みにくい仮面の子 (戯曲後半)

みにくい仮面の子 (戯曲後半)


(前半からの続き)

   ふたりは駆け去る。アフリカ民俗音楽風のメロディーが流れる中、ゆっくりと暗くなる……音楽が大きくなり、舞台の紗幕のスクリーンにアフリカの動物たちの切り絵細工が大きく映し出される。どれも個性的でかわいらしい。糸に吊られてくるくると揺れている。ゾウ……ライオン……シマウマ……サイなどなど、そしてキリン………

   ◆2

   9月中旬のある日。昼近くのひと時。

   四つ葉女学園の修学旅行。動物園に来ている。いい天気である。動物園日和。

   キリンの柵の前に並ぶ制服姿のユウヒとフウナとクラスメートたち(チヅ/オトノ/ナツメ/マユリ)。ユウヒを除いてみな仮面をつけている。キリンは客席側にいるという想定……クラスメートたちは客席に向かって並んで観ている。

   そのクラスメートたちの後ろの路を、大勢の客たちが行き交っている……という想定。客たちは立ち止まってキリンを観ては、適当なところで次の動物を観るために移動する。動物園は人込みにあふれている………

オトノ (キリンの首を見上げている)長いよねぇ……。

ナツメ 長い。無駄に長い。

オトノ (観ている)………。

ナツメ (観ている)………。

マユリ 足細いし、スタイルバッツグンっ!

ナツメ (ぽっちゃり体型である)嫌味それ、うちへの?

マユリ んぅん、キリンの真実。

オトノ 口ムグムグしてる。

ナツメ 食べてんだねなんか、葉っぱかなんか。長い首使って、たっかい木の枝から食べ物取って。

マユリ 小学生レベルの知識だよ、それ。

オトノ (突然驚く)あ、あ、あっ!

   突然キリンがクラスメートたちの方へ駆け寄ってきて、首をぶるんと払うようにひと振りした。クラスメートたちはびっくりしてウエーブ(波)をするように体を後ろにのけぞらせてキリンの首をよける。「おおぉぉぉぉっぉぉぉぉおおっ!」と思わず叫ぶ。油断していた。

マユリ メッチャびびったんですけどぉ。

ナツメ キリン、やっぱ首長っ! 凶器!

オトノ 乙女は餌ではありませんっ!

チヅ (笑って)ハハハっ! ――てか、なんで今どき動物園……?! 修学旅行なのにぃ?!

ナツメ んなこと、今さら言っても。

チヅ おいら、聞いてない。

マユリ 寝てたんだよチヅ、行き先決めるとき。多数決。

チヅ (不満たらたら)にしてもさぁ。もっとあったでしょ、ディズニーランドとか、ん~~豊洲(市場)とか。

マユリ なぜに豊洲?

チヅ 知らないよ――なんか、生き物つながりぃ?動物園と。

オトノ チヅはもう思考がメチャクチャなのだ。

   クラスメートたちはどっと笑う。

   (架空の)動物園の客たちが、気味悪そうに、見て見ぬ振りをして、仮面をつけている少女たちの横を通り過ぎていく。「何あれ?」とひそひそささやき交わす人たちもいる。びっくりして立ち止まる人もいる。あからさまに指さす子どももいる。

ナツメ (辺りの人たちを気にして振り返りつつ)ねえ、周りの人たち、さっきからキリンよりうちらのこと見てない?

チヅ ほんとだ。

オトノ 花よりJK(女子高生)。

マユリ ちがうし。花じゃないし、キリンだし。

   クラスメートたちは少し笑う。

チヅ ……やだね、ほかの人からジロジロ見られんの。

ナツメ ジロジロじゃないよ。

オトノ こそこそ?

マユリ ひそひそ?

ナツメ そぉっーと。

オトノ さりげなく。

マユリ 見て見ぬ振り。

チヅ 体から見てるオーラ全開なんだけど。

オトノ 見てないけど見てるぅ?みたいな。

チヅ ほら、遠巻きに見てるよ。

ナツメ ガン見してる人もいる。

マユリ すれ違ったときの白い眼。

ナツメ こんな感じぃ?(「すれ違ったときの白い眼」をやってみせる……仮面の上からキツネ目のように両の目尻を指で引っぱり上げる仕草)

チヅ うちらが仮面かぶってるからだよ。

ナツメ そっか、言われてみれば。(邪気なく笑う)アハハっ。

オトノ 取るぅ?

マユリ (クラスメートたちを見回し)取っちゃう?

チヅ/ナツメ 取ろ取ろ。

   クラスメートたちはおずおずと仮面を外し始める。

オトノ (邪気なく)やっぱ、仮面っておかしいよね。

ユウヒ ………。

フウナ ………。

マユリ (フウナをほんの少し気遣って)仮面がってことじゃないけど……学校の外だし。

ナツメ そうそう!

   フウナひとりだけが仮面の姿に取り残される。

   舞台の片隅にカウンセラーが現れていて、遠巻きにその状況を見ている……というか聴いている。(このシーンもユウヒがカウンセリングの中で語っている情景である)

ユウヒ (傍白……カウンセラーだけに語る)結局みんな仮面を外したんです。

カウンセラー そう……やっぱり学校の外ではねぇ。

ユウヒ だったら、初めっからつけなきゃいいのに――。

カウンセラー (一応職業柄、話し手の言うことを肯定する返事をする)そうねぇ、初めっからつけなきゃいい。

ユウヒ でもそこに――あり得ないんだけど――

カウンセラー 何?

ユウヒ ヤンキーのバカップルが絡んできて……

カウンセラー 人に絡まれたの? 大丈夫だった?

ユウヒ なんてんだろ、あれ――外から攻撃されると、そんときだけ内部で仲間意識見せて固まるっていうか……でも――(そのときの事を思い出して興奮してくる)そのバカップル、おかしな話、ばあやさんとイサムシさんに似てたんです――!

カウンセラー ええっ――?(とちょうど反対側から現われてきたカップルへ視線を向ける)

   カウンセラーの視線の先に――不良のヤンキーカップル(十代半ば)が現れる。カップルの女の子は茶髪、タンクトップにミニスカート。ガムをクチャクチャ噛んでいる。カップルの男の子はアーミー柄のTシャツに腰パン(腰下まで下げたズボン姿)、頭にサングラス。ヤンキーのカップルは仮面をつけたフウナに下品な興味を示し絡んでくる。

カップル女 (カップルの男の子に)おい、おい、スグル、見ろよ!

カップル男 なになに、この女? 気持ち悪っ。(とからかい笑い)

カップル女 ねえねえ、仮面なんてチョー受けるんですけどぉ。顔見せてぇ。仮面アイドル気取ってんの?

カップル男 おおっ、地下アイドル最高っ!

カップル女 (大笑いする)ハハハッ! スグル、バカ! 調子こいてる。あたし、スマホ撮ろっと。いいよね?(とフウナの横に並んで一緒に写真を撮ろうとする)

カップル男 (同じくフウナの横に並んで)ピース!

カップル女 (下品に笑いながら)バカ、スグル、邪魔! どけ!

