「ハートフル・コメディ家族百景」4・5・6景

ハートフル・コメディ

   家族百景

           作・広島友好


第四景『子ども記者参上!』

第五景『生命誕生!?』

第六景『突然の来訪者』


○時……今

○場所……主に百山家の居間

○登場人物

百山富士雄(ももやまふじお)

百山幸子 富士雄の妻(ももやまさちこ)

百山翼 富士雄と幸子の子ども

子ども記者(光・ひかる)

謎の女性

松山 近所の主婦

宮西 富士雄の会社の元上司

   *台詞はそれぞれの地域の生活語に直してもらって結構です。

                      (作者)


   第四景『子ども記者参上!』


翼  突然ですが、ぼく百山翼は、全国読書感想文コンクールで最優秀賞を取っちゃいました。(客席の反応を受けて)それが全然めでたくないんだ。とんでもないことになっちゃって。タネをまいたのはぼくなんだけど……。

   翼駆けてくる。学校帰り。手に賞状を持っている。

翼  大変、大変!

   幸子出てくる。

幸子 なに、またどっかの窓ガラス壊したの?

翼  ちがうよ。最優秀賞取っちゃった。読書感想文の。(ト賞状を見せる)

幸子 エー! すごいじゃない。

翼  すごくないよ。どうしよう。

幸子 どうしたのよ?

翼  だってそれ、おかあさんのだもん。

幸子 わたしの?

翼  ほら、冬休みの宿題で、読書感想文あったじゃない。

幸子 ああ。休みのぎりぎりまでやらなかったやつ?

翼  他の宿題もあるから感想文後回しにしてたら、おかあさん自分の昔の作文持ってきて。

幸子 あれはこんなふうに書いたらって参考に。あれ出しちゃったの?

翼  丸写しして出しちゃった。

幸子 もう! まったく。

翼  だって時間なかったもん。宿題間に合わないからあせってた。

幸子 どうすんのよ。

翼  どうしよう。

幸子 しょうがないわねぇ。そう。ウフフ。(以外にうれしそう)

翼  なんか、うれしそうだね?

幸子 そんなことないわよ。

翼  ねえ、言った方がいいと思う?

幸子 え? なにを?

翼  なにをって、パクったって。

幸子 パクったっていうのとはちょっとちがうんじゃない。

翼  そうかな?

幸子 おかあさんのなんだもの。

翼  じゃ黙ってようか?

幸子 そりゃダメよ。言わなきゃ。ウフフ。

翼  なんだよ。笑って。

幸子 なんだかんだ言っても最優秀賞でしょ。

翼  だから困ってんじゃん。

幸子 でもおかあさんが子どものころ書いた作文よ。てことはわたしが、さっちゃんが取ったってことじゃない。

翼  さっちゃんって?

幸子 わたし。おかあさんのあだ名。子どものころの。

翼  でも。

幸子 やっと認められたのよ。うん。

翼  認められた?

幸子 おかあさん勇気がなかったの。翼に見せた作文ね、あれずうっと押し入れにしまってたの。こんなの書いてもダメかなって。だからだれにも見せたことなかったの。

翼  それなんでおれに(見せたの)?

幸子 なんでって(あんたは)わたしの子どもじゃない。

翼  そうだけど。

幸子 自分の子どもになら恥ずかしくないの。

翼  そんなの見せたりするからこんなことになるんだよ。

幸子 あ。写したのは翼でしょうが。

翼  そうだけど。

幸子 フフフ。でもやっぱり才能があったんだ。わかってたんだけど。自信なくて。かあさん昔は女流作家になりたかったの。樋口一葉とか。与謝野晶子とか。

翼  (首ひねる)ひぐちなに?

幸子 知らない? 一葉。もー今どきの子は(ダメね)。あーん、もっと早く自分の才能に気づいてれば。いや気づいてたんだけどな。

翼  (小声で)遅いよ。もういくつだと思ってんの。

幸子 え? なんか言った?

翼  ううん。それよりどうしよう? 大問題だよ、パクリだってばれちゃったら。

幸子 言うべきか言わざるべきか? それが問題ね。

翼  マスコミが大勢押しかけてきたりして。

幸子 大げさね。芸能人じゃないんだから。

翼  今はインターネットの時代だから、ちょっとのことで大問題になったりするの。それにあの作文、読書コンクールのホームページに載ってるらしいし。先生にも褒められて引っ込みつかないよ。

幸子 じゃなんでそのとき言わないの。

翼  言えないよ。学校中知ってんだから。ああ、ホントどうしよう。ニュースになったりして。「小六男子、盗作疑惑!」なんて。

幸子 テレビの見過ぎ。

翼  今はね、どんな素人でもすぐ時の人になっちゃうの。

幸子 まさか。

翼  わかんないよ。もう玄関のとこまで来てたりして、マスコミが。

   「ピンポーン」

翼  うそ!

   子ども記者来る。分厚いメガネをかけている。かなり押しが強い。

子ども記者 こんにちはー。お邪魔しまーす。百山翼さん、最優秀賞おめでとうございまーす!

翼  だれ? 勝手に入ってきて。

記者 毎朝子ども新聞の記者です、わたし。(首から下げたIDカードを見せる)

幸子 毎朝……!

翼  ……子ども新聞!

幸子 知ってる?(毎朝子ども新聞って。)

翼  さあ。

記者 全国読書感想文コンクールで最優秀賞を受賞した百山翼さんに突撃インタビューにやってまいりました、わたし。(幸子を写真に撮る。パシャ、パシャ!)

幸子 わ。

記者 さすがに落ち着いてらっしゃる。

幸子 (ちがう、ちがう、と手を振る)

記者 え? ちがう。(分厚いメガネを押し上げ、幸子に近づき顔をじっと見る)あ、おかあさん? 通りで老けてる。(翼に)こちらが百山翼さん。え? 男の子? この子が、最優秀賞?

翼  なんだよ。

記者 いえ……。(パシャッと写真撮る)

翼  わ!

記者 早速インタビューを始めましょう。さ、さ。どうぞこちらへ。

翼  さ、さ、っておれの家だろ。

記者 どうぞどうぞ。

   子ども記者、無理やり二人を座らせて、小型テープレコーダーなど取り出し、インタビューを始める。

記者 エー、本日は晴天なり。本日は晴天なり。よろしいですか。それでは。きょうは、全国読書感想文コンクールで見事最優秀賞を獲得された百山翼さんに突撃インタビューを行います。受賞おめでとうございます。

翼  は、はい……。

記者 いやぁ実にすばらしい才能ですね。まったくもって感心しました、わたし。感動とはこういうことを言うんでしょうね。くぅやしいですけどぉ、脱帽しました、わたし。

幸子 そう。ウフフ。

翼  (小声で注意)おかあさん。

記者 まったくもって感服しました。テーマの捉え方。文章のみずみずしさ。形容詞の使い方。なによりすばらしいのは主人公への感情移入。主人公になりきっている。主人公の心をわがことのようにつかんで、喜び悲しみを共にしている。並みの小学生の作文とは思えません、わたし。

幸子 ウフフフフ。

翼  おかあさん。もう。

記者 さて翼さんにお尋ねいたします。

翼  はい……。

記者 どのような思いでこの感想文をお書きになられたんでしょうか?

翼  へ? どのような思いって……ねえ……写しただけ……

幸  (小声で)翼!

翼  あ!(口つぐむ)

記者 (ジロリ)写しただけ……?

翼  そ、それは、その……

幸子 いえ、その、書いた人の、いえ、作者の、その、主人公の気持ちを自分の心に写すようにして、自分ことのようにして書いたんです。そうでしょ、翼。

翼  そ、そう。その通り。

記者 おかあさん。ちょっとすみません。翼さんに聞いてるんですけど、わたし。

幸子 あ、ごめんなさい。

記者 では、簡単にどんな内容か教えていただけますか?

翼  え? 忘れちゃった。

記者 忘れた?

翼  あ。

幸子 それはですね、主人公が孤独な境遇にもめげず、持ち前の想像力と勇気で、元気に困難に立ち向かっていく姿を自分に重ね合わせて……

記者 おかあさん。黙ってて下さい。わたしは翼さんに……。でも、やけにくわしいですね?

幸子 それは、その、もちろんわたしは母親ですから、この子の書いたものはなんでも隅から隅までようく知ってるんです。はい。

翼  そ、その通り。

記者 ……。それでは翼さん。作者のどんなところがお好きですか?

