「泣かないでよ、笹月さん」(日本劇作家協会のリーディングフェスタ2017で上演)

   一人芝居

   泣かないでよ、笹月さん

          作/広島友好

   ○登場人物

   男(ノボル…若いというほどではないが、中年と呼ぶにはまだ早過ぎる)

   ○時

   今であり、少し前

   ○所

   居心地のいい狭い部屋

   [そこは居心地のいい狭い部屋。

   小机の向こうに男がすわっている。

   机の上にはタッパーに入ったクッキーが置いてある。

   男は椅子に腰掛け、はす向かいにすわる相手の話を聴こうとしている……]

男  ……ええ、ええ。……ええ、ええ。だから交代したんです。……ええ、ええ。お気持ちはよくわかります……。

   ええ、きょうになってね、都合が悪くなったって急に辞められて。僕はピンチヒッターなんです。

   (前のボランティアが)なぜ辞めたのかって? わかりませんよ。いや、笹月さんが嫌われてるってわけじゃありません。その前の人とは……会ったことありませんけど。

   ね。持ち時間の五十分が経っちゃいますよ。話して下さいよ。前の人じゃなきゃってお気持ちもわかりますけど……

   [笹月さんが差し入れのクッキーを男に押して寄越した]

男  なんです? クッキー? 僕は……いただきません。

   え? 手作りですか、笹月さんの? 前の人が好きだった……そうですか……。

   ええ。ええ。(手元の資料をチラッと見て)そりゃ、笹月さんの被災体験が前の人には重たかったのかもしれませんね。食べちゃったのかも、笹月さんの体験を疑似体験しながら。身体の中に溜め込んで、重荷なっちゃったのかも。おっしゃる通り。

   確かに辞める人も多いそうなんです、ええ、傾聴ボランティア。人の悩みを聴くのってしんどいですからね。「悩みを真剣に聴いちゃいけない。人の悩みを食べちゃいけない」って人もいます。人の悩みを食べちゃうと、逆に自分がその悩みに飲み込まれて病気になっちゃうってね。

   でも、逃げ場はあるんです、ボランティアには。次のボランティアに交代すればいいんですから。で、今僕がいるんです。

   あの人は逃げるような人じゃなかったって? ……んなこと言われても……。

   [間]

男  ……話したくなければ話されなくても。こうやって五十分間一緒にいるってのも……。

   ええ、ええ、楽しみにされてたんでしょ? 週に一回の楽しみ……話を聴いてほしかった……。

   僕もね、ぜひ笹月さんの話を聴かせてほしいんです。それが必要な人間もいるんですよ、僕みたいに。

   僕ですか? きょう急に言われたんです。ええ、交代を。協会に、傾聴ボランティア協会に。実は研修中でしてね、ええ、僕。ちょうどきょう研修終了の認定試験のはずだったんです。でも一コマも欠かさず受講したからもう試験はいいだろうって。四十時間もあるんですよ、研修が。でもそれよりは実際に人の話を聴くのが大事だって、協会の人に言われて。んで、急遽笹月さんの所に。だから、笹月さんが初めての人なんです、ボランティアの。

   ――え? なんで傾聴ボランティアを始めようと思ったか? そりゃ、まあ……いろいろと。僕のことは…………

   クッキーはいりませんって……。

   ……じゃ、一つだけ。(傾聴相手の笹月さんの差し入れのクッキーを食べる)

   [男の食べている表情はなんとも生気を失ったものに見える。ただ「物」を噛んで飲み下しているよう……]

男  ……えっ? いや、嫌いとか、そんなんじゃ……わっ、なんで泣くんですか、笹月さん! ――え? ちっともおいしくなさそう? 一生懸命作ったのに? ね、笹月さん。ね。泣かないで下さい。だれも見捨ててなんかないですよ。笹月さん。笹月さん。……弱ったなぁ。きょうが初めてなのに……。

   [笹月さんは静かに泣き続けている]

男  (大きなため息をついたあと)……実は……ここだけの話……わかんないんです、味が。

   ええ。ええ。クッキー食べても、おいしいかどうか。いや、笹月さんのクッキーが味がしないとかじゃなくて。どんな味がするのかわかんないんです、なに食べても。

   病気って? どうなんでしょう。自分でもわかんない。子どもの頃からですから。食べては、汚い話、吐き出してた。

   ――聴きたいですか、こんな話? え、なに? 時間は充分ある。これじゃ、どっちがボランティアだか……。

   [男は仕方なく話し出す]

男  ……小さい頃、母親に叱られたもんです。食べようとしないんですからね。口に入れても吐き出すんですから。たまに……叩かれてました。

   [瞬時に過去に戻る…そのときの自分に戻る…以下【過去】]

男  (幼い男が泣いている)エーン! ビエーン! エーン!