カップル男 イェ~~~イ!(Vサインで写真に納まる)

   フウナはあきらめたようにヤンキーのカップルとスマホに写る。自撮りされる。クールな態度を保っているが、仮面の下からは怒りと悲しみがにじみ出てくる。フウナを知っている者にはそれが伝わってくる。クラスメートたちはさっきまで仮面をつけていた内部の仲間意識から、新たに現われた「外部の敵(ヤンキーカップル)」に対して憤り、その場限りの結束を見せる。

   クラスメートたちは顔を見合す。ひとつうなずく。ナツメがスマホでアップテンポでちょっと勇ましい音楽を流す。クラスメートのひとりが仮面をつけてフウナを守るようにして立つ。またひとり仮面をつけて味方に加わる。またひとり、またひとり。仮面少女のチームが出来上がる。ヤンキーのカップルと対峙する。

カップル女 (おびえながらも強がり)何? 何? なんだよ……おめえら?!

   仮面のクラスメートたちが激しい音楽に合わせ、ヤンキーカップルを取り囲み、威嚇するように踊り出す。仮面少女ダンス! ……ユウヒは戸惑ってそれを見ている。

カップル女 なんだよ! なんなんだよ……?! おい、スグル! なんとかしろよぉっ。

カップル男 お、おおっ。(びびっている)

   仮面のクラスメートたちは無言で激しく踊り、ヤンキーカップルを威嚇する。

カップル女 クソォっ!

   それに対しカップルの女の子も威嚇に負けじと激しくメチャクチャに踊り出す。

   しかし仮面のクラスメートたちがさらに激しく踊り返す。ダンスバトル。

カップル女 (内心びびって)キ、キモいっての!

カップル男 何、こいつら……?! マジヤベぇよ!(怖いけど、賛嘆している)

   マユリがカップルの女の子のスマホを取り上げる。

マユリ (スマホを操作して)写真消去!

カップル女 返せよ、おめえ!

   さらに踊る仮面のクラスメートたち。ヤンキーカップルを追い払おうとする。その様子をフウナとユウヒは踊らずに見ている。

カップル女 こっち来んな! (半泣き)キショいよ。もうヤダァッ~~。

カップル男 マジヤベぇ!!!

カップル女 (内心びびって)バ、バーカ! おめえらなんか相手にしねえよ。行こ、スグル!

カップル男 おおっ……。覚えてろっ。

   ヤンキーカップルは気味悪がって逃げていく。

カップル男 半端ねぇっ、あいつら!!!

カップル女 スグル、バカ! 惚れてんじゃねえよ!(ふたりで逃げ去る)

クラスメートたち (勝利に盛り上る)イェ~~~~~イ!

   クラスメートたちは自分たちの勝利に仲間意識が弾ける。ハイタッチ。仮面を取り、宙に放り投げて喜んだりしながら、気持ち良く別の動物エリアへ移動していく。

オトノ 次、ペンギンの空中遊泳見に行こ!

ナツメ いないよ、ペンギン! 水族館じゃないし。

オトノ いるよ、ここ!

マユリ いたとしてもさ、空中遊泳じゃなくて、「水中」遊泳だし!

オトノ (あっけらかんと笑って)ハハハ、バカじゃんわたし。

チヅ 行こ!

クラスメートたち イェ~~~~~イ!

ユウヒ あっ、みんな! 待ってよ!

   クラスメートたちは興奮していて、呼び止めるユウヒの声が聞こえないのか構わずに駆け去っていく。(カウンセラーの姿も消えている)

   仮面をひとりつけたフウナは前よりもさみしそうである。

   そのフウナを振り返って見るユウヒ。ユウヒの方からフウナに近づき……手を握る。

ユウヒ ……大丈夫?

フウナ 慣れてっから、人にからまれんの。

ユウヒ あのふたり……ばあやさんとイサムシさんに似てたね。(笑顔)

フウナ (軽く笑って緊張を解いて)気のせいよ。

ユウヒ (突然思いついたように)ねえ、いい? 見たい動物がいるんだ!(とフウナの手を引っぱって駆け出す)

フウナ 何?! 何?!(と引っぱられていく)

   ふたりが舞台をぐるりと一周(狂言的な空間移動)してやってきたのは、サイの檻の前。

フウナ びっくり! なんでサイ?! もしかして、サイの飼育員希望?

ユウヒ まさか……?!

フウナ 本物のサイ、初めて見た! 尻デカっ。あっ――アフリカつながりか。サイってアフリカだもんね!

ユウヒ うん。

   ふたりはサイを眺める。

ユウヒ サイとさ、クールなとこが似てなくない?

フウナ えっ……? サイと? わたしがぁ?

ユウヒ んぅん、フウナのお母さん。クールでさ、カッコいいとこが。で、ちょっと臆病。

フウナ (笑って)ふふっ、バカにしてる?

ユウヒ (慌てて否定)してないしてない。サイ大好き。サイ最高。

フウナ サイって……カッコいい?

ユウヒ (反語の聞き返し)カッコ良くなくない?

フウナ サイと似てるぅ? ママがぁ?

ユウヒ うん――雰囲気がだよ。

フウナ ふふっ。(愛情を持って)ユウヒってほんとバカ!

   ふたりはサイをじっと見る。

フウナ あのサイってさ、真ん中のツノ折れてるね。痛そっ。

ユウヒ それ、全然大丈夫。

フウナ なんで? アフリカオタクはサイの気持ちもわかる?

ユウヒ ちがうよ、アフリカオタクじゃないし。(笑って)てか、アフリカオタクって何よ? サイのツノってさ、あれって、毛なんだって。

フウナ けって、髪の毛とか?

ユウヒ 骨とかのツノじゃないんだって。毛だから、折れても平気なんだって。痛くないし、また生えてくる、何度も何度も。

フウナ 顔のあんなとこに毛なんて……やだねぇ。

ユウヒ そだねぇ……そう言われれば。

フウナ 何度も生えてくるんだ……。

ユウヒ (そうなん)だって……。(フウナをチラッと見て、まずい事を言ったかなと内心後悔する)

   間。

フウナ ユウヒは好きな事あっていいよね、切り絵とかアフリカとか。

ユウヒ そかな……。

フウナ やっぱいつかはアフリカに行きたいんでしょ?

ユウヒ まっね。なんとなくの夢……かな、遠い将来の。フウナは? 夢とか、やりたいことある?

フウナ 昔はバレエやってた。

ユウヒ バレエ? 踊る方の?

フウナ そう。

ユウヒ 似合いそフウナ、白鳥の湖とか。

フウナ うん。

ユウヒ あ、全然否定しない。自慢?

フウナ バレエの道もいいかなって思ってた……前はね。東京のプロのバレエ団のスクールに通ってたし。でも今は――先のことなんか全然考えらんない。今が、過ぎるのが……遅過ぎて……。

ユウヒ ……うちだって今が精一杯だよ。チヅだって、マユリだって――みんな。

フウナ そうかな……? あの人たち、悩みなさそうだけど。

ユウヒ んぅん、そうだよ。みんないろいろあるんだって。チヅだって、転校してきたときは友だち全然できなかったし。マユリだって、右目の視力弱くて、ほとんど見えないみたいなんだけど、そんなこと全然言わないし、明るいし。みんな、何かしらあるんだよ。だからフウナも――

フウナ わたしも――我慢しろ?

ユウヒ んぅん、そういう意味じゃ――

フウナ そういう意味じゃん!

