「ハートフルコメディ家族百景」第9景・スズメバチ襲来⁉

「家族百景」コピー   広島友好


百山富士雄と妻の幸子。そして子どもの翼。

百山ファミリーとかれらを取り巻く人々の心あたたまるハートフルコメディ。笑いでつづる家族スケッチ。

百山ファミリーにきょうはなにが起こるのか?


第9景『スズメバチ襲来!?』

翼のおばあちゃん、愛の家の軒下に大きなスズメバチの巣が。翼のおとうさんの富士雄がスズメバチの巣を取り除こうとやってくるが、愛はなんだか富士雄と翼に早く帰ってほしいみたい。とそこへ、愛の「友人」の高鍋さんがやってきて……。スズメバチを巡るあれこれドタバタ。スズメバチとの戦いの行方は?!


   抱腹絶倒のハートフルコメディ。

   人気の作品。各地の劇団により好評上演。


登場人物4名。約30分。


ハ―トフル・コメディ

   家族百景

           作・広島友好

第九景『スズメバチ襲来⁉』


○時……今

○場所……主に百山家の居間(この景は、愛の家の居間)

○登場人物

百山富士雄(ももやまふじお)金型工場の職人サラリ―マン

百山翼 富士雄と幸子の子ども・小学六年生

百山愛 富士雄の母…富士雄とは別住まい

高鍋恭司(たかなべきょうじ)愛の友人以上恋人未満? 元自治会長


   *台詞はそれぞれの地域の生活語に直してもらって結構です。(作者)


   ◎第九景『スズメバチ襲来⁉』


翼  大変、大変! 久しぶりにおばあちゃんちに来てみたら、裏の勝手口の軒下に、でっかいスズメバチの巣が! おとうさ〜ん!

   愛の住む家。その居間。夏。蝉の声。

   愛と翼が居間にいる。

   富士雄がお勝手口の軒下にあるスズメバチの巣を偵察して、急ぎ居間に戻ってくる。

富士雄 (少なからず興奮して)もうっ、かあさん! なんであんなに大きくなるまでほっといたの?

愛  なんでって……あたしの生活信条。人類はみな兄弟。

富士雄 ハチは人類じゃない!

愛  そんなに怒んなくっても。

翼  おとうさん心配してるんだよ、おばあちゃんのこと。

富士雄 (持ってきていた袋から、服を取り出して着てみる)まったく……! んなこったろうと思ったよ。翼から聞いて、一応持って来てみたけど。といっても、間に合わせだけどね。(厚手のジャンパ―の上下とヘルメット。手袋。草刈りなどで使う顔を覆う透明フェイスガ―ド)

翼  ハハハ、なんか放射能汚染みたい。

富士雄 あのな翼。スズメバチってのは、下手すると人の命も……

愛  ちょっと待ってごらん。

翼  なに、おばあちゃん?

   愛、戸棚からある物を探して、手に持って、富士雄のそばへ。

富士雄 なんだよ? (急にお尻を押さえて飛び上がる)イッテェッ!!!

愛  (手には針。富士雄のジャンパ―をつまみながら)駄目だね、こりゃあ。この針を通すようじゃ、とてもとてもスズメバチの針にゃ耐えられん。

富士雄 刺すことないだろ⁈ (尻を押さえ)いたぁ。

愛  おまえも人間ができてないねえ。情けない。心頭滅却すれば、火もまた涼し、針も快し!

富士雄 あのねかあさん、ほんとに刺されたらどうすんの。毒持ってんだよ。

愛  しょんべんかけとくよ。

翼  ええっ、しょんべん⁈

愛  (思い出し笑い)ムフフ、富士雄がこんまい頃(小さい頃)、ハチの巣に石投げたことがあってね。ミツバチに追いかけ回されて、顔や手を刺されて大泣き。あとで聞いたら、ミツバチハッチさぁん、こんにちはぁって挨拶したけど、無視されて腹が立って、石を投げたんだとさ。アハハ。

富士雄 もうっ、いつの話してんだよ。

翼  それでそれで?