   [瞬時に現在に戻る…今の自分に戻る…以下【現在】]

男  意地悪してると思ったんでしょうね、僕が。カレーライスにハンバーグ、せっかくの手料理を吐き出すんですから。

   【過去】

男  エーン! ビエーン! エーン!

   【現在】

男  今でも嫌われてますよ。

   なんで母親に言わなかったんでしょうねぇ?

   そもそも物には味がある、味がするってことがわかんないんですから、甘いとか酸っぱいとか苦いとか。言いようがないじゃないですか。

   僕にあるのは感触だけ。口に物を入れたときの感触。触感。わかります? 例えば、口に十円玉入れるとするでしょ。そうすると、固くて、変に冷やっこくて、ザラザラして、異物感があるじゃないですか、あんな感じなんです。想像して下さい、ハンバーグは柔らかいゴム。カレーライスは、味がないもんだから、色からして変な物食べてる連想しちゃうんです。笹月さん嫌な顔するけど、ホントなんですよ。子どもの僕には苦痛でした。糸コンニャクなんて最悪!

   【過去】

男  エーン! ビエーン! エーン! ビエーン!

   【現在】

男  あとでね、僕にそういう障害があるってわかってからも、一度できた母親との溝は……なんだか埋まりませんでした。(さびしく苦笑する)

   ええ、ええ、小学校の給食は最悪でした。拷問ですよ。

   笹月さん、好きだったんですか、給食? 脱脂粉乳? その時代の人なんですか。今おいくつですか、年? へぇ。ハハ。僕には牛乳も脱脂粉乳も代わりませんけどね、たぶん。

   イジメられましたよ。しょっちゅう給食残すんですから。変に正義感の強い女の子がいて、熊谷さん。今月のクラスの目標、残飯ゼロにしましょう! なんて。おかずなんてほとんど食べずに、大鍋の中に戻してました。それ、熊谷さんに見つかっちゃったり。

   【過去】

男  (小学生の男)わざとじゃないよ。イジワルじゃないって。なんで泣くの、熊谷が? 味がわかんないんだって。まずいんだって。だから泣くなよっ。(周りの友達に)ひどいってなんだよ。おれいじめてないよぉ。クソッ! どけ、熊谷! 泣き虫!

   【現在】

男  でも、気持ち全然伝わんなかった。逆にこっちも意固地になって。みんなわかんないんです、自分が体験したことないから。まずいってのはわがままだって、おれらもまずいトマトやピーマン残さず食べてるって。全然次元がちがうっての。ハハ、なんかまた腹立ってきちゃった。

   六年生んときに家庭科の授業ってあるじゃないですか。笹月さんもあった? あれで調理実習ってあるじゃないですか。ひどいもんでした。味の加減がわかんないんだから。同じ班のみんなが僕の作った味噌汁飲んで引っくり返ってましたよ。ホント冗談でなく。引っくり返ったの、調理室の床に、ゲエェェッて。味噌汁って人殺せるなって思ったくらい。あのあとしばらく口きいてくれなかった……。

   で、決めたんです。だれにも言わないって。自分が味わかんないこと。絶対言わない、友達のだれにも。むなしいもん。

   だれかと一緒に食べなきゃいけないときには、演技するんです。ほら例えば、部活の帰りに寄る、立ち食いだとか。あれってなんとなく付き合わなきゃいけないでしょ。そんときはちょっとこぅ、微笑んで食べるんです。あ、さっきは油断しちゃったけど。いつもはほら、(たこ焼きを食べる真似をする)こんな風に。……ね、おいしそうでしょ。