ユウヒ ちがうって! 言いたいのは――みんななんか抱えてるって事――それだけ! みんななんか抱えて、それでも精一杯――(といきなり枕がひとつユウヒの後頭部に当たる)イタァッ! (またひとつ飛んできて当たる)アタッ! (拾って)何、これ?(フウナと顔を見合わせて)枕ぁ?!

フウナ (同時に)枕ぁ?!

   ふたりの両側(舞台の両袖)から枕が乱れ飛んでくる。女の子たちの歓声とともに、枕があちこちから降ってくる。ユウヒやフウナに枕が当たる。場面はホテルの一室での枕投げのシーンへ移る。舞台の両袖から学校のジャージ姿のクラスメートたちが、枕を投げ合いながらはしゃいで出てくる。

   ◆3

   修学旅行の夜。

   宿泊先のホテルの和室。4階。部屋の奥側に大きな窓がある。窓から見える夜の景色から、この部屋がホテルの高い階層にあることがわかる。部屋には一度敷かれていた布団が、枕投げのために畳んで隅に片寄せられている。

   ジャージ姿のクラスメートたちが枕投げをしている。アップテンポの音楽の中、そのリズムに合わせ一種のダンスパフォーマンスのように枕投げが行われる。

   いつの間にかジャージ姿になったユウヒも枕投げに加わっている。フウナもジャージ姿になっている。しかしフウナは枕投げに加わらずクールにその様子を見ている。そのフウナにユウヒが枕を投げ、さすがのフウナも枕を投げ返す……などなど。枕投げは、大盛り上がり。(今この場面で仮面をつけているのはフウナだけ)

   と――そこに山センが来る。

山セン (部屋のドアの外で)こら~~! 静かにぃ~~!

   クラスメートたちはさっと枕投げをやめ、何気なくくつろいでいる風を装う。マユリはスマホの音楽を止める。荷物を片付けたり髪をとかしたり、ナツメが横になって足上げのダイエット体操をしたり……などなど。

山セン 寝ろ~。あした朝早いからな。

クラスメートたち は~~~い。(ひとりが部屋の明かりを小さくする)おやすみなさ~~い。

   山センは行ってしまう。

   クラスメートたちはしばらく大人しくしていたが……さっと部屋の真ん中に集まって――

ナツメ まだ寝れないよねぇ……?!

マユリ だよね~。

チヅ 修学旅行だしぃ!

ナツメ だしぃだしぃ!

オトノ (マユリをチラッと見て)うちら、いいもの買ってきた、自由行動の時間に。

   オトノは旅行鞄から土産に買ったアロマキャンドルを取り出す。

チヅ いいね~、キャンドルぅ!

オトノ (「アロハ~」のイントネーションで)アロマ~。マッチもあるでよ~。

   オトノはアロマキャンドルに火を灯す。

   アロマキャンドルを真ん中に、クラスメートたちが毛布を背にかぶるようにして集まる、ひざに枕を抱えるなどして。フウナもユウヒに誘われ仕方なく輪に加わる。

チヅ これ、どこで買ったの?

オトノ 工房。ろうそく工房、障害者の人が作ってる。

ナツメ オトノって意外とまじめだかんねぇ。

オトノ (おどけて威張って)えっへん!

マユリ うちとオトノの学習行動。……支援活動の工房やってる福祉作業所に、社会にうまく溶け込めない人とか精神的な障害持ってる人がいて――ていっても大人の人だけど――キャンドルとか作って働いてんの。

チヅ (素直に感動する)へえぇ~! 障害者なのに、立派ぁ~。すごいね~。

マユリ (軽めに突っ込む)「なのに」っておかしくない?

チヅ え、そう? 差別? じゃ、「だから」

オトノ だからって何? 障害者だから、すごいって?

チヅ 「ゆえに」?

ナツメ なんだよ、「ゆえに」って。(あきれて笑ってしまう)ハハッ、障害者ゆえにぃ? 時代劇? チョー受ける。

チヅ 「なんだけど」

マユリ 障害者なんだけど……って、もっと差別。

チヅ わかんないよ。差別する気、ゼロ。――いいよ、そんなの。ねえねえ、ゲームしない?

ユウヒ ゲーム? どんな?

チヅ 映画で見たんだけど、スマホ見せ合うの。

クラスメートたち (一斉に口々に)「え~~っ?!」「ダメだよー」「やだ」「アカン」「ムリムリムリムリ」……

チヅ じゃ、これは! これも映画であったんだけど、ひとり一個、真実を言うの。秘密を言うっていうか、体験告白ゲーム。

オトノ え~~~?!

ナツメ 好きな男の子コクるとか?

チヅ 好きな男子でもいいし、とにかく秘密。秘密告白ゲーム。

マユリ 修学旅行ど真ん中。チヅ、ベタ過ぎる。

チヅ いいから、やろうよ!

ナツメ みんなで?

チヅ そう、ひとりずつ。で、ここ以外の人にはぜえ~~ったい内緒。

オトノ どうかな、それ……?

チヅ やろうよ、おもしろいって。

   クラスメートたちは迷っている。短気なチヅを怒らせたくないような、せっかくの修学旅行の夜を台無しにしたくないような、微妙な空気。

マユリ じゃさ、条件ある。

チヅ 何?

マユリ 仮面つけようよ、みんな。そしたら、言いやすくない?

ナツメ だねだね! それならいいかも。

チヅ うん、決まり! 絶対おもしろいって。

   とチヅが真っ先に仮面をつける。マユリもオトノもナツメもそれに従う。マユリは仮面の上から眼鏡をかける。ユウヒはみんなを見る。

オトノ (仮面をつけながら)ひとり一つだけでいいんだよね? ユウヒ、どうする?

ユウヒ ん……。

チヅ つけない人はつけなくてもいいよ。参加はしてね。(優しい強制)

ユウヒ ん……。(その場の空気になんとなく同意してしまう)

チヅ フウナも……やるでしょ?

フウナ わたし、初めっから仮面だし。

チヅ ふふっ……じゃ、決まりっ。秘密告白ゲーーーム! だれから言う?

   クラスメートたちは一斉に「チヅからどうぞ!」と手をチヅに差し向ける。

チヅ わたしぃ?

マユリ 言い出しっぺだし。

ナツメ やるべしやるしべし。

   秘密告白ゲームが始まる。

マユリ チヅ、好きな子いるの?

チヅ え~~、質問?

マユリ だって、ねえ?

チヅ 今はぁ……いない。

オトノ 今いないって、昔はいたの?

チヅ 前の学校で……メッチャ付き合ってた……。

オトノ (食いつく。恋愛話が好き)どんな男子? イケメン? アイドル系?

ナツメ マッチョが好きなんじゃない、チヅ?

チヅ そう、マッチョだった。

ナツメ ほらっ!

チヅ でも男子じゃない。

オトノ 男子じゃないって、女子ぃ?! マッチョの女子ぃ?!

チヅ まさか!

マユリ じゃ、だれよ?

チヅ ……顧問、部活の。

マユリ (言いながらびっくり)前の学校のぉ、陸上部のぉ?! えーーっ!

ナツメ (同時に)えーーっ!

チヅ うん。

オトノ 最初から、ハードル高過ぎっ。

ナツメ で、どうなったの? ふたりはどこまでいったの?

マユリ それ聞いちゃっていいの?

ナツメ だって! 乗りかかったアレでしょ? 船?

チヅ キス……とその先まで。

マユリ マジでっ!

ユウヒ 初耳!

