はポーズを忘れポツリとつぶやく。

芳兵衛 わしはの……西郷隆盛という人は本当に偉いと思う。

庄七 なんじゃ急に、伍長殿。

為五郎 おい、聞き捨てならん。偉いとはなんじゃ? 西郷は元は薩摩の総大将だぞ! 禁門の変で西郷のやつらに痛い目に合うたのを忘れたか!

芳兵衛 黙って聞け、為よ。……今、西郷さんは幕府の勝海舟と談判の真っ最中じゃ。わしらの命が、いやこの日の本の国の命運がかかる大事な、それこそイノチガケの談判じゃ。よほど肝が据わっとらんとできることではない。

庄七 伍長殿はわしら五人のなかで唯一侍じゃからな。侍の気持ちがようわかるか。

芳兵衛 侍というてもわしは足軽だがな。されど、西郷さんも元は身分の低い侍だと聞く。じゃからよけいに偉さがわかる。

房吉 自分も西郷さんのように立派になりたい……か。

芳兵衛 その通り。西郷さんは一等偉い。敬天愛人。あの人の胆の太さを見習いたい。できれば胆を煮て食いたい。

   次第に五人はポーズを忘れ動き出す。長州偉人自慢が始まる。

為五郎 なにを寝ぼけたことを! 西郷なんて屁じゃ、屁。胆が据わった大人物といえば、われらが奇兵隊の英雄高杉さんじゃ。奇兵隊初代総督・東行(とうぎょう)高杉晋作が一番じゃ。

房吉 (輔策にささやく)ほれほれ、為五郎の晋作狂いが始まったぞ。

輔策 おお。(いつものことなので微笑ましく見ている)

   為五郎は刀を抜いて見得を切る。

為五郎 「動けば雷電のごとく、発すれば風雨のごとし。衆目駭然(がいぜん)、あえて正視する者なし」じゃ! 長州をつぶさんと責めてくるエゲレスの黒船に魔王のごとく乗り込んで、わが日の本の国の由来を朗々と大演説したかと思えば、四境戦争では胸に労咳を抱え血を吐きながらも、幕府軍相手に八面六臂の大活躍。高杉晋作を偉いと言わず、だれが偉いんじゃ。おれは高杉さんに憧れて奇兵隊に入ったんじゃ。

房吉 じゃけどお前が高杉さんから見習うたのは、女遊びだけじゃ。馬関の花魁お玉に入れあげて玉を抜かれたのはどこのだれじゃ。(と茶々を入れる)

為五郎 (狼狽して)バ、バカン。房吉お前、それはふたりの内緒じゃろが。

房吉 奇兵隊では内緒はなしよ。

   皆は大笑いする。

庄七 いやいや、待ってくれみんな。もっともっと偉いお方がおる。

芳兵衛と為五郎 だれじゃ、それは?

庄七 わからんのか。それは松陰先生じゃ。長州一偉いのは高杉晋作を教え導いた吉田寅次郎松蔭先生じゃ。これにはお前も反対できまい、為五郎よ。

為五郎 うぬぬ。

庄七 実はわしは萩の松下村塾を宇部から見にいったんじゃ。輔策と一緒に。

芳兵衛 なに、村塾を。わしは宇部の菁莪堂(せいがどう)、もとい今の新しくなった維新館で特別に学ばせてもらっておったんだが、村塾の噂はそのときから聞いておった。どねいなところか様子を聞かせてくれ。(注)

庄七 ただのなんでもないあばら家じゃ。

芳兵衛 あばら家?!

庄七 ただその中身が違う。塾生はわらしから大人まで皆熱心に論語・孟子を学んでおった。談論風発。まさに草莽崛起(そうもうくっき)の松陰先生の志が受け継がれておった。わしら百姓のような身分の低い者が奇兵隊士になれたのも、元はといえば松陰先生のお考え。民の力を使わずして国を動かすことはできんというお考えからじゃ。

芳兵衛 おお、なるほど。

庄七 まさに松陰先生は未来を見据えておられたんじゃ。

芳兵衛 感服した。

庄七 じゃろう。(鼻高々)

芳兵衛 で、おぬし、なにか議論でも?

庄七 ぎ、議論?!