翼  どんなところって……(幸子をチラチラ見るが……)

幸子 (答えようとするが……)

記者 黙ってて下さいね、おかあさんは。

幸子 はい……。

記者 どうでしょう? 翼さん。

翼  げ、元気なところかな。ハハ。

記者 元気なところ?

翼  できれば会ってみたいなぁ、なんて。

記者 ええ!

幸子 バ、バカ。

記者 驚いた、わたし。作者はもうとっくの昔に死んでるんですよ。

翼  ええ! そうなの。

記者 作者のルーシー・モード・モンゴメリは1942年、今からもう六十年以上前に死んでます!

翼  ああ、いや、だから。空想の世界で、会ってお話ししてみたいな、なんて。ハハハハ。

幸子 (笑ってごまかすしかなく)オホホホ。

記者 ……。ではこの感想文を書くのにどのくらい時間がかかりましたか?

翼  ん。一日で。

記者 (驚いて)一日?

翼  (記者の驚きを逆に取って)いや、一時間ぐらいかな。

記者 一時間?

幸子 つ、翼。

翼  いや、三十分だったかな。

記者 あんないい作文を、たった三十分で……。

翼  え? 短かった? ハハハハ……。

   子ども記者、マイクを置き、メモ帳をバタンと閉じて。

記者 実はわたし、大いに疑問があるんです。

翼/幸子 え?

記者 女の子だと思ってたんです、わたし。この感想文を書いたの、女の子だと思ってました。

翼  て、言われても……

記者 内容がまず女の子っぽい。主語が「わたし」だし。

翼  それは、作文だから「わたし」って書くことも。

記者 名前が翼だし。

翼  名前は関係ないじゃん。あ。翼で女の子だと思ったの? それそっちの誤解じゃん。

記者 それに文章が古くさい。

翼  え〜。それはしょうがないよ。書いた人が書いた人じゃん。

記者 え? なんですって。書いた人が書いた人?

翼  それは、その……

記者 あんな古くさい文章、めったに書けるもんじゃないわ。まるで昭和チック。

幸子 (ショック!)しょ、昭和チックって! あなたさっき文章がみずみずしいって。

記者 あ。それは社交辞令です。

幸子 ま!

翼  しょうがないだろ、親が年いってんだから。

幸子 ま!

記者 なにより疑問に思うのは、主人公への強い思い入れ。感情移入。

翼  だからそれは心を写して――

記者 アンなのに?

翼  え?

記者 赤毛のアンなのに?

翼  え? 赤毛のアンだっけ?

幸子 (小声で)翼。そんなことも忘れてるの。

翼  (小声で)だって、テレビ見ながら写してたんだもん。

記者 わたしがもしアンだったらこうします、こう思いますっていう言い回しが使われてましたけど、でもそれってどう考えても書いたのが女の子じゃなきゃおかしいでしょ。ええ?

翼  それは、その。

記者 (「翼」の感想文の一部を諳んじてみせる)「もしわたしがアンのようにブローチをなくしたと疑いをかけられたら落ち込んでしまうと思います。でもアンはピクニックに行きたい一心で、逆に素敵な物語を作ってマリラおばさんに語って聞かせました。わたしはそんなアンが大好きです。」こんな文章が男の子に書ける?

翼  想像力だよ。

記者 想像力?

翼  それに男の子がアンを大好きでもいいじゃん。

幸子 そうよ。(翼に)たまにはいいこと言うわね。

記者 じゃ他にアンの好きなところは?

翼  それは、その。

記者 答えられないじゃない。

翼  いや、アンって赤毛でいいなぁって。ハハ。

記者 アンは自分の赤毛がとっても嫌なのよ。知らないの?

翼  し、知ってるよ。知ってるけど赤毛も素敵だよ。おれだったら赤毛がいいな。

幸子 ええ、そうよ。この子には赤毛がお似合いよ。それに(この子)ちょっと女の子っぽいところもあるし。

翼  ええ! おかあさん。

記者 なによりもその顔。赤毛のアンを読む顔じゃない。文学って顔じゃない。ただの山猿じゃん。

翼  ひ、ひどいわ。

幸子 顔じゃないでしょ、書くのは。

記者 ズバリ言います、わたし。盗作じゃないんですか、これ。子どもが書いた作文には思えない。

幸子 書いたのよ。子どもが。

記者 じゃ、どこかの女の子の作文を丸写しして……

幸子/翼 それは……

記者 とにかくこれは重大問題です。教育委員会が調査に乗り出さないわけがない。そう思います、わたし。

幸子 まさか。教育委員会が……。

   ト「ピンポーン」と玄関のチャイムの音。

幸子/翼 ヒェ!(二人抱きつく)

記者 お客さんですよ。その間にわたしはお部屋拝見。部屋をのぞけば一目瞭然。どんな隠しごともわかっちゃう。全国のみなさんに隠された創作の秘密を暴露レポートします、わたし!(翼の部屋へ駆けていく)

翼  待てよ! ダメだって。勝手に人の部屋入んなよ!(追っていく)

   ト謎の女性来る。スーツを着て、ビシッと決めている。

謎の女性 ごめん下さい。

幸子 はい。

謎女性 百山翼ちゃんのお宅ですか。

幸子 そうですけど……。

謎女性 突然お邪魔して申しわけございませんが、こちらに女の子が来てませんか?

幸子 ええ。子ども記者さん。

謎女性 そう。子ども記者。

幸子 (傍白)子ども記者のこと知ってるってことは、やっぱりこの人教育委員会の人かしら?

謎女性 男の子だったんですね。

幸子 え?

謎女性 ご近所の方にちょっとお話をお聞きしまして、わたし。

幸子 げ。身辺調査?

謎女性 百山翼ちゃんって名前だから、男の子じゃないかって話題になってたんですけど。でも内容が内容でしょ。じゃやっぱり女の子かなと。意見が一致しまして。

幸子 それは……。いえ、あの、実はあの作文……

謎女性 え?

幸子 実はその……

謎女性 一目見たら納得するんです。

幸子 え?

謎女性 顔を見てね、頭いいってわかれば納得するんです。

幸子 え?

   

   ト翼駆けてくる。

翼  大変、大変! あの子、部屋荒らしまくってるよ。チョー最悪! なんとかしてよ! あの子ホントに記者なのかよ!

   翼また引っ込む。

   

謎女性 あの子が、翼ちゃん?

幸子 ええ。

謎女性 あの子が最優秀賞を……。(傍白)あの山猿みたいな子が?

幸子 (よく聞き取れなかった)え? 今なんておっしゃいました?

謎女性 天は二物を物々交換ね。

幸子 (傍白)なんだかよくわかんないけど、疑ってる。どうしよう。正直に言うべきか、言わざるべきか。

謎女性 ちょっとおうかがいしますが、わたし。よろしいですか。

幸子 は、はい。

謎女性 おかあさまはどういう教育方針でお子さんをお育てですか?

幸子 教育方針って、いえ、取り立てて。自由に伸び伸びと山猿みたいに……

謎女性 うそ! もっとなにかあるでしょ。もっとこう本当のなにかが!

幸子 うそは……やっぱりまずいかなと……。

謎女性 うそ。……うそはいけませんね、うそは。

幸子 うそはいけません。まず親がうそついちゃ。

謎女性 親がね。子どもにうそ教えちゃ……。

幸子 はい。あの……実は――

   子ども記者戻ってくる。手にマンガ本。

記者 驚いた。マンガばっかり!

翼  (来る)いいだろマンガ読んだって。返せよ!

記者 べー! あんた「赤毛のアン」読んだことないでしょ!

翼  あ、あるよ……。

記者 うそ。

翼  あるよ。マンガで。

記者 じゃ今そのマンガの「赤毛のアン」はどこにあるのよ。

翼  売っちゃったよ、ブックオンに。

記者 うそつき!

   ト二人のやり取りを見ていた謎の女性が子ども記者に話しかける。

謎女性 もういいでしょ取材は。

   子ども記者びっくりする。

記者 あ!

謎女性 ハッキリしたわ。もうなにもかも。

幸子 ハッキリした……!

翼  (ドキ!)

記者 でも納得できない。

謎女性 もういいじゃない。ハッキリした。うそはいけないわ。

記者 うそだってつくでしょ。こんなときは。だれだって。

謎女性 うそはダメ! (幸子に)ね。そうですよね。

幸子 はい……。

   幸子と翼、顔を見合わせる。互いにうなずき交わす。翼が言おうとするのを幸子が制して、

幸子 実は……(言おうとする)

謎女性 実はこの子、子ども記者じゃないんです。

幸子/翼 え?