   あとは極力食べない。食べなきゃ、苦痛じゃないんだから。

   それでも一日一度は食べないと、死んじゃうでしょ。また汚い話だけど、トイレと一緒、しなきゃ死ぬ。

   やっぱりまだ生きてたいみたい。まだ若いし。やりたいこともあるような気もするし。他のこぅ、大変な人に比べたら、僕なんかってね。

   笹月さんもね、大変な思いされたでしょ。被災されて。独りぼっちになられて。生まれた土地離れてこっちへ引っ越してくるのだって。だから僕の話なんかより、笹月さんの話聴いて――だから!(しつこくクッキーを勧められた)クッキーいらないって!(クッキーを手で払ってしまう) ――あっ、ごめんなさい。

   [男はいたたまれずに立ち上がる]

男  ……僕にもね、唯一わかる味があるんです。クッキーじゃないけど、メロンパン。メロンパンの味だけ、なんとなく覚えてる。あれ、たぶん、二歳か、三歳。食べてたんですよ、メロンパン。おばあちゃんに駄菓子屋で買ってもらって。で、おいしいなって。すンっごく薄い味なんだけど、香るようにほのかに甘い味がしたんです。あれ一度だけ。

   (床に落としたクッキーを拾いながら)ふふ、でね、その味を、メロンパンのほのかな味をいろんな物に当てはめてみるわけ。食べるときに、想像するんです。例えば、そうだなぁ、焼肉食べてるだけじゃ、ゴムですよ。汁の出るゴム。でも、メロンパンの味を思い浮かべて食べると、ちょっとだけ幸せなんです。メロンパン味のカルビ。メロンパン味のロース。メロンパン味のホルモン。不思議でしょ。

   でもね、最近はやめてるんです。やり過ぎると、味の記憶がどんどん薄れてくる。ほら、よく、何度も昔話や戦争の体験談を語る人が、話をするたんびに真実から遠ざかっていくっていうじゃないですか。あれに似てるかな。もうホントのメロンパンの味がわかんなくなってきちゃって。味の記憶が靴底みたいに磨り減っちゃって……。

   でもね、一番あれだったのは、彼女ができたときです。いたんですよ、僕にも、彼女が。マメで、優しくて。天使でした。ふふ、ちょっと不細工な、犬のチャウチャウみたいな。でも僕にとっては天使でした。

   でも、人生って皮肉ですよね。笹月さんみたいな大先輩に言うのもなんなんだけど、ホント人生って、厄介ですよ。その彼女が、なんと料理自慢。笑うでしょ。

   ええ、彼女の家には極力行かないことにしてました。行けば、バーンって手料理が出てくるじゃないですか。目に見えてるもん。それって断れないじゃないですか。

   さっすが笹月さん。年の功。鋭い。そうなんです、事件は起きたんです。彼女が来たんですよいきなり、僕のアパートに。ラッキーって、笹月さん、全然ラッキーなんかじゃなかったんです。彼女、手作りのお弁当持ってきてたんですよ。(微笑む。さっきの、おいしそうに食べている演技の笑顔で口を動かす)……食べました僕。全部。きれいに。彼女の手作り弁当。……でもね、わかるんでしょうねぇ、ああいう料理自慢には。敏感なんです、人の表情に。

   【過去】

男  だからおいしいって。ホントだって。ほら、見た目もきれいだし、(お弁当を食べつつ)玉子焼きもおいしそうに黄色いし、鶏(とり)の唐揚もこんがりきつね色で……ご飯にしてもハート型のふりかけが、ね、ちょうどいい具合に――

   【現在】

男  僕は内心がっかりしてました。せっかく彼女が作ってくれた、そのお弁当の味がわかんないんですから。これっぽっちも。彼女の、大げさだけど、彼女の愛を捨ててる気がしたんです。

   【過去】

男  ――なに? 全然褒めてないって――お弁当の色や形ばかりって――? んなこと言われても……

   【現在】

男  僕の舌には、大きな、それこそ地球のマンホールみたいな大きな穴が開いてて、そこに彼女が作ってくれたお弁当をゴミみたいに放り込んで捨ててる気がしたんです。それが、作り笑いの底からにじみ出てたんでしょうねぇ。

