なんてったってアイドルになりたい!

なんてったってアイドルになりたい!

ガールズグループの地方オーディションを受ける「少女」たちの群像劇。

日本の劇戯曲賞2022最終候補作品(「アイドル☆オーディション!」の題名で)

未発表作品(2022年1月現在)。「女性」10人。80分。



   なんてったってアイドルになりたい!

            作・広島友好

○ 登場人物

    漆原立夏(ウルシバラリッカ)22歳

    琴芝秋良(コトシバアキラ)16歳

    星野友加里(ホシノユカリ)17歳

    神田亜湖(カンダアコ)24歳

    山内澄美礼(ヤマノウチスミレ)18歳

    冬坂萌絵(フユサカモエ)16歳

    芦田咲希(アシダサキ)15歳

    渡部美玖(ワタベミク)12歳

    桜井ゆず(サクライユズ)16歳

    坂上杏樹(サカガミアンジュ)36歳…進行係

   (秋良の姉…加奈)

   (プロデューサー…コンタ☆)



   オーディションの地域予選の2次審査中。

   アイドルを目指す「女の子たち」の歌と踊り。「コール マイ ネーム」

歌   今 わたしの胸は 張り裂けそう

    この日のために 流した涙 無駄にしたくない

    過去 眠れない夜 起き出して

    歌って踊った 大切な曲 こころに抱いて

    ああ どうか神さま 一度でいいから

    コール マイ ネーム わたしを呼んで

    お願い お願い ほかは何もいらない

    助けて 助けて ほかは何も見えない

    ああ どうか神さま 一度でいいから

    コール マイ ネーム わたしを呼んで

    あなたの鼓動が 届くぐらいに

   歌が終わると、秋良とゆずが、祈るように手を合わせて発表を待つ。胸にエントリー番号と名前の書かれた名札を張っている。

杏樹(声) セブンカラーズ・アイドルオーディション、中国地区・2次審査の合格者を発表します! エントリー番号……75番。……121番。……324番。……337番。……390番。………

ゆず 483、483……お願い!

杏樹(声) ……409番。そして……、483番。以上です。

ゆず キャーっ! やったぁー! やったぁー!

秋良 ああっ、ごめんね、ごめんね!

ゆず (ガッツポーズ)おおおっ! よかったぁ! そんな予感してたんだ。

秋良 どうしよう?! まさかのまさかだよ!

ゆず (秋良を見つめて)483番。マジびっくり。最終、残った!

秋良 ほんっとごめん、ゆず。

ゆず いいって、2次受けられただけでもうれしいし。秋良なら、ぜったい合格するって思ってた!

   進行係でトレーナーの杏樹が出てきて、

杏樹 2次審査合格者は、3階の第3控室に集合してください! 時間がありませんので、10分休憩して、すぐに最終オーディションに入ります。準備をして、必ず待機しておいてください!(去る)

ゆず (自分の荷物を持って)ロビーで待ってるから。

秋良 (不安)どうしたらいい?

ゆず この調子この調子。ぜったいアイドルになりたいんでしょ?

秋良 加奈姉ちゃんの夢だし……

ゆず 秋良の夢だろ!

秋良 うん……。だね!

ゆず 全力で応援する。加奈さんもきっと応援してるよ。(両手を組んで天を見上げて)秋良に力を貸してください!

   そこへ澄美礼が荷物を持って移動してくる。秋良とゆずのいた場所は第3控室。控室には数台のカメラが置いてあり、後日、動画配信するために、このオーディションの様子を撮影している。

澄美礼 (メガネをかけている。初対面の秋良に)合格すると思ってた!

秋良 え、え?

澄美礼 (興味津々)めっちゃ目ぇ惹くもん。なんか不思議なオーラある。

ゆず ……だれ、あんた?

澄美礼 山内澄美礼。(秋良に)名前は?

秋良 琴芝アキ――

ゆず ああっ――加奈加奈! 加奈加奈加奈!

秋良 そ、そう! か、加奈。琴芝加奈!

澄美礼 加奈ちゃん……。仲良くしようね。

秋良 よろしく。アハハ……。

ゆず (冷や汗ものでホッとして)アハ……。

澄美礼 あなたは……?

ゆず 加奈……の友だち。(秋良に)じゃ、行くね。

秋良 うん。

ゆず (スマホの仕草)なんかあったら連絡して。指示出してあげるから。

秋良 頼りにしてる。

ゆず じゃ。(秋良から離れて。独り言)天然なとこあるからなぁ、心配だよ。バレなきゃいいけど。(控室を出る)

澄美礼 なんだあの子、落ちたんだ。(少し見下して笑う)フフッ。

   ほかの合格者も三々五々、集まってくる。独特な緊張感の中、ざわざわしている。

   咲希が明るく控室に入ってくる。

咲希 めっちゃキンチョーっ! (みんなに)おはようございまーすっ!

   咲希は髪に手櫛を入れ、落ち着きなく周りをきょろきょろ見回す。

   澄美礼は咲希を見ると、スマホをスクロールして何か情報を調べる。

   亜湖は慣れた感じで控室の一画に自分の居場所を作る。口臭スプレーを口にひと吹きして、鞄からノートを取り出すと、座って何か書きつける。

   友加里は初めてのことに戸惑う様子を見せている。

友加里 (何もない所でつまずいてよろける)アッ。

亜湖 (自分の足をさっと引っ込めて)ごめん! 大丈夫?

友加里 うちが自分で。……そこ座ってもええ?