愛  あんまり泣くもんじゃから、秘伝の薬をかけちゃげようねって、おじいちゃんのおしっこを顔や手に塗ったら、泣きやんだ。腫れも引いた。

翼  え〜、おしっこかけたの。やだなぁ。(父を軽蔑の目で見る)

富士雄 知らなかったんだよ、あん時は。でも……不思議に効いたな、とうさんのしょんべん。

翼  ウへっ。

愛  アハハ。

富士雄 翼がもしハチに刺されたら、おれのしょんべんを……

翼  ぜえったいやめてよ!

富士雄 アハハ。

翼  それより、どうすんの。

富士雄 そうだな。現実問題、今から業者に電話しても、いつになることやら。夏はかき入れ時だって言うしな。

翼  どういうこと?

富士雄 この夏の異常気象で、スズメバチが大量に発生してるらしいんだよ。業者は大忙しで、スズメバチの巣を撤去するのに大わらわ。このあいだのニュ―スでやってた。だからここは、母親思いのこのおれが……

愛  もう、ええから。わかったから。気持ちだけありがたくもろうちょくから、あんたらお帰り。

富士雄 なんだよ、人がせっかく。危険を冒してがんばろうとしてんのに。にしても、暑っ。(ジャンパ―の中は蒸れ蒸れ)

愛  ええから、お帰んなさい。せいぜい気をつけるから。

富士雄 あやしいなぁ……

愛  な、なによ。

富士雄 なんで人を追い出そうとすんの?

愛  いや、その。

翼  あれ? おばあちゃん、なにげに(服が)よそ行きじゃん。

愛  こ、これは、翼ちゃんや富士雄が来るって言うから。アハハ……。

高鍋(声) ごめんください。

愛  あ! (華やいだ声で)は〜い!

   愛、いそいそと玄関へ去る。

富士雄 あやしいな。

翼  うん、ぶちあやしい。

愛(声) まあ、どうしちゃったほ、その格好!

高鍋(声) いやいやいや!

   愛に連れられて、高鍋が来る。

高鍋 (富士雄より本格的な自分なりの防護服を着ている)いや〜、朝から時間を持て余しましてな。なんせわたし、四時に目が覚めるもんで。んなもんで、少し早く来てこの辺りを散歩しちよったら、こりゃ大変! 愛さんのお宅に、スズメバチの巣じゃ!と。(富士雄たちに気づいて)あ! こりゃどうも。

富士雄 あ。あの、百山の息子です。

高鍋 前にお会いしましたかな。高鍋と申します。愛さんの友人です。

富士雄 友人……?

高鍋 こんな格好で。

富士雄 いや、ぼくも。

高鍋 ハハハ。(お互いの服装はその対策というニュアンスで)スズメバチ。や、前に、この辺りの自治会長を四年ほどやっとりまして。そのときに市役所と連携して、スズメバチの駆除を請け負いましてな。なんせここ近年、住宅街にもスズメバチが大量に発生しておりまして。とはいえ、業者に頼むと、それなりのお金がかかる。見様見真似で、スズメバチの駆除を始めましてな。これでなかなかの腕前なんですよ。(と持ってきていた作業袋から、ジェット噴射式強力殺虫スプレ―を取り出す)

富士雄 おおっ! これは! スズメバチ専用の強力なやつですね。ネットで見ました。ジェット噴射式! うわっ、これ、持ってらっしゃるんですね!(尊敬と羨望)

高鍋 (自慢げ)ムフフ。や、近頃のスズメバチは手強いですからな。こちらも強力な武器をそろえないと。

   突然、愛。

愛  (ため息まじりの大声)あぁあっ、がっかり!

高鍋 な、なんです、愛さん?

愛  恭司がそんな人だなんて! 愛、きらい。殺生を平気でする人だったなんて、知らなかった。

富士雄 (小声で翼に)おい、翼……今、おばあちゃん、あの人のこと下の名前で呼ばなかったか。

富士雄 (小声で父に)うん、(愛の声真似をして甘ったるく)恭司がそんな人だなんて! 愛、きらい。どういう関係だろ⁈

高鍋 いやいやいや、いやいやいやいや。ちがうんですよ愛さん。誤解です。

愛  (すねて甘えて)なにが誤解?

