みにくい仮面の子
仮面をつけた転校生の少女フウナが、普通の少女ユウヒと出会う。差別と青春を描いたストーリー。
「普通」の女の子ユウヒの通う女学園に、仮面の少女フウナが転校してくる。
ユウヒは仮面の少女に誘われ、彼女の家に行くが、そこでフウナの素顔(醜いアザ)を見てしまい、失神する。目覚めたユウヒは、仮面の少女から「顔の事を喋ったら、死ぬから」とおどされ、喋らないと約束するのだった……
西の風戯曲集2021に掲載。未上演(2022年1月現在)。
少なくとも男2・女10。140分。
みにくい仮面の子
作/広島友好
○時……現代(ユウヒの追想の情景である)
○所
1幕…1/四つ葉女学園2年1組の教室
2/フウナの家・仮面の部屋
3/フウナの家の森
4/仮面の部屋
5/教室
2幕…1/ユウヒの家・ユウヒの部屋
2/動物園
3/修学旅行のホテルの一室
4/仮面の部屋
5/教室
○登場人物
ユウヒ(佐々優陽)高校2年生/16歳
フウナ(高森風奈)仮面の少女/16歳
フウナの母(サツキ)42歳
リンカ……フウナの妹/小学6年生/12歳
ばあや……高森家の使用人/82歳
イサムシ(本名・勇)ばあやの息子/42歳
チヅ(鈴元)ユウヒのクラスメート/16歳
オトノ……ユウヒのクラスメート/16歳
ナツメ……ユウヒのクラスメート/17歳
マユリ……ユウヒのクラスメート/16歳
山セン(山本宣一)ユウヒのクラスの担任/社会科教諭/35歳
ユウヒの姉……大学生/20歳(カウンセラー役との二役も可)
カップルの男の子(スグル)17歳(イサムシ役との二役も可)
カップルの女の子……16歳(ばあや役との二役も可)
カウンセラー……女性/38歳
この芝居は、少女ユウヒの、追想の劇である。
◇1幕
ここは東京から少し離れた地方の町で、別荘地としても知られた自然環境の良い所である。その地方の町にある私立の女子高校・四つ葉(よつば)女学園が幕開きの舞台。四つ葉女学園は、この地方で由緒ある高校として名が通っている。
その女学園の空き教室の一室。ガランとした空間。椅子が何脚か整然と並んでいる。秋の放課後のどこかのんびりした時間帯である。
教室の椅子のひとつに、白衣を着た女性スクールカウンセラーがすわっている、手に資料を持って。そのカウンセラーに軽く向かい合うようにして、制服姿のユウヒ(佐々優陽)が立っている。
ユウヒ これって――学校に報告するんですか?
カウンセラー 嫌なら、報告しない。約束する。あなたの話をわたしは聴くだけ。でも――メモは取らせてね。
ユウヒ そんなことできるんですか、聴くだけって。調査委員会に報告するんでしょ?
カウンセラー わたしはカウンセラーといっても外部の人間だから。まずあなたの心のケアをするのが第一。話したくなければ、話さなくていいし、話せることを、心にたまっていることを、話してくれればいいの。個人のプライバシーや秘密は絶対守る。佐々さんがいいということだけを、いじめ調査委員会に報告する。だから――安心してくれていいと思う。
ユウヒ やっぱ、報告するんだ――。
カウンセラー だからね、あなたがいいということだけ。自殺未遂の事実は重いし……でも第一は、事件に関わったみんなの心のケア。
間。
カウンセラー わからないんだけど――彼女って、高森風奈さんって、本当に仮面をつけてたの?
ユウヒ 実は持ってきてるんです。
ユウヒは椅子に置いてあった自分の鞄から、「オペラ座の怪人」がつけるようなアイマスク型の仮面を取り出し、ほんの一瞬じっとそれを見つめてからカウンセラーに渡す。
ユウヒ これ、うちがもらったやつなんですけど……。
カウンセラー (仮面を受け取り、よく見て、その作りの良さに感心する)へえぇぇ……。
ユウヒ あの、本当に――?
カウンセラー 何?
ユウヒ 本当に――フウナのお母さんの希望なんですか、いじめ調査委員会で、調査すること?
カウンセラー そう聞いてるけど。風奈さんの、特にお母さまが怒ってらっしゃるって。
ユウヒ そうですか……。
カウンセラー つけてみてもいい?
ユウヒ あ、はい――。
カウンセラー どう? 似合う?
カウンセラーが仮面をつける。
そのカウンセラーの仮面の姿を通して、ユウヒの心に、仮面の少女フウナの姿が浮かび上がる。ユウヒの心の中の情景であるかのように、カウンセラーの背後の舞台奥の上方に、制服を着た仮面の少女フウナの姿が現われる。
ユウヒ (心の中にありありと浮かぶフウナの姿を見て、驚く)――あっ、フウナ……!
カウンセラー (仮面をつけた顔で。声は優しく)じゃ、話してくれる? 高森風奈さんとのこと? 何があったのか? そのときどんな気持ちだったのか? 何を考えていたのか? 仮面の少女に対して、あなたが何を感じていたのか――?
舞台全体が次第に暗くなる。フウナの姿は消え、明かりがユウヒひとりだけに残る。(カウンセラーの姿も消えている)
ユウヒ ……あれは、9月の新学期が始まった最初の日でした。開け放った窓から風がどどぅっと吹いてきて、教室の中を吹き渡りました。クラス中がまるで、風にノートのページがあおられたみたいにザワザワザワザワざわついて――。
教室の前の席にいつの間にか仮面の少女がすわっている。
ユウヒ 気づくと、教室に見知らぬ女の子がいたんです。オペラ座の怪人って知ってます、ミュージカルの? あの、怪人みたいな仮面かぶって、教室の前にすわってたんです――キズがあるのかアザがあるのかわかりません。とにかくその女の子は、仮面をかぶって教室に現われたんです――。
チヅ ユウヒ! ユウヒ!
ユウヒ え――っ!
と突然、風のようにクラスメート(チヅ/ナツメ/マユリ)たちが現われてきて、ユウヒの腕を引っぱり教室の隅に連れていく。クラスメートたちはユウヒを中心にひとつに固まり、恐々(こわごわ)と、しかし軽い躁状態みたいに興奮して、仮面の少女を遠巻きに見る。
チヅ ユウヒ、知ってる、あの子?!
ユウヒ どの子――。
チヅ (恐れを持って指さして)あの子! あの子よ! みにくい仮面の子!
クラスメートたち (リフレインしてささやく。が、強く)あの子! あの子よ! みにくい仮面の子!!!
「みにくい仮面の子」のテーマ音楽が、まるで女の子たちの心の震えのように繊細に激しく流れてくる―――
◆1
朝まだ早い学校。私立四つ葉女学園高校2年1組の教室。9月1日。
教室に「オペラ座の怪人」のような仮面をかぶった少女がいる。その仮面はヴェネチアの仮面祭で見るような額から目元を隠したアイマスク型の仮面である。口元はあいている。日頃から使い続けているのか、少女の顔によく馴染んでいる。
仮面の少女は教壇に近い席のひとつに前を向いてすわっている。その姿は凛としていて、クールで品がある。髪が赤茶けている。彼女はこの女学園の制服とはちがう別のおしゃれな都会風の制服を着ている。
クラスメートの女生徒たちは、見知らぬ仮面の少女を見て驚いている、軽く浮き足立っている、まるで風にざわざわとあおられたさとうきび畑のさとうきびみたいに。そして彼女たちは噂好きのスズメがそうするように、仮面の少女のことをささやき交わす。
チヅ ねえったら?! 知ってるユウヒ、あの仮面の子?!
ユウヒ 知らない、見たことない。
チヅ 転校生?
マユリ なんで仮面つけてんの?!
ナツメ (半泣き)キモッ、あたしの席にすわってるよ! どうにかしてぇ!
チヅ 髪赤いしぃ、わけわかんない!
クラスメートのオトノがのん気にやってくる。
オトノ おっはー! 久しぶりぃ! 元気してたぁ?
チヅ 声でけえよ、てめえ!
ユウヒも含めクラスメートのみんなが、オトノを教室の自分たちのいる方へ引っぱってくる。
オトノ (のん気に)なになに? チヅ、日に焼けたぁ? 夏休み、海行った?
チヅ プール。――てか、そんなことより――
オトノ 知ってるぅ? 転校生来るんだって!
ユウヒ え?! どこで聞いたの、それ?
オトノ 山セン(やません)が言ってた。
チヅ やっぱそうなんだ!
オトノ え~~、何みんな? なになに?
チヅ シーっ! うるさいおまえ、声も顔もでか過ぎ。
オトノ ひっどーい、さっきから! チヅ、この2学期は、そのキレる性格と口の悪いの直そうね。オトノも協力する。
チヅ うるさい、バカ!
オトノ オトノはバカじゃありません。(半分おどけて周りのみんなに)アーン、チヅがいじめるぅ! マユリ、チヅがオトノいじめるよぉ!
マユリ (頭を撫でてやる)よしよし。
チヅ (声をひそめて)いいから、黙れっ! あそこに――いるんだよ転校生!
とチヅが振り返って仮面の少女を指さそうとするが、そこにはもうだれもいなかった。風のように仮面の少女は姿を消していた。
チヅ あれ?!
ユウヒ いない――。消えた、風みたいに――。
チヅ んな、バカな?!
クラスメートたちはさっきまで仮面の少女がすわっていた席に駆け寄る。
マユリ あの子絶対転校生だよね?
オトノ だからぁ、山センが言ってたもん、新しい子が来るから、頼むな~って。
チヅ でも仮面かぶってたよね? そんなのあり?
オトノ 仮面?
チヅ そう、カ・メ・ン!
オトノ まさかぁ。(しかしみんなのシリアスな顔を見て)――うそっ? ほんっとに仮面? (口に手を当て)マスクじゃなくて? プロレスラーみたいな?