亜湖 いいけど。

   友加里、亜湖の隣に座る。亜湖は軽く無視してまたノートに何やら書き込む。

   美玖はストレッチをしながら、長い髪をゴムで結わえ直している。歌を口ずさむ。物怖じせず元気いっぱい。

美玖 ああ どうか神さま 一度でいいから

   コール マイ ネーム わたしを呼んで

   お願い お願い ほかは何もいらない………

   亜湖、ノートをしまって、スマホで音を聞きながら振りの練習を始める。つられて、咲希も振りの練習をしだす。

   杏樹が資料を手に携えて入ってくる。

杏樹 全員集まってますか?

   最終オーディション参加者が杏樹の前に集合する。

   萌絵が遅れて控室に入ってくる。急ぎ足。手をふいたハンカチを鞄に仕舞う。スマホをさっと取り出してチェックして、また鞄に戻す。急いで並ぼうとして、友加里に軽く当たる。その弾みで友加里がつんのめって手をつく。

萌絵 (そんなに強く当たってないので、びっくりして)ええっ? ごめん!

秋良 (近くにいたので助ける)大丈夫?

友加里 (笑顔で)うん。

萌絵 ごめんねえ。当たった?

友加里 大丈夫。

杏樹 (手を軽く叩いて)はい、聞いて! みなさん、まずは、2次審査合格おめでとうございます。これから最終審査に入りますが……、ごめんなさい、課題曲が変更になりました。

   参加者から、驚きと戸惑いの声があがる。「えーっ」「うそぉ」

杏樹 「コーネ マイ ネーム」じゃなくて、「ネクスト ドリーム」を、コンタ☆さんの前で踊ってもらいます。

澄美礼 (秋良に小声で。以下しばらく、澄美礼が秋良に解説代わりにいろいろつぶやく)またコンタ☆の気まぐれだよ。あの人、自分で決めて、すぐひっくり返しちゃうんだ。

秋良 そうなんだ?

澄美礼 有名だよ? でも、その思いつきがヒットしちゃうんだよねえ!

杏樹 振りは事前に送った動画で、3曲覚えてもらってると思うけど、急な変更なんで、今から振りの確認をします。

秋良 なんか、怒ってるぽくない?

澄美礼 あの人さ、元アイドル。スーパーシンガーズの元メンバー。坂上杏樹。

秋良 へええ!

澄美礼 全然センターじゃなかったけど。

杏樹 頭から、やっていきます。

   杏樹、歌を口ずさみながら、振りを教えだす。参加者は杏樹の動きを食い入るように見ながら、振りの確認をする。杏樹の真ん前には、亜湖がいる。

杏樹 (振りを教えながら)「ひとり小舟を漕いで 渡った海に 7色の虹があると あなたは教えてくれた」……

澄美礼 (踊りながら)ほら、あの、先生の前でガツガツ踊ってる子……

秋良 (踊りながら)うん。

澄美礼 あの子、JIスクールの神田亜湖。

秋良 ジャパンアイドルスクール? すごくないそれ?

澄美礼 この手のオーディションの常連。けど、いっつも最終止まりなんだよね。

亜湖 (杏樹に食らいつくようにして振りを確認している)

杏樹 「嵐に巻き込まれて オールを失い 今はただ祈るしかない 必ず虹はあるはずと」……回って、足はこう。手は前ね。下ろしてあげる。パッ、パッ。……

澄美礼 (萌絵を見て)その隣の、さっき人にぶつかった……あの子のママ、ローカル演歌歌手の冬坂たまみ。

秋良 「豊後水道秋景色」?!

澄美礼 緊張しいで、トイレばっか行ってる。さっきもきっとトイレだよ。

秋良 (萌絵の)顔ちっちゃ!

萌絵 (振りは完璧に入っているようだ)

杏樹 ……いい? ここまで大丈夫?

参加者 はい。

杏樹 「ネクスト ドリーム きょう夢が破れても」……肘もっと上げて! そう! 「泣いたりしない あしたにはきっと立ち直れるよ」

澄美礼 ダークホースは端っこの女の子。最年少渡部美玖。12歳!

秋良 かっわいい!

澄美礼 コンタ☆ってああいう子、好きなんだよね。美少女だけど、気が強い。

秋良 わかるわかる! セブンカラーズの漆原立夏みたいな!

杏樹 「夢見よう 夜明けの虹を 夢見よう 希望の虹を ネクスト ドリーム」

友加里 (踊っている最中に不細工に足を取られてこける)あっ! (恥ずかしくて笑ってごまかす)ヘヘ……。

杏樹 (怒って。口でノックの音を真似て)コンコンコンっ! みんな集中してる? 運命がアイドルの扉、ノックしてんだよ今! コンコンコンっ! コンコンコンっ! ……集中して!

   参加者は杏樹の迫力に気圧されて黙る。

杏樹 セブンカラーズのメンバーは、2時間で1曲丸ごと、振り覚えちゃうんだよ。それを完璧にステージでやるの。みんな甘いよ! ……自分らのときはこんなことなかった。ほんとにプロになる気あんの? 世界目指してんだよセブンカラーズは! グローバルアイドル! いい? 集中して!

参加者 はい!

杏樹 ……サビ、もう一回やるよ! (再び教えだす)「ネクスト ドリーム きょう夢が破れても 泣いたりしない あしたにはきっと立ち直れるよ」

澄美礼 いちばん注目してるのが、さっきこけた子。歌がうまいんだこれが!

秋良 ……怒られない?

澄美礼 こっち見ちゃダメ。……星野友加里。あの子の歌聞くと、ライバルなのを忘れちゃう!

友加里 (動きがどことなくぎこちないが、一生懸命振りを確認している)

杏樹 「夢見よう 夜明けの虹を 夢見よう 希望の虹を ネクスト ドリーム」……で最後、足をクロスして、元に戻す。クロスして、戻す。

澄美礼 あとは……、やたら張り切って踊ってる子。(咲希のこと)

秋良 いちばん端の?