高鍋 これもすべてあなたのためなんです。やむをえないんです。あなたに危険が及んだらと思うと、いても立ってもいられず。わたしは愛さんのためになら、死ねる。

愛  まあ!

高鍋 しかし、死んでしまっては愛さんの手も握れない。顔も見れない。さすれば、やられる前にやるしかない。危険がそこに迫っているのを知りながら、それを放置するわけにはいかない。

富士雄 つまり……やられる前にやるってことですね?

高鍋 その通り! 言うなれば、先制攻撃論です。国家の安全保障と同じ。これは憲法で保障されている専守防衛の範囲なんです。武力の行使には当たらない。

富士雄 その辺りはビミョ―に賛同しかねますが……

高鍋 (次第に熱くなって)いや、ちがうんです。ちがわないけど、ちがうんです。わかりますか。言うなれば、スズメバチは仮想敵国。日本で言えば北の脅威。北朝――

愛  (放送禁止のピ―音)ピ―――!

高鍋 北朝――

愛  ピ―――! 駄目、恭司! これはハ―トフルコメディよ。

高鍋 とにかく……そういうことです。(富士雄に)あなたとわたしで手を取り合って。アメリカ(自分)と、日本(富士雄)、ということで。それとも、わたしが日本で――

富士雄 いやいや、そちらがアメリカでけっこうです。

高鍋 (自分のほうが大国アメリカで当然だというふうに)や、アハハ。

富士雄 しかし……恥ずかしながら、ぼくの武器は、これです。(と、自分の持ってきていた市販の殺虫スプレ―を取り出す)

高鍋 (内心勝ったと思いながらもそれを隠して)いやいや、初心者にしては、よくこれだけのものを。

富士雄 そうですか。ベテランの方にそう言ってもらえると。

高鍋 服も……失礼。(と言って富士雄の服を指でつねる)

富士雄 いててっ。

高鍋 これは……充分注意していただいて……。とにかく! いいですか、ふたり一組で、はさみ撃ちの要領で、殺虫剤をふきつけながら巣に近づいて行きます。

富士雄 (急に怖じけついて)あ、あの、やっぱり、ぼくも?

高鍋 当たり前じゃないですか! (急にクラッときてよろついて)ああっ、いかん……!

愛  大丈夫、恭司?

富士雄 かあさん、その恭司ってのなんとかならない、息子の前で。や、大丈夫ですか。

高鍋 (汗を拭って)み、水をもらえますか。暑くてっ。

愛  翼ちゃん、お水を。

翼  うん。

愛  (翼を引き止めて小声で)や、ビ―ルを持ってきてあげて。大好きなの恭司。

翼  え〜、ビ―ルぅ⁈ まだ朝だよ?

愛  ええから!

   翼、台所へ去る。富士雄と高鍋、それぞれ防護服を少しはだけて、涼を取りながら、

富士雄 あの……恭司は――いや、あの、高鍋さんは、母とはどんなきっかけで。

高鍋 アハハ。わたし、マ―サッジ店を、元、経営しておりまして。愛さんによく利用してもらってたんです。

愛  よく効くの、恭司のもみもみ。

富士雄 もみもみ……。

高鍋 腕には自信が。お陰さまで、店も繁盛してたんですが、二年前に階段で足をすべらせて腰をしたたか打ちましてな。年も年だし、こりゃ神様が潮時を教えてくれたのかと。

愛  お店を畳まれたほ。

富士雄 そうですか。

高鍋 や、もう、悔いはない。残りの人生、楽しく。ちょっぴりヒトサマのお役に立って生きてゆけれ――

翼(声) ギャ―――っ! 出たっ! 出たっ! 出たっ!

   翼、駆け込んでくる。

愛  翼ちゃん!

富士雄 どうした、翼!

翼  ス、スズメバチが! こ、こんっなのが(でっかいのが)! 家ん中に!