マユリ んぅん、なんていうの、芝居の仮面みたいな……ミュージカルの……
ユウヒ/ナツメ オペラ座の怪人!
マユリ それそれ!
オトノ え、こんな片側が欠けてて、目の隠れてるやつ?
チヅ わけありかなぁ?
ナツメ キモいよ、変な子ぉ。あたしの席にすわってたしぃ。
マユリ (ナツメの頭を撫でてやる)はいはい、カワイソウに。
オトノ え~~、見たかったその子。
ナツメ この学校、いろんな子受け入れ過ぎ。
チヅ 悪かったね。(チヅも転校生)
ナツメ (あわてて)チヅのことじゃないよ。チヅはもう溶け込んでんじゃん。
マユリ (分析家。眼鏡をかけている)実は財政難らしいよ、この学校。少子化で、私立はどこも競争厳しいし、経営難。
オトノ だってここ一応、名門女子高でしょ。四つ葉女学園の制服に憧れて入ったのにぃ。
ユウヒ (優しく)外側ばっか見てるからだよ。中に入ってみなきゃ、わかんないんだつて、何事にしても。
マユリ ユウヒはおりこうさんだね。
チヅ てか、学級委員そのもの。
ユウヒ 何よ、みんながやらないからでしょ! いじめてるぅうちのことも?
チヅ まさか! ユウヒがいちばんの親友なのに――。
ナツメ (ユウヒは)チヅの初めての友だちだしね、この学校の。
担任の山本先生(フルネームが山本宣一で生徒から山センとあだ名で呼ばれている)に連れられて転校生の少女が来る。仮面のあの子だ。クラスメートたちがまたざわざわざわつく。
山センは三十代半ばの社会科の教師で、少しおっとりしている。生徒たちに対しフレンドリーに接する。それが生徒たちになめられる要因ともなっている。良し悪し。
山セン みんな~、席つけ~!
オトノ 山セン、その子でしょ、転校生?
山セン (諭すように)教室で山センって呼ぶな~。山本先生だろ。
オトノ (改まって敬語で)山本先生、転校生ですか?
山セン まず挨拶が先だろ? 新学期だぞ~。
チヅ 何その子? わけありぃ?
クラスメートたちはおかしくもないのに笑ってしまう。
山セン (チヅを軽く叱る)鈴元ぉ。……(教室が静まったのを確認して)転校生の高森風奈さんだ。東京からの転校生だ。みんな仲良くしてくれな~。
クラスメートたち ………。
山セン 高森さん、自己紹介を。
フウナ …………………………。(口の中でつぶやくように「高森風奈です。よろしくお願いします……」と言ったようだ)
チヅ 聞こえないんですけどぉ。
クラスメートたちはまた笑ってしまう。
山セン (その場を引き受け)高森さんは東京の出身で、学校もそっちに通ってたんだけど、ま、いろいろ事情があってだな……その……親御さんのご実家がこちらにあって――
フウナの母 いえ、先生、別荘ですのよ。
クラスメートたちがその声に振り返ると、いつの間にか教室の後ろに見知らぬ女性が立っていた。どうやら仮面の少女フウナの母らしい。上品な仕立ての和服姿。背筋がピンと伸びている。娘である仮面の少女とは対照的に、その顔は自信に溢れ、化粧栄えし、美しい。
ユウヒ (傍白……カウンセラーに語る……つまりは観客に語りかける)そうなんです、仮面の少女の、フウナのお母さんが教室に来てたんです。とってもきれいで、凛としてて、その表情はたぶん――フウナにそっくりなのかもしれません……でも、なんだか取っつきにくい印象で――
山セン ああ、そうでしたね、東京の方にまだ家が……ご主人は、仕事で東京におられるんでしたね。
母 ええ、こちらは別荘に仮住まいでございましてね。うちの子が――フウナが――この学校にお世話になっているあいだのことになるかと思いますけど。みなさん、高森風奈の母です。どうぞ――よろしく。
クラスメートたちは、仮面の少女の母の自信に満ちた態度に飲まれてしまう。人生の貫禄がちがう。たとえはなんだが、ヘビの前のカエルである。
しかしチヅだけはズケズケとものを言う。物怖じしないところがある。
チヅ 山セン、それより、その仮面なに? 高森ぃ?フウナさんの。気になるんですけどぉ。
山セン (呼び方を一応注意する)山本先生だ。……(仮面の事については言いよどむ)これはだな……これは、なんだ、高森さんの、フウナさんの……そうっ、個性だ。この子の、高森の個性だ。
チヅ 個性ってか、わけありでしょ?
フウナ ………。
山セン 何言ってるんだ、鈴元。おまえいいやつなんだが、ちょっと口が過ぎるぞ。気持ち読めって、先生いつも言ってるだろ。
チヅ だって――気になるんだもん。気になるとさ、頭キシキシしてきて――
母 (悠然と)そうなんですのよ、お嬢さん――鈴元さんですか――ええ、うちの子はわけありなんです。
フウナ (小声……非難)ママ――。
母 わけあって、こちらの学校へ転校してまいりました。気になるでしょうねぇ……この子、前からこうして過ごしてるんですよ、仮面をつけてもう何年になるかしら。みなさんにもすぐに慣れていただかなけりゃ。鈴元さんも、クラスのみなさんも、うちのフウナのお友だちになってくださいましね。――そうだみなさん、放課後にどうぞわたくしのおうちにいらしてくださいまし。まぁ、なんのおもてなしもできませんけれど、少しはフウナのことを知っていただければ、この子がどんなに素晴しいか――
フウナ (初めて大声を出す)やめて、ママ!
母 「お母さま」でしょ――他所様の前では――お母さま。
フウナ ………。
母 (教室の生徒たちに)手作りのお菓子とお茶で、お友だちのみなさんをおもてなししますわ! 別荘の方へいらしてください。そうだ、よかったら先生も。
山セン (フウナの母の「圧(あつ)」におされて)ええ、ええ、もちろん。――あ、いや、僕はまた家庭訪問の時に。――ということで、てこともないけど、当り前のことだけど、みんな、高森の友だちになってくれな~。
チヅ (ひとりぶつくさと)全然答えになってない……わたしはぁ、仮面の理由知りたいんですけどぉ。髪も赤いしぃ。
山セン それは、高森の――なんだ、「自由」だ。いいから、時間ないから。すぐに始業式始まる。
チヅ 出た、「時間ないから」攻撃。
クラスメートたちは薄く笑う。しかしフウナの冷めた雰囲気を感じ、すぐに静かになる。
山セン じゃ、高森さんは取りあえず……佐々(ユウヒ)の隣の席にすわってもらおうか。佐々、高森のお世話頼むな。
ユウヒ うちぃ?
山セン おまえ、学級委員だろ。(フウナに)佐々はいいやつだからな、安心してなんでも聞いて。(ユウヒに……高森が)東京から転校して、ひとりぼっちでさみしいだろうから、頼むな~。
ユウヒ はい……。(フウナをチラッとうかがい見る)
みんなが注目する中、フウナはユウヒの隣の席にすわる。
ユウヒ よろしくね……。
フウナ (ユウヒに見られているとわかりながらもクールに無視している)……。
ユウヒ ………。
チヅ (小声)変なやつ。
山セン では、夏休みの宿題を提出して、すぐに体育館に集合。始業式の五分前集合な。
クラスメートたちは席を立って、銘々夏休みの宿題ノートを山センに手渡し、教室を出ていく。始業式で体育館に移動する。山センはフウナの母に一言二言、かしこまって声をかけ、教室を出ていく。
ユウヒもクラスメートたちと一緒に体育館に行こうとするが、「世話係」を命じられたので、フウナが少々気になって立ち止まる。フウナの元に戻る。しかし仮面が気になってフウナに向き合えず、斜めの角度から話しかける。
ユウヒ うち、佐々優陽。よろしくね。
フウナ ………。
ユウヒ 体育館、こっちだから。……(フウナがついて来そうにないので、ひとりで行こうとする)遅れないで来てね。
そのユウヒを、フウナが腕を取って止める。
ユウヒ (少しびっくり)ひっ。
フウナ (ユウヒの腕をつかんだまま勇気を出して、しかし視線を合わせずに)家に――来ない、放課後?
ユウヒ え?
フウナ 遊びに来て。フウナって呼んでくれていいから。
ユウヒ (あいまいに)ん……
フウナ ……(ユウヒの顔を見る)何?
ユウヒ (少しおびえてとっさに)ほかのみんなも……誘っていい?
フウナ (冷笑して)いいけど。
ユウヒ だったら。
フウナ (教室に残っていた母に)いいでしょ、「お母さま」? この子、家に連れてきても。
母 (冷めた声)ええ、喜んで歓迎します。
ユウヒ ……。
フウナ 行こう。体育館こっち?(とユウヒを置いて風のように教室を走り出る――母を無視するようにして)
フウナの母はフウナを見送りため息をひとつつく……とユウヒのいたことに気づき、悠然と会釈して教室を出ていく。
ユウヒはひとり教室に取り残される。……その後ろに仮面をかぶったカウンセラーが現われている。
カウンセラー (仮面を外し)――で、
場面は――ユウヒがカウンセリングを受けていたシーンに戻る。
カウンセラーは外した仮面を手にユウヒに問う。
カウンセラー ――で、すぐに友だちになれたの?
ユウヒ いいえ――! 今思うとなんだか警戒する気持ちが働いてて……フウナ、取っつきにくかったし……。でも実際は――そんなこと感じてる暇もなくて。
カウンセラー なぜ?
ユウヒ リンカちゃんに引っぱり回されて。
カウンセラー リンカ……ちゃん?
ユウヒ 仮面の少女の――フウナの妹――
翼が生えているかのようにリンカが翔(かけ)て出てきて、ユウヒの手を引っぱる。
リンカは仮面の少女フウナの妹。小学6年生。こましゃくれた女の子。おしゃれな私服にピンクのランドセルを背負っている。奇麗な顔をしている。
リンカ 来て! リンカが家案内してあげる!