芳兵衛 村塾の塾生たちと攘夷についてどんな意見を戦わせた? 教えてくれ。どんな議論をやってのけた?

庄七 そ、それは、また今度にでもということで……

輔策 (芳兵衛に)もしもし、伍長殿。えらく感心しとるようじゃがのぅ、庄七のやつは松下村塾に行くには行ったが、茶をごちそうになって帰ってきただけじゃ。

芳兵衛 茶を?

房吉 なんじゃ、ただのおのぼりさんか。見に行っただけじゃ賢うはなれんぞ。(ト茶々を入れる)

庄七 すまん……偉そうなこと言って。つい。

芳兵衛 おぬし……それで、その茶はどんな茶じゃった? 松下村塾で飲むお茶は? 松陰先生と同じお茶を飲むとは、なんともはやうらやましい。

庄七 わしのことはともかく、吉田松陰先生が一番偉い。

   同じく松下村塾を見学に行った同郷の友達の輔策がこれまた自慢。

輔策 えんやぁ、わしゃなんと言ってもお文さんが一番偉いと思う。

房吉と為五郎 お文さん?

芳兵衛 松陰先生の妹御だ。(輔策に)な。そうであろう?

輔策 その通り。お文さんあっての松下村塾じゃ。陰に回ってみんなを支える、お文さん。松陰先生もお文さんなしでは村塾をやってこれんじゃったと聞く。とすればじゃ、一番偉いのはお文さんじゃ。あの優しい心遣い。宇部から来たわしらをほんとにやさしく出迎えてくれた。うふふ。どうぞお茶を召し上がれと指と指がふれおうた時、わしゃからだに稲妻が走った。奇兵隊改め稲妻隊じゃ。うふふ。(トすっかり見惚れてしまった様子)

為五郎 なにが「うふふ」じゃ!

芳兵衛 そうじゃ! 禁門の変でご自害なされた久坂玄瑞殿の奥方に懸想するとは何事だ!

房吉と為五郎 そうじゃそうじゃ!

   輔策は皆からどつかれる。

房吉 顔を見て物を言え、顔を見て!

芳兵衛 身分をわきまえろ! 奇兵隊の隊士だからといって武家のおなごに手を出すことは相成らん。

輔策 なにをぉ、この足軽侍!

芳兵衛 足軽が足軽でなぜ悪い。この百姓が!

輔策 なにを!

庄七 輔策よ。のぅ。百歩譲ってお文さんが惚れることがあったとしたら、このわしじゃ。お前とわしとではお茶の出し方が違った。あのお茶を出すときのお文さんのわしに対する眼差しは、おなごの目であった……うふふ。この恋物語がいつか芝居になって日本中に知れ渡るやもしれん。(目がほの字)

輔策 なにを言うちょるか! お前は宇部村に帰って肥桶かついどれ! 馬糞拾うちょけ!

庄七 なにおォ!

   と庄七と輔策は刀と短銃を振り回して大喧嘩。

   すると厠から店主の怒鳴り声がする。

主人の声 お客人、お客人!

芳兵衛 おっ、店の主人の声だ。

主人の声 ちと騒がしいようだが、大人しくじっとしとかねば、ポトガラヒーが撮れませぬぞぉ。……アァ、また腹が下る……厠へ……よいですか、「ポーズ」を取って下されよ……アァ、また腹がぐるぐる………(ト声が厠へと遠ざかる)

五人 わかっておるで……あります!

   五人は瞬時ポーズを取るが、一度火がついた長州偉人自慢は収まらない。

   今度は房吉が口火を切る。

房吉 ――いやいや、待て待て。ひとり大人物を忘れちょる。

芳兵衛 わかっておる。長州藩の大物といえば桂小五郎殿だろ。じゃが、あの人は逃げの小五郎ちゅうて命大事と乞食姿に身を変えて、逃げてばかりおったというぞ。京の都で新撰組を恐れて逃げ回り、芸子幾松に匿われ、二条大橋の下で逢引しとったとか。(少し小馬鹿にして)「小五郎さぁん、おむすび持ってきたどすえぇ」てな。

房吉 いやいや、桂さんも偉いがそうじゃない。

庄七 ではだれじゃ?