記者 おかあさん。

   幸子と翼、子ども記者と謎の女性を見比べる。

幸子/翼 おかあさん……?

謎女性 うそはまずいわ。光。

記者 ……。

幸子 どういうことです?

謎女性 この子三年連続次点だったんです。読書感想文コンクールの。子ども記者でもなんでもないんです。この子がどうしても最優秀賞取った子の顔が見たいって言うもんですから、わたし。どんなかしこい顔してどんな勉強してるのか知りたいって。それ見てどんなすごい子かわかったなら、あきらめもつくって。この子ノイローゼみたいになってて。だったら、新聞記者だったら、最優秀賞の子がどんな子かわかるわね、簡単に会えるわねって言ったら、この子本気にしちゃって。

記者 ……。

翼  でも、その身分証明書?

記者 これ? こんなの首から(カード)ぶら下げとけばそれらしく見えるの。

幸子 じゃ、あなた教育委員会の人じゃ……?

謎女性 わたしが? 教育委員会。とんでもない。わたしはただの主婦で、母親で、保険の外交員。(このスーツは)仕事中なの。仕事放り出して追いかけて来て。超親バカでしょ。

幸子 ううん(そんなことない)。

謎女性 でも、天才っているんですね。山猿みたいな顔して、マンガばかり読んで。あんないい作文書くなんて。

幸子 ハハ。(内心複雑)

謎女性 あ。ごめんなさい、失礼なこと言って。

幸子 いえ。

謎女性 この子、努力型なんです。「赤毛のアン」なんか二十回ぐらい読んで。毎日毎日書き直して。

翼  へえ……。

記者 ……。

謎女性 もういいでしょ。気が済んだ?

記者 今度からマンガばっかり読むことにする、わたし。

謎女性 もう。ひねくれて。

記者 フン。

謎女性 顔じゃないの。頭の良さは。翼ちゃんだってきっと努力してるのよ。人の見てないところで。(翼に)そうでしょ?

翼  (困るが)う、うん……。

記者 ……。

謎女性 行こう。

   二人去ろうとする。

幸子 待って下さい。あれ、翼の作品じゃないんです。

謎女性 え?

翼  おかあさん。

幸子 写しちゃったんです。

謎女性 写した?

記者 だれのを?

幸子 知り合いの、さっちゃんっていう子の作文。この子丸写しして出しちゃったんです。それで……

謎女性 その子、今どこにいます? さっちゃんって子。

幸子 それは……その……遠いところに行っちゃってて……

謎女性 いいんです。気休めは。うそは、まずいですよ。

幸子 うそじゃないんです。さっちゃんて子が……

謎女性 もうそれ以上は。みじめになりますから。(わが子に)次がんばろう。ね。次がある。

記者 ダメだよ。どうせわたしなんて。本音言うとマンガきらいだし。

謎女性 光。

幸子 (思わず)ダメよ! そんなこと思っちゃ! きっと後悔する、大人になって。おばさんわかるの。勇気持ってトライしなきゃ。ね。あなた才能があるんだから。努力する才能が。三年連続次点なんて、並みじゃない。

記者 褒めてないと思うけど。

翼  おれも、すごいと思うよ。同じ本二十回読むなんて。すごいよ、マジで。

記者 ……。本当に……、そう思う?

翼  うん。

謎女性 ありがとう。それじゃ。

   二人去る。

   ト子ども記者引き返してきて、手にしたマンガを「さよなら」のように振って、

記者 (吹っ切れた声で)借りてくね。マンガ。

翼  うん!

   二人(子ども記者とその母)出ていく。

翼  おれ。言うよ、ホントのこと。あしたの朝。○○先生に。

幸子 うん。そうね。それがいい。

翼  でもなんでおかあさん、さっちゃんなんて言ったの? 自分が書いたって言えば良かったのに。

幸子 なんでだろ。今さらわたしが書いたって言ってもうそくさい気がして。

翼  そうかな。

幸子 あぁあ。おかあさんもう一度作家目指してみようかな。

翼  それがいいよ。才能あるんだし。

幸子 (生意気)言ったな。

翼  でも小六からやり直さなくちゃね。

幸子 なんで?

翼  なんでって。小六から今までのブランクがあるじゃん。

幸子 バカね。あの感想文中二のときに書いたのよ。

翼  あ。ズル!。

幸子 ウフフフ。食事にしよ。

翼  うん。

幸子 どっか外食べ行くか。回転鮨でも。

翼  おとうさんは?

幸子 どうせ残業でしょ。黙ってよ。

翼  うん。

   トどこからか(舞台奥)富士雄のくしゃみ。

   「へ、ヘックション!」

翼  え? おとうさん?

幸子 うそ。まさか。ウフフフフ。

翼  ハハハハハ。

   二人、笑い合う。

                           (幕)



   第五景『生命誕生!?』


翼  きょうは日曜日。おかあさんは、近所の仲良し松山さんと昼から出かけてる。でも、なにやらぼくらに隠しごとがあるようで……。

   幸子と松山帰ってくる。幸子、松山に半ば抱えられるようにして。

幸子 あー、もうダメ。ボタンボタン。くるしっ。(スカートのボタン外す)

松山 そんなに(気持ち悪く)なるまで食べなくても。

幸子 誘ったの松山さんじゃない。

松山 そうだけど。九つ食べることないわよ。いや、わたしの半分取ったから、九つ半か。

幸子 だって千円よ。

松山 あなた三千円は食べたわね。ショートケーキ、モンブラン。イチゴにチョコタルト。パンプキンにフルーツケーキ。チーズケーキと……あとなんだっけ?

幸子 チョコムースとシュークリーム。

松山 それにわたしのメロンケーキ半分か。

幸子 あれは松山さんが食べてって。

松山 そうだっけ? でもついついね。千円でケーキ食べ放題なんてめったにないもんね。あそこの店、おいしいし。ボリュームあるし。わたしも食べ過ぎちゃった。

幸子 あー、もう幸せ。

松山 ホント。

幸子 でも(家族の)みんなに内緒だからちょっと気が引けるな。

松山 そう? ご主人いるの?

幸子 (奥で)釣りの本でも読んでんじゃない?

松山 翼くんは?

幸子 サッカー。お土産買ってくればよかった。

松山 藪蛇になっちゃうわよ。気にしない気にしない。主婦はそれだけ働いてんだから。百山さんは外で仕事してんだし。

幸子 そうか。いいことにするか。

   「ハハハハハ」「ウフフフフ」二人笑い合う。

幸子 でもちょっと食べ過ぎ。この(腹から胸の)辺りが。ムカムカして(気持ち悪い)。

松山 薬持ってきたげようか。うちにいいのがあんのよ。

幸子 いい、いい。(いらない)

松山 すぐだから。なんだかわたしも。ウプッ。(吐き気)

幸子 いいよ。松山さん。

松山 待ってて。(去る)

   

   幸子、腹から胸を押さえて。

幸子 やだ。なんかホントに。ウプッ。

   

   ト愛来る。裏口から。いつもそうしているように入ってくる。手にケーキの箱を持って。

愛  幸子さぁん。おる〜?

幸子 (軽く驚いて)あ、おかあさん。

愛  駅前でね、安かったから買ってきたほ。ケーキ。

幸子 ケーキ! (ケーキと聞いただけで)ウプッ。

愛  ほら、幸子さんの好きなチーズケーキ。

   ト愛、ケーキを取り出して幸子の顔の前に。

   幸子、チーズケーキを見て、思わず、

幸子 ウプッ!(耐えきれなくなり)おかあさん。ちょっとすみません。(吐き気をこらえつつ洗面所に駆け込む)

愛  え……?

   愛、幸子の様子に唖然とする。首をひねりながらチーズケーキと幸子の去った方を交互に見やる。ト……

愛  あ!

   愛、あることに思い至る。やがてそれは時を置かず愛の中で確信に変わる。

愛  間違いないね。

   ト富士雄来る。

富士雄 あれ? 幸子さん帰ってなかった?

愛  間違いないよ、富士雄。

富士雄 え? またかあさんの間違いないかよ。今度はなに?

愛  そんな言い方するんなら教えちゃらん。

富士雄 もう。すぐへそ曲げて。

愛  (わたしの)長年の経験と勘を信じんのかね。

富士雄 わかったよ。だからなに?

愛  妊娠しちょる。

富士雄 だれが?

愛  だれがって決まっちょるでしょうがね。

富士雄 決まっちょるって、だれが? 

愛  このバカ。

富士雄 まさか、幸子さん?

愛  間違いないね。

富士雄 でも。幸子さんがそう言ったの? 