澄美礼 あの子はたいしたことない。元気いいから、目立つけど。

咲希 (振りは荒っぽいが元気に笑顔で踊っている)

杏樹 「ネクスト ドリーム きょう夢が破れても 泣いたりしない あしたにはきっと立ち直れるよ 夢見よう 夜明けの虹を 夢見よう 希望の虹を ネクスト ドリーム」……(振りの確認が終わって)わからない人があったら、聞いて。

咲希 はいはいはい! 杏樹先生、今の足をクロスするとこって、これでいいんですか?

杏樹 ちがうちがう。こう。こうじゃなくて、こう! ……

秋良 ねえ、なんでそんなにくわしいの?

澄美礼 (自分のメガネを整えて)だって、ライバルのこと知ってると、安心じゃん?

秋良 敵を知り、おのれを知れば……?

澄美礼 (自分を嘆いて)そこそこじゃダメなんだよねえ! 自分こと、よくわかんない。メガネアイドルねらってるんだけど……、それが最大の欠点。……あと、確かな情報じゃないんだけど、もしかしたら、漆原立夏が来るかも。

秋良 ええっ、立夏が!

澄美礼 まさかとは思うけど、地方オーディションからの芸能界復帰とか?

秋良 ウルシーの大大大ファン!

澄美礼 スキャンダルまみれだよ?

立夏 ちょっとカメラ止めてよ!

   そのとき、立夏が入ってくる。そのあとを動画を撮るカメラマンが追ってきている。

立夏 ついて来ないで! 一般人がいるのよ、ここ!

美玖 (跳ねるように大喜びして)キャーッ、漆原立夏じゃん!

咲希 マジ! うそっ!

萌絵 かっわいい! 足細っ!

   みんなの注目を集めている中、平然を装い、控室の隅に荷物を置くとスマホを見始める。

杏樹 何度連絡したと思ってるのよ!

立夏 (スマホを見たまま目を合わせずに)来たんだから、いいじゃないですか……。

杏樹 2次終わってるのよ。化粧もしないで。

立夏 (憤然と、また荷物を持って出て行こうとする)

杏樹 待ちなさい! 待ちなって! ……コンタ☆さんに聞いてくるから。

   杏樹、控室を出ていこうとする。

亜湖 (立夏に)なんであんたが?

立夏 いたんだ、亜湖。(あまり取り合わずにスマホをいじる)

亜湖 謹慎してんじゃないの?

立夏 コンタ☆さんの差しがね……。

杏樹 (ほかの参加者に)何ボーッとしてるの! 練習したらどう? 人のこと気にしてる暇ないはずだよ!(急ぎ控室を出ていく)

   参加者たち、それぞれ準備する。振りの確認をしたり、歌を歌ったり。遠目に立夏を見ている子もいる。

澄美礼 (立夏と亜湖)ふたり、コンタ☆がやってるJIスクールの同期だったって話。今じゃずいぶん差がついちゃったけど。

秋良 なんで、立夏さんがここに?

澄美礼 ネットですごい噂になってたじゃん。漆原立夏が、セブンカラーズ追加メンバー募集の地方オーディションを、受けるんじゃないかって。

秋良 ネットニュース見ないから。

澄美礼 (教え諭すように)知ってるよね? セブンカラーズの絶対的エースだった漆原立夏が、文春砲で、Kポップアイドルのキム・イルジュとのお泊まりデートをすっぱ抜かれて、大バッシングで活動自粛に追い込まれたのは?

咲希 (ふたりの話に聞き耳を立てていた)ツイッターで謝罪したの、見た!

澄美礼 謝罪じゃなくて、一部のファンを批判して、大炎上!「アイドルにも恋愛の自由はある。ほっといて!」

咲希 そこが魅力なんじゃん。

澄美礼 活動自粛を余儀なくされて、その間にキム・イルジュとも別れて、しばらくおとなしくしてたけど……、セブンカラーズそのあと鳴かず飛ばずじゃん。ヒット曲出ないし、ほかの坂道グループにも抜かれるし。で、あせったコンタ☆が、起死回生の話題作りをねらって、漆原立夏を、この地方オーディションをみそぎにして、芸能界に復帰させるんじゃないかって噂。元トップアイドルが、一般参加者にまじって、一から出直しをはかる感動ドキュメンタリー。

秋良 へええ……!

立夏 (何やら思いつめた表情でスマホをいじっている)

美玖 (興味津々、澄美礼たちに近づいてきて)なになに? どうしたの?

澄美礼 だからぁ……

   澄美礼、美玖にまた一から噂話を始める。

   秋良、澄美礼たちから離れて、スマホでゆずに電話する。別空間に、会場のロビーにいるゆずが現れる。お菓子を食べている。

ゆず 何、秋良?

秋良 (スマホの口元を手で囲み、内緒話)立夏が来た! 漆原立夏!

ゆず やっぱそうなんだ! すれちがったさっき。何、まさかオーディション受けんの?

秋良 サインもらってもいいかな?

ゆず 一応ライバルじゃん?!

秋良 神だよ、神。加奈姉ちゃんの。

ゆず ああ……だね。もらえる? 漆原立夏、怖くない?

秋良 (立夏を覗き見ながら)……大丈夫だと思う。(通話を切る)

   秋良、立夏の元へ。立夏は思いつめた表情でスマホを操作している。ほかの参加者はそれぞれ自分のことをしている。澄美礼と咲希や美玖も自分たちの話に夢中になっている。

秋良 (手帳を胸に)あの……サインもらってもいいですか?

立夏 はぁっ?