富士雄 ええっ! なんで⁈

翼  トイレに入ろうとしたら、急に出てきて。

高鍋 トイレから?

翼  窓があけっぱなしだった、トイレの!

富士雄 窓が? なんでまた?

愛  だって……富士雄のトイレ、くさいんじゃもの。

富士雄 かぁあさぁん!

愛  あれだけ頼んどいたのに、網戸を修理せんあんたが悪い。

富士雄 開き直んなよ!

高鍋 とにかく偵察してきましょう。

富士雄 ぼ、ぼくもですか?

高鍋 当たり前でしょう、一家の主なんだから。

富士雄 は、はい……。

   高鍋と富士雄、用心しいしい居間を出て行く。富士雄はへっぴり腰。愛と翼は居間の戸口でこわごわ、でも興味津々、富士雄たちの様子を覗く。

翼  大丈夫、おとうさん?

愛  富士雄、なんじゃそのへっぴり腰は。情けない。

   富士雄と高鍋、素早く居間に戻ってきて、

富士雄 で、でかいっ! 間近で見るとすごい迫力!

翼  じゃろぉ?

富士雄 (動作をまじえて)ホバリングしてるのと、目が合っちゃったよ、いやぁ!

高鍋 ……あれは……

富士雄 なんです?

高鍋 コジロ―です。間違いない。

富士雄・愛・翼 コジロ―⁈

高鍋 正しくは、二代目コジロ―。去年、三班の渡辺さんのスズメバチの巣を撤去したときに、一匹、とてつもなく凶暴なのがおりましてな、宙に止まってこちらをじっと睨みつける。その毒針の長いこと、まさに物干竿! あっと思うと、つばめ返しのように身をひるがえし、こちらを襲ってきましてな。や、その身のこなしの鮮やかなこと。まさに、岩流佐々木小次郎! こちらも負けじと応戦し、二時間に渡る格闘の末に、ようやく追い払いましてな。……たぶん、そのコジロ―の息子でしょう。親の汚名をすすがんとやってきたものかと。なんせあの面構え、初代コジロ―にそっくり!

富士雄 あの……スズメバチは、どれもみんな同じ顔をしてるように――

高鍋 (薄く軽蔑して笑って)フフ、素人には、見分けがつかないんですよ。

富士雄 はあ……。

高鍋 とにかく、このままでは、やつはこの家に居座るでしょう。あなた、廊下の窓をあけてきてください。わたしはこの強力殺虫スプレ―でコジロ―を外に追い出しますから。さ!

富士雄 さ!って……そ、それしか方法はないんですかね?

高鍋 (断言)ありません。さ、いざ、鎌倉へ! いや、いざ、巌流島へ!

富士雄 (戸惑いつつも)お、おう!(高鍋と居間を出て行く)

愛  恭司、がんばって! 富士雄、どうせ刺されるんなら、恭司の盾になってまず自分から!

翼  なに言いよるん! おとうさん、気をつけてよ。

   廊下でスズメバチと格闘する富士雄と高鍋の声と物音。

高鍋(声) (必死)い、今です! 窓をあけて!

富士雄(声) うわっ! うわわっ! (なんとか窓をあけた)ヒエェェッ!

高鍋(声) (殺虫スプレ―をふきかける)え――――いっ! (しかしコジロ―の逆襲を受ける)ウワワワワッ! ふげえぇ!

富士雄 ひえぇっ!

愛・翼 あぶないっ! 逃げて! 逃げて!

   富士雄と高鍋、しばし、よろしくコジロ―と格闘して、大急ぎで居間に退避する。

高鍋 ん〜、これは……っ!

富士雄 びびったぁ! 殺虫剤効かないよぉ!

高鍋 ……たぶん、こういうことでしょうな。去年、殺虫剤を嫌というほど浴びた初代コジロ―が、その殺虫成分を体内に吸収して分解し、免疫力のある抗体を作り出し、その遺伝子を二代目コジロ―に受け継がせたんでしょうな。つまり……

富士雄・愛 つまり……?