オトノ 言っちゃっていいの、そんな大事なこと?!

チヅ だから秘密告白ゲームなんじゃない!

ナツメ ショック! 大丈夫なの?

チヅ バ~~カ。大丈夫じゃないから、こっちに転校してきたんじゃない。

オトノ それでか。進学校に行ってたのに、うちらみたいな女子高に。

チヅ 親にバレて……いられなくなった、部活も学校も。先生も――どっか飛ばされちゃった。

ナツメ 悲しっ。

マユリ のっけから、話重過ぎだよ……。

   微妙な空気。

チヅ (無理に明るくおどけて)はーい、おいら終了~! 次、だれ?

クラスメートたち (顔を見合わせ沈黙する)………。

チヅ わたしだけって、ダメだかんね。じゃ、指名する。――ユウヒ!

ユウヒ え~~~! うちぃ?!

チヅ ダメ。言うの!

ユウヒ だれもまだそこまで好きになった事なんかないよ。

チヅ ほかの事でもいい。大事な秘密。

ユウヒ 思い出話でも……?

チヅ うん。

   間。

ユウヒ うちさ……父さんと……

チヅ うん……

オトノ/ナツメ/マユリ 父さんと……

ユウヒ ――やっぱ、やめる。

オトノ/ナツメ/マユリ ユウヒぃ!

ユウヒ うち……父さんと……死んだ父さんとだけど……

チヅ (ユウヒの父親が事故で亡くなっていた事を思い出す)あっ。無理しなくても。

ユウヒ ……事故で亡くなる前まで、中3まで、一緒にお風呂入ってた。(顔が真っ赤に)洗いっこしてた。

クラスメートたち えーーーっ! キモッ! 洗いっこぉ~~~?!

ユウヒ せ、背中だけだよ!

マユリ (背中だけ)にしてもさ?!

ユウヒ だからぁ、言うのイヤだったのにぃ!

チヅ いや、よく言った、お父さんとの大事な思い出。

ユウヒ (ホッとして)チヅ。

チヅ (笑って)やっぱキモいけどぉ!

ユウヒ もうぉ!

   クラスメートたちは弾けたように笑う。

ナツメ (両手を組み)天国のお父さま、ユウヒは立派に成長しています。

マユリ どうか安心してください。

オトノ (ユウヒの胸を揉む)もみもみ。

ユウヒ 何してんのよ?!

オトノ 成長の確認。

ユウヒ (あきれて苦笑する)もう。

ナツメ で?

オトノ まだまだ子ども。成長の余地あり。アハハ。

   クラスメートたちはまた弾けたように笑う。

チヅ ユウヒ、ありがと、話してくれて。次、だれ? ユウヒ、指名して。

   オトノとナツメとマユリは笑いながら「ムリムリムリ」と手を振ったり、指されないように体をよけたりする。

ユウヒ じゃあ……フウナ。

   クラスメートたちは一瞬つばを飲む。

   フウナの仮面の顔がキャンドルの炎に照らされ、揺れる影をつくっている。

フウナ (クールに言う)だれも好きになったことないし、好きになられたこともない。

   クラスメートたちは気まずげに沈黙する。

フウナ でも……(ユウヒの手を握る――真情がこもっている)今はユウヒが好き。

ユウヒ えっ!(びっくりして戸惑い、恥ずかしくなる)

   クラスメートたちは「キャーッ!」と弾け笑う。予想外の告白に盛り上る。なんだか恥ずかしくもある。チヅだけがかすかにムッとしている。自分でも予想しなかった嫉妬心が湧く。

ナツメ 高森さんって、もしかしてレズっ気ある?

ユウヒ (ユウヒはあわてて否定)ないない、うちはレズっ気ない。

オトノ なんでなんで? なんでユウヒが好きなの?

マユリ (冗談めかして茶化して)もう結ばれてたりぃ?

ユウヒ (みんなの冗談の乗りに合わせて笑う)まさか?! やだぁっ?!

フウナ だって――

   クラスメートたちはフウナに注目して、ピタリと黙る。

フウナ だってユウヒは――みんなとちがって、犬みたいにおもねらないから。

チヅ おもねるぅ? 犬って何よ?

オトノ (単純にこの場にそぐわない言葉の意味がわからない)ねえ、何それ? おもねるって?

マユリ (戸惑い少しムッとして)こびないとか……へつらわないとか……そういう意味じゃないの。

オトノ えーーっ、だれもこびたりしてないじゃん!

フウナ (クールに)じゃ、その仮面はなんなのよ。人馬鹿にしてっ。

   気まずい沈黙。

   クラスメートたちは気分を害する。ひとり、またひとりと仮面を外し出す。

オトノ うちら心配してあげてんのに――。

チヅ あんたのママにムリムリ頼まれたんでしょ! (茶化して下品に真似て)「うちの娘を、フウナをよろしくね~。ああ見えて傷つきやすいんでございますよ、オホホホホっ!」。お土産とか、ブランド物のハンカチとか、どっかのデパ地下のお菓子とか、こっちがいらないってのに、くれてさ。

ナツメ そうそう!

フウナ ママが――人の親が頼んだら、そこまでするの?!

   フウナは母の事を持ち出され激しく動揺する。

チヅ だって、あんたの「お母さま」強引なんだもん! (大げさに真似て)「フウナをよろしく遊ばしてね~!」って、仮面こっちに押しつけてさ。「この仮面をつけて、みなさんでフウナを守ってやってくださいましね~! フウナのために仮面をつけてくださったら、どんなにうれしいか! オホホホホっ!」

   チヅの物真似にクラスメートたちが薄く笑う。

フウナ (心が凍りつく……母となくクラスメートとなく)……偽善者! ギゼンシャっ!

チヅ はぁ?! 偽善者って何よ!

フウナ 「偽りの善意の押し売り」――そういうの、日本語で「ギゼンシャ」って言うんじゃないの。そんなこともわからないの!

   チヅがぶち切れる。

チヅ 自分偽ってんのてめえだろ!

フウナ (怒りにふるえるが、あくまでクールでいようと努める)本当のこと言ったじゃない――ユウヒが好きだって。

チヅ そういう意味じゃなくて! 自分の事だよ!

フウナ 意味わかんない。

チヅ (フウナの仮面に手をかけ剥ぎ取ろうとする)教えてやるよっ!

フウナ (初めて気色ばんで)やめて! やめてっ!

チヅ 取れっての、仮面女! 秘密告白ゲームだろっ!

ユウヒ やめて、チヅ! お願い!

フウナ やめて! やめて! さわんなっ!

   他のクラスメートたちもチヅを止めに入る。「やめなよ!」「チヅ!」「やり過ぎだよ!」「やめてー!」。チヅはみんなに体を止められる。

ユウヒ (チヅをなだめる)チヅっ! チヅ! ダメだよっ、落ち着いて!

チヅ (フウナに)ユウヒだってあんたの扱いに困ってんだよっ。わかれよ、空気!

フウナ ユウヒが……?!

チヅ おまえ、気にし過ぎだよ! (薄く笑って)てか、人ってそんなに見てないから。おまえ自意識過剰。バっカじゃない! ユウヒだって、そんなの約束されても困るっての。好きとか勘違いしてんじゃねえよ!

ユウヒ (困って)チヅ、うちのこと、今いいよ……

   フウナはユウヒをじっと見る。

フウナ (ふるえて)喋ったの……?!