房吉 われらが宇部の殿様、福原越後様じゃ。

   だが、他の四人からは同意を得られない。

為五郎 おいおい、それはどうかのぅ……

庄七 福原の殿さんは京の都の蛤御門の変で、天子様に弓引いたと責めを負わされて……

芳兵衛 藩を牛耳っておった俗論党の輩に、詰め腹を切らされたご家老様……わが宇部村のご領主ではあるが……

輔策 ちぃとも活躍しとらん。気持ちはわかるが一番偉いとは……

四人 言えんのじゃないかのぅ。

房吉 いやいや、越後様の死があってこそ、あのとき幕府十五万の大軍は長州征伐の矛を収めたんじゃ。……殿ほど優しいお方はおらんじゃった。このおれにも優しいお言葉をかけて下さった。(ト越後公への思い入れはひとしお)……さぞご無念であられたであろう。京の都の騒乱で、宮中は蛤御門の御前でドンパチやったのは、天子様をあやつる薩摩・会津を追い払うため。それなのに天子様に弓引いたと言いがかりをつけられて、罪一切を背負わされ切腹を申し付けられるとは……なんとご無念なことか。殿、殿、心中お察し申し上げます!(ひざまずき、むせび泣く)

   ここで隊士同士の即興芝居が始まる。房吉は今まさに切腹をせんとする福原越後の前にひざまずき、無念の思いにむせび泣いている風。

為五郎 (あきれて苦笑し)また始まったぞ。

芳兵衛 付き合うてやらんとの、いつまで経っても終わらんぞ。

為五郎 仕方ない。

   状況を察して芳兵衛が福原越後を演じ始める。照明が切り替わる。ししおどしの音――。(以下、マイムを入れた見立て芝居)

   そこは切腹の場。越後である芳兵衛は正座して三方(さんぼう…神前に物を供える台)の上に置かれた短刀を前に険しい顔をしている。(三方も短刀もそこにあるものとして演技する)

(越後)この福原越後、すべては毛利藩のために、いや、ここに暮らす者らの安寧のために身命を賭してやったことでござる。けっして天子様に弓引くようなことは――。ましてや毛利藩に、大殿にご迷惑をかけるつもりは毛頭……

   為五郎が切腹の場に立ち会った毛利藩の目付役(俗論党)となって進み出て、

(目付役)越後殿。この期に及んでお見苦しゅうございますぞ。そのようなお振る舞い、目付役として貴殿の切腹を見届けるように申し付けられた、このわしが恥ずかしゅうござる。(袂から罪状書をハラリと取り出し)「罪状書 福原越後 右在役中益田右衛門介(ますだえもんのすけ)と同意せしめ、御国体を破り殊に伏見滞在中、公辺より脱走の者引取りの儀度々お差図有之候えども等閑に差し置き、あまつさえ藤森そのほかにて暴発に及び、(さっと頭を垂れ礼をして)恐れ多くも宸襟(しんきん)をおどろかせ候次第、さらに仰せ分けられの手段も之なく、ついに御国難に至り候段、不忠不義の至り、これによって切腹仰せつけられ候こと」

(越後)不忠不義など、不忠不義など犯しておらぬ。その罪状書――承服しかねる。

(目付役)な、なにを仰せられるか!

(越後)汚名を着せられて、なぜ死なれようかっ。すべては毛利家安泰のためにやったこと。藩命に従って京へ出陣したこのわたしが、なぜに藩命に叛いた不忠不義などと――。納得いたしかねる!

房吉 殿っ!

(目付役)この罪状書はその毛利家の君命でござりますぞ。心静かにお請けをなさりませ。

(越後)しかし。わたしは藩の命令を受け、京の都に――それにかようなことを、臆病風に吹かれて京への出陣を逃げ出したそなたに言われとうはない。

(目付役)(自分の心やましさをごまかし)ええい、見苦しい。この期に及んでの命乞いは末代までの恥ですぞ。武士ならば名を汚されるな。

(越後)されど――かような――

(目付役)お請けを! 越後殿! お請けを! 長州の安泰のためでござる。幕府軍にこの国が、このふるさとが、滅ぼされてもよろしいのか!

(越後)ウググっ!(身がねじ裂けるほど歯噛みする)

(目付役)お請けを! 越後殿! お請けを! 死をもって家老としての最期の務めを果たされよ!