ユウヒ だれ、あなた?!
リンカ ねえ、フウナの友だち?
ユウヒ (戸惑いながらも答える)友だち――ていうより、クラスメート? 会ったばっかだもん。ねえ? それよりだれなの?
リンカ リンカ! ――フウナの妹。
ユウヒ ――。
リンカ 来て。無口なお姉ちゃまに代わって、リンカが家案内してあげるっ!(ユウヒの手をつかみ弾むように駆けていく)
ユウヒ 待って、リンカちゃん! 痛いよぉ引っぱったら。
リンカ いいから! 来てっ!
ユウヒはリンカに引っぱられていく。カウンセラーの姿も同時に消えている。
◆2
フウナの家。その仮面の部屋。
1場と同じ日の午後遅く。
この屋敷は元々、高森家の別荘として使用されてきたものである。今は東京からこの地方の町に転校してきたフウナのために住居として使っている。フウナの母と妹のリンカ、使用人のばあやと、ばあやの息子である森番のイサムシとが暮している。
広い敷地に立つ瀟洒な建物であるこの別荘は、部屋がいくつもあり、フウナの母の趣味でヨーロッパ風の調度で統一されている。別荘の外の敷地には高森家所有の森が広がっている。
この場面のこの仮面の部屋は、屋敷にあるたくさんの部屋のひとつで、壁や飾り棚にヴェネチアの仮面祭で使われるような仮面が趣味よく配置され飾られている。アイマスク型の物もあれば、フルマスク型の物もある。華やかな舞踏会を彩る瀟洒な仮面たちである。しかし、それらは一種異様な雰囲気を醸し出している、仮面たちの空洞の目がこちらを覗き見ているような……。
飾られている仮面はフウナのかぶっている仮面と同系統の物で、フウナの母が若いころから幾たびか訪れたヨーロッパ旅行で購入してきた物である。フウナの母はかつて舞台女優を志していたことがあり、ヨーロッパの仮面劇に心惹かれていた。
――リンカに引っぱられるようにして、ユウヒが仮面の部屋に入ってくる。
リンカ ねえねえ! 今度はこっち来てみて! ここはねぇ――仮面の部屋!
ユウヒ (部屋中の仮面を見回し息を飲む)ウワっ、すっごい!
リンカ ね! ママの趣味なの!
ユウヒ これ、何?! 仮面劇の仮面?!
リンカ そう、当たりっ! ヨーロッパの、イタリアの、ヴェネチアの、舞踏会の仮面!
ユウヒは部屋の仮面を見て回る。
ユウヒ うちこういうのよくわかんないけど……他の部屋の絵も家具もそうだけど、この部屋もセレブな感じで……リンカちゃんちって、お金持ちなんだね。
リンカ (まったく悪びれずに)うん、そう! 東京にも家とマンションがあるの!
ユウヒ そっか、ここ別荘だって言ってたもんね、お母さん。
リンカ ……リンカ、こんな田舎来たくなかった。無理やり転校させられて。周りはみんなイモばっかだし。なのに、新しい友だちつくんなきゃいけないし。ほんっと迷惑。
ユウヒ イモばっか……てこともないと思うけど。ま、確かに田舎ではありますが……。
リンカは外見の雰囲気が姉のフウナに似ている。その容貌は女の子らしく愛らしい。また同時にこましゃくれてもいる。髪をツインテールにしている。
ユウヒ リンカちゃんって何年生?
リンカ 女の子に年聞くぅ?
ユウヒ (戸惑う)え?
リンカ 冗談。小6。
ユウヒ 四つ葉小?
リンカ うん。
ユウヒ すっごいしっかりしてるよね。
リンカ こっちの子どもがガキなんじゃない?
ユウヒ (リンカの容貌を改めて見て)都会の子とはちがうのよ。うちも「イモ」だし。(自嘲して笑う)アハハ。
リンカ (ユウヒを見てパッと黙る)
ユウヒ ――何? 変なこと言った?
リンカ リンカ……あなたみたいな人が、お姉ちゃまだったらよかったなぁ。
ユウヒ うちぃ? (少しうれしい)そうぉ?
リンカ (笑顔)うんっ。
ユウヒ それこそイモだけど、いいの?
リンカ イモじゃないよ――。(真剣に)フツー。フツーなとこがいいの。フツーな人が。
ユウヒ 普通……でござりますか。(リンカにおちょくられているわけでもなさそうなので、ちょっと微妙で複雑な気分)
間。
リンカ ねえ、お姉ちゃまのこと知りたい? 変でしょ、あの仮面? 正直、不気味ぃ?
ユウヒ あのさ……リンカちゃんってさ、お姉さんに似てるの?
リンカ フウナに? どうだろ? リンカはみんなにかわいいって言われる。ねえ! リンカってかわいい? ねえ、かわいい?
ユウヒ うん、メッチャかわいい。
リンカ (心底安心して)ああっ、よかったぁ。……似てるんだってリンカ。だから――お姉ちゃまもきっとかわいいはずだよ。
ユウヒ ………。
ばあやが来る。
ばあやは高森家に長年尽くしてきた使用人で、フウナの母が赤ん坊のころから乳母のように身の回りの世話をしてきた。今は年を取り、少々動きも鈍くなってきたが、家回りの仕事はきちんとこなしている。ただ少しばかりくだくだとおしゃべりなところがある。
ばあや ようこそお越しくださいました。
リンカ ばあや。お姉ちゃまのお友だち!
ばあや まぁまぁ、それはそれは!
リンカ 喜ぶのはまだ早い。いつまでもつかな?
ばあや リンカお嬢さまったら?! (ユウヒに)ようこそいらっしゃいました。当家の使用人で、フウナお嬢さま、リンカお嬢さまの、ご幼少のころからお世話をさせていただいている者でございます。どうか末永くお友だちでいらしてあげてくださいましねぇ。この家(や)でわからないことがあれば、なんなりとこのばあやめに……
リンカ (さえぎって)ばあや、話長いよ。
ばあや まぁまぁ、これはこれは。またリンカお嬢さまに叱られました。
リンカ (ユウヒに)ばあやはね、わたしとフウナが似てるんだって。(少し声を張ってばあやの耳元に)そうでしょ、ばあや? わたしとお姉ちゃま、似てるのよね?
ばあや えぇえぇ、どちらもばあやにとってはかわいいお嬢さま!
リンカ そうじゃなくて! フウナももっと――なんていうの――はしゃいでたんでしょ、若いころ?
ばあや はしゃいでた? ……そうっ、お転婆なお嬢さまでしたよ。……(いたずらな笑みをこぼし)リンカさまには負けますけどね、ふっふっふ。(ばあやなりの冗談)
リンカ ばあや! もうっ!
ユウヒ (微笑を誘われる)んふふ。
稲光が空を翔る……遠雷が鳴る。風が屋敷の森の木々をふるわせ始める。
ばあやが窓に近づき……
ばあや おやおや、空がくずれてきましたねぇ。夜には雨になるかしら。リンカお嬢さま、きょうは森にはお出かけにならない方が……
リンカ 大丈夫だって。森にはイサムシもいるし。
ユウヒ え? 虫?
リンカ (首を横に振る)んぅん、イサムシ。人。この家の森番。(笑って)イサムシって虫じゃないよぉ、人よ、ひと。
ばあや リンカお嬢さま、イサムシではなく、勇(イサム)でございます。
リンカ はいはい。
ユウヒ (窓の外を見て)ここって、すぐそばに森まであるんですね。
ばあや ええ、あの森も当高森家所有の土地でございましてね。昔は木を伐り出して、炭焼きもしたものですよ。
ユウヒ 炭焼き?
ばあや ええ。今でも少し。
リンカ イサムシは炭焼きの名人だもんねぇ。
ばあや (自慢げ)はい。
ユウヒ イサムシ……さん?(て、だれだろ?)
フウナの母が仮面の部屋に入ってくる。ユウヒのクラスメートたちを引き連れている。ほかのいろんな部屋を案内したあとのようだ。
クラスメートたち (部屋いっぱいの仮面に驚く。口々に賛嘆の声を挙げる)「うわあぁっ!」「何これ?!」「仮面じゃん!」「チョーヤバいんですけどぉ!」
チヅ 逆に怖いよ、これ。
ナツメ え~、メッチャ素敵なんですけど。
母 これはヴェネチアの仮面祭で使われる本物なの。ヨーロッパへ旅行したときに、記念に買ってきた物なの。
チヅ 買ってきたって……いっぱいあり過ぎ。
母 仮面劇や舞踏会が大好きで、何度も行ってましたから。もう昔のことですけどね。
チヅ おばさんって、もしかして……昔女優さんとか?
母 (意味深に笑って。否定も肯定もせず)ふふっ。ふふふふ……。
ナツメ やっぱそうだよ。全然イケてるもん。
オトノ 今でも十分きれいですぅ。
マユリ うちのお母さん……かわいそう。
オトノ 比べちゃダメ。
チヅ 仮面……つけてみていいですか?
母 どうぞどうぞ。気にいるものがあるかしら。そうだ、もしよかったらあなたたち――
チヅ なんですか?
母 (少し考えて……)あとでご相談するわ。さ、好きな物選んで。いいのよ、遠慮しなくて。手に取ってご覧なさい。
クラスメートたちは興奮して仮面を手に取り、顔につけてみようとする。が――
フウナ やめて――!
フウナが仮面の部屋に入ってくる。
フウナ いいわよ、こんな部屋、見なくても。
母 ちっともよくないわ。失礼でしょ、みなさんに。
フウナ ママの自己満足でしょ?
母 「お母さま」……お母さまでしょ?
フウナ ………。
クラスメートたちはばつが悪くなり、仮面を棚に戻す。
母 (雰囲気を変えようと)さ、ほかの部屋もご案内しましょう。
ナツメ まだ部屋あるの!