秋良 サインを……。(勇気を出して)死んだ姉が、立夏さんの大ファンで。お願いします!

立夏 ……フツー、サインもらう?

秋良 ライバル……だから?

立夏 (険しい表情で)はぁ、だれが? わたしがぁ?

秋良 ……。

立夏 (秋良の手帳を乱暴に取って)のんきでいいよ。(サインをして渡す)

秋良 ありがと! ……あの、これ、キツネ?

立夏 (ムッとして)あんた、ぜったい受かんないから!

秋良 (ビックリ)受かんない……?!

立夏 ごめん、オーディション。あんたぜったい受かんない。

秋良 (呆然としてしまう)――!

立夏 (サインの絵をゆびさして)これ、一応ウサギだから! ったく。

秋良 (どう見てもキツネにしか見えない)え?!

立夏 (またムッとして)バッカじゃない?

秋良 受かんないって……、あの……あの――

立夏 何?

秋良 体が――、男の子のだから?

立夏 (思わず声が大きくなる)はぁ?!

秋良 (口を押さえて)あっ!

   ほかのみんなが、立夏たちを振り返る。

立夏 何見てんだよ! (秋良を隅に引っぱっていき、小声で)なんつった、今?

秋良 え、ぜったい受かんない……?

立夏 なんつったか聞いてんだよ!

秋良 だから、「受かんない」って。

立夏 もうっイライラするっ! (小声できつく言う)ヤラセだから、このオーディション。あんたが受かる可能性、ゼロ!

秋良 ヤラセ……?!

友加里 (立夏に近づいてきて)……あの。

立夏 (ビックリ)うわっ?

友加里 一緒に……写真ええですか?

立夏 …………いいよ。

友加里 ありがとうございます。(秋良に)ねえ、一緒に撮ろ?

   3人、友加里のスマホで自撮りする感じで写真を撮る。立夏は一瞬にしてアイドルのかわいい決め顔になる。

友加里 (スマホの写真を見て)うわっ。メッチャよくない? かわいい〜っ!

立夏 ダメだ。消して。

友加里 なんで?

立夏 スッピンだった。そんなのファンに見せらんない。

友加里 人に見せないし……。

立夏 信用できない。ぜったい消して。

友加里 でも――、あ!

立夏 (友加里のスマホを奪い、自分で写真を消去する)

秋良、立夏たちから離れて、ゆずに電話する。

   ロビーのゆず、スマホを見ながらお菓子をモリモリ食べていた。

ゆず (ネットのある情報を見て驚く)……マジ?! (そこに秋良から電話が入る)……秋良? ねえねえ、ちょっと知っ――

秋良 これって、ヤラセ?

ゆず ヤラセ?!

秋良 このオーディションって? 超ショック!

ゆず 何それ、ヤラセって?! や、それよりさ、セブンカラーズの公式ツイッターに――

   控室に杏樹が入ってくる。

秋良 あ――、ごめん、また連絡する。

ゆず 大変なんだけど。「漆原立夏をオーディ――」

秋良 (立夏の名前に反応して)やっちゃったあたし!

ゆず 何?! 何やっちゃったの?

杏樹 みんな、集まって!

秋良 ごめん、始まる!(通話を切る)

ゆず ちょと秋良? 秋良? なんだよぉもうっ。(イライラして不安になって、お菓子をパクリ――消える)

   杏樹、立夏に近づいて、

杏樹 (小声で)コンタ☆さんにOKもらったから。この子たちと一緒に受けて。

立夏 受ける必要ってあるんですか?

杏樹 (諌めるように)いいから。

萌絵 あの……、おトイレ行っても?

杏樹 少し我慢できない? (参加者に)それでは最終審査を開始します! 名前を呼ばれた人は、審査会場に移動して――

澄美礼 (スマホを見ていた)待ってください! これ!

   澄美礼、杏樹にスマホを見せる。杏樹、進行を急に止められてイラっと来るが、スマホを覗く。

杏樹 何これ?!

澄美礼 セブンカラーズのツイッターに書き込みがされてて。

亜湖 何?

澄美礼「漆原立夏 をオーディション から排除しない とオーディション会場 を爆破 する!」

立夏 えっ!

澄美礼 漆原立夏をオーディションから排除しないとオーディション会場を爆破する!……

美玖 ヤダぁ! メッチャこわ~いっ!

みんなが澄美礼のスマホを覗く。

咲希 アハ、ただの嫌がらせだよ。

友加里 最悪中止とか?

亜湖 いやだよ、中止なんて!

萌絵 あの、おトイレ……

美玖 超パニクるぅ! パニックなんだけど美玖!

咲希 大丈夫大丈夫。

杏樹 落ち着いて! 冷静に! ……ん~、対応をコンタ☆さんと協議してくるから、ちょっと待ってて。だれもここを出ないでね! いい?(急ぎ控室を出る)

萌絵 あ――、おトイレ……(もじもじと困る)

   みんな、それぞれ、落ち着きなくざわざわする。立夏は澄美礼のスマホを覗いて見る。亜湖たちも自分のスマホを出して、集まって見ている。

亜湖 (大げさなほどに)マジかよぉ! カンベンしてくれよ!

萌絵 ホントにホントなの?

澄美礼 この手の書き込みって信憑性低いけど、もしもってことあるから。

咲希 (手櫛で髪をかきながら)だから、大丈夫だって。

亜湖 なんで言い切れんだよ!

美玖 こわ~い! 美玖泣きそう!

萌絵 騒ぐのやめようよ。

美玖 立夏ちゃんかわいそー。

亜湖 いったいだれだよ、腹立つぅ!

   少し離れて、秋良と友加里。

友加里 ……ねえ、振りの練習してよっか?