愛  そうじゃあない。

富士雄 だったら。

愛  また疑う。

富士雄 なんか証拠でもあんの?

愛  さっきわたしがチーズケーキを幸子さんの鼻先にこう持っていったら、ウプッて。

富士雄 ウプッて、うそ。つわり?

愛  翼を生んだときも幸子さんはチーズケーキの匂いがダメじゃった。

富士雄 あ! そうだっけ。でもまさか。あの年で。

愛  女は死んで灰になるまで女なほ。

富士雄 それは文学的なたとえで。

愛  あんた思い当たることはないんかね。

富士雄 思い当たることって?

愛  もう。そんなことまで年寄りに言わすんかね。

富士雄 え? もしかしてあれのこと。(照れて)かあさん。なに言ってんの? 年考えてよ。ここんとこしばらくご無沙汰で……あ! そう言えば。

愛  なになに?

富士雄 二ヶ月前かな。会社の飲み会で酔っ払って帰ってきて。

愛  うんうん。

富士雄 いい気分になっちゃって。

愛  ふむふむ。

富士雄 そんでもって翼もサッカー部の合宿でいなくってさ。幸子さんと二人っきりになって。なんだかムラムラッと。

愛  ムラムラッと……

富士雄 おかあさん!(恥ずかしい)

愛  つまり思い当たることがあるんじゃね?

富士雄 ないとは言えない。

愛  じゃ間違いないね。

富士雄 でもどうしよう。

愛  なにが?

富士雄 この年で赤ちゃんなんて。

愛  ええよ。どの年でも赤ちゃんは。

富士雄 そ、そうだよね。

愛  そうだよ。

富士雄 そうだよね。ハハ。ハハハハ。

   富士雄うれしい。

富士雄 赤ちゃんかぁ。

愛  ええね。赤ちゃんは。

富士雄 いいよねぇ、赤ちゃん。ウフフ。

   二人自然とニタニタ。頬がゆるむ。

   ト翼帰ってくる。サッカー部の帰り。

翼  腹減った〜。なんかない? あ、おばあちゃん。来てたの? ケーキあんじゃん? チーズケーキ。食べてもええ?

愛  手洗いんさい。

翼  きれいだって。いただきまーす。

   翼、ケーキをモリモリ食べる。

   愛と富士雄はその間にうなずき合って、

富士雄 翼。驚け。

翼  なに?

富士雄 おまえ、お兄ちゃんになるんだぞ。

翼  え? お兄ちゃん?

富士雄 おかあさんに赤ちゃんが出来たんだ。

翼  えー! やったー! いつ生まれるの?

富士雄 まだ先の話だ。今わかったばかりだから。

翼  じゃ、大事な時期だね。

富士雄 お、言うじゃないか。

翼  知ってるよ、そのぐらい。おとうさん大貢献だね。出生率下がってっから。

富士雄 そっかぁ。翼も一人っ子でさみしい思いさせたからなぁ。

愛  みんなでね、幸子さんを大事にせんにゃいけんよ。

翼  うん。

愛  (富士雄に)あんたもがんばらんとね。

富士雄 わかってるよ。当たり前じゃん。残業も増やしてさ、もっと稼ぐよ。釣りもしばらくやめにする。

愛  それがええね。

富士雄 家も建て増しするかなぁ。手狭だよ、この家。子ども二人いたら。

愛  わたしは天満宮にお参りに行って安産のお守りもらってこよう。町内会長さんに名前もつけてもらわんにゃ。

翼  えー! なんで?

愛  ありゃ人格者じゃ。

翼  やだよ。名前はおれにつけさせてよ。

富士雄 弟か妹かわかんないぞ。

翼  おれ弟がええな。

富士雄 女の子もかわいいぞ。

翼  絶対弟だよ。

愛  どっちでも孫はかわいい。

   「ハハハハハ」皆、笑い合う。

   ト幸子戻ってくる。

幸子 なに? みんなで盛り上がって。

   皆笑顔で迎える。「えヘヘヘヘ」

幸子 なに? 気持ち悪い。ごめんね。わたしちょっと調子悪いから横になるね。

   皆、幸子にやさしくする。

富士雄 うん、無理しちゃダメ。横になったがいいよ。

翼  肩もんだげようか。

愛  毛布。毛布。

幸子 (毛布は)いらないいらない。

富士雄 晩飯はおれが作るから。

愛  チーズケーキは……あっちやっとこうね。

翼  あ。レモン買ってくる、おれ。

幸子 なにレモンって? なにかたくらんでない? 気持ち悪いわよ、みんな。

   富士雄、皆に押し出されて、

富士雄 幸子さん、あれだよ。水くさいよ。

幸子 え?

翼  なんかおれらに隠してることない?

幸子 (ドキッ)隠してること?

愛  ズバリ言ってもええ?

幸子 え。もしかして、わかってた? わかってたの、みんな。

皆  うん。

幸子 なんか言い出しにくくて。でもちがうのよ。ちがうのよ、全然。わたしは誘われて……ウプッ!

愛  ほら! やっぱりつわりだ!

幸子 つわり? ええっ! ちがうわよ。ウプッ。

富士雄 隠さなくていいよ。

幸子 隠してなんかないわよ。(傍白)隠してることもあるけど。

翼  じゃ、なに? その吐き気は。

幸子 こ、これは……

富士雄 なんか他に隠しごとでも?

幸子 そんなこと……してないわよ。

愛  じゃ、つわりだ。

幸子 ちがうって。(傍白)どうしよう。ケーキバイキングだなんて言えない。

翼  どうしたの?

幸子 別になんでも。

富士雄 でもあの晩さ、確かに。

幸子 あの晩って?

富士雄 ほら。二ヶ月前の飲み会の日。二人でワイン飲んでさ。ほら。

幸子 (気づいて)もう! 富士雄さん。知らない。

愛  じゃったら、これはどうだ。つわりじゃないんなら平気なはずだ。

   ト愛、チーズケーキを幸子の鼻先に近づける。

幸子 ウプッ!(気持ち悪くて胸を押さえる)

皆  やっぱり!

幸子 ちがうって! もしホントにそうだったら……そのときは生むわよ、わたし! ウプッ。

   幸子、トイレに駆け込む。

富士雄 幸子さん!(心配してついていく)

   愛と翼、顔を見合わせ微笑み合う。

翼  やっぱり恥ずかしいんだ。おかあさんでも。

愛  そりゃそうさ。久しぶりじゃしね。年いっちょるし。

   ト松山来る。

松山 あ。おばあちゃん。幸子さん、大丈夫でした? これ薬。わたしもなんだか胸焼けして。九つ半でしょケーキ。いくらなんでもねぇ。食べ過ぎよねぇ。

愛  ケーキってこれ?(ト自分の買ってきたケーキを示す)

松山 そうそう。駅前のケーキ屋のバイキング。

翼  バイキング?

松山 やだ、おかあさん言ってなかった? バイキングで食べ過ぎたって、ケーキ。あそこおいしくって。あ。ウプッ。また気持ち悪くなってきちゃった。お大事に。(小走りに去る)

   翼と愛、顔を見合わせる。

翼  おばあちゃん! また間違えたでしょ。

愛  わたしゃてっきりつわりじゃと。

翼  聞いたでしょ。ケーキの食べ過ぎだよ、絶対。おかあさん。

愛  だね。

翼  ああ、ショック!

愛  わたしもなんだか気が抜けたよ。

翼  ずるいよ! 内緒でケーキバイキングなんて。

愛  ふぅ。

翼  待ってよ。大変! おとうさん。

愛  富士雄がどうした?

翼  おとうさん、つわりじゃないってわかったらチョーショック受けんじゃない?

愛  そうとう喜んじょったからねぇ。

翼  赤ちゃんじゃないってわかったら……

愛  三日は落ち込むね、ありゃ。目に見えるようじゃ。

翼  どうしよう?

愛  どうしようたって……

   ト幸子戻ってくる。

   愛、チーズケーキを幸子の鼻先に持ってくる。幸子、少しスッキリしたのかさっきほど嫌がらない。

幸子 (少し苦笑いしながら)なんですか、おかあさん。

愛  あんた、なんともないんかね?

幸子 なにがです?

愛  匂い。チーズケーキの。

幸子 別に。どっちかっていうと好きですけど。でも今はちょっと。

愛  そう。やっぱり。

翼  (少し意地悪に)なにか隠してない? おかあさん。

幸子 (とぼけて)え? 別に。

翼  九つ半って、すごいよね。

幸子 え?