母 (勝ち誇ったように微笑んで)もちろん。次の部屋はドレスルーム……ヨーロッパのブランドはもちろん、変わったところではルイ王朝時代のドレスもあるのよ。
オトノ ルイ王朝のドレスぅ?
母 マリー・アントワネットが着たのとおんなじデザインなの。試着してみる?
クラスメートたち わぁ!
母 こっちにいらして。こんなお船の形をした髪飾りもあるのよ! さ、どうぞ。
クラスメートたちは興奮してはしゃぐ。フウナの母について仮面の部屋を出ていく。
チヅはクラスメートたちと行こうとして……
チヅ ユウヒも行こう、ほらっ。
ユウヒ うん。
チヅ 待ってぇ!(クラスメートたちを追って部屋を出ていく)
ユウヒも仮面の部屋を出ていこうとするが、手をつないでいるリンカが引っぱり返す。
リンカ いいとこ連れてったげる。リンカと来て。
ユウヒ でも、うちもみんなと一緒に。
リンカ リンカと来て! 裏の森に秘密の場所があるの。ね! 早くしないと雨降っちゃうよ。来て!
ユウヒ でも……
リンカ (仮面のひとつをかぶる)森に仮面の木があるの、それ見せてあげるから! 仮面の木の根元に大きな洞穴があって、神話の世界に通じてるの、不思議の国のアリスみたいに。神話の国には大男のトロールがいるの。知らない、トロール? 神話の国の巨人、森の大男。会ってみたくない?
ユウヒ 隣のトトロみたいな?
リンカ あんなアニメじゃないの! もっとすごいやつ!
ユウヒ でもうち、みんなとはぐれちゃうし。
リンカ リンカと一緒じゃいやなの? 妹になってあげるって言ってるのに!
フウナ ――!
ユウヒ ええ?! だってリンカちゃん、お姉さんいるじゃない。
リンカ もう、いいっ!(握っていた手を振り払う) 死ねっ、ブス! イモ!
ユウヒ あぁっ! ひどぉい。
リンカは機嫌を損ねてひとり飛び出していく、仮面の部屋のテラスから外へ。
ユウヒ ああっ、リンカちゃん!
ばあや (おろおろして)リンカお嬢さま~! リンカお嬢さま~! まぁまぁまぁまぁ、なんてことでしょう! お外は天気が――(フウナに助けを求めるように振り向いて見る)
フウナ わたし――知らないっ、あんな子のこと!(腕組みしてそっぽを向く)
稲光が空を走る――雷鳴!
ばあや まぁまぁ! どうしましょうどうしましょう、リンカさまに何かあったら――アアッ、アァアッ、ど、動悸がっ!(心臓を押さえて必死に息をこらえる)
ユウヒ (追いつめられて仕方なく)うちが――行ってきます! リンカちゃん連れてすぐに戻ってきますから。ばあやさんはここで待ってて、ね! (追っていく)リンカちゃーーん! リンカちゃーーん!!!
ユウヒはあわててリンカを追いかけていく――場面は森の中へ。
ユウヒ (独白……カウンセラーに話している……リンカを必死に捜して追いかけながら)うちはリンカちゃんのあとを追って森の中へ入りました。フウナの別荘の敷地はすっごく広くて、屋敷の裏が自分ち所有の森になってるんです――(稲光と雷鳴――思わず首をすくめ)キャッ! 天気が良ければ森も気持ちがいいんだろうけど……夕暮れてくるわ、風は荒れてくるわで――サイアクサイテーでしたっ!
◆3
高森家の別荘裏の森。濃い曇天の空模様。不吉な様相を帯びて黒雲が空を流れていく。
ユウヒが森でリンカを捜している。風が荒れる。
ユウヒ リンカちゃーーん! リンカちゃーーん! どこぉ? 返事して! リンカちゃーーん!
風に木々の幹がかしぎ、枝々が鞭(むち)のようにしなり、木の葉がちぎれて舞う。
時折稲光が光り、雷鳴が轟く。ついに雨が降り出す。
ユウヒ あ――雨だよ! チョーサイアク!
ユウヒは森の中を捜し歩く。次第に雨と風が強くなる。吹きすさぶ風に木の葉が舞い踊っているように見える。ユウヒは不安に駆られる。森が恐ろしくなってくる。
ユウヒ リンカちゃん! ねえ、どこ? どこ行った? 帰ろうよ、おうち。ごめん、うちが悪かったから! リンカちゃーん、出てきてよぉ!
しかし森は風に荒れ狂うばかりで、何の返事もない。
ユウヒ やだよ……いないよリンカちゃん……ああっ、ヤバいよこれ。悪いことになんなきゃいいけど……
と木々の暗い連なりの向こうにチラッとリンカの影が見えた――気がする。
ユウヒ あ――ッ! リンカちゃん?! リンカちゃん?! 待って、待って!
さらに森の奥へと入っていくユウヒ。
風がますます強くなる。木の葉が舞い、ユウヒの顔や体にぶつかってくる――いや、木の葉のように見えたのは、今は仮面で、仮面が少し大きな木の葉みたいに風に舞い、まるで葉裏をひるがえすようにくろりくらりと回転しながらユウヒに迫ってくる。
ユウヒ あぁっ、何これ?! やだっ! やめて! やめて!
木の葉の仮面たちが風に乗って舞い、乱舞するように、ユウヒを取り囲み襲ってくる。(コロス――黒子的な演技者たち――が舞踊のようにして仮面を操る)
ユウヒ やめてったら!
木の葉の仮面たちがさらに激しく舞い踊りながらユウヒに迫ってくる。その仮面をひとつ、またひとつと必死に撥ねのけるユウヒ。
ユウヒ やめて、やだ! 来ないでっ! 来ないでよっ!
木の葉の仮面たちが不気味にユーモラスに歌う。
木の葉の仮面たち あ、美し。あ、醜し。あ、うつくし。あ、みにくし……
木の葉の仮面たちがユウヒに迫る――
ユウヒ やめてーーーッ!
木の葉の仮面たち あ、美し。あ、醜し。あ、うつくし。あ、みにくし……(不気味に笑う)カカカカカっ!
ユウヒ いやーーーーッ!!!
ユウヒは木の葉の仮面たちからなんとか逃れ――
ユウヒ リンカちゃーん! どこ? どこ? リンカちゃんッ! ああっ、困ったっ。ヤバいことになった……ヤバいことになった!
とそのとき大男の影が森の奥に現われる。
ユウヒ あっ――えっ、あれ……トロールぅ?!
大男の影が不気味に揺れる……両手を天に掲げ、大地を踏み鳴らし、まるで森の神に祈りを捧げて踊っているかのようである………
大男の影 (太くかすれた声)あ、美し。あ、醜し。あ、うつくし。あ、みにくし……カカカカカっ!
ユウヒ もうやだよぉおぉ!
ユウヒは思わずその場から逃げ出す。さらに森の奥へと迷い込んでしまう。
ユウヒ ――あれ? やだ、ここどこだろ? 家どっち? うち、どこにいるの?! ねえ? ねえ! どうなってんの?! アアッ! もうやだっ、助けてっ! 助けてぇぇっ!!!
ユウヒ自身が森の中で迷子になってしまう。絶望と混乱でユウヒは両肩を抱いてうずくまる。
とそこへ仮面がひとつ、風のようにユウヒに近づいてきて、
フウナ (ユウヒの手を取り)来て!
ユウヒ あっ――フウナ……?!
フウナ 来てユウヒ、こっち!
フウナに連れられてきた先には、大きな一本の木があった。枝振りの良いその木は葉を豊かに繁らせ、その枝にいくつもの大振りな花を咲かせている。ユウヒが近づくと、その花に見えたのは実は仮面であった。その木にはリンカが家から持ち出した仮面が飾られていた。いくつもの仮面が満開に咲いた花のように枝々に飾られている。木の幹の中央部にもオブジェのように仮面たちが飾られている。その仮面たちの下に、ぽっかりと大きな口を開けたように木の洞が空洞を見せている。これがリンカが作り出した秘密の仮面の木である。
ユウヒ うわっ?! これが……仮面の木?!
仮面の木 (高く不気味に響く声)あ、美し。あ、醜し。あ、うつくし。あ、みにくし……カカカカカっ! カカカカカっ!
枝に咲く仮面の花々が風に不気味に揺れる。
するとフウナが仮面の木に飾られている仮面のひとつにグンッと迫り――それを剥ぎ取る。
フウナ いい加減にしなって!
リンカ サイアクっ! 何するのよ、お姉ちゃま!
木に紛れて仮面をかぶっていたリンカの顔が現われる。
リンカ もう台無しっ!
ユウヒ リンカちゃん……? リンカちゃん……?!
フウナはリンカの手をつかんでユウヒのそばまで引っぱってくる。
リンカ やめろっ! 痛い! 痛いっ!
リンカはフウナに引きずられるのを嫌がり抵抗する。しかし力負けしてユウヒのそばまで引っぱられてくる。
ユウヒ (フウナに)ありがと。(リンカに)リンカちゃん! 心配したんだからっ。
リンカ (腹を立て口をとがらせている)そっちの勝手でしょ……。
フウナ ごめんね。この子――馬鹿で。
リンカ バカって何よ――人様の前で!
フウナ ママそっくり! その言い方。
リンカ ――! バカはお姉ちゃま!
雷鳴――!
リンカ 見て、ユウヒ! これがお姉ちゃまの本当の顔!!!
ユウヒ (言葉にならない衝撃)アァッ……!
リンカが怒ってフウナの仮面を剥ぎ取る。(リンカの底意地の悪いいたずら)
フウナ (ほぼ同時に)何するのっ!!!
稲光――轟音のような雷鳴! フウナの素顔が稲光に醜く悲しく照らし出される。
そのフウナの素顔をユウヒは目の当たりにしてしまう。
ユウヒ (ショックを強く受け)キャーーーーッ!!!