秋良 ん、だね? 騒いでも仕方ないしね。

   ふたり、課題曲の振りを確認しつつ踊り始める。

友加里 「ひとり小舟を漕いで 渡った海に」

秋良 「7色の虹があると あなたは教えてくれた」

友加里 「嵐に巻き込まれて オールを失い」

秋良 「今はただ祈るしかない 必ず虹はあるはずと」

友加里 あれ、こう? こうだっけ?

秋良 手が先、足があとから……「今はただ祈るしかない」……

友加里 (歌いながら振りを直す)「今はただ祈るしかない 必ず虹はあるはずと」

秋良 バッチリ!

友加里 ウフフ!

秋良 「ネクスト ドリーム きょう夢が破れても 泣いたりしない あしたにはきっと立ち直れるよ 夢見よう 夜明けの虹――」

友加里 (秋良をじっと見ていて。小声で)男の子って……、本当なの?

秋良 (動きが止まる)――!

友加里 (じっと見ている)………。

秋良 …………黙っててくれる?

友加里 へええ!

秋良 お願い!

   間。

友加里 ……うちもね、秘密があるほ。

秋良 秘密?

友加里 (さみしく微笑む)……。

   ふたりの中で何かを共有し、共感するものがある。

秋良 ……ヤラセって本当かな?

友加里 わかんない。

秋良 なんか爆破予告もされてるし。呪われてる、このオーディション?

友加里 うちらはさ、がんばるだけだよ。今をさ、きょうできることをさ、太陽みたいにがんばればええんじゃない……かな?

秋良 (微笑んで)太陽みたいに……? だね!

友加里 ウフフ! 「ネクスト ドリーム きょう夢が破れても」

秋良 「泣いたりしない あしたにはきっと立ち直れるよ」

ふたり 「夢見よう 夜明けの虹を 夢見よう 希望の虹を ネクスト ドリーム」 ……

   亜湖たち。

美玖 え~っ、小さいころからの夢なんだけどぉ。

澄美礼 (失笑して)小さいころからって。

咲希 今、何歳?

美玖 12。

亜湖 (思わず笑う)アッハハ!

美玖 (少しむくれて)立夏ちゃんみたいなアイドルになるのが、8歳からの美玖の夢なの。

亜湖 勝った。わたし5歳から。アイドル一直線!

美玖 え~ずる~いっ! 後出し!

咲希 ごめん、3歳のときにはフリフリの服着て踊ってました。

萌絵 そんなんだったら、ママのお腹にいるときからだから。まじプレッシャー背負って生きてる。

澄美礼 あんたのお母さん、演歌歌手の冬坂たまみだよね?

咲希 へええ!

亜湖 演歌の道に進みなよ。

美玖 (少し離れた所にいる立夏に)立夏ちゃんは……あの……何歳から?

立夏 ごめん、憧れてなれるもんじゃないから。(つぶやく)バッカじゃない?

   みんな黙り込む。反発する者もいれば、憧れを持って立夏を見る者も。さまざま。

美玖 美玖、ぜえ〜ったい立夏ちゃんみたいなアイドルになる!

咲希 美玖ちゃんなら、きっとなれるよ!

立夏 はいはい、がんばって。

   杏樹が戻ってくる。

杏樹 聞いてください! オーディションは予定通り行います。プロデューサーのコンタ☆さんは、脅しには絶対屈しないと言ってますんで。みなさんの安全には最大限配慮しますから。では――、最終オーディションを始めます。呼ばれた人は、自分の荷物を持って隣の審査会場に移動してください。審査が終わったら、ここには戻ってこないで、2階の第2控室で待っててください。いいですね? ……では、芦田咲希さん。

咲希 はいっ!

杏樹 それから……、渡部美玖さん。

美玖 はい。

杏樹 来て。(控室を出ていく)

   咲希と美玖、荷物を持って、杏樹について出ていく。

咲希 (独り言)キンチョーするぅ。

美玖 (振り返って)美玖がんばってくるね!

   残された参加者にも緊張と、取りあえず名前を呼ばれなかった安堵がある。

萌絵 ちょっと。(ハンカチを持ってトイレに行く)

   それぞれに審査前の時間を過ごす。振りの確認。歌の練習。スマホを見る者。亜湖は座って膝にノートを広げて歌詞を書きつける。

立夏 (薄く笑って)相変わらずやってんだ? ルーティーン?

亜湖 (書いている)別に……。

立夏 オーディション前に、歌詞写して、気持ち落ち着けて。やってたよね亜湖? なんか懐かしいっ。

亜湖 効果あるのって言いたいわけ? さんざオーディションで落ちてんのに?

立夏 何キレてんの。

亜湖 しょうこりもなくアイドル目指してんのか、って?

立夏 褒めてんじゃん。

亜湖 ……大変だよね、人気アイドルも、ファンに叩かれて。

立夏 バッシングはつきものだから……。

亜湖 ツイッター大炎上!

立夏 (冗談めかしていたが)ハハッ、やめて! フラッシュバックすんの。マジ息できなくなる。

   間。

亜湖 (自嘲といら立ちと)気持ちわかる……って言いたいけど、スーパーアイドルになったことないから。

立夏 いちいちつっかかるなぁ?

亜湖 同情してんだよ、わたしなりに。(もう無視しようと思って歌詞を写す作業をまた始める)

   間。

立夏 ……あれ? ねえ亜湖? 年ごまかしてない?

亜湖 え?!

立夏 あんた、学年上じゃん。23?

亜湖 (立夏の口をふさごうとする)バカ、シイッ!

立夏 このオーディション、22までだよね?

亜湖 (両手を合わせて)お願い、立夏!

立夏 執念? 年サバ読んでまでアイドルになりたい?