   【過去】

男  なんで泣くの。食べてるじゃないか、おれ。一生懸命食べてるじゃない。泣かないでよ。ねえ、お願い。ねえ! ――泣きたいのはこっちだよ。

   【現在】

男  さっきの笹月さんみたいに泣くんですよ、彼女。僕ね、耐えられないんです、泣かれるの。熊谷さんも泣いてたなァ、給食んとき。母親もよく泣いてました。ノボル、なんでお母さんの作った物、食べてくれないのって。なんで、ノボル? ノボル、なんで? ノボル? ノボル……って。そういうの、耐えられないんです。

   【過去】

男  おれさ、ごめん――味わかんない……

   【現在】

男  言いました彼女に、ホントのこと。けど、なんていうか、彼女を慰めて、慰められて、そのときは泣き止んでくれたけど。

   彼女は頑張ってくれました。いろいろ勉強して、亜鉛入りの手作りジュースなんか作ってくれて。亜鉛取るといいっていうんです、味がわかるようになるって。

   彼女が僕に聞くんです、どうって。どう、味がする? どう、おいしい? どう? どう……?

   僕のほうから連絡取らなくなっちゃって。

   [男はベロッと舌を出す]

男  ね、穴の開いた人間なんです。(また舌をベロッと出す)ね…………

   [間]

男  泣いてないですよ。

   [間]

男  なんで笹月さんが泣くの!? え? ……胸に来た、今の話が? ね。笹月さん。ねぇ。泣かないで……僕、ホント耐えられないから……ねぇ、笹月さん……笹月さん…………

   [笹月さんは泣いている]

男  ……笹月さんだから言うけど、ホント初めて話すけど、この間、もう前になるけど、でっかい震災があったじゃないですか。んで、テレビで被災された家族のドキュメンタリー見たんです。震災があって、子ども亡くしちゃって、引きこもっちゃうっていう親の話。笹月さんもあれで大変な思いされて、僕の言葉なんて全然軽いんだけど、僕の、その、穴にね、僕は穴の開いた人間だけど、その穴に、いろんな話をね、マンホールみたいな穴に、人のつらいことや、哀しいことをね、埋めてみてもらったらどうだろうって思ったんです。僕には耳があるわけだから。人の話を聴いて、僕は自分の穴を埋めさせてもらって、話をする人は、そのやり場のない思いを僕に放り込んでもらって。それで、元気になってもらって。で同時に、僕も自分の穴埋めてみたら、少しはどうかなるんじゃないかなって――。僕も救われるんじゃないかなって。自分勝手な言い方だけど。

   だから――ね。泣かないでよ、笹月さん。

   [男はギョッとした表情をする]

男  ――なに……ヤだな。なに、今度は笑って。満面の笑顔で。――え? 話してくれてありがとう……て、どういう意味? ……終了? 終了ってなんです? 合格って? え、え? 笹月さんって、なに、マジで。協会の人なんですか? 名誉顧問?! なに、それ? ええっ! これって、傾聴ボランティアの認定試験なの?!

   [男は自分が認定試験を受けていたのだという事態がわかり、急にムスッとする]

男  ……はい。はい。ええ、そりゃそうでしょうけど。怒っちゃいませんけど。怒っちゃいませんって。傷ついてもいませんよ。……そりゃ、わかります。人の話を聴くには、人に話を聴いてもらう体験がいるんでしょ。――あ、心開いてね。心開いて、じっくり聴いてもらう。包み隠さずに自分のことしゃべって。それが、これからの傾聴に必要……。僕には……それが欠けてた……? それが一番難しい……。通りで、笹月さん、聴くのがうまいわけだ。だまされちゃった、ハハ……。怒っちゃいませんって――。

   [間]

男  ――どうしますかって、なにがです?

   ……ああ、傾聴ボランティアを、やるかどうか……?

   [男は瞬時自分の心に問う……。そして決心する]

男  じゃ――今度は僕が聴かせて下さい。笹月さんの話。

   [男は椅子に浅く腰掛け、軽く身を乗り出し、じっくりと耳を傾ける姿勢を取る]

男  ね。笹月さん。(ぽっかりと大きな穴の開いた舌をベロッと出す)ね。

   [しばし後……笹月さんが男に何やら話し始めたらしい……]

男  ……ええ、ええ。……ええ。……ええ、ええ……(舌を出したまま話を聴いている)………

   [男の顔は静かに微笑んでいる……美味しい物を食べてでもいるかのように……]

                   (幕)

広島友好戯曲プラザ

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