愛  はい、これ。(薬差し出す)

幸子 あ!

翼  食べたんでしょ? ケーキバイキング。おいしかった?

幸子 どうしてそれを?

愛  さっき松山さんが(来た)。

翼  気持ち悪くなるよねぇ。ケーキ九つ半も食べたら。

幸子 それはその。誘われて、つい。断るつもりだったんだけど。安くて。

翼  (責める口調で)おかあさん。

幸子 ごめん。

翼  もう!

幸子 今度ケーキ買ってくるから。

翼  おれらはいいけどさ。おとうさんどうするの?

幸子 おとうさん?

翼  (おかあさんが)妊娠してると思い込んでるよ。

幸子 ええ?

翼  おばあちゃんが、おかあさん妊娠してるって、おとうさんに。

幸子 おかあさん。

愛  わたしは幸子さんがつわりで苦しそうじゃから。(とチーズケーキを幸子の鼻先に)

幸子 あ。それでチーズケーキ。

翼  おとうさん、ホントのこと聞いたら絶対落ち込むよ。

幸子 さっきもあの人優しくて。洗面所汚しちゃったんだけど、後始末してくれて。それも鼻歌うたいながら。♪幸子さんはなんにもしなくていいんだよ〜。て。

翼  どうする?

幸子 どうしよう?

愛  ここはわたしに任せんさい。

翼  おばあちゃん。

愛  わたしが話そういね。富士雄には話し方がある。(わたしは)慣れちょるから、任せなさい。

翼  なにいばってんの。元はと言えばおばあちゃんが原因なんじゃん。

愛  ええから。ええから。

翼  ええからじゃなくって。

幸子 あ。来たわよ。

   富士雄戻ってくる。鼻歌などうたいながら。上機嫌。

富士雄 ねえ、優奈なんてどうかな。やさしそうでいい感じじゃない? 女の子だって決めつけちゃあれだけど。そんな気がするんだ、おれ。そんでもってやっぱり家は増築しようよ。子どもも一人増えることだし。ここ壁取っ払ってさ。やっぱ狭いよ、この家。あ。部長に連絡しとかなきゃな。なんたって仲人だもんね。ハハ。ちょっと早いか。

   一方、愛たちは早く富士雄に本当のことを言わなくちゃと気を揉む。

   愛、ようやく決心して富士雄の前に来る。

愛  富士雄。おまえにちょっと話があるんじゃ。

富士雄 なに?

愛  いや、その。

富士雄 あ、増築のこと? わかってるよ。同居でしょ。いつかはおれもかあさんこの家に引き取らなきゃなって、思ってたさ。いつまでも一人暮らしはさせられないもの。子どもも出来ることだしこの際さ。同居しようか。赤ちゃんの面倒見てくれればこっちも助かるし。ね。

愛  (少しジーンときて)ありがとう。富士雄。気持ちだけもろうちょく。

   愛、引き返してくる。

愛  やっぱり言えん。

翼  おばあちゃん、しっかりしてよ。

幸子 長引くほど傷は深くなるわ。

愛  そうだね。

   愛、再び富士雄の元へ。富士雄、間取りなど考えている。

愛  富士雄。幸子さんのことじゃけど。あれ、実は……

富士雄 なに? なんだよ。

愛  実はね……

富士雄 はっきり言いなよ。

愛  あれ間違いなほ。

富士雄 間違い? 間違いってどういうことだよ!

愛  (富士雄の剣幕に押されて)いや、その。

富士雄 ハッキリ言いなよ。

愛  妊娠しちょるの、実はわたしなほ。

富士雄 ええ!

翼/幸子 おばあちゃん!

富士雄 なに冗談言ってんの。

愛  冗談じゃない。

富士雄 じゃ、いつ? だれとだよ?

愛  老人旅行で。行きずりの若い男と。

翼/幸子 おばあちゃん!

富士雄 からかうなよ。かあさん。

愛  ハ。ハハ。わかった?

富士雄 わかるよ。

愛  ごめん。あんまり幸せそうなからちょっとからかったほ。

富士雄 バカ言って。

愛  ハハ。

   愛、翼たちに引っぱられてくる。

翼  なに言ってんのおばちゃん。

愛  まず軽いジャブを。

翼  軽くないよ。

愛  ショックやわらげた後でホントのこと言おうと思って。

幸子 やわらいでない、全然。

翼  もういい。おれ行ってくる。

幸子 がんばって翼。

   翼、富士雄の元へ。

翼  おとうさん。おれやっぱり赤ちゃんなんていらないや。

富士雄 え?

翼  世の中どんどんどんどん悪くなってるし。いじめはあるし。教育費も上がるばっかだろ。それに憲法も変わって今度きっと徴兵制できちゃうよ。もうお先真っ暗。赤ちゃん生まれても幸せになれないよ。

富士雄 なんでおまえそんな暗いこと言ってんだ。信じなきゃ。おまえにしろ優奈にしろ、子どもの未来は明るいぞ。うん。とうさん守ってやるから。(飛びきりの笑顔)

翼  そっか。

富士雄 そうだよ。(飛びきりの笑顔)

翼  ありがとう。なんか勇気出てきた。

   翼、愛たちの元へ帰ってくる。

翼  ダメだよ。全然前向き。ものすごい笑顔。

愛  よし、もう一度わたしが行ってこよう。今度はビシッとけじめつけるから。

幸子 がんばって。

   愛、富士雄の元へ。

愛  富士雄。

富士雄 なに。

愛  あんた驚いちゃいけんよ。

富士雄 また冗談?

愛  そうじゃあない。よう聞きなさい。ええかね。幸子さんのお腹の中に入っちょるのは、あんたの子どもじゃないほ。

富士雄 ええ! またぁ。

愛  これは冗談でも遊びでもないほ。ホントにホントなほ。

富士雄 じゃ、だれの子だよ。言ってみろよ。(なんだか段々腹が立ってくる)

愛  それは……

富士雄 言えないじゃん!

愛  バ、バイキング!

富士雄 バイキング? バイキングってなに? 海賊かよ!

愛  ちがった。ケーキ屋。

富士雄 あ、あのパテシィエか。

愛  そう。駅前の。

幸子 おばあちゃん。話変な方向に持ってかないで。

富士雄 幸子さん。きみって人は!

幸子 落ち着いて富士雄さん。

富士雄 いつそんな男と!

翼  おとうさん、落ち着いて!

富士雄 離せ! 翼。

愛  あきらめろ、富士雄。九つ半じゃ。

富士雄 ええ! 九つ半の子どももいるの! ショック!

幸子 ちがうわよ!

翼  おとうさん!

   ドタバタもめる。「信じてたのに!」「富士雄さん!」「富士雄!」「おとうさん!」

   ト松山駆けてくる。

松山 (むしろ自分の状況を面白がって)大変、大変。うちのが勘違いしちゃって。わたしがつわりだって。このわたしが。ハハハハ。ちょっとやだ。子どもの名前まで考えてるのよ。おまけに家、増築するって言うし。ちょっとだれか来て話してくれない。ケーキの食べ過ぎだって。駅前のバイキングだって。ハハハ。九つ半だって。早く来てね。(去る)

   一同呆然。

富士雄 ……え? じゃ、幸子さんのつわりって……ケーキの食べ過ぎ?

皆  ……。

富士雄 (幸子に)食べたの……九つ半?

幸子 ……。(うなずく)

富士雄 ハハ。みんな知ってたの? はしゃいでたのおれだけ?

愛  富士雄。

翼  おとうさん。

富士雄 ハハ。いやおかしいとは……。ついつい話に乗っちゃって。

幸子 ごめんなさい。だますつもりじゃ。傷つけちゃって。

富士雄 いや……。

幸子 あなたがその気なら、わたしがんばって……

富士雄 いいよ、無理しなくて。お互い年だし。このままで十分幸せさ。今だってちょっと夢が見れた分だけ幸せだった。うん。翼に妹がいて、家族増えて楽しいだろうなって。雛祭りとか、リカちゃん人形とか。きれいな服いっぱい買って。幸子さんに似てかわいいだろうなぁって。想像した分だけほんわかあったかくなって、幸せだった。なんか得した気分だよ。

幸子 富士雄さん。(涙ぐむ)

   幸子、富士雄の手をギュッと握る。

翼  がんばってみれば。最近は医療も進んでんだから。

富士雄 こら。大人をからかうな。

翼  からかってなんか。

愛  なんならわたしが力貸すよ。

富士雄 またぁ。元はと言えばかあさんだろ。間違えたの。それにどうやって力貸すの?