   越後はガックリと肩を落とす。

(越後)む、無念……無念でござるっ……!

房吉 殿っ!

(越後)こうなっては致し方ない。この福原越後、涙を呑んで、涙を呑んで、君命を……お受け致す。

房吉 アアッ、殿ぉ!

   越後はもろ肌を脱ぎ、上下(かみしも)と白無垢単衣の着物を押し下げて短刀を手に取る。これを押しいただいて抜き放つと、三方の上の紙を取って切先五分ほど出して短刀に巻く。次いで左手で下腹をなでおろすと、短刀を逆手に持ち直し、下腹部に突き立てながら右へ一文字に切り裂く。(演技)(注)

房吉 殿ぉぉぉぉぉ!

(越後)ンググッ……(切腹しながら)「苦しさは 絶ゆるわが身の 夕煙 空に立つ名は 捨てがてに……する」 (房吉に)よ、 芳山とともに、必ずや家名の再興を。宇部村のこと、あとは頼んだぞ………

房吉 殿! 殿! 拙者が介錯つかまつりますっ。殿ぉ!(刀を振りおろす)

   房吉は涙ながらに越後の首を斬り落とす。(演技)

   越後ガクリと絶命する。

(目付役)天晴れ。見事な最期でござった。しかと見届けましたぞ(切腹の場を去る)

房吉 殿ぉぉぉぉ!(打ち落とされた越後の首を抱き慟哭する)

   迫真の演技に一同感心する。照明が元に戻る。ししおどしの音――。

庄七と輔策 おおおお!(感嘆のため息と拍手) 何度見てもえらい迫力じゃ。

   ト先程まで越後を演じていた芳兵衛がむっくりと首を起こし、

芳兵衛 ところでおぬし、福原家のご家臣か?

房吉 ええ?

芳兵衛 わしらは何度も何度も耳にタコを通り越してイカができるほど、おぬしが見てきたような越後様の切腹話を聞かされて、思わず演じてしまうほどになってしもうたが、おぬし、福原家のご家臣か。

房吉 (少々あわてて)な、なにを今さら?

輔策 そうじゃ、聞こう聞こうと思いよったが、あまりの熱心さに聞き逃しちょった。

為五郎 (笑って)お前ら知らんのか、房吉はなにを隠そう――植木屋じゃ。

芳兵衛と輔策 う、植木屋?!

房吉 そうじゃ、おれはただの植木屋じゃ。越後様の家臣でもなんでもない。宇部村は中尾の福原様のお屋敷に出入りして庭の手入れをしとった。

輔策 それにしてもなんでこねいに思い入れがあるんじゃ。

房吉 福原様の庭の手入れをしとるときに、ご家来衆の一人から涙ながらに聞かされたんじゃ。おれは昔のぅ、越後様に直に声をかけられたことがある。越後様はご家老じゃから毛利様のおそばに仕えて萩暮らしが多かったが、たまたまその日は宇部村の見回りで屋敷におられたんじゃ。……本を静かに読んでおられた。おれが松の枝を伐っておると、殿がふと気づかれて「ご苦労」と声をかけてくださったんじゃ。「ご苦労」……なんともおなごのような優しいお声じゃった。(ト懐かしむ)

輔策 それだけか。それであの思い入れか。たまげるのぅ。

芳兵衛 いやいや、わしも緑が浜の操練で殿の御尊顔を拝したが、いくさなど似合わぬ優しげなお顔でござった、まるで錦絵から抜け出たような。殿は和歌を詠んだり書をしたためたり、そんな物静かなお方であったと聞く。それがいくさに駆り出され罪を負わされるとは、世の流れとは恐ろしい。世の中の時流というものは一旦動き出すと、人ひとりの力ではどうにもできんものなんじゃな……。

庄七 殿さんはおいくつじゃったんじゃ?

房吉 齢五十だ。

   ふと庄七は不安顔。

庄七 しかし、なんじゃな……武士になったら切腹せにゃならんのかのぉ?