ユウヒ いや――あの……

フウナ こんな人に、顔のこと――。

チヅ だから、気にすんなって!

フウナ 喋ったの?!

ユウヒ (困ってごまかしてしまう)喋ったとか――喋って……ないとかじゃ……ないんだけど……

フウナ うそつきっ。

ユウヒ (胸がズキンッと痛む)――!

フウナ うそつきっ!!!

   気まずい沈黙。

   フウナは急に饒舌に喋り出す、壊れたAIロボットのように。キャンドルの灯かりに照らされ、フウナの顔の仮面の影が部屋の壁に大きく映る。その仮面の影が不気味に不安げに揺れる。

フウナ ワタシ――モウヒトツ、前カラ秘密ニシテタコトガアル。秘密ノ計画ガアル。ソレヲ実行シマス。モウ秘密ナシ。ユウヒ、アナタノセイジャナイカラ、心配シナイデ。逆ニ勇気ヲイタダキマシタ。アナタノオ陰デス、感謝シマス。――クラスノミナサン、仮面ヲツケテクダサッテ、ウレシュウゴザイマシタ、アリガトウ、感謝シマス。(チヅに)ママノコト、気遣ッテクレテ、ウレシュウゴザイマシタ、アリガトウ、感謝シマス。……今ノワタシハ、ミナサンノ前デ仮面ヲ外セマセン、ゴメンナサイ。ワタシコソ偽善者デス、卑怯者デス、空気ノ読メナイ除ケ者デス。ソレガ今、ハッキリワカリマシタ。ミナサンニ感謝シマス。感謝ノ印ニ、計画ヲ実行ニ移シマス。ミナサント出逢エテ、ウレシュウゴザイマシタ、アリガトウ、感謝シマス……!(開いている窓の方へあとずさりゆっくり歩み寄っている)

ユウヒ フウナ――?!

フウナ (窓の縁に手をかけて)ミナサン、ホントウニアリガトウ、(皮肉を込めて)ワタシニ勇気ヲクレテ! 感謝シマス!!!

クラスメートたち キャーーーー!!!

   フウナが窓から身を投げる。窓外で「ドンッ、ドサッ!」と衝突音!

ユウヒ (窓に駆け寄って)フウナっ! フウナっ! (下を覗いて)あぁっ、フウナっ……!!!

チヅ (突然)アァッ!――アァアッ!

   チヅがショックのあまり急にうずくまる。過呼吸になり苦しむ。

ナツメ チヅ?! チヅ?!

チヅ アァッ……オアッ――アアッ……!

オトノ チヅ!

ナツメ チヅ!

ユウヒ チヅっ! チヅっ! (窓の外に)フウナぁっ! フウナぁっ! フウナぁっ!

マユリ きゅ、救急車――救急車呼んでっ! 早くっ! 早くっ!

ユウヒ フウナぁぁぁぁっ!!!

   クラスメートたちが騒然となる中、急速に暗くなる。

   救急車のサイレンの音が鳴り響く………やがてそのサイレンの音が、優しく澄んだ「みにくい仮面の子」のメロディーへ変わっていく………


   ◆4

   9月下旬のある日の夕暮れ前。

   フウナの家。仮面の部屋。やわらいだ生成り色の西日が窓から斜めに差し込んでいる。

   制服姿のユウヒがばあやに連れられて仮面の部屋に入ってくる。

ばあや よくお越しくださいましたねぇ。(仮面の部屋へ招き入れつつ庭の花を見て)お庭のヒマワリもすっかり枯れてしまいました。このところなんだかんだで手をかける暇がなくて。いけませんねぇこんなことじゃ、お恥ずかしい。……まぁまぁ、なんでございます、喧嘩した相手先のお嬢さまが、ご両親と担任の先生とご一緒に謝りにいらしてからは、ほかはあなた、だれ一人も! まぁまぁ、フウナお嬢さまには、ご学友がいらっしゃらないのかと心配しておりました、はい。

ユウヒ うちもすぐ来ようと思ってたんですけど……学校で、まだフウナさんの具合が悪いから遠慮するようにって言われて……。

ばあや それはそれは、恐ろしい事でございましたから……。

ユウヒ はい……。でも――

ばあや はい……?(と耳が遠いように耳に手をやる)

ユウヒ 本当はここに来る勇気がなくて……。

   間。

ばあや 今、お呼びします。こちらでお待ちを。(仮面の部屋を出ていく)

   ……ユウヒは鞄から仮面を取り出し、じっと考えてから、自分の顔につける。

   とそこへリンカがやってくる。リンカは明るい。

リンカ 引っ越すことになっちゃった!

ユウヒ (リンカがいきなり現われたのと、その言葉の内容に軽く驚く)え?

リンカ (気づいて)あ――ユウヒ、仮面つけてる?!

ユウヒ リンカちゃん。

リンカ 引っ越すことになったの、リンカ!

ユウヒ ――ああ、そうなんだ。うれしい?

リンカ ラッキー!……って言ったらフウナに悪いけど……でもさ、お姉ちゃまも4階から飛び降りて、ケガが少しだけって、チョーラッキーよね。

ユウヒ ちょうど下に植え込みがあったから、クッションになって……

リンカ チョービックリした?

ユウヒ 心臓止まるかと。

リンカ 急に爆発するの、フウナ。ストレスため過ぎ。

ユウヒ うん……。

リンカ 落ち着くまで大変だったんだから。リンカも、できるだけベッドのそばで見張ってた。

ユウヒ そうなんだ――。

リンカ おどしといたから、わたし。

ユウヒ え?

リンカ ユウヒの友だち。チヅ?

ユウヒ おどした?

リンカ 一応ね。このあいだ謝りに来たときに。

ユウヒ チヅになんて言ったの?

リンカ (右手の人差し指と中指で自分の両目をさし、その指を相手の両目に向ける仕草をして)「あんたのこと、一生見てるから――」

ユウヒ そんなこと言ったの?!

リンカ 家族としての、なんていうの、けじめ?

ユウヒ (驚きつつあきれて)リンカちゃん?!

リンカ でも、全然反省してないよ、あの子。

ユウヒ チヅ?

リンカ (大人びた苦笑をする)「あんた、性格ブスだね!」だって。

ユウヒ ……。

リンカ ユウヒもそう思う? リンカ、性格悪い?

ユウヒ そうは……思わないけど……。

リンカ だよねぇ! それより、イサムシが大変だったの。フウナの担任の先生追いかけ回して、お姉ちゃまの敵討ちみたいにして。トロール大暴れ――みたいな。知ってる?

ユウヒ なんか、クラスで噂になってた……。

   間。

リンカ ねえねえ、原因ってなんだったの?

ユウヒ え……?

リンカ やっぱ、お姉ちゃまの顔のこと?

ユウヒ ……。

リンカ (探るように疑うように)ユウヒはぁ、お姉ちゃまの味方?(ユウヒの顔をジロジロ見て)仮面なんか……つけてさ。

ユウヒ (うなずく)ん。

リンカ でも――飛び降りるの止められなかった。

   フウナの母が、客であるユウヒの対応に出てくる。

母  リンカさん、あっち行ってらっしゃい。

リンカ はぁーい、お母さま。またね、ユウヒさん。あ、そっか――もう会えないかもね。ごきげんよう!