亜湖 殺すよ。お願い。(人の気配にビックリして)――何聞いてんだよ?!

澄美礼 や、別に、ハハハ……。

   そばで澄美礼が興味津々、ふたりの話を聞いていた。

亜湖 あっちで振りでもやってなよ!

澄美礼 ごめんなさい。(行こうとする)

立夏 ちょい。あんた、これ――(澄美礼のメガネを取る)

澄美礼 やめて!

立夏 レンズ入ってないじゃん?! ニセモノ?

澄美礼 返してください。返して!

   立夏、澄美礼が手を伸ばしてメガネを取ろうとするのを、よけて、

立夏 ……こういうメガネ、してる子いた。フェイクメガネ。(亜湖に)どういう狙いかわかる?

亜湖 返してあげなよ。

立夏 自分に自信のないやつ。メガネで審査員にアピールしようって、やつ。

亜湖 (立夏からメガネを奪い取って、澄美礼に渡して)向こう行ってて。

   澄美礼、メガネを手に持って、離れる。

   萌絵がハンカチで手をふきながら戻ってくる。澄美礼に。

萌絵 何かわかった? 犯人とか?

澄美礼 え? (メガネをかけ直して)いろいろ調べてるんだけど……

萌絵 あ、レンズがない?!

澄美礼 わたし、思うんだ、内部に犯人がいるんじゃないかって。

萌絵 内部にって、この中に?!

澄美礼 (小声で)だって、漆原立夏がオーディション受けに来たのって、今だし。知ってるの、まだごく少数のはずだし。

萌絵 なんかメガネが気になって、話が頭に入んない。なんでレンズ入れてないの?

澄美礼 (ごまかして)ね? お母さん、冬坂たまみだよね? 演歌歌手の?

萌絵 ママうるさくて。まじプレッシャー。恥かかせないでよ、って。地方オーディションぐらい軽いでしょ、って。ああ、なんかまた……

澄美礼 どこ行くの?

萌絵 おトイレ? 

澄美礼 今行かなかった?!

萌絵 なんだけど……

澄美礼 癖になるよ。

萌絵 もうなってる。(行こうとして、秋良に目が留まる)……あれ? なんかやっぱ、見覚えが……?

咲希 緊張したぁ!!!

   咲希がオーディションから戻ってくる。みんながいっせいに注目して、そばに集まってくる。萌絵はトイレに行きたいが、興味のほうがまさって我慢する。

秋良 早っ?! もう終わったの?

咲希 コンタ☆さん、このあと予定があるとかで、審査、超特急!

亜湖 ねえねえ、どうだった?

咲希 (笑ってごまかして、忘れ物の水筒を取って出ていこうとする)ハハハ……。

澄美礼 どんな感じ?

萌絵 怖い、コンタ☆って?

咲希 言えない。守秘義務。

亜湖 ええ~っ! 言いなよ!

友加里 ダメなの?

咲希 ごめん。悪い。

   咲希、水筒を胸に抱えて出ていこうとする。しかし控室の出口で振り返って、

咲希 ……言わない? 言わない、杏樹先生に?

亜湖 言わない言わない!

澄美礼 ぜ〜ったい!

   短い間。

咲希 (みんなの元へ飛んで戻って)緊張したぁ! 手も足もガクガク。見て見て、まだふるえてるっ! 自分の体じゃないみたい。ダンスなんて、こうだもん、こう、こう、ハハハっ! 声は上ずるわ、かすれるわ、まるで詩吟?(緊張して詩吟風)「夢ぇえ~~見よぉうぉぅ~~ 希望のぉおぅぉ~~虹ぃをぉぅぉ ネクストぉぅ ドリぃぃ~~ムぅうぅぅ~~」! おまけにむせちゃって、コンタ☆さんの香水に?!

立夏・亜湖 (大受けする)キャーハハハっ!

立夏 わかるー!

亜湖 超受ける! (みんなに)匂いぷんぷんさせてんの。

立夏 そうそう!

咲希 自己アピールで新体操のリボンやったんだけど――

秋良 新体操?

友加里 リボン?

咲希 そう! こんな、こんな、もう自分にからまっちゃって! こんなよ! まるでがんじがらめのあたしか、って! アッハハ! 全然ほどけないし。泣いた。

   咲希の身振り手振りの再現に、みんな大笑いして共感して、夢中になって聞く。

立夏 大失敗だったわけだ。

咲希 (手櫛をせわしなく入れながら)でも……「けどさ」って言ってくれた、「ありかもね!」って。「ダンスも緊張してたね。音程もズレれてたけど。けどさ……そういうのも、ありかもね!」

秋良 へええ!

   ほかのみんなもうなずいたりしているが、立夏と亜湖は顔を見合わせる。

立夏 (薄く笑って)……あのさ。あの人、アレだよ? 「けどさ」って言うときは、アレなんだよね。「ありかもね」って、(亜湖に同意を求めて)ねえ? わたしら何度も聞いたけど――

亜湖 (立夏にしゃべらせないようにして)言うことないだろ。まだ結果わかんないんだから。

立夏 わかってんじゃん!

咲希 え、何?

亜湖 (ごまかして)いいからいいから、気にしないで。

咲希 ……?

萌絵 なんかまた緊張してきた。

咲希 トイレ? 一緒に行こう。(みんなに)じゃ、がんばって!

   萌絵、咲希と控室を出ていこうとして、ふと振り返り、秋良のそばに行く。

萌絵 ……もしかして、秋良?

秋良 (内心ドッキリ)……ち、ちがうけど。

萌絵 え、秋良でしょ? 三崎中で一緒だった? わたし途中で転校したけど。

澄美礼 (スマホで名簿を見て)この子……琴芝加奈だよ。

萌絵 「琴芝」……だったら、やっぱり! あんたがなんでいんのよ! ガールズグループのオーディションだよ!