為五郎 当たり前じゃ。それが武士じゃ。藩から命令されればいくさにも行く、腹も切る。

庄七 じゃったら考えもんじゃの、奇兵隊で活躍して武士になるのも。(両手をすり合わせ唱える)ああ、クワバラクワバラ。わしはこのいくさが終わったら、奇兵隊をやめて宇部に帰ろうかのぅ。長州での内乱でも、幕府軍との小倉口での戦いでも、鳥羽伏見でも人が死ぬのをぎょうさん見た。いくさははぁこりごりじゃ。

為五郎 この臆病者め!(強く反発する) 宇部村に帰ってどうする。次男、三男のごくつぶしのお前らにどこに居所がある! 鼻つまみ者のおれらにいくさ以外どこにおのれを生かす道がある!

庄七 わしはのぅ、松下村塾や維新館のような所でいろんなことを学びたい。宇部を出て、広い世の中を見て、物を知らんということがようわかった。わしは勉強がしたいんじゃ! わしはもっと本を読みたい!

為五郎 いくさに本など必要ないわ!

庄七 それは違う。草莽のわしらこそ学ばねばならん。本を読まねば。

為五郎 (庄七を馬鹿にして言う)去年エゲレスに渡られた宇部の若殿様みたいに、西洋でお前も勉強したいってか。(注)

庄七 ああ、そうできればええのう。

為五郎 ハンッ、おれは最後まで戦いぬくぞ! 行けるとこまで行く。長州を苦しめた会津をぶちのめすまでおれは突き進む。会津のやつらにゃ蛤御門の変で朝敵にまでされ、煮え湯を飲まされたんじゃからな。トコトン戦い抜く。

庄七 (為五郎には付いていけぬと房吉に話を振って)房吉、お前はどうじゃ、いくさがええか?

房吉 おれは江戸に残って植木屋をやろうと思っちょる。

芳兵衛 江戸で植木屋を?

房吉 ここは人が溢れとる。立派なお庭もいっぱいある。男一匹、花のお江戸で腕試しじゃ。

輔策 ほんじゃったら、江戸の町が大火事にならんように、あしたのいくさはぜがひともやめてもらわにゃならんのぅ。

房吉 その通りだな。

庄七 輔策。おまえはどうする、もしもいくさが終わったら?

輔策 わしか? わしゃ百姓に戻る。お袋が首を長うして待っちょるんじゃ。実は奇兵隊に入ったのも飯がタダで食えて、月に十文もらえるからじゃ。今ごろ家じゃ田んぼの荒く起こしの真っ最中。(トさびしく笑う)うちは貧しいけぇのぅ、きばって働かんと。ほんでの、田んぼが暇なときにはカラス石を掘ろうと思いよる。

房吉 カラス石?

輔策 ああ、土の下に埋まっちょるカラスの羽みたいな真っ黒い石で、火をつけるといつまでも燃えるんじゃ。

房吉 石炭のことか。

輔策 ああ、南蛮車で掘り下げての。ひょっとしてひょっとしたら、えろう儲かるかもしれん。お袋さんを楽さすことができるかもしれん。

庄七 さすがは輔策。働きもんじゃな。

芳兵衛 すけさく……そう言えば、越後公が亡くなられたのと同じ年に、福原家の家臣の渡辺という家に男の子が生まれたそうな。その子の名前もなんと祐策じゃ。(注)

輔策 オオッ、ひょっとして宇部をしょって立つ大物になるかもの、わしみたいに。

房吉 まさか?!

輔策 まさかの。(自分を笑いの種にして笑う)

   皆も大笑いする。

   ―――しかし、ただひとり芳兵衛は深刻な顔。

芳兵衛 ――しかし、しかしだ。もしも、もしも生きて戻れんだったらどうする? 輔策、おぬし、お袋殿になんと言う? なんと詫びる? いくさはそんなに甘いものではない。

   一瞬深刻な雰囲気になるが、房吉が明るく冗談のように言う。

房吉 (明るくさびしく)定もトメも死んだのぅ。鳥羽伏見のいくさでは梅三郎も久米二郎も死んだ。大砲でドーンと死んだ。ゲベール銃で頭やられた。ありゃだれが供養してくれるんじゃろの。野垂れ死にじゃ。おれらも同じ運めかも。(さみしく笑う)あすはわが身か――

   しかし、為五郎が恐れを振り払うかのように怒鳴る。

為五郎 狂え狂え、維新回天じゃ。狂え狂え! (歌い出す、精一杯勇気を振り起こして)宮さん宮さん、お馬の前にヒラヒラするのはなんじゃいな、トコトンヤレトンヤレナ。あれは朝敵征伐せよとの、錦の御旗じゃ知らないか、トコトンヤレトンヤレナ……。わしらには錦の御旗ついちょるぞ! 天子様がついちょるぞ! なにをめそめそしちょる! ええかみんな、あすの江戸城総攻めで徳川慶喜の首を獲るんじゃ! この藤原為五郎がついちょるぞ!