高鍋 もうあやつには殺虫剤は効かない。

富士雄 んなバカな。エイリアンかよ!

   その間に、翼が居間の戸口から廊下を覗いていた。

翼  ああっ! 窓からもう一匹入ってきた!

富士雄・愛・高鍋 ええっ!

富士雄 (戸口から覗いて)わっ、これもでかい!

高鍋 ああっ! あれは、間違いない……!

富士雄 な、なんです?

高鍋 三代目ハチのムサシ!

富士雄・愛・翼 三代目ハチのムサシ⁈

翼  どっかのグル―プみたい。

高鍋 おそらく、コジロ―と対決しにやってきたのでしょうな。ムサシだけに、ちょっと遅れて巌流島に。

富士雄 ……じゃ、ムサシとコジロ―が対決して、コジロ―が敗れる。てことは、一匹減りますね!

翼  よかった!

高鍋 しかし、立会人や見物のハチどもが多数集まってくるかと。

富士雄 窓、閉めなきゃ!

愛  (今までわりに黙っていたが、突然)あたしに秘策がある!

翼  え、なになに! どんなの?

高鍋 なんです、愛さん、その秘策とやらは?

愛  これよ!

   愛、部屋の戸棚をごそごそ探し、手に何か持ってみんなの元へ。

愛  (アイテム出現の音楽っぽく)チャチャチャチャッチャッチャ―ン! ハエ取り紙ぃ!

富士雄 ええっ、天井から吊るして、ネバネバ(の粘着シ―ト)でハエ取るやつじゃん。こんなのまだ持ってたの?

愛  モチのロンよ。

翼  へええ。

愛  (少しやってみせる)これを投げ縄みたいに振り回してスズメバチをひっつける。カウボ―イみたいにしてね。(自分の前に丸い盾をつくるように、輪を描きながらハエ取り紙を振り回す。ヒュンヒュン空気を切る音がする)こうすれば、盾にもなる!

富士雄 (変に感心して)さすが、かあさん!

愛  殺虫スプレ―で援護射撃をしてもらいながら進めば、大丈夫。

翼  それ、いいかも!

愛  (富士雄にハエ取り紙を)はい。

富士雄 お、おれぇ! おれはちょっと……ここはスズメバチハンタ―の恭司に。

高鍋 いや、ムサシもコジロ―も相当な興奮状態にありますし、なんと言ってもムサシは、真剣勝負で生涯無敗の最強のスズメバチ。わたしは援護射撃で……

翼  じゃ、おれがやろうか?

富士雄 ええっ、おまえはハチの怖さを知らないから、そんなことを。ここは高鍋さんに……

高鍋 いえいえ、一家の主が。

富士雄 ぼくなんてとてもとても。高鍋さんの足元にも。

高鍋 いやいやいや。

翼  じゃからおれがやるって。

富士雄 バカ。ここは大ベテランに。

高鍋 わたしに実は口ほどには。

富士雄 そんなご謙遜。

高鍋 こう見えて、もういい年でして。

愛  (失望と怒り)あ―っ、もうっだらしない! ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ。グズグズしちょると映画が始まる! やっちゃるあたしが!

   愛、ハエ取り紙をブンブンと投げ縄のように振り回しながらスズメバチに突進。居間を出ていく。みんな、止めようとするが間に合わず。

富士雄 (ほぼ同時に)か、かあさん!

翼  (ほぼ同時に)おばあちゃん!

高鍋 愛さん! 愛さん! ……ん〜、愛さんにこんな一面があるとは……(驚きと、かすかな落胆)

   居間の向こうでは愛がスズメバチと格闘する音が。

愛(声) ムサシ! コジロ―! この百山愛が相手じゃ! いざ、尋常に勝負、勝負ぅ!

翼  おばあちゃん! 気をつけてよ!