一陣の突風に、仮面の木のすべての仮面たちが吹き飛ばされていく。ちりぢりに舞い散り、どこかへ消えていく。ユウヒはショックを受け、その場に倒れ気絶する。
フウナもショックを受け、立ち尽くし、倒れたユウヒを見下ろす。
仮面の木 あ、美し。あ、醜し。あ、うつくし。あ、みにくし……カカカカカっ! カカカカカっ!………
幻聴のように仮面の木の歌が聞こえる………
フウナは顔をそむけるようにして背を向ける。両手で顔を覆い、しゃがみ込む。
リンカは呆然としてフウナを見、手にしていたフウナの仮面を取り落とす。リンカはその場から逃げるように駆け去っていく。
雷がまた轟く。風が吹いている………森全体がゆっくりと暗くなる。
強くせつなげに吹く風の音が、フウナの心の中を暗示する。その風の音がいつしか「みにくい仮面の子」の哀しく澄んだメロディーへ変わっていく。
◆4
フウナの家。仮面の部屋。
3場から少し時が経つ……その夜。部屋の明かりが優しく灯っている。
ユウヒがソファーに寝ている。そのユウヒを森番の男イサムシが上から心配げに覗き込んでいる。
イサムシは体格のいい大男で、熊の毛皮のチョッキを着ている。首に汗拭き用のタオルを巻いている。少し知恵足らずである。(森に現われた大男の影に似ている……)
イサムシはユウヒが生きているのか確かめるように、ユウヒの頬を指でつつく。その行為にはいやらしい邪念は微塵もない。
ユウヒは虫を追い払うように邪魔っけに首を振ったり、手で払ったりしていたが、ふと目をさます。自分の顔を上から大男(イサムシ)が覗き込んでいるのに気づき、またびっくりして悲鳴を上げる。
ユウヒ キャーーーーーー!!!
イサムシ (ユウヒの悲鳴に自分もびっくりして)オオォォゥゥゥーーーっ!!!
イサムシも怖がる、滑稽なほどに。
ばあやがお盆にミルクティーとカステラを載せてやってきていた。
ばあや まぁまぁ! まぁまぁ! これこれ、イサム、おどかしてはいけませんよ。(ユウヒに)お目覚めになられましたか。大丈夫、何もしないから大丈夫。イサムが、あなたさまを森から運んできてくれたのよ。
ばあやはイサムシをイサム(勇)と本名で呼ぶ。ほかの者たちは親しみと蔑みを込めて「イサムシ」と呼ぶ。イサムシはばあやの息子である。年を取ってから産んだ子どもで、ふたりのあいだには通常の親子より年の差がある。
ユウヒ え――、ここどこ?
ばあや フウナお嬢さまのお屋敷ですよ。
ユウヒ アッ、仮面の部屋――。うち……そうか、ここんちの森で……
ばあや 気を失っておられたのを、イサムが屋敷まで担(かつ)いできてくれたんですよ。
イサムシ おおぉ。(「そういう事」というようにうなる)
ユウヒ (イサムシに)アッ、さっきは――あの、ごめんなさい。トロールが出たかと思って――。ありがとうございます。
イサムシ (照れて、不器用に笑みを返す)うぅっ。
外はすっかり暗くなっている。雨は上がったようだ。
ばあや どうぞ。温かいお茶を召し上がれ。ミルクティーです。カステラもどうぞ。カステラがおいやなら、抹茶カステラをどうぞ。こっちは、チョコカステラ。
ユウヒ (ミルクティーを飲む)おいしいっ。
ばあや あったまるでしょ。特製蜂蜜入りです。
ユウヒ うん。あ、みんなは――?
ばあや ご学友のみなさんは、もう当の昔に。
ユウヒ そっか、外真っ暗。
ばあや びっくりなすったでしょう? リンカお嬢さまがお屋敷の仮面を持ち出して、森の木に飾っているなんてねぇ! あたしも初めて見たときは、そりゃ肝をつぶしましたよ。老い先短い寿命が「百年」は縮みました、おほほっ。(と軽い冗談の弾みで自分でも笑ってしまう) ……リンカさまもおさびしいんです。転校されて、ご学友のみなさんとも離ればなれになって。奥さまもフウナお嬢さまの心配ばかりで……。こう言ってはなんですが――ここだけの話――リンカさまも少しお心がゆがんでらっしゃるんです。フウナさまのことで学校でいじめにあっていたとか。ばあやも胸が痛みます。フウナさまはフウナさまで、お心がゆがんでらっしゃるし……
イサムシ (フウナの事を悪く言われ、怒って、ごく控えめではあるがうなり声を上げる)ううっ!
ばあや (微笑んで)ふふっ、この子はフウナさまが大好きなんですよ。小さいころから知ってますからね。
ユウヒ この子……?(どう見ても大人である)
ばあや あら、ごめんなさい。この子は、イサムは、あたしの息子なんですよ。恥ずかしながら年を取ってから産んだ子で、孫ほども年が離れてるんでございますけど……。そのせいか少しおつむの足りないところがございましてねぇ、えぇ……。どうしたものか、フウナさまもリンカさまも、イサムのことをイサムシ、なんて呼んでらっしゃいますが……虫ってあなた、ねぇ……どう思いますぅ?
イサムシ ………。(ただただ邪気なく佇んでいる)
ユウヒ (ユウヒの目には、イサムシが心の空洞を抱えているように見える。が言い繕う)それは……ちょっと……やっぱり……
ばあや ね、ゆがんでるでしょ? ここだけの話。
間。
ばあや ……フウナさまのお友だちになってあげてくださいましね。それはそれは美しいお嬢さまだったんですよ、奥さま似で。奥さまも胸を痛めておいでです、はい。(水洟(みずばな)をすすり上げる) ……ご主人さまも――東京の偉い会社の、石油を扱っている会社の社長さまなんでございますけど――そりゃもう心配されて、いろいろ手を尽くされたんでございますけど……ぶり返すんですねぇ、(と自分の顔が腫れるような仕草をして)あれって、手術しても。
ユウヒ あれって――?
ばあや お顔が。かわいそうに。ばあやが代わってさしあげたいほどでございます……
とそこへフウナの母が来ていた。
母 (叱責)ばあや、余計な事は喋らなくていいことよ。
ばあや ――申しわけございません、奥さま。
母 おまえはおしゃべり。メソメソしてみっともないっ。
フウナの母のそばにはリンカがいる。母に連れられて一緒に来たのだ。リンカは母の背の陰に隠れるようにしてしおらしくしている。それはもちろん母といるときの、身に具(そな)わった習慣的な演技である。
母 リンカさん、言うことがあるんでしょ。
リンカ (母の和服の背中をつかむように縋って……ユウヒに)ごめんなさい、おどろかしちゃって……。
ユウヒ うん……。
リンカ 本当に……ごめんなさい。(美しく頭を下げる)
母 (リンカに)あなたはもういいわ。お部屋に行ってなさい。
リンカ はい、お母さま。(膝を折り)ごきげんよう、ユウヒさん。(しかし母の見ていないところで、ユウヒに向かって可愛くペロッと舌を出す)
ユウヒ (心の中で声を出す)あ――っ!
リンカは仮面の部屋を出ていく。
ユウヒの表情に、フウナの母は振り返ってリンカを見る。しかしリンカの姿はもうなかった。
母 森であの子と何かあったの……?
ユウヒ いえ、別に……。
母 気を失ったりして。どうしたの?
ユウヒ いえ、ほんとに、別に……(口ごもる)
母 びっくりしたわ。リンカはあんな調子だし、フウナも何も言わないし……。
ユウヒ すいません……。
間。
母 まいいわ、無事で。(ユウヒの手を両手で優しく包んで)これに懲りずにあなた、フウナのお友だちになってやってくださいましね。あの子の周りからは、みんな逃げていくんですのよ……。
ユウヒ (「逃げたら承知しないわよ」と言われているように感じてしまう)……。
母 ね、お願いね。
間。
母 (ばあやに)この子、イサムシに家まで送らせましょう。
ユウヒ いえ、ひとりで、大丈夫です。ひとりで、帰れます。
母 (冷たく微笑んで)何かあったら、わたくしの責任になります。わたくしが困ります。
ユウヒ ……。
母 (と急に思い出して)――そうだ。あなたにも、折り入ってお願いが――
とそこにフウナが来る。
フウナ ママ、わたしが送るよ。(ユウヒに)話あるし。
母 何かあったらどうするの、こんな田舎で。
フウナ (冷笑して)ないよ、田舎だから。
母 田舎だから何があるかわからないのよ。人目もないし、暗がりにどんな馬鹿がいるか。
フウナ いいからっ。じゃ、イサムシも一緒に連れてくから。いいでしょ? (イサムシに同意を求める)ね? (ユウヒの手を取って)帰ろう。
ユウヒ (フウナに引っぱられていく)あ――。(フウナの母に)失礼しました。
母 ――。
ばあや お気をつけてぇ。
ユウヒはフウナに引っぱられて仮面の部屋を出る。
ふたりは手をつなぎ歩く。仮面の部屋は次第に暗くなり背景に溶けて消え、辺りは夜道になる。イサムシもふたりのあとを遅れてついてくる。
しばらく夜道を歩くフウナとユウヒ。……田舎道。虫の音。月明かり。空はすっかり晴れ、風も優しくなっている。
ユウヒ 雨、あがったね……(そっと手を離す)
フウナ (突然)仮面の木って――
ユウヒ え――?
フウナ リンカが作った、仮面の木――あれって、どう考えても、当てつけよね。
ユウヒ ごめん。
フウナ なんであやまるの?
ユウヒ だって――。
5拍の間。
フウナ 喋ったら――
ユウヒ ――?
フウナ 喋ったら、殺すから。顔のこと。いや、死ぬからわたし。
ユウヒ ええっ――?!
フウナ あんたの目の前で。
間。
ユウヒ 喋んないよ。てか、死ぬとか殺すとか――何? 喋んないから、うち。
フウナ 約束する?