房吉 (少し馬鹿にして、しかし愛着を持って笑う)おい、なにが藤原じゃ。お前は梶返の魚屋・為じゃろが。お前は口ばっかしじゃ。

為五郎 おれは奇兵隊に入ってから藤原為五郎じゃ。魚屋の為じゃない。それになんで口ばっかしじゃ!

房吉 エゲレス・フランス・オランダ・メリケン、四国(しかこく)連合艦隊との戦いで、逃げまわっとったのはお前じゃないか。馬関の前田砲台に大砲の弾がドーン!と落ちてきてウンチちびったのはどこのだれじゃ!

為五郎 ええ、お前あの失態を見とったか?!

房吉 見るもなにもここにおる者みんなが知っとるわ。

為五郎 みんなが。

   他の四人は「ああ、知っとるぞ」とそれぞれうなづく、愛情を持って。

庄七 何年奇兵隊で同じ釜の飯を食ってきちょると思うんじゃ。

輔策 為五郎、おまえのことで知らんことはこれっぱかしもない。

芳兵衛 皮被りっちゅうこともな。

為五郎 なんちゅうことじゃ。(おのれの股間を押さえる)

房吉 お前は慶喜の首を獲るどころじゃない。桂小五郎も真っ青の「逃げの為五郎」じゃ。

   皆は大笑いする。

為五郎 (刀を抜いて)クソォッ! 笑うたやつはおれと勝負じゃ! 前へ出ろっ。

輔策 わしゃやめとくわ。

為五郎 なしてじゃ?

輔策 刃物じゃ魚屋に適わんからのぅ。ほら、でっかい包丁じゃ。刺身にされてしまうぞ。

   皆はドッと笑う。

為五郎 なにを! こりゃ刀じゃ!

輔策 魚屋の為が持っとるとなんでも包丁に見える。

   皆は大笑いする。

為五郎 クソォ……! (悔しいが)お前らには徳川の将軍が束になっても適わんわ。

他の四人 おぅよ、わしらは天下の奇兵隊じゃ!(皆笑う)

   為五郎も笑ってしまう。だがそれは明日のわが身の不安を打ち消すような笑いでもある。

   ――するとまた厠から主人の大声がする。

主人の声「おーい、お客人、おとなしくポーズを取っとりますかな。百年先まで残る記念のポトガラヒーですぞよ!」

五人 おうっ。

   ト皆は返事をして、ポーズを取り直す。

   五人はごろ服と呼ばれる筒袖の上着にダンブクロと呼ばれるズボンの奇兵隊士の姿。靴を履く者もいれば草鞋履きも。手には刀、腰には短銃。棒状の鞭を持つ者もいる。髷姿もいればザンバラ髪も。ハット(帽子)を被る者もいる。中には懐中時計を誇らしげに持つ者も。皆精一杯のおしゃれをしている。それぞれがそれぞれの方向に目線を向け、まるで未来を見据えるような眼差しで、じっと静止する。………

   すると輔策がしみじみつぶやく。

輔策 わしゃ新しい世の中になったら、ご一新が叶うたら、お袋を花のお江戸に連れてくるんじゃ。一緒にポトガラヒーを撮るんじゃ。ようがんばったと、よう生きちょったと、涙流して喜ぶじゃろうのぅ。

庄七 こりゃお袋んためにも、わしらどねいしても生きて戻らにゃならんの……。

芳兵衛 もしも、もしも生きて戻れることがあったら、わしらはみんなで力合わせて道を切り拓いていこう。のぅ。宇部村にはご先祖様が残してくれた土地もある。宇部の沖には五十町歩の田んぼが新しくできる。(輔策を見て)おまけに石炭もようけ眠っとる。家族もおる。仲間もおる。わしらの未来は、わしらの維新は、この手の中にある。のぅ、そう思わんか。