富士雄 (興奮して、思わず実況アナウンス口調で)おっとぉ! 百山愛がクサリガマよろしく、ハエ取り紙をブンブン振り回して二匹のスズメバチに迫ってゆくっ。愛がやってくるところを、コジロ―がつばめ返しで応戦だっ。物干竿の毒針で愛の足元を襲う。愛、八艘飛びでこれをよけたっ。一進一退っ。おおっ、ムサシのお尻から、なんと二本の毒針がぁ。二刀流だ二刀流! あやうし百山愛! ああっ、ムサシの攻撃をよけた弾みでよろついたっ。寄る年波に勝てないのか! ああっ、こけたと見せかけて、なんと愛がでんぐり返しでムサシと小次郎の背後に回った! 掟破りのつばめ返しだ! 投げた投げたハエ取り紙を! ああっ、一度、ムサシとコジロ―の背後に大きく投げておいて、その反動を利用しての背面キャッチぃ! スズメバチを一網打尽だぁ!

愛(声) とったど―! ムサシとコジロ―、討ち取ったりぃ!

高鍋 す、すごいっ……!

翼  やったぁ、おばあちゃん!

富士雄 (実況風)やりました、やりました百山愛! 見事としか言いようがありません。おっと、百戦錬磨の愛の目にも涙が! 解説の高鍋さん、いかがでしょう?

高鍋 (解説者風)まさに神業ですな。いやぁ、スズメバチは背後からの攻撃に弱いとされていますが、その弱点を、戦いのさなかでとっさに見抜いた百山愛、さすがとしか言いようがありません。

富士雄 スズメバチハンタ―の高鍋恭司をもうならせる、百山愛の見事な勝利でした。今後の活躍がますます楽しみです。それでは、このあたりで実況中継を終わります。ごきげんよう!

翼  なに、やりよるん、おとうさん!

富士雄 (正気に戻り)ああっ。かあさん、外に捨てちゃって! 窓閉めて、窓!

翼  トイレの窓も!

富士雄 (翼に)いやぁ……すごかったな、おばあちゃん。

翼  うん! おばあちゃんならやると思っちょったけど、これほどとは。おれ、おばあちゃん大好き。尊敬する。

富士雄 たいしたもんだ、わが母親ながら。

高鍋 (ふたりの会話をよそに渋い表情)ンムゥ……。

   愛が凱旋。意気揚々居間に戻ってくる。

富士雄 かあさん、すごいよ。ほんと!

翼  カウボ―イみたいだったね。カウボ―イって……見たことないけど。

富士雄 アハハ。

愛  (笑顔で)ムフフ、あたしゃもう、だだ必死で。

   高鍋、ひとり複雑な表情……。

愛  ウフフ。(高鍋に)じゃ、そろそろ出かけましょうか。映画が始まっちゃう。

翼  え? 映画? いいなぁ。なに観るほ?

愛  燃えるような恋のお話。「風と共に去りぬ」。

富士雄 名作じゃん。

愛  ウフフ。名画座でリバイバル。行きましょ、レット(バトラ―)。

高鍋 ……や、わたしは。

愛  あ。着替えなきゃでしたね。家に一度寄ってから行きましょうか。

高鍋 ん、いや……ちょっときょうは。……やめましょう。

愛  (高鍋の異変に気づいて)え? ……どうしたほ、恭司?

高鍋 愛さん、あなた……

愛  ――。

高鍋 や、すみません。きょうは失敬します。ごめんなさい。(愛と目も合わせずに去る)

愛  恭司! 恭司さん……!

   愛、高鍋を追いかけようとするが、それを寄せ付けない高鍋の空気を感じ、呆然と立ち尽くす。

富士雄 (独り言)ほんとに「風と共に去りぬ」になっちゃったよ。レット・バトラ―に捨てられるスカ―レット・オハラ……。

愛  あしたはあしたの風が吹く……。

富士雄 ……大丈夫、かあさん?

愛  あたしのこと、嫌いになったんじゃ……?

富士雄 (慰めて)んなことないよ。……ま、ちょっとびっくりだけど。かあさんの素顔知ってれば、このくらいは。なあ、翼。

翼  うん。全然平気。

愛  ……虫も殺したことがないって。

富士雄 だれが?