ユウヒ 約束するよ。絶対喋んない。
フウナ (ホッと微笑んで)じゃ、友だちになってあげる。
間。
ユウヒ (「友だち」云々がなんだか納得いかないが……)うち、ここでいいから。家すぐそこ。……ありがと。
フウナ わかった。またあした――。
ユウヒ さよなら――。(とフウナのそばから駆けて離れる)さよなら。
フウナ 約束だからね! 約束――!
と――、ユウヒは急にブレーキをかけるように立ち止まり、カウンセラーに話しかける。
ユウヒ まったく! 妹が妹なら、フウナもフウナだなって――。
カウンセラーが舞台の片隅に現われていて、ユウヒのそばにいる。
カウンセラー そうね……。(と舞台のもう一方にいるフウナを見遣る)
ユウヒ なんか、自分勝手で。それこそ、ばあやさんの言葉じゃないけど――ゆがんでる。うち見たんです。フウナと別れて、ひとりになって帰るとき、ふと振り返ったんです――
ユウヒの視線の先にはフウナとイサムシ。暗い夜道。月影の中。イサムシがフウナを護るようにそばにくっついて歩いている。
フウナ (手で遠ざけて)……イサムシ、あんた、息くさい。
イサムシ ううっ。(あわてて息を止め両手で口をグッと押さえる……息ができなくなり、両頬をふくらませたまま、見開いた目を白黒させる)ううっうぅうぅぅっ……!!
フウナ (イサムシのその様子に)あんたバっカじゃない?(と優しくイサムシの口から両手を外してやる)
イサムシ (息をつく)フウゥゥゥゥゥゥ……っ。(信頼の微笑み)うぅっ。
フウナはイサムシと向き合う。……ユウヒは離れてその様子を見ている。(カウンセラーの姿は消えている)
フウナ (尋ねる)イサムシ、いい?
イサムシ ん、フウナ。
フウナ 黙ってられる?
イサムシ ん、イサムシ、だまってる。
フウナ (拳を固めイサムシの腹を思い切り殴る)……バカっ! バカっ! ママのバカ! リンカのバカ!
イサムシ (殴られるたびに息が漏れる)うっ。うっ。うぅっ。
フウナ バカっ! バカっ! ユウヒのバカ――!
ユウヒ (ショックを受ける)あっ……!
フウナ バカっ! バカっ! バカっ! バッ――アァッ!
フウナは突然殴るのをやめ、仮面の顔を押さえる。
フウナ (顔の痛みと熱さに身悶える)あぅッ――!
イサムシ どした……?! どした、フウナ!
フウナ ああっ痛い、イタっ、顔がっ、熱いっ!
イサムシ (狼狽)ああっ……! (フウナを両腕の中に抱く。頭をナデナデする)あぁっ、フウナぁ! フウナぁ……!!!
フウナ (イサムシの腕の中で痛みに激しく身悶える)あぁッ……あッあぁッ……! イィッ! ああッぁ――ッ!
ユウヒは怖くなって後ずさる。
痛みに身悶えるフウナと、なす術なく戸惑うイサムシの姿が闇に溶けて消える………
ユウヒの姿だけが月影に残る。
ユウヒ フウナ……!
と学校の始業のベルのけたたましい音が、ユウヒの心をおびやかすように鳴る――!
ユウヒはビクンッとおびえ、両手で自分の身を守るように抱きしめる。
ベルが鳴り終わると同時に――朝の日光で舞台はパッと明るくなる。小鳥のさえずりが聞こえる。シーンは移り、朝の登校時間の教室の場面となる。
◆5
四つ葉女学園2年1組の教室。教室横の廊下。
4場に続く……次の日の朝。
おびえて肩を抱き背をうつむけているユウヒに、フウナが明るく近づく。制服に仮面の姿。その仮面の下の顔は微笑んでいる。
フウナ おはよう、ユウヒ!(ユウヒの手を取り、つなぐ)
ユウヒ (戸惑う)あ――。
フウナ (意に介さず)友だちでしょ?
フウナはユウヒの手を握って教室に入っていく。
ユウヒは教室にいるチヅに気づく。ユウヒはそれとなくフウナの手を離す――フウナから心理的にも距離を取るためなのだが、それと気づかれないように自然にフウナの手を離す。ユウヒはチヅに近づいて手を振る。
ユウヒ おはよう、チヅ!
チヅ おはよう、ユウヒ!
チヅが振り返ると、チヅは仮面をかぶっていた。仮面の部屋にあった仮面のひとつだ。
ユウヒ どうしたの、その仮面?!
チヅ いいでしょ! みんなもよ!
ユウヒが振り返ると、ほかのクラスメートたちが教室へ入ってくる。クラスメートたちもチヅと似たような仮面をかぶっている。
クラスメートたち (口々にユウヒに)「おはよう!」「おはよう、ユウヒ!」「おはよーーーっ!」
ユウヒ (傍白。観客に)そうなんです――クラスメートみんなが、フウナみたいな仮面をかぶってたんです! (クラスメートたちに)うそでしょっ?!
クラスメートの中で仮面をつけていないのはユウヒだけ。
ユウヒ どうしたの、みんな?!
クラスメートたち (Vサインなどしてポーズをつける)イェ~~~イ!
チヅ フウナのお母さんにお願いされたのよ、お友だちになってやってねって。
フウナ (ひとりつぶやく)ママが、やらせてるの……?
ユウヒ だからって……
チヅ 心配いらないって、ユウヒの分もあるよ、預ってきた。
ユウヒはクラスメートのオトノから仮面を渡される。
ユウヒ (仮面を受け取るが)……これって、なんかちがう気がする。おかしいよ、これって。(仮面をチヅに返す)
チヅ ユウヒって……案外冷たいね。
ユウヒ え……。
チヅ 仮面かぶってない方がおかしいよ。
ユウヒ ……。
戸惑うユウヒ。
ナツメ そうそう、深く考えなくていいよ。
マユリ 新しい友だちのため。
オトノ いいことしてんだから、うちら。(ほかのクラスメートたちに)ねえぇ!
チヅ/ナツメ/マユリ ねえぇ!
フウナ ………。
ユウヒ ………。
山センが教室に来る。
山セン お~い! 席つけ~!
クラスメートたちはそれぞれの席に着く。
山セン なんだっ、みんな?!
山センは驚嘆の面持ちで仮面をつけている生徒たちを見回す。
チヅ 先生――わたしらみんなで相談して、仮面をつけて授業を受けることにしたんです。いいえ、授業だけじゃなくて、できるだけ普段の生活でも、仮面をつけていようって。少しでも高森さんの気持ちがわかるように――。だからぁ――仮面をつけていること許可してください。よろしくお願いします!
クラスメートたち お願いします!
山セン おぉ、そうかっ。先生は……なんだ、その、感激した! このクラスはなんて思いやりにあふれてるんだろっ。そうか、みんなで仮面を、な。ん! ん!(ひとりで涙を流さんばかりに納得して)そうだそうだ、みんな一緒だ!
クラスメートたち はい!
山セン 実は校長先生も、このクラスのことを大変気にされておられてな……しかしこれをご覧になられたら、校長もさぞ喜ばれるだろう。あとで報告しとこうな、うん! 高森さんのお母さまも、これで安心だ。な。(とフウナに視線を送る)
フウナ ………。
山セン (注意を引く)みんなぁ! 実は先生もな……(と生徒たちに背を向けて教卓の陰にしゃがみ込む)――仮面を持ってるんだ!
と山センは立ち上がり、生徒たちの方に振り返る。山センも仮面をつけている。
クラスメートたち (歓声と笑いが入り混じる)キャーーー!
山セン (誇らしく)どうだ! 似合うか? みんな仲間だ! みんな一緒だ! な! 2年1組最高!
クラスメートたち イェ~~~イ!!!
自然とクラスに拍手と歓声がわき起こる。
ユウヒ (複雑な思いでフウナを見る)フウナ……。
フウナ ………。(その仮面の表情はクールに見える)
と教室の後ろでクラスメートたち以上のひと際大きな拍手が起こる。イサムシがいる。
山セン (教室への侵入者に気づいて仮面を外し……少しおびえて)あなた、だれだ?
イサムシ いじめ……ダメ。おれ、みはり……おれ、フウナの。
フウナ イサムシ……。(山センに)わたしの家の者です。
山セン 高森さんの、お宅の……?
フウナ たぶんママが、わたしのこと心配して……
山セン あぁっ、お母さまが! そうですか……。(ひとり言のように……思い惑って)高森さんのお母さまには、学校の方もいろいろ多額のご寄付をいただいて……理事長からもじきじきに「配慮するように」と言いつかってはいるんですが……いや、それでクラスに特別なアレが働くってわけじゃありませんけど……(イサムシを見て)そうですか、あなた高森さんちの……困ったな……事情はわからんでもないですが、うちのクラスに限っていじめなんかありませんから! 教室におられても困るし、教室におられるにしても、校長の許可が……取りあえず……あの、職員室の方へ。
イサムシ おぉッ?(おれ?)
山セン (教壇からイサムシの方へ近づき)ええ、職員室へ取りあえず。
フウナ (山センについていくように目で促す)イサムシ。
イサムシ (フウナの指示を理解し素直に従う)おぉっ。
イサムシは山センに伴われて教室を出ていく。フウナもあとをついていく。
山セン (いったん戻って)みんな、自習しててくれ。(目で探して)学級委員――ユウヒ、頼むぞ。あれだったら、修学旅行の事前学習でもいいぞ。(また出ていく)
ユウヒ (立ち上がっている)はい。
ひとり立っているユウヒ。クラスメートたちを見回す。
ユウヒ 取りあえず、自習だって……。どうする? 教科書でも読んでよっか……。
仮面のクラスメートたちがすっと立ち上がって、ユウヒを取り囲むように集まる。チヅがユウヒに仮面を差し出す。
ユウヒ ――!
チヅ (さらに強く仮面を差し出す)ん!