友加里 (秋良を助けて)あの、トイレいいの? 早く行かないと順番来ちゃうよ。

萌絵 (迷うが、秋良に)あとで。

   萌絵、咲希と一緒に控室を出ていく。

秋良 (友加里に)ありがと……。

友加里 知ってる子?

秋良 中学んときの同級生。

   澄美礼、スマホを見ていて、

澄美礼 コンタ☆さんが、ツイッターにコメントあげてる! 「セブンカラーズの追加メンバー募集オーディションに、爆破予告がありましたが、私たちは、エンターテーメントに対するこのような卑劣な脅しには絶対屈しません。安心安全に最大限の配慮をして、オーディションを続行いたします」

立夏 (イラついて)利用するなぁ!

澄美礼 逆に宣伝して、商売に結びつける?

友加里 まさか。

亜湖 や、そのぐらいしないと、芸能界は。

   杏樹が来る。

杏樹 次の人、来て。星野友加里さん。

友加里 はい。

秋良 がんばって!

友加里 応援しててね。

杏樹 冬坂萌絵さん。……冬坂さん? 冬坂さん!

澄美礼 あの……、トイレに。

杏樹 (ムッとしてため息)もうっ。じゃ、星野さん。

友加里 はい。(荷物を持って、行こうとして、何もない所で足を取られて不細工にこける)

秋良 大丈夫?!

立夏 (失笑する)フフッ。

友加里 (ズボンをまくる。両膝にサポーター)大丈夫!

   友加里、立ち上がって靴を脱いで、

友加里 自分の足で歩けるってええよね! 空、飛んでるみたいに気持ちええ! (歩き出そうとして、またつまずく。みんなを振り返って、笑う)アッハハ!

杏樹 早くして!

   友加里、杏樹のあとについて控室を出る。

立夏 (失笑して)何あれ?

亜湖 あの子、歌メッチャうまいよ。

立夏 ここに残るぐらい子は、みんなある程度……

亜湖 うまいっていうか、特別な感じ。2次審査で隣で聞いてたんけど、鳥肌立った!

立夏 運動音痴じゃ、セブンカラーズの激しい踊り無理でしょ。

亜湖 ああいうタイプ、好みだよコンタ☆さんの。(秋良に)友だち?

秋良 きょう初めて。

亜湖 ……自分(秋良のこと)、男の子っぽいよね? 肩幅あるし。

立夏 (なんだか笑う)アッハハ。

秋良 ハハ……よく言われる。(短い髪をさわって)ハンドボールやってるから。

   萌絵、ハンカチで手をふきながら戻ってくる。

萌絵 秋良、ちょっとあんたさ――

亜湖 (萌絵に)呼ばれたよあんた。杏樹先生、時間メッチャきびしいから。

萌絵 え? え?

澄美礼 さっきムッとしてた。

萌絵 マジ?!

亜湖 お願いしに行ったほうが――

萌絵 ママに怒られるっ!

   萌絵、控室を飛び出していく。

立夏 (笑って)ひとり脱落。

澄美礼 ダメなの? ちょっといなかっただけじゃないですか。

亜湖 (立夏に)人の失敗笑わないでよ、腹立つっ。

立夏 笑ってないし。

亜湖 立夏さ、あんた、2次受けてないじゃん?

立夏 最終からでいいって、コンタ☆さんが――

亜湖 ズルっ! 特別扱い? まじめにやってる人間の迷惑なんだけど。

立夏 (急にキレて)わたしだって、ほんとは嫌なんだよこんなのっ!

亜湖 何キレてんの?

萌絵 ごめんなさい、ごめんなさい!

   杏樹と萌絵が騒がしく戻ってくる。

杏樹 ダメ、ルール守れない人は! なんで呼ばれたときにいないの?

萌絵 お願いします! もう遅れたりしませんから!

杏樹 芸能界はこういうのに厳しいの。時間守れない人は、治らない。みんなに迷惑かける。メンバー、スタッフ、みんな。

萌絵 (パニックになって)ママに嫌われるっ! ダメな子って言われる!

澄美礼 (杏樹に)冬坂たまみ、演歌歌手の。子どもに、自分の叶わなかったアイドルの夢、託してるっぽいです。

萌絵 こんな地方オーディションで、もし落ちたら、わたし、わたし――!

杏樹 知らない、あなたの家の事情なんて。

   萌絵、泣きくずれる。

立夏 ……杏樹先生。わたしも受けない。遅れたじゃん、遅刻。この子受けられないんだったら、帰る。辞退する。

杏樹 やめて、今。

立夏 ルール破ったのは同じだよね?

杏樹 立夏とこの子じゃ……

立夏 爆破もないし、安全だし。この子たちも安心してオーディション受けられる。 

杏樹 だから安全には最大限配慮して――

立夏 (少しニヤニヤして)知ってるんだ、わたし。

杏樹 な、何?

立夏 ……ひと月前だったか、朝、杏樹先生が、思念坂(しねんざか)のマンションから出てくるの、偶然見ちゃった。なんかコソコソして。あのマンションってさ、コンタ☆さ――

杏樹 (慌てて)キャーッ、やめて! やめて!

立夏 (頼む)杏樹先生。

杏樹 …………。(萌絵に)いらっしゃい。今回は特別よ。

杏樹、立夏をにらんで出ていく。

萌絵 (立夏に)ありがと。

立夏 向いてないんじゃない? アイドルの仕事は残酷だよ。もらしたって、ステージに立たなきゃだし、急に生理になるときだって。ま、もらした時点で、アイドルとしては終わりだけど。

亜湖 今そんなこと。

立夏 行きなよ、さっさと。

   萌絵、荷物を持って急ぎ足で出ていく。

亜湖 ああっ、なんかムカつくっ!