愛  へへへ。奥の手が。

幸子 やだ。おかあさん。

   皆笑い合う。

   ト松山駆けてきて、

松山 ねえねえ、いつ来てくれんの? 妊娠してるって言っちゃったじゃない、わたし。ハハハハ。早く来て。(去る)

愛  よし。行ってこう、わたしが。

富士雄 話こんがらがっちゃうよ。

愛  わたしの目に狂いはない。

   愛、追いかけて去る。

富士雄 おかあさん。

幸子 おかあさん。(翼に)翼。おばあちゃん止めてきて。

翼  おばあちゃん! おばあちゃん!

   翼、追いかけて去る。

幸子 フゥ。まったく。

富士雄 困ったもんだね。

幸子 フフフフ。

富士雄 ところで、どうする?

幸子 どうするってなにが?

富士雄 なにがって、今夜さ。がんばってみる?

幸子 え? バカね、もう。フフフフ。

富士雄 フフフフ。

   ト二人いい雰囲気になるが、

幸子 ウプッ。ごめん。(洗面所に駆け込む)

   富士雄、苦笑いしつつもやさしく、

富士雄 大丈夫、幸子さん。(追って去る)

   愛と翼、戻ってくる。

   愛、幸子と富士雄の様子をうかがって、

愛  翼くん。

翼  なに?

愛  あんたきょうおばあちゃんちに泊まるか。

翼  えー。なんで?

愛  ね。そうしなさい。

翼  えー。

愛  それか七時には熟睡する。熟睡!

翼  やだよ。見たいテレビあるし。

愛  ええから。わがまま言わんの。

   愛、翼をくすぐって無理やり引っぱっていく。

翼  ちょっと。やだよ。おばあちゃん!(去る)

   愛、顔だけ出して、

愛   へへへ。

                          (幕)



   第六景『突然の来訪者』


翼  きょうはちょっとさびしいお葬式。むか〜しおとうさんが会社でお世話になってた人が亡くなったんだって。

   富士雄帰ってくる。喪服姿。

富士雄 幸子さん。塩まいてくれる?

   幸子、塩の壺を持って出てくる。富士雄の肩や胸の辺りにちょちょっと塩をまく。

幸子 どうだった?

富士雄 うん。少なかった、人。身内ばっかし。

幸子 お年なんでしょ? どうしてもね。

富士雄 会社も冷たいよ。

幸子 重役かなにか? 宮西さんって。

富士雄 ヒラだけどさ。会社に貢献した人だよ。もっとなにかあっても。

幸子 (でも)退職してかなり経つんでしょ?

富士雄 二十年以上かな?

幸子 だったらしょうがないんじゃない。

富士雄 ……。

幸子 あなたは特別なんでしょうけど。

富士雄 お世話になったからなァ。

幸子 ……。

富士雄 でもなんだか明るかった。

幸子 なにが?

富士雄 葬式。

幸子 大往生?

富士雄 微妙。八十ちょっとだから。でもなんかからっとしてた。

幸子 お人柄よ。きっと。

富士雄 そうかな。(ちょっと笑う)フ。

幸子 なに?

富士雄 いや。幸子さんのカンって当たるなって。

幸子 ただのカンじゃないわ。第六感。首筋の辺りがゾクゾクってするの。うちに関係した不幸があると。

富士雄 おれ全然ない。

幸子 霊感強いのよ、わたし。富江おばさんが亡くなったときも、前の晩おばさん夢枕に立ったの。ミキやコウジとこれからも仲良くしてやってねって。

富士雄 へえぇ。今度は? なかった? 夢枕。

幸子 ない。あなたの上司でしょ。元々知らないし。

富士雄 そっか。

幸子 でも一度お会いしてみたかったな。

富士雄 そう?

幸子 (あなたが)宮西さん、宮西さんってよく言うから。

富士雄 宮西さんいなかったら今のおれないもん。宮西さんから金型の基礎教わった。三年間。みっちりと。

幸子 ありがたいわね。

富士雄 (でも)そんときはわかんないんだよね。怒鳴られて、叱られて、反発してた。

幸子 若いって、そんなもんなんじゃない。

富士雄 ちゃんとお礼言っときゃよかった。

幸子 ホントにいい人だったんだ。

富士雄 でもね、フフ。

幸子 なに?

富士雄 ケチだった。

幸子 ケチ?

富士雄 金にしわいの。飲みに行ってもおごってもらったことない。絶対割り勘。

幸子 へえ。

富士雄 一度だけ困って、金借りにいったことあるんだけど、絶対貸してくれなかった。

幸子 それ普通貸さないんじゃない。どんな人でも。

富士雄 おれと宮西さんの関係だったからさ。なんじゃかんじゃ助けてもらってたし。

幸子 それって結婚前のこと?

富士雄 うん。

幸子 そう。で、その困ったことってなんだったの?

富士雄 え?

幸子 ケチの宮西さんにお金借りようとするなんて、よっぽど困ってたんでしょ? それってなんだったの?

富士雄 え? あ。なんだったけかな。忘れちゃったな。ハハ。着替えてくるわ。(そそくさと隣の部屋へ)

幸子 ……?

   幸子、富士雄の言動におかしなところを嗅ぎ取る。が、そのとき「ピンポーン」と玄関のチャイムが鳴る。

   宮西来る。八十過ぎの老人。が、闊達としている。

宮西 すみません。宮西と申しますが。

幸子 宮西さん?

宮西 今葬式の途中なんじゃが、抜け出してきました。

幸子 (気づいて)あ。この度はご愁傷様です。

宮西 こりゃどうもご丁寧に。

幸子 宮西さんには、主人が大変お世話になったそうで。

宮西 そうそう。

幸子 失礼ですが、ご親戚の方ですか?

宮西 親戚っちゅうかなんちゅうか。宮西です。

幸子 はぁ。(変だなとは思いつつ)主人、今奥におりますので。ちょっとお待ち下さい。(富士雄を呼ぼうとする)

宮西 いや、ええ、ええ(呼ばんでも)。言いにくいんじゃがね。

幸子 はい?

宮西 ほれ。(恥ずかしげに幽霊の「うらめしや」のようなポーズを取る)

幸子 え?

宮西 わしが言うことでもないかもしらんが、

幸子 はい?

宮西 ご仏前のね。

幸子 ご仏前?

宮西 ご仏前の中身が、入ってなかったほいの。

幸子 え? うちのがですか?

宮西 そう。

幸子 中身って、お金が、ですか?

宮西 ほうなほいの。

幸子 それは、どうもすみません! (隣の部屋に)富士雄さん。富士雄さん。

富士雄 なに?

   富士雄出てくる。パンツとシャツの下着姿。宮西がいるのに気づいてないような……

幸子 なにその格好。みっともない。

富士雄 いいだろおれの家なんだから。

幸子 もう。あなたご仏前忘れてない?

富士雄 え? ちゃんと渡したよ、受付に。

幸子 中身よ中身。

富士雄 中身? 入れたよ。入れたと思うけど……。

宮西 入っちょらんじゃった。

富士雄 え? 幸子さんがお金入れてくれたんじゃなかったっけ。

幸子 タンスの上に置いといたでしょ。白い封筒に入れて。

富士雄 え? テレビの上って言わなかった?

幸子 バカね。あれスーパーの割引券じゃない。封筒に丸ク(まるく)って書いてなかった?

宮西 書いちょった、書いちょった。

富士雄 うそ。マジで。

幸子 もう。

富士雄 なんでそんなのテレビの上に置いとくの。

幸子 あなたが間違えたんでしょ。

富士雄 そんな言い方すんなよ。

宮西 (けんかになりそうなので)もしもし。なんならわしがご仏前もろうてこうか。

幸子 そうですね。お渡ししなきゃいけませんね。ご仏前。

富士雄 だれに言ってんだよ。おれ届けてくるよ。

宮西 いやええ。わしがもろうてこう。

富士雄 ダメだよ、やっぱり。中身すり替えなきゃ。ご仏前だと思って開けたらスーパーの割引券だったなんて、しゃれにならないよ。

宮西 ええ、ええ。お金もらえれば。

富士雄 もう一遍着替えて行ってくるよ。

宮西 百山。

   富士雄、隣の部屋へ。

宮西 ふぅ。ちっとも変わっちょらんの。

幸子 え?