ユウヒ ………。
チヅ 山センもいいって言ってんだから、さ。
ユウヒは周りを取り囲む仮面のクラスメートたちの同調圧力に押され、仮面をそっと受け取る。仮面のクラスメートたちを見渡し、すっとその場を離れ、教室の窓の前(舞台正面)に立つ。窓に向かいそっと仮面をつけてみる。
ユウヒ (窓に自分の仮面姿を映して見る)……!
しかしなんだか怖くなって仮面をパッと顔から取る。詰めていた息が我知らず一気に吐き出る。
ユウヒ (振り返って、仮面のクラスメートたちに)うちって、変……?
ユウヒだけが仮面の仲間からハブかれていく。
ユウヒは仮面をその場に置き捨てて、教室から小走りに出る。教室のドアの所で、戻ってきたフウナと肩がぶつかる。しかしユウヒはそのままその場を駆け出ていく。
フウナ ユウヒ……?!
仮面のクラスメートたちがフウナを見つめる。
フウナは教室に入ってくると、落ちている仮面を拾い上げ、ユウヒの去った方を見つめる。フウナと、少し離れて仮面をかぶって立っている少女たちの姿が、彫像の群れのシルエットのように光に浮かぶ。その姿を、ユウヒが舞台の反対側の片隅で振り返って見ている―――
やがてゆっくりと暗くなる………
◇2幕
◆1
アフリカの民俗音楽の雰囲気を現代風にアレンジしたメロディーが流れてくる。
幕が上がるとそこは……ユウヒの家のユウヒの部屋。CDデッキからアフリカ風の現代音楽が流れている。
女の子らしい部屋だが、変わっているのは、糸で吊るした動物の切り絵細工(モビール状の物)が飾られていること。壁に、アフリカのサバンナに沈む夕陽の風景を描いたイラスト風の風景画が張られていて、その風景画に溶け込むように、アフリカの動物たち(キリン、ゾウ、ライオン、サイ、シマウマ、水牛などなど)のかわいい切り絵細工が糸で吊るされて飾られている。アフリカの小世界をユウヒなりに創作したオブジェである。
時は、9月も十日ばかり過ぎた日の午後遅く。学校で言えば、放課後の時間帯。外はまだ暑い。明るい陽射しが部屋に差し込んでいるが、夏用のレースのカーテンによってその光は幾分薄らいでいる。
Tシャツに短パンの部屋着姿のユウヒが、ハサミとカッターと色紙を持って部屋にすわっている。ユウヒは手本の本を引き寄せると、本を見ながらハサミとカッターで動物の切り絵を作る。アフリカのサバンナに住む動物たちの切り絵細工である。
ユウヒの姉がやってくる。ユウヒの姉は大学生。活発な性格。今からバイトに出かけるところで、パンツスーツ姿。
ユウヒの姉 ユウヒ! ユウヒ! まだゴロゴロしてんの? いい加減日が暮れちゃうよ! (ユウヒの返事を待たずに部屋に入ってくる)きょうも学校休んだんだって? (ユウヒの顔を見て慰めるように)またいじめられてんの?
ユウヒ (即座に)ちがう。
姉 折り紙折って? 好きだね、あんた。
ユウヒ 折り紙じゃなくて、モビール。切り絵なの。
姉 (切り絵のひとつを掲げて見て。怪訝な表情)これって……サイぃ?(つけてある糸を持って揺らしてみる)
ユウヒ (取り返して)いいじゃない――好きなんだもん。気持ち落ち着くの。
姉 ほんっと、お父さんっ子なんだから。
ユウヒ 元はと言えば、お姉ちゃんが教えてくれたんじゃない。
姉 あたしが教えたのは、動物折り紙。――でもまさか、こんなにはまるとは。アフリカの絵の前にゾウやキリン飾って、これって十六の乙女のすること?
ユウヒ ほっといて。いつかアフリカに行くんだから。
姉 あんたのアフリカ好きは知ってっけど……アフリカの前に、もうすぐ修学旅行でしょ。友だちと行くの、楽しみにしてたじゃない?
ユウヒ それ言わないでよ――クラスでひとり浮いてるし……。
姉 あんたもう十日も休んでんじゃん。修学旅行行かないつもり?
ユウヒ (どっと落ち込む)………。
ユウヒの姉はCDデッキのアフリカ民俗風の音楽を止める。
姉 気持ち弱ってるときに追い込んじゃいけないって言うけどさ、あたしは母さんとは考え方ちがう。
ユウヒ 母さんは……? 弁当屋?
姉 きっちり仕事。つらくても、疲れてても、出かけてる。少し無理した方がいいんだよ人間。(優しく)ほんの少し、ね。
ユウヒ うん……わかってる。前もそうしたし。
姉 アフリカに行く第一歩だと思えばいいじゃない、修学旅行。
ユウヒ 修学旅行がぁ? それって変。
姉 旅には変わりないでしょ! まず一歩外に出ること、ほんの少しでも、自分のペースで。
ユウヒ うん……。
姉 ユウヒならできるって。何があったか知らないけど、そんなんじゃ……父さん心配するよ。
ユウヒ うん……わかってる。
姉 父さんはメゲない子が好きなのだ。
ユウヒ うん! ありがと、お姉ちゃん。……ところで、バイト出かけなくていいの?
姉 行くよ! (時計を見て)ん~~でもまだ大丈夫、遅番だし。――そうだ、下に、心配してあんたの友だち来てるんだった。上がってもらっていい?
ユウヒ それ先言ってよ! だれだろ?
姉 あれ確か、チヅちゃんでしょ? あんたの友だちって、ちょっと……変。(ユウヒの部屋を出て行く……玄関の方へ大声で)どうぞ、上がって!
ユウヒを心配してチヅが来る。仮面をつけている。学校帰りで制服姿。
チヅ 元気ぃ? ――元気って、変か?(薄く笑う)
ユウヒ (つられて笑う)ふふっ。
十日ぶりに会うふたりのあいだに微妙な空気が流れる。
ユウヒ ……ありがと、来てくれて。
チヅ いいのいいの、塾行く途中。あっこれ、授業のノート。大事なとこだけメモっといたから。たいして進んでないし。あとプリント、数学の。
ユウヒ (照れ隠しに軽くおどけて)ありがとうごぜえやす。
チヅ それとぉ――仮面。(ユウヒの分の仮面をプリントの上に置く)
チヅはユウヒの前で自分の仮面を外す。
チヅ (仮面を見て言い訳のように)調子合わせてればいいのに。仲間外れいやじゃん。仮面つけてるとさ、案外顔のこと気にしなくて済むし。一種の流行だよ。合わせてれば、楽。
ユウヒ うち……なんか違和感あって。
チヅ ユウヒはさ、繊細なんだよね、うちらとちがって。
ユウヒはチヅが持ってきた仮面をプリントなどと一緒に取りあえず机の上に置く。
チヅ またやってんだ……なんてったっけ? モビール?
ユウヒ うん。
チヅ (切り絵細工を見ながら)そうだ。フウナ、うちらの班になったから。
ユウヒ え? 班?
チヅ 修学旅行の、グループ分け、自由行動の。山センに割り当てられたんだ、半分強引に。
ユウヒ フウナはなんて?
チヅ 知らない。いいんじゃないの、別になんも言ってなかったから。
ユウヒ そっか……。
チヅはしばらくアフリカの動物たちの切り絵細工を見ていたが……
チヅ (キリンの切り絵を指で揺らしながら)ユウヒってさ……
ユウヒ ん……? 何?
チヅ 見たでしょ、フウナの顔?
ユウヒ え――?
チヅ あの日――初めてフウナの家に行ったとき、森で迷子になったとき。
ユウヒ (なんだか認めてしまう)うん……
チヅ やっぱり! (食いついて)ねえねえ、どんなだった? どんな顔? (声をひそめて)やっぱ――アレなの? ねえ!
ユウヒ どんなって……言われても……
チヅ (ひとり言のように……自分の言うことに納得しながら)ああいうのって、隠してっから逆に気になるんだよぇ。人間心理。(ユウヒに)ね! 絶対言わないから教えて! うちら親友でしょ?
ユウヒ (戸惑い逡巡する)ん……
チヅ ユウヒが休んでる原因って、これでしょ、フウナのことでしょ? 仮面のことでしょ? 話せばさ、気ぃ楽になるよ。秘密分け合えばほら、気持ち軽くなるし。わたしのこと「秘密の穴ぼこ」かなんかだと思ってさ。
ユウヒ ……でも――喋んないって約束したし……
チヅ だからぁ! ユウヒってさ、変な約束すっから、気持ち重くなっちゃうんだよ! 引きこもっちゃうんだよ! わたし絶対人に言わないから。ね!
ユウヒ でも……
チヅの言うことにも変な説得力があり、ユウヒは迷う……
チヅ そんな信用できない?
長い間。
チヅ (怒って微笑んで)別に、いいけど――。
間。
チヅ (逆に明るく)帰るね。(と立ち上がる)
ユウヒ (嫌われたくなくて)顔に――
チヅ (話を続けてくれるように慎重にうなずく)うん……顔に……?
ユウヒ 顔に……赤いような青いような……(チヅをキッと見て)言わない――絶対?
チヅ 言わない。
ユウヒ ……赤いような青いようなアザがあって……
チヅ うん……
ユウヒ それがぶよぶよコブみたいにふくらんでて……
チヅ うん……
ユウヒ まるで――ふくれたアザの中に、また顔があるような形になってて……
チヅ アザの中に顔――。(つばを飲む)びっくりした?
ユウヒ うち――胸が、クギ刺されたみたいに――ズキッて痛んで――
チヅ それで――気絶したんだ……。
ユウヒ ――うん。
チヅ そのアザって……うつるの?(感染)
ユウヒ ――! (息を飲む――強く首を横に振る)わかんないよ!
緊迫した空気――。
とそこへお盆にショートケーキを載せてユウヒの姉が来る。
姉 ちょっとケーキ食べるぅ? 残り物なんだけど。
ユウヒとチヅは黙り込む。秘密の会話を覗かれたときみたいに微妙な空気が流れる。
姉 どしたぁ……?