   リンカはユウヒに愛らしくお辞儀をして部屋を出ていく。

   ユウヒとフウナの母。

母  (ユウヒの仮面の顔をじっと見ている)……。

ユウヒ (フウナの母の視線に耐えられず)あの――引っ越されるんですね。今、リンカちゃんが……

母  ええ、フウナの体調が良くなったら、すぐにでも。

ユウヒ (慣れないが、精一杯かしこまって)このたびは、フウナさんが、こんなことになって……うち、フウナさんの力になってあげることができなくて――申しわけなくて――(感情が乱れ言葉が出てこなくなる)

   間。

母  だったら、会わずに帰ってちょうだい。

ユウヒ (フウナの母の言葉にショックを受ける)――!

母  フウナは安静にしています……かわいそうに、死ぬこともできない。なんですか、飛び降りた先にトラックの荷台があって、その屋根がクッションになって、下の植え込みに突っ込んだそうです。体の方は幸い軽い怪我で済みましたけど……他人様(ひとさま)に会えるような心の状態じゃないんですよ。だから――転校させるんです、この家も引っ越すんです。おわかりになったら、帰ってくださいましな。――さあ!

フウナ ママ!

   そこにフウナが出てくる、ばあやの押す車椅子に乗って。怪我が痛々しい。仮面をつけているが、仮面から出ているアザのあるのとは反対側の頬に絆創膏が張られている。手の甲から腕にかけても包帯が巻かれている。膝は毛布で包んでいる。

フウナ ママ。ユウヒとふたりにさせて。

母  でも、大丈夫なの……? 前みたいなことになったら、いやよ。

フウナ 大丈夫。お願い。ばあやも。

母  (仕方なく)長くはいけませんよ……。

フウナ はい――お母さま。

母  (ばあやに)あとで、この子の部屋の片付けを手伝ってあげて。来週にはこの家を出ますから。

ばあや はい、奥さま。

   ばあやはユウヒに軽く会釈して、仮面の部屋を出て行く。

   フウナの母もばあやのあとから遅れて部屋を出る……しかしフウナの母はひとりでそっと引き返してきて、フウナとユウヒの会話を盗み聞きする。

フウナ がっかり。

ユウヒ え……?

フウナ どうして仮面つけてるの。仮面つけないユウヒが気に入ってたのに。がっかり。

ユウヒ ……。

フウナ 合わす顔がないの? そういう意味、それ?

ユウヒ ……。

フウナ (声がふるえる)秘密守れない人だもんね、ユウヒは――。

ユウヒ ごめん! 謝らなくっちゃって思ってたんだけど――。好きって言ってくれたのに。(感情が込み上げ涙がこぼれる)うち、ちがうの、ちがうの! おもねらないんじゃなくて、心が開けないだけ。自分の中にある……なんだろ、闇みたいな汚い心が、どうしてもフウナを、フウナのアザを――ごめんね――キモい、怖い、って思っちゃうの。自分の方が恵まれてるんだって、フウナをどっか下に見てた――。それ、隠してただけ。いい子の仮面かぶってただけ!

フウナ (苦笑して)初めて会った日、森ん中で、わたしの顔見て気絶したもんね……「ギャーーー!」ってさ。笑っちゃうよね。

ユウヒ ゆるしてくれないよね……! ゆるしてもらえないよね……! ほんっとにごめん! ごめん、フウナ!

   ユウヒは目を逸らさずに涙の目で精一杯フウナを見つめる。

フウナ ユウヒ……。

   フウナもそのユウヒに何かを感じる……

フウナ 見て――。

フウナの母 (驚き、口元を手で覆う)アッ――!

   車椅子のフウナはユウヒに改めて向き合い、静かに仮面を外す。

   隠れて見ていたフウナの母は声にならない声を漏らす。

フウナ (母にはまったく気づかずに)このアザ……顔みたいに見えない? わたしのアザ……顔の中に顔があるみたいな。

ユウヒ (チラッとだけ見て)……ん。そう思ってた……。

フウナ (強く)よく見て。

ユウヒ うん。(フウナの顔のアザをちゃんと見る)

フウナ 顔面顔(がんめんがお)――ナンチャッテ。

ユウヒ (フウナの明るさに救われて思わず笑う)ふふふっ。

フウナ このアザの中の顔が――ママをにらんでるんだって。ママを憎むみたいに、ママを恨むみたいに――このアザの中の「顔」が。だからママ……わたしに仮面を――

   ――そこへたまらずにフウナの母が飛び込んでくる。

母  何言ってるのフウナ! 馬鹿なこと!

フウナ ママ?! なんで?! 盗み聞きぃ?!

母  つけなさい、さあ! 何やってるんですか! こんな……あなた!(フウナに仮面をつけようとする。しかし目を逸らすようにしてしまう。娘の顔のアザを直視できない)

フウナ ママ! だからさ! こっち見て、わたしの顔!

母  いいから、つけなさいっ! (ユウヒに八つ当たりして)あなたもうお帰りなさい、いつまでも娘につきまとわないで!

フウナ ママ! ユウヒは今関係ないよ。

母  この子でしょ、あなた追い込んだのは! 人を見下して、キモいだなんて! 何様のつもり? わたしは聞いてました!

ユウヒ ごめんなさい!

フウナ (ユウヒに)だから、ユウヒはいいんだって! (母に)ねえ! 変? そんな変?

母  (やっと微笑を浮かべて)そんなことありませんよ、あなたは――綺麗よ。いちばん綺麗よ…… (困ってごまかして)髪だって、ほら、こんなに綺麗! わたしの娘なんだもの、わたしの……!(声を詰まらせ目を逸らす)

フウナ ママに見てもらいたいの、わたしの顔。ママにもう一度、しっかり、この顔を。

母  (まだ目を逸らしている)何を言ってるの、ママは――見てるでしょいつも。

フウナ 「あなたを大事に思ってる」とか言うけど、さわってくれたことないよね!

母  (まだ最後の余裕を残して)さ、もう冗談はやめて。つけなさい仮面を。

フウナ (熱い涙があふれる)このままでいいって言ってよ! このままで! お願いだよぉぉぉ。さわってよぉ! ママ!

母  ――!

フウナ (母の手を自分のふくらんで赤黒くなったアザにさわらせようとする)

母  (思わず手を引く)ひっ、やめてっ!

フウナ さわってよ、わたしに! ママ! ママっ!

母  (強がるが、取り乱す)やめなさい、もうたくさん! もう! もうっ! ママを責めないで!

フウナ さわってよ、わたしに。わたしの顔に。このままでいいって言ってよ! さわれったら! おいっ!

母  そんないいってことあなた――(ありますか)!

フウナ (絶望)ママぁっ! いちばん差別してるのは――ママだよぉぉ!

母  (取り乱し泣き崩れる)アァッ、アアッ! もう、やめてっ! もうっ! もうたくさんっ! もうっ! アァッ! アアッ、アァァァッ!!!………

   フウナの母は幼子のようにしゃくり上げて泣く。フウナは息を乱してその母を見つめる。フウナの目にも悲しみの涙があふれる……。

   ユウヒは言葉を失い立ち尽くしてしまう。

   と……そこへばあやが紅茶とカステラをお盆に載せてやってくる。

ばあや (驚き、精一杯の小走りで)まぁまぁ、まぁまぁ、奥さま?! まぁまぁ?! フウナお嬢さまも。何を泣いて?!