宮西 昔とちっとも変わっちょらん。おっちょこちょいでテキトーで、そのくせ変にきっちりして。

幸子 ホントに。(苦笑) あの、どうぞ(座って下さい)。お茶でも。後で主人に車で送らせますから。

宮西 お茶は(いらん)。トイレが近うなってやれん(ダメじゃ)。

幸子 はい。……。

   宮西座る。ボーッと。

   短い間。幸子、間を持て余す。

幸子 あの。

宮西 はい?

幸子 亡くなられた宮西さんって、どんな方だったんでしょ?

宮西 どんなって……そりゃ言いにくいの。

幸子 主人はいつも、宮西さんにお世話になったって、口癖みたいに。

宮西 ほうですか、ほうですか。

幸子 はい。……。

   短い間。宮西、ボーッとしている。幸子、間を持て余す。

幸子 あの。金型っていうのは、あれですよね。

宮西 え?

幸子 覚えるのにやっぱり三年ぐらいかかるんでしょうねぇ、基礎。

宮西 三年とは言わん、かかるのう。

幸子 そうですよね。……。

   短い間。宮西、ボーッとしている。幸子、間を持て余す。

幸子 (なにか会話をつなごうと思って)あの。富士雄さんって昔からああでした?

宮西 え?

幸子 宮西さんから、亡くなられた宮西さんから、なにかお聞きじゃありません?

宮西 ああ。あんな感じでしたよ。金型屋としてはテキトー過ぎました。よう失敗しよったの。

幸子 なにか宮西さんにご迷惑とか?

宮西 ハハハハ。ご迷惑。ハハハハ。物作りは人作りっちゅうが。ほんまじゃの。人を育てるのは一筋縄ではいかん。

幸子 そうでしょうねぇ。

宮西 サイズを間違えるのなんかしょっちゅうじゃった。

幸子 サイズを、ですか?

宮西 0.089を0.098と読み違えたり。

幸子 (富士雄なら)やりそう。

宮西 金型で0.01サイズ間違うたらおおごとじゃ。それから穴の数を間違えたり。

幸子 穴を……

宮西 穴の数間違えたらはまるもんもはまらんわの。

幸子 ですよね。ハハ。(恐縮)

宮西 それからキリンをゾウと間違えた。ありゃ大失敗じゃった。ハハハハ。

幸子 キリンをゾウに?

宮西 メーカーさんの標識をキリンにせんにゃいけんとこをゾウにしてしもうたんじゃ。

幸子 まさか。小学生じゃあるまいし。

宮西 そのまさかをやった。大きな間違いは逆に気づかんもんじゃな。ハハハハハ。

幸子 本当に申しわけありません。

宮西 昔のこと。昔のこと。

幸子 でも、よくご存知ですね。ご本人でもないのに。

宮西 え?

幸子 金型や、主人のこと。

宮西 (冗談のように)ご本人じゃったりして。(トうらめしやのポーズ)

幸子 まさか。やだ。

宮西 ハハハハハ。

幸子 フフフフフ。

   場がなごむ。

幸子 (なごんだ雰囲気のなかでつい)でも、あれですってね、宮西さんって。

宮西 ん?

幸子 あ。いえ、なんでもないんです。

宮西 一度言いかけたことは飲み込んじゃいけん。

幸子 いえ、その。失礼ですけど、ケチで有名だったそうですね。

宮西 ケチ? わしが?

幸子 いえ、亡くなられた宮西さん。

宮西 ……。

幸子 飲みに行っても一度もおごってもらったことがなかったって、主人が。

宮西 (ムス)

幸子 (宮西の様子に気づいて)すみません。

宮西 ええからええから。他にはなんて?

幸子 でも。

宮西 ええから。わしも興味がある。

幸子 なんでも主人が昔、お金に困って宮西さんに借りにいったことがあったそうですけど。でも断わられたとか。当たり前ですけどね、断るのが。

宮西 ああ。その話。

幸子 ご存知ですか?

宮西 ご存知もなにもよう知っちょる。

幸子 (思わず)あの、それって、主人がなんでお金を借りにいったか、宮西さんからお聞きになってらっしゃいません?

宮西 ん? そりゃまあ。知らんこともないが。

幸子 なんに困ってたんでしょう? あの人。

宮西 その前に、念のため申しますが、百山くんの借金を断ったのはケチが理由じゃありませんよ、奥さん。

幸子 は……?

宮西 あれは手切れ金です。

幸子 手切れ金!

宮西 手切れ金。なんでも飲み屋のきれいなお姉ちゃんに引っかかって、別れる別れんの大変じゃったらしい。麗子とか言ったかの。マーマレードの。そんな金はいくらなんでも貸せんわな。

幸子 手切れ金って、あの人飲み屋の女と浮気してたんですか?

宮西 浮気かどうかは知らん。が、つきあっちょる女がもう一人おって、そっちと結婚したいから別れてくれと、こう言うたらしい、その麗子とかいう女に。そしたら麗子が法外な金を要求してきたとか。

幸子 あ。待って。わたしのことじゃない? その結婚する女って。

宮西 (幸子の反応に構わず冷静に)わしは金型屋には固い女性がええと思うちょります。特に百山くんみたいなテキトーな男には。飲み屋の女はいけん。

幸子 それで、その麗子っていう女とは結局別れたんでしょうか?

宮西 あ。(急に立ち上がる)

幸子 え?

宮西 ちょっとトイレ。(漏れそう)

幸子 あっちの奥です。

宮西 (行きかけて、うらめしやのポーズで振り向いて)タオルある?

幸子 はい。トイレに。

   宮西、微妙な歩き方でトイレへ。

宮西 あ、それから。百山くんに言うちょって下さい。なにごとも、もう二度確認しろと。(トイレへ去る)

幸子 変な人。

   富士雄来る。喪服に着替えている。手にご仏前の袋。

富士雄 じゃ、行ってくるわ。

幸子 あ。中身をもう二度確認して。

富士雄 もう二度? なんだよ。宮西さんみたいなこと言うな。

   富士雄、改めてご仏前の中身を確認。

幸子 ねえ。マーマレードの麗子ってだれ?

富士雄 (ドキ)え? なに?

幸子 とぼけないで。知ってるのよ。

富士雄 なんだよ、急に。

幸子 浮気してたの? どうなのよ?

富士雄 け、結婚前の話だよ。

幸子 あなた約束したじゃない。隠しごといっさいしないって。わたしは昔の彼氏のことみんな話したわよ。

富士雄 おれも話したよ。

幸子 じゃ、マーマレードの麗子ってなによ。

富士雄 あれは彼女でもなんでもないよ。それにマーメードだよ、店の名前。マーマレードはジャムだろ。

幸子 ごまかさないで。じゃ手切れ金は? どうやって払ったのよ。

富士雄 なんでそんなことまで知ってんの?

幸子 いいから、答えなさいよ。

富士雄 それはその……。

幸子 そんな金どこにあったのよ。

富士雄 ……。

幸子 あー! 新婚旅行!

富士雄 新婚旅行?

幸子 新婚旅行縮小しちゃったの、そういうわけだったんだ。

富士雄 ええ?

幸子 オーストラリアに行こうって言ってたのに急に宮崎に縮小しちゃったのそういうわけだったんだ。

富士雄 縮小って言い方は。

幸子 縮小じゃない。オーストラリアから宮崎って。女に手切れ金払ってお金なくなっちゃったんでしょ!

富士雄 ちがうよ。

幸子 うそおっしゃいよ。だってあなたあのとき――(思い出して)モウッ! くやしいィッ!

富士雄 待てよ。落ち着いて幸子さん。

   宮西戻ってきて、二人の様子を見てびっくり。

宮西 あやややや。なんだか取り込んじょるようなから、わしはご仏前いただいて去のう(いのう)。

幸子 すみません。そうして下さい。(富士雄の手からご仏前を取り宮西に手渡そうとする)

富士雄 なにするの。おれが届けるよ。信用ないな。(取り返す)

宮西 いやわしが。(ト取る)

富士雄 いいったら。(ト取る)

幸子 渡しなさいよ。(ト取る)

宮西 もろうてこう。(ト取る)

富士雄 おれが届けるって。(ト取る)

幸子 いいから。(ト取る)

   トしばし三人でご仏前の奪い合い。

富士雄 貸せよ。(ト取る)あれ? なんか今(ご仏前が)宙に浮いてなかった?

幸子 ごまかさないで。(ト取る)

富士雄 いいって。(ご仏前を取って出ようとする)

幸子 渡しなさいよ。逃げるの。

富士雄 逃げないよ。だれからそんなこと聞いたの? (会社の)金田か? それとも七島か?