チヅ わたし、あの、これから塾あるんで、失礼します。ユウヒまたね。学校、これたら、来て。
チヅはそそくさと帰っていく。「お邪魔しましたぁ」
姉 ね、あんたの友だちって、やっぱ変。
ユウヒ んなことないけど……。
ユウヒの姉は暗い顔のユウヒを心配して。
姉 ユウヒ。人に合わせることないよ。ユウヒはユウヒで自分らしくいればいい。仮面なんかつける必要ない。
ユウヒ もしかして、立ち聞きしてた?!
姉 ん、少し。狭い家なんだから、自然に聞こえるの。耳いいし。モスキート音まで聞こえる。
ユウヒ 人に合わせらんないから……学校行けなくなったんじゃん。
姉 そだけど、さ。
間。
ユウヒ お姉ちゃん……
姉 何?
ユウヒ うちにさ、アザとかあって顔が変だったら、どうする?
姉 どうもしないよ。ユウヒはユウヒでしょ。
ユウヒ でもやっぱ、なんか感じるよね?
姉 なんかって?
ユウヒ かわいそうだな……とか、いやだな……とか。
姉 わかんないよ、そんときになってみないと。
ユウヒ そだね……。
姉 お互いさまだし。
ユウヒ (なんだか涙ぐんでしまう)そだよね――。
姉 馬鹿だな。(ハグする)
ユウヒ お姉ちゃん……バイトいいの? エステの受付だっけ?
姉 よくないっ! アハハハ!(冗談めかして元気よく笑う)
ユウヒの姉は急いで部屋を出ていく。
ユウヒ (小声で)ありがと、お姉ちゃん……。
と言いながらも、自分らしさってなんだろうと思い悩むユウヒ……。
姉の声 (玄関辺りで。大声で)ユウヒ! また仮面の友だち来てるよ! (その友だちに)どうぞ、上がって。
ユウヒ チヅっち、忘れもんかな……?
ユウヒは、チヅの忘れ物はないかと辺りを見回しつつ、部屋の入り口にチヅを迎えに立つ。しかしそこに現われたのは……
ユウヒ フウナ――。
フウナ 元気そうじゃん。
ユウヒ うん……。入って。
フウナは、ユウヒの部屋に飾られている動物の切り絵とアフリカの風景画の小世界に気づく。
フウナ これって、折り紙?! 作ったの?! こういうの趣味? ゾウ……キリン……? シマウマ――うまいじゃん! (後ろの風景画を見て気づいて)あっ、あぁ、アフリカなのか?! ここジャングル? サバンナ! (「夕陽」とユウヒの名前が掛かっていることに気づいて)あ、夕陽かぁ――! てか、なんでアフリカ?(楽しそうに笑っている)
ユウヒ (つられて明るい気持ちになって)誕生日のプレゼントでもらったの、その絵、父さんに。
フウナ ユウヒのお父さまって、アフリカ関係の人?
ユウヒ (首を横に振って)んぅん。小説で、父さんの好きな小説で、アフリカに左遷された人の話があって。その人がすっごいメゲない人らしくて、その人のファンなんだって言ってた。生き方教えてもらったって。同じ会社人間だったんだけど――労働組合って知ってる? そんなのやってたんだけど――共感する部分がたくさんあって、すっごく尊敬してたみたい。
フウナ (ふと気づいて)……してたみたいって、過去形使って、過去の人みたいじゃん。
ユウヒ うん……死んでるから、うちの父さん。事故で。
フウナ あ、ごめん。
ユウヒ (笑顔で)いいよ、別に。父さんのこと、話すの好きだし。
フウナ そう……お父さま大好きなんだ。
間。
ユウヒ フウナのお父さんってどんな人?
フウナ うちもすっごくかわいがってくれてた……過去形。「自慢の美人姉妹だ」って……過去形。――あっ、別に死んでないけど。
ユウヒ ……こっちの家にいないよね?
フウナ (他人事のように)大会社の社長だから忙しいんじゃない? どっちかって言うと、人を左遷させる側の人だし。でもアフリカに左遷なんてさすがにないわ。アフリカに左遷って、それやったら究極のいじめじゃん。
ユウヒ かも、ね。
フウナ (ユウヒの作ったアフリカの小世界を感じ入って見ている)
ユウヒ (フウナが見てくれていることに照れて、でも少し自慢げに……アフリカのオブジェの前にしゃがんで近づき)こうやって視線下げてじいっと見てるとさ、アフリカにいる気にならない? サバンナの風と夕陽と、アフリカの動物たち……(切り絵細工を指で揺らす)
フウナ (じっと見て、考えてみてから)ならない。
ユウヒ (思わず笑って)うちって変なのかな? これ見てると、行けもしないとこに行った気になれる。ここじゃない、どこか。自分じゃない自分に。ちっぽけな自分忘れられる。
フウナ 現実逃避……?
ユウヒ ん~~いい方ちょっときついかな。
フウナ (微笑んで)ふふっ、ごめん、悪い意味じゃないよ。
ユウヒ (微笑み返して)いいよ、別に。
フウナはしばらくアフリカの動物たちの切り絵を見ていたが……
フウナ 避けてるでしょ? (フウナ自身を指さして)「わたし(フウナからの)逃避」……?
ユウヒ ――。
何も答えられないユウヒ……。
フウナ いじめられてたんだ、わたし……前の学校で。――わかるでしょ、なんでだか。机に落書き……「キモい」「死ね」――「バケモノ」……教科書破られてたり、靴なくなってたり。でもそのうちいじめなくなるの、表面的ないじめは。ママが買収するの、お金や物で。友だちも先生も学校も……。
ユウヒ 買収って……よく意味が?
フウナ 私立(わたくしりつ)の学校だから、ママがお金いっぱい寄付するの。理事長とか校長に、娘をよろしくって頼むのよ。クラスメートもうちに招くの、この前みたいに。それで娘をいじめないようにって遠回しにプレッシャーかけるの。ブランド物の小物やなんかあげちゃったりして。――でも、学校行けなくなった。朝起きれない。起きても、学校行ける気しない。お腹痛くなって、猛烈に吐き気がして。顔が――顔が痛くなって……地獄。学校の門の前まで連れられてって、パニクって家まで逃げて帰ったこともあった……。
フウナは過去の自分を思い出しているのか黙り込む……。
ユウヒ それわかる――体が、自分の言うこときかないの、体動かないきつさ。
フウナ え?
ユウヒ うちもいじめで、軽い登校拒否だったから、中3のときだけど。(薄く笑顔で)わけわかんないうちにみんなからハブかれて、シカトされて……授業中に、「あの子、うざい」とかメモ回されてたり……。苦しかったなぁ、朝起きるの。特に月曜の朝。ほんっと地獄だよね。
フウナ (同感の微笑み)ふふっ。そっか、ユウヒきみもか。
ふたりはなんだか微笑み合う。
フウナ もうすぐわたし、手術で学校いなくなるんだ。ドイツの、フランクフルトの病院で手術受ける。外科手術とレーザー治療なんだけど、前に二度手術して、失敗してるの。そのときは少し良くなるんだけどさ――あ、もしかして――なんて思っちゃったりするんだけど、しばらくしたら顔が暴れ出す、ムクムクぶよぶよ、赤くなってふくらんで――地獄。
ユウヒ ……(地獄)だろうね。(うつむく)
フウナ これ(仮面)は戦闘マスク、防御マスク。これで自分護ってる、闘ってる。
ユウヒ うん……。
フウナ 正直あきらめてるよ、よくなんないって。特に成長期はダメなんだって。(笑って)アザも成長してるんだって。馬鹿にしてるよねえ! でも――ママがやれって言うの。自分のせいだと思ってんのね、わたしの顔……
ユウヒ そう、お母さんが……。
フウナ 本当は手術が怖い……。何度やっても……いや。
ユウヒはフウナの心の奥の柔らかい場所にふれた気がする……。
ユウヒ なんで……そんな大事なこと、うちなんかに話してくれるの?
フウナ もう見たじゃない、わたしの顔――何を隠すの?
ユウヒ ――!
フウナ この顔知ってるの、ママとリンカとユウヒだけ。
ユウヒ ………。
フウナ 今度の学校で、友だちひとりでもいいからつくりたいと思ってた。だから、転校してきたしょっぱなの日に、思い切って声かけたの……それが、ユウヒでよかった――。
ユウヒは手に持っていた作りかけのサイの切り絵を取り落とす。ユウヒは心がとがめる……
ユウヒ (切り絵を拾い上げながら)フウナ――あのね……うち実はチヅに――
フウナ (自分の心に関心が向き、ユウヒの言葉が耳に届かずに)行くでしょ、修学旅行?
ユウヒ ――え?
フウナ でないとわたし、班で独りだよ。
ユウヒ でもみんなは、仮面を……
フウナ あんなの「うそ」だよ! どうでもいいよ!
ユウヒ ……。
フウナ 行こう、ユウヒ! わたしもうすぐ転校するんだ。手術成功したら、東京に戻るんだ。だから!
ユウヒ フウナ。
フウナ ね! 行こう!(ユウヒの手を取り駆け出す)
ユウヒはフウナに引っぱられ走り去りながら――(バックにアフリカ民俗音楽風のメロディーが流れてくる)
ユウヒ (傍白……観客に)こうしてうちは、フウナと修学旅行に行くことになったんです……!
フウナ (明るく笑顔で)だれに喋ってんのよ! バッカじゃない!
ふたりは駆け去る。アフリカ民俗音楽風のメロディーが流れる中、ゆっくりと暗くなる……音楽が大きくなり、舞台の紗幕のスクリーンにアフリカの動物たちの切り絵細工が大きく映し出される。どれも個性的でかわいらしい。糸に吊られてくるくると揺れている。ゾウ……ライオン……シマウマ……サイなどなど、そしてキリン………
(戯曲後半に続く)
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