愛  あたし。

富士雄 高鍋さんに、そう言ったの⁈

愛  (嘆き泣く)オヨヨ。

富士雄 だめだよ、うそついちゃ。

愛  (泣きながら翼に抱きつき)アアア、翼ちゃ〜ん。ばあちゃん、悲しい!

翼  (翼なりに慰めて)よしよし。

愛  オオオっ! オオォオ、オオオォ…… (ひとしきり泣いて、涙をぬぐいつつ。気持ちの切り替えが早い)翼ちゃん、台所の棚にお酒があるから、それ、一杯ついできて。

翼  台所の棚?

愛  冷蔵庫の右の。とっておきのお酒なほ。ばあちゃん、これからやけ酒じゃ!

翼  うん!

   翼、駆けて、台所へお酒を取りにいく。

愛  (ため息)あぁあ。

富士雄 (富士雄なりの慰め)かあさん、すごいと思うけどな。子どもの頃からおれ、かあさんのそういうところに励まされてきた。

愛  (目尻の涙をぬぐいながら)そういうところって?

富士雄 ん〜、無鉄砲なとこ?

愛  (また泣く)アァア〜、息子まで!

富士雄 ちがうちがうの! その、あれだ、勇気のあるところだよ。(小声で)向こう見ずな。アハハ。

   台所で翼の声。

翼(声) ギャ―ッ! なに、このお酒!

富士雄 どうした?

愛  (大きな声で)ええから、翼ちゃん! コップについで、持ってきて。

翼(声) (返事のような嫌がっているような)うえぇぇ。

富士雄 え、なに……?

翼(声) (お酒をついでいるらしい)うげぇぇぇ。うひゃゃぁ。

富士雄 なに? なんなの?

   翼、手に茶色く濁ったお酒の入っているコップを持って戻ってくる。自分の体からなるべく離しながら。

翼  おばあちゃん、早く取って!

愛  ほいほい。ありがと。

富士雄 なんだよ、翼?

翼  お酒のビンの中で、スズメバチがいっぱい死んじょった。(吐きそう)ウゲエ!

富士雄 スズメバチが⁈ スズメバチ酒なのこれ⁈ 「人類ははみな兄弟」と、矛盾してんじゃん。

愛  (開き直って)人間、矛盾のカタマリ!

富士雄 またぁ!

愛  沖縄旅行で偶然知り合った具志堅さんに送ってもらったほ。意気投合。

富士雄 具志堅さんって……男?

愛  もちろん。用高(ようこう)の足に絡みついてたマムシを、つかまえてあげたお礼なほ。

翼  マ、マムシを⁈

富士雄 もうなにを聞いても驚かない。(かあさんならやりそう)

翼  (あきれ笑い)アハハ……。

富士雄 かあさんさ、かあさんを好きになってくれる人がさ、そっち方面でいるんじゃない?

愛  人はね、自分とはちがう世界の人に憧れるほ。

翼  でも、それ飲めるの? 茶色くなってにごってるよ。

愛  なに言いよるんかね。滋養強壮、高血圧、不整脈、それに美肌効果もあるんじゃけえ。このお酒は、スズメバチの巣を煙で燻して、生け捕りにしたのを、生きたまま最高級の泡盛に漬けた三年もの。まずいわけがない。

富士雄 へええ!

翼  生きたままって、チョ―ヤバくない?

愛  アッハハ。いただきます!(ぐっと飲み干す)

翼  うまい……おばあちゃん?

愛  (両方の目玉を眉間に寄せて黙り込む)…………。

富士雄 (母の異変に)……ん? かあさん……? かあさん! 大丈夫⁈

愛  (苦しみだす)んあっ……あぁぁっ……! んぐっあぁあっ………!

翼  おばあちゃん! おばあちゃん!

富士雄 かあさん、しっかり! え、ハチアレルギ―⁈ アナフィラキシ―ショック⁈ かあさん! かあさん!

愛  んがあぁぁ〜〜〜〜、まずいっ!!! 五臓六腑に染み渡るぅっ! アッハハぁ!

   富士雄と翼も、ほっとして笑い合う。

                       (幕)


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