母  (ばあやに抱きつき縋る……まるで少女のように)ばあや……ばあや……!

ばあや まぁまぁ、あたしのかわいいサツキお嬢さま! どうなさいました?! よしよし、いい子いい子! あっちのお部屋で、あったかぁいミルクティーを入れてさしあげましょうねぇ。サツキお嬢さまのだぁい好きな蜂蜜をたっぷり入れて。

   そこにリンカも来ていた。遅れてイサムシも不安げにやってくる。

リンカ (あきれて)あぁあ、お姉ちゃま、ママ泣かしちゃったの、あぁあ! (軽く笑って)ふふふっ、でもリンカ、ママが泣くの初めて見た。

ばあや サツキお嬢さまはご幼少のころから、それはそれはお優しくて、ちょっぴり泣き虫なお嬢さまでしたよ。リンカさま、あなたとおぉんなじ、強がってるだけ。

リンカ (不満げに口をとがらせ)リンカ、別に強がってないしぃ。

ばあや (悠然と微笑んで)ばあやにはわからないことはありませんよ。ここにいらっしゃるのは、みぃんなばあやが、お乳をさしあげた大切なお嬢さまですから。

リンカ ゲッ、ばあやのお乳をぉ? リンカにぃ?

ばあや そうですよ。乳首にあま~い練乳ぬって。

リンカ ゲッ、やだっ! 想像しちゃった!

   リンカは部屋から駆け出てしまう。

ばあや (フウナの母に)さぁさぁ、あちらのお部屋で休みましょうね。イサム、奥さまを連れてってさしあげて。

イサムシ (返事)うっ。

   イサムシはフウナの母を優しく抱え起こし、寄り添って歩くようにして仮面の部屋を出ていく。ばあやも一礼して部屋を出る。

   部屋を出たドアの外でフウナの母はふと立ち止まり、フウナの方を振り返る。フウナは背を向けていて、振り返った母に気づいていない。

母  ばあや……。

ばあや (フウナの母のいくぶん平静を取り戻した声の調子を聞き分け、軽く頭を垂れ)なんでございましょう、奥さま?

母  わたしは……あの子を愛してるのかしら?

ばあや まぁまぁ、そんなこと口に出してお尋ねになってはなりません。言葉の方が、心を染めてしまいます……奥さまがどれほどフウナお嬢さまのことでお心を砕いておられたか――ばあやはよぉく知っております。

母  (静かに笑って)ふふっ、そうね――。でもまだ少し足りなかったらしいわ……いえ、なんだか方向が間違っていたようね……その「心の砕き方」の……。イサムシ、もういいわ、手を離して。わたくしはひとりで歩けます。

   フウナの母は凛と背筋を伸ばして歩き去る。そのあとをばあやとイサムシもついて去る。

   そのときのフウナの母の会話を、ユウヒは立ち聞きしてしまっていた……。

   フウナは少し落ち着いて涙も止まるが、しかしまだ呆然としている。

ユウヒ フウナ……。(フウナの肩にそっと手を乗せる)フウナ――。

フウナ 何……。

ユウヒ フウナの顔――もう一度よく見せて!

フウナ ――うん。

   ユウヒは、ユウヒ自らの心の仮面を外すようにして、裸の心で、フウナの素顔に向き合う。

ユウヒ 見るね、フウナの顔、逃げずにまっすぐ――。

フウナ うん。でも――ジロジロ見ないでね。

ユウヒ 無理だよ!

   ふたりはほがらかに笑い合う。ユウヒはフウナの素顔を見る、その奥の心をも見る。(今ユウヒだけが顔に仮面をつけている。フウナは素顔)

   ユウヒはフウナを愛しく思い、勇気を出して、フウナの顔のアザにそっと指先を伸ばす――「みにくい仮面の子」のメロディーがそっと入る。

ユウヒ さわっていい……?

フウナ (逆に問う。ふるえる声で)さわってくれる?

ユウヒ うん……。(さわって驚く。感動に似て)やわっ。熱いし。気持ちいい。プルプルのゼリーみたい!

フウナ (微笑んで)うふっ! (しかしすぐ真顔になって)――うつんないよ。

ユウヒ (たしなめるように優しく叱って)バカ。

フウナ (微笑み泣きながら)うつんないよ。うつんないよ。

ユウヒ うつっても、平気だよ。

フウナ (笑って)うそだぁ!

ユウヒ (微笑んで)うん、うそついた。でも――大丈夫。(とフウナの顔のアザに優しくふれる)

   フウナの顔に優しい光が集まる。

フウナ (顔にふれるユウヒの手を優しく握って)たぶん、もうこの顔ともおさらばできる。ドイツで手術するし。

ユウヒ 成功するといいね。

フウナ きついけど……でもなんだかさみしくもある。……ユウヒだけが知ってる、本当のわたしの顔―――

   フウナは、仮面をかぶったままのユウヒを力一杯ハグし、そしてユウヒの仮面のおでこに優しくキスする、まるで仮面をつけていたきのうまでの自分にお別れするみたいに。

フウナ バイバイ……! バイバイ、ユウヒ。バイバイ――みにくい仮面の子!

   一陣の風がどどぅっと吹く。窓のカーテンがたなびく。仮面の部屋の仮面たちが、風に舞う花びらのように一斉に宙に舞い踊る――「みにくい仮面の子」の音楽が高まる……その音楽の高まりと、花びらのような仮面たちとともに、フウナの姿も消えていく。

   …………

   ユウヒは仮面をつけたままでいる。

   そのそばにカウンセラーが現われる。場面はカウンセリングのシーンに戻る。

ユウヒ やっぱりこの事、報告するんですか? その……

カウンセラー いじめ調査委員会……? あなたさえ良ければ。自殺未遂の事実は消えないし、向こうの親御さんの希望でもあるし。

ユウヒ フウナのお母さんの……? でも、いじめ……ていうのともちょっとちがう気がして。チヅは、フウナをいじめてたんじゃないし。

カウンセラー そうね、あなたの話を聴くと、そうね。だからこそ、親御さんも先生方も、何が本当の真実なのか知りたいの。あなたがいやなら、無理には報告書には書かないけど……わたしは、あなたたち生徒の心のケアがいちばんだから。……どうする?

ユウヒ ……今、先生、真実って、言いましたよね。

カウンセラー そうね――真実。佐々さんにとっての真実……それが大事なことだし。

ユウヒ ……。

カウンセラー よく考えて、次までに返事を聞かせて。

ユウヒ はい。

カウンセラー ありがとう、つらいこと話してくれて。

   カウンセラーは資料を揃えて持ち、出て行こうとする。

ユウヒ あの……先生みたいな仕事って、おもしろいですか?

カウンセラー 心理学? カウンセリング? ――興味ある? おもしろい――でもいっぱい勉強しなくちゃなんない。

ユウヒ 難しそう。

カウンセラー (微笑む)人が好きな人なら、できるわよ。

ユウヒ (微笑む)

   カウンセラーは教室の出口の所まで歩いて行き――

カウンセラー そうだ、今はもう会ってないの、高森さんとは?

ユウヒ 転校しちゃったし……

カウンセラー 連絡も……?