五人 おうっ。

   皆は故郷宇部を思い、お袋や家族のことを思い、ジンワリと涙が浮かぶ。明日の命も知れぬ彼らは涙をぬぐう。

為五郎 ええから、もう黙っとけ! こんな調子じゃいつまで経ってもポトガラヒーが撮れんぞ、みんな。――さあ、メソメソするな。胸張って、さあ、ええ顔せえよ。(ト涙をぬぐう) わしらはなんじゃ――わしらはだれじゃ! わしらは天下の――

五人 宇部奇兵隊じゃ! ――おうっ!

   「ボシャ!」とストロボが焚かれるような音がする――一瞬光って、すぐに暗転する。

   暗い中、やがてゆっくりと、五人の、名もなき宇部奇兵隊士のモノクロ写真が浮かび上がる。

   その写真は古ぼけ、今は彼らの未来を知る者はない―――。

   テーマ曲が流れ、その写真も静かに消えていく。

                      (幕)


  (注)

・撮影時間は分単位…さまざまな道具(「首押さえ」など)を使い被写体を固定し写真に収めた。

・当時の写真撮影の価格は二分…一両の二分の一…約十八万円。

・伍長は、奇兵隊の組織の末端である五人からなる「伍」の長。

・捧げ銃は、銃を両手で支え垂直に捧げ持ち、身体の中央前に構える敬礼のひとつ。

・維新館は、福原家家臣の郷校(学校…文武の修練道場)で、足軽では教育を受けることはできなかったと思われる。だがここでは「特別に学ばせてもらった」とした。

・切腹の描写は上田芳江著「福原越後」より引用し脚色した。

・福原芳山は一八六七年七月、ロンドンへ渡った。

・渡辺祐策氏は、一八六四年(元治元年)国吉恭輔の次男として生まれ、八歳のときに父が福原家の家臣、渡辺家を継いだため渡辺姓となる。(宇部市ホームページより) ここではわかりやすく渡辺家に生まれたことにした。

・福原越後は宇部沖に五十町歩の田んぼの開作を計画した。


  〔参考文献〕

  『宇部市史 通史篇』宇部市史編纂委員会 昭和41年

  『宇部市史 通史篇 上巻』宇部市史編集委員会 平成4年

  『福原越後』上田芳江・三坂圭治監修/福原越後公百年祭記念顕彰会

  『宇部郷土史話』山田亀之介/宇部郷土文化会

  『長州奇兵隊―栄光と挫折』古川薫/創元社

  『高杉晋作と奇兵隊』田中彰/岩波新書

  『長州奇兵隊』一坂太郎/中公新書

  『高杉晋作と長州』一坂太郎/吉川弘文館

  『幕末史』半藤一利/新潮社

  『幕末維新 動乱の長州と人物群像』別冊歴史読本15号/新人物往来社

  『一冊でわかるイラストでわかる 図解幕末・維新』成美堂出版編集部編/成美堂

  『松陰の妹文と松下村塾』三才ブック744/三才ブックス

  『吉田松陰 異端のリーダー』津本陽/角川oneテーマ21

  『レンズが撮らえた 幕末の写真師上野彦馬の世界』小沢健志・上野一郎監修/山川出版社

  『レンズが撮らえた 幕末維新の志士たち』小沢健志監修/山川出版社

  『テーマで調べる クローズアップ!日本の歴史7 黒船来航』三谷博監修/ポプラ社

  『マンガ 幕末は論争でわかる』漫画あべまき・原作石黒拡親/メディアファクトリー新書

  『マンガ日本の歴史42 倒幕、世直し、御一新』石ノ森章太郎/中央公論文庫

  『学習漫画日本の歴史13 近代日本の夜明け』集英社

   小学館学習まんが ドラえもん人物日本の歴史『西郷隆盛』児玉幸多総監修/小学館

   小学館学習まんが ドラえもん人物日本の歴史『坂本龍馬』児玉幸多総監修/小学館

   ……他多数。感謝いたします。(作者)

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