幸子 ちがうわよ。

富士雄 じゃなんでそんなこと知ってんだよ。手切れ金の話まで。

幸子 今ここで聞いたのよ。

富士雄 今? ここで? どうやって?

幸子 この方に聞いたのよ。

富士雄 この方ってだれだよ?

幸子 (宮西に)あの、お名前は?

宮西 宮西。宮西泰蔵です。

幸子 宮西泰蔵さんよ。

富士雄 宮西泰蔵って、宮西さんとは会ってないって言ったじゃん。

幸子 会ってないわよ。

富士雄 じゃ?

幸子 だからこの方から。

富士雄 だれもいないじゃん。

幸子 いない?

富士雄 手切れ金の話知ってるの、死んだ宮西さんだけだぜ。

幸子 エー!

   宮西、うらめしやのポーズを恥ずかしげにつくってみせる。

宮西 失礼しました。まだ成り立てで。(とポーズをいろいろ練習する)死んだ宮西です。チーン。(鉦の音)

幸子 ギャーッ!(富士雄に抱きつく)あ。あ。あ。

富士雄 ど、どうした?

幸子 そ、そこ。幽霊。宮西さん。

富士雄 宮西さん? バカな。いくら霊感強いっても。

幸子 ご仏前忘れてるって聞いたのこの人からだもん。それに手切れ金の話も。

富士雄 また。からかって。今度はどんな戦法で来るの? そんなにおれを追い込みたいわけ?

幸子 そんなんじゃないわよ。いいわよ。自分で確かめるから。

   幸子、宮西の身体に触ろうとするが、すり抜けてしまう。チーン。(鉦の音)

幸子 アワワ。本物だ!

富士雄 そんなにそこに宮西さんの幽霊がいるってんならさ。

幸子 なに?

富士雄 宮西さんの得意なことやってもらってみてよ。

幸子 得意なこと?

富士雄 宮西さんにしかできないようなこと。それができたら、そこに宮西さんがいるってことだろ。

幸子 そうね。だったら言ってみて、得意なこと。

富士雄 安来節(やすぎぶし)。ドジョウすくい。

幸子 ドジョウすくい?

富士雄 宮西さんのドジョウすくいは天下一品だった。

幸子 宮西さん。お願いできます? やってみて。

宮西 (うらめしやの練習をしていたが)しょうがないのぉ。♪安来〜。……

   宮西、ドジョウすくいを一くさり。絶妙な腰使い。

幸子 おお。(拍手)

富士雄 だったら怒りながら笑う人。

幸子 怒りながら笑う人?

富士雄 仕事ヘマしておれ叱るときよくやってたんだ、宮西さん。

幸子 お願いできます?

宮西 (やる。笑いながら)ハハハハハ。なんだ百山、おまえは! まだ金型のイロハも覚えてないんか、こら! ハハハハハ。

幸子 おお。(拍手)

富士雄 て、待ってよ。おれ全然見えないじゃん。

幸子 そうだった。

   富士雄、ちょっと思案して、

富士雄 じゃ、宮西さんならあのこと知ってるはずだから聞いてみてよ。

幸子 あのことって? もう一人女がいるとか。

富士雄 いないよ。そうじゃなくって。いいから聞いてみてよ。

幸子 わかった。

富士雄 宮西さん。あのこと覚えてますか。覚えてますよね。宮西さんが定年間際で。おれが宮西さんの代わりに初めて大きな仕事任されて。それで大失敗して宮西さんに迷惑かけたこと。

宮西 覚えちょる。

幸子 (富士雄に伝える)覚えてるって。

宮西 キリンとゾウを間違えた。

幸子 キリンとゾウを間違えたって、それ?

富士雄 うん。キリンとゾウ。気づいたときはもう製品完成してて。宮西さんおれの代わりに必死に得意先に頭下げてくれた。んで、無理言って納期伸ばしてもらって会社中で二晩徹夜して、なんとかゾウをキリンにやり直した。あんとき会社に損害かけたの、宮西さんが払ってくれたんだ。

宮西 いや、退職金が減らされただけじゃった。

幸子 退職金カットだったって。

宮西 百山は金がなかったからのう。手切れ金で。

幸子 そこにつながるか。

宮西 あの失敗を(わしが)引き受けたのが、よかったか悪かったか。今でもようわからん。けど、おまえは叩かれ弱いからのう。

幸子 あなた叩かれ弱いから、宮西さんが失敗引き受けてくれたんですって。

富士雄 申しわけないです。

宮西 人には、褒めて伸びるそと叩かれて伸びるそがおるからのう。

幸子 その通り。

宮西 社長は百山をクビにするっちゅうたが、わしは反対した。

幸子 なんでです?

宮西 百山はだれにも負けんほど金型が好きじゃったからのう。

幸子 (ちょっと胸が熱くなる)社長があなたをクビにしようとしたの、宮西さん反対してくれたんですって。あなたは金型が好きだからって。

富士雄 宮西さん。

宮西 その後おまえもようがんばった。失敗が薬になった。

幸子 その後よくがんばったって。失敗が薬になったって。

富士雄 はい。(涙ぐむ)

宮西 今じゃ一人前の金型屋じゃ。のう。ハハハハハ。

幸子 (幸子もなんだか鼻がツーンとしてくる)一人前の金型屋だって。宮西さん。

宮西 よかった、よかった。

幸子 よかったって。

   富士雄、感極まってそこにいると思われる宮西のところに飛んでいき、手を握ろうとする。

富士雄 宮西さん!(方向が違う)

幸子 そこじゃない! 行き過ぎ。お尻向けてる。

富士雄 こう?(位置直し、手を握ろうとする)

幸子 あなた、それ頭(宮西さんの)。頭握ってる。座ってらっしゃるの。

富士雄 あ。すみません。

宮西 ええ、ええ。(苦笑)

富士雄 ここ? いい? おれ、(宮西さんの)手握ってる?

幸子 うん。握ってる。

富士雄 宮西さん。ホントにありがとうございました。あのときはバタバタしてお詫びとお礼としっかり言わないままでした。宮西さんのお陰で今のおれがあるんです。宮西さんから金型の基礎学びました。社会人としての基礎を教わりました。もう一度お目にかかって、感謝の気持ちを……

宮西 会っちょる会っちょる。

幸子 今会ってるわよ、富士雄さん。

富士雄 はい。実感ないもんですから。ホントにありがとうございました。

宮西 ええ、ええ。これでわしも安心してあの世にいける。

幸子 これであの世にいけるって。

富士雄 はい。

宮西 (幸子に)年寄りのいらん世話じゃが、百山をよろしく頼むの。

幸子 はい。

宮西 あんたがおらんと、ダメじゃこの男は。

幸子 (微笑んで)はい。

富士雄 なに? なんて言ったの、宮西さん?

幸子 内緒。

宮西 内緒内緒。

幸子 (宮西に)ねえ。

富士雄 ずるいよ、幸子さん。

宮西 (幸子に)あんた、百山と似合いの夫婦じゃの。われ鍋になんとやら。

幸子 とじ蓋。(苦笑)ハハ。(富士雄に)お似合いだって、わたしたち。

宮西 (急に立ち上がる)あ。

幸子 え? どうしました?

宮西 トイレ。(出ていこうとして)あ。うっかりするとこじゃった。ご仏前、忘れるなよ。もう二度確認しろ。ハハハハハ。

   宮西、微妙な歩き方で去る。

幸子 幽霊って、変な歩き方。

富士雄 いっちゃった? いっちゃった?

幸子 うん。

富士雄 いっちゃったか、あの世へ。(手を合わせる)ナムナムナム……

幸子 (傍白)ちょっとちがうんだけど……ま、いっか。でも立派な方ね。

富士雄 うん。

幸子 それに全然ケチじゃない。退職金も出してくれて。

富士雄 そうだけど、そうじゃない。あの金後でおれ、請求されて払ったんだ、分割で。

幸子 どういうこと?

富士雄 宮西さんの退職金の減額分、利子つけて返したの。

幸子 そうなの。

富士雄 そう。じゃ、行ってくるよ。(玄関へ)

幸子 え?

富士雄 ご仏前。

幸子 あ。待って。さっきの麗子って女のことだけど。

富士雄 しつこいよ。それはもう終わった話。行ってきまーす!(出ていく)

幸子 待って。富士雄さん! もう。帰ってきたらとっちめてやる。

   宮西、ぬっと現れて、

宮西 それがええかものう。(トうらめしやのポーズ)

幸子 キャッ!

宮西 ハハハハハ。

幸子 フフフフフ。

   二人、笑い合う。

                       (幕)

広島友好戯曲プラザ

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