ユウヒ ありません。

カウンセラー (意外そうな顔)そう。

ユウヒ (笑顔で)しばらくはメールも来てたんだけど、アドレス変えちゃったみたいで……。でも、このあいだ写真が送られてきて――

   下校の時刻を知らせる「遠き山に日は落ちて」の校内放送が流れてくる。ユウヒは椅子の背にかけてあったブレザーを羽織る………(カウンセラーの姿は静かにそっと消えている)

   ◆5

   四つ葉女学園2年1組の教室。ユウヒがひとりいる。

   十月末ごろのある日の夕暮れ時。ブレザーを着た秋の制服姿のユウヒ。仮面をつけている。

   ユウヒはスマホの画面(1枚の写真)をじっと見ている……。

   チヅが来る。私服である。一瞬立ち止まって、ユウヒを見る。複雑な思い。けれどそれを振り払うように明るく――

チヅ 学校来るの、ヤバいんですけどぉ!

ユウヒ チヅ! ごめんね、呼び出して。

チヅ ちょっと来づらかったけど、いいのいいの。もうこの学校来ることないだろうし。(笑って)見納めぇ?て感じぃ? それより、取りなよ仮面、おかしいよ。

ユウヒ うん……(仮面は取らずに)元気だった……?

チヅ ひまひま、毎日家にいるのって、飽きちゃったよ。何、用事って? 先生に見つかんないうちに。

   ユウヒはチヅにスマホの写真を見せる。

ユウヒ これ、だれだかわかる?

チヅ (首を横に振る)んぅん。でもめっちゃきれいっ。モデル? ハーフの女優さん?

ユウヒ リンカちゃんが送ってきたんだ。

チヅ リンカちゃんって……あの?(人差し指と中指で人の目をさす仕草)高森の妹の?

ユウヒ これ、フウナなんだ!

チヅ ウソっ! これ、あの子? フウナって、こんな顔なの?!

ユウヒ リンカちゃんからのメールだし。

   チヅはスマホの写真をじっと覗き込む。

チヅ (ユウヒにスマホを返して)……元気になったんなら良かったじゃん。

ユウヒ でもまだわかんない。

チヅ どういうこと?

ユウヒ 再発するかもしれないし……。よく見て。顔にまだうっすらアザが残ってる――。

チヅ もういいよ、カンベンしてよ! 謝ったんだし! てか、こっちも罰受けたんだし! 謹慎だし、学校変わんなきゃだし、親に泣かれるし、友だち離れていっちゃうし、一生重いもん背負ってかなきゃて感じだし。

ユウヒ それ、うちもおんなじだよ。

チヅ おなじじゃないよ。

ユウヒ おなじだよ!

チヅ ユウヒはちがうよ! 少なくとも――フウナはユウヒに罰受けることなんて望んでない。

ユウヒ フウナだって、罰とか人に与えたいとか思ってないよ、絶対!

チヅ だったらなんで調査委員会とか――わけわかんないし。

ユウヒ それ、大人の事情だから。

チヅ だからっ……いいよもう。反省してる……。(心底しょげる)

   間。

チヅ (ポツリと)でもよく考えたらさ……

ユウヒ 何?

チヅ (もう一度チラとユウヒのスマホを覗いて)知らないやわたし、フウナの本当の顔。

ユウヒ (自分の仮面の顔をチヅに見せて)これが、チヅにとっての、フウナの顔……?

チヅ いいから、取りなよ仮面!

ユウヒ うん! (と仮面を取ろうとするが)……あれ? あれ?! やだっ!

チヅ どした?

ユウヒ と、取れないっ、仮面! やだ!

チヅ えぇっ! マジでぇ?!

ユウヒ (仮面の縁に指を入れ、剥ぎ取ろうとするが)仮面、取れなくなっちゃった!

チヅ バカ! だから言ったろ!(仮面を取るのに加勢する)

ユウヒ (自分の顔の仮面と格闘する)アァッ! アゥアッ! え~~? なんでぇ?! アァッ! アゥッ!

チヅ ユウヒっ! あせんなっ! あせんなってば!

ユウヒ (仮面を取ろうとして苦しみ悶える)アァッ! アゥンッ! アアァッ――!

チヅ ユウヒっ!

ユウヒ アァアァアァァッ……!

チヅ ユウヒぃぃぃ!!!

ユウヒ ――なぁんてね。(と悠然と仮面を取る)

チヅ (半ばホッとして半ば怒って)てめえ、ぶつぞぉ。

ユウヒ (笑って)ごめんごめん! アハハハハ!

チヅ なんだっつうのよ! ……ハハハハ……アハハハハハ……!(心底笑う)

   しばらくふたりは笑い合う……やがて笑い終わり、なんだか急にしんみりとする。

   風が優しく吹いてくる。「みにくい仮面の子」のメロディーがそっと入る。

ユウヒ (スマホのフウナの写真を見て)前に進まなきゃだね、うちらも。フウナに負けないように。

チヅ (なんだか急に涙ぐむ)ん……前に……進めるかな――?

ユウヒ 進めるよ――進まなきゃ。(チヅの肩を抱く)これから何回も冷たい向かい風が吹いてくるかもしれないけど――でもうちら、前に進まなきゃ。振り返るのはちょっとだけにして、まだまだ前に進まなきゃ。――(微笑んで)不思議だよね、ついこのあいだ出逢ったばっかのような気がするのに、なんだかもうあしたには別れがあって、あれだけ笑い合ったのに、いっぱい涙があふれてくる――。うちとチヅだって、いつか別れなきゃなんない日が来るだろうけど、それでもいっぱいいっぱい笑い合って、いっぱいいっぱいお互い好きになって――。この胸の中に汚い闇があるとしたらさ、同じくらい光もあるはずだから、自分の醜いとこも、綺麗なとこも、光に照らして、ちょこっとでも善くすることができるように、ちょこっとでもいい人間になれるように、がんばってみようよ。――(チヅが頭をユウヒに寄せてくる)いいよチヅ、泣かなくて! わかってるから。うちわかってるから! ……いつかさ、大人になって、またみんなと一緒に出逢える日が来るといいよね。フウナとめぐり逢える日が、笑って逢える日が来るといいよね――。こんなこともあったねって、馬鹿だったねって、子どもだったねって。でも――一生懸命だったよねって。だからその日まで、もっともっと前に進まなきゃ。風が吹いてくるなら、風に乗って進まなきゃ! 進まなきゃ……進まなきゃね………

   風が舞う。

   ユウヒは手にしていた仮面をじっと見る。そしてチヅを見て、うなずき合うと、思い切って仮面を空に投げる――「みにくい仮面の子」の音楽が高まる――仮面が風に吹かれて、風に乗って、舞い上がる、その向こうに仮面をつけた美しいフウナの姿が幻のように、ユウヒの心の中の情景のように、浮かび上がる。

   ユウヒは遥か遠い所にいるフウナの姿を見る。微笑み交わすふたり―――

   さらに音楽が高まる中――少女たちの姿は静かに優しく消えてゆく………

                                (幕)

広島友好戯曲プラザ

劇作家広島友好のホームページです。 わたしの戯曲を公開しています。 個人でお読みになったり、劇団やグループで読み合わせをしたり、どうぞお楽しみください。 ただし上演には(一般の公演はもちろん、無料公演、高校演劇、ドラマリーディングなども)わたしの許可と上演料が必要です。ご相談に応じます。 連絡先は hiroshimatomoyoshi@yahoo.co.jp です。

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