   暗転。と同時に、明かりが入れ替わる。そこは最終審査の別室。プロデューサーのコンタ☆の前で、友加里が心を込めて歌って踊っている様子が浮かび上がる。その歌声には心を打つ何かがある。

友加里 ひとり小舟を漕いで 渡った海に

 7色の虹があると あなたは教えてくれた

 嵐に巻き込まれて オールを失い

 今はただ祈るしかない 必ず虹はあるはずと

 ネクスト ドリーム きょう夢が破れても

 泣いたりしない あしたにはきっと立ち直れるよ

 夢見よう 夜明けの虹を

 夢見よう 希望の虹を ネクスト ドリーム

   ……ありがとうございました!

   暗転。と同時に明かりが入れ替わる。再び参加者の控室。継続した時間。

   秋良はイヤホーンでスマホの音楽を聞きながら振りの練習。亜湖は気持ちを落ち着かせるように歌詞を書き写している。

   澄美礼がスマホを手に、亜湖を覗き見ながら、立夏をひっぱって部屋の隅へ。

澄美礼 (小声で)大変なことがわかりました! 爆破予告の犯人が!

立夏 (内心ドキリ)……だ、だれ?

澄美礼 (亜湖を覗き見ながら)立夏さんとJIスクールで同期ですよね? 同期の子は、みんなアイドルデビューしていく中で、自分だけいまだに研修生。なんと、きょうが24歳の誕生日! 2つもサバ読んでこのオーディションを受けて、背水の陣。なのにそこへ、セブンカラーズのセンターだったスターの立夏さんがオーディションを受けに来た! 世間ではこのオーディションが立夏さんが復帰するための出来レースだと――ごめんなさい――噂されてる。ところが、彼女のほうも年齢的にもこのオーディションが最後のチャンス、崖っぷち! そこで、最大のライバルである立夏さんを追い落とすために――。爆破予告がわかったときに、いちばん大騒ぎしてたのも彼女だし、超あやしい! あれ、演技ですよぜったい! それに調べたところ、彼女のお父さん、花火師なんです! お父さんの実家、秋田県大曲市。

立夏 ……アッハハ、アハハハ!

澄美礼 え?

立夏 亜湖はちがうよ。亜湖! あんたが爆破予告の犯人だってさ、アッハハ。

亜湖 (耳からスマホのイヤホーンを外して)はぁ?!

立夏 爆破犯人、あんたが!

亜湖 わたしがぁ?!

澄美礼 や、あの、確かな証拠は……

立夏 この子が、あんたのこと爆破予告の犯人だって言ってる。いろいろ調べてるよこの子、あんたの親が花火師とか。

亜湖 ……もしかして、おじいちゃんが在日だから疑ってんの。

澄美礼 え、何? 在日? 知らない知らない!

亜湖 とぼけてる?

澄美礼 在日の……意味が分かんないし。

立夏 (失笑して)歴史の勉強したら? 人のこと調べてる暇があったら。

澄美礼 (独り言気味で)やっぱかばうんだ、同期は……。

立夏 かばうとかじゃなくて!

澄美礼 じゃ、この人(亜湖)じゃないとしたら――、いったいだれ?(立夏をじっと見る)

立夏 あ、あんたさ! 人の足引っ張らないで、自分の足元見つめたら。(澄美礼のメガネをつついて)自分ってものがないから、人のことが気になるんだよ!

澄美礼 わたし――

立夏 バーカっ。

澄美礼 (バッとしゃがみ込んで、顔を両手で覆う)――!

亜湖 あ~あ、また泣かした。

秋良 大丈夫?

   杏樹が来る。

杏樹 何? どうかした?

立夏 別に……。

   短い間。

杏樹 次の人。亜湖。それから……(澄美礼に)あなた大丈夫?

澄美礼 ………はい。

杏樹 じゃ、あなたも。(名簿を見て名前を確認して)……山内澄美礼さん。

   澄美礼、荷物を持って杏樹について控室を出ていこうとする。と、ふと立ち止まって、立夏の元へ。

立夏 な、なんだよ?

澄美礼 (メガネを取り、立夏の胸元に突きつけるようにして渡す)

立夏 ―――。

   澄美礼、控室を出ていく。杏樹も出ていく。

亜湖 (鞄から口臭スプレーを取り出して、口にひと吹きして)ありがと……てのも変か。

立夏 前から言おう言おうと思ってたけど……アドバイスしてもいい?

亜湖 ……何?

立夏 声でかいしさ、女芸人とか目指したら。それか、ほら、魚河岸とか。

亜湖 魚河岸って、何?!

立夏 豊洲。いや、ホントに。笑顔が怖いよ、必死で。

亜湖 (口臭スプレーをまたひと吹きして)ぜったい追いついてやる!

   亜湖、荷物を持って足音荒く控室を出ていく。

   秋良は再び振りの練習を始める。立夏は秋良の様子を見ていたが、化粧を始める。なんだかイラついている。今、控室には秋良と立夏のふたりだけ。

立夏 (化粧をしながら)……無駄だって言ったじゃん、練習しても。ヤラセなんだって。

秋良 (立夏の化粧に気づいて)あっ、かわいい!

立夏 がんばっても、セブカラ(セブンカラーズ)のメンバーにはなれない。

秋良 ……でも、今できることを、やっぱ、あたし。

   短い間。

立夏 (また化粧をしながら)亜湖って……さっき呼ばれた子。あの子JIスクールの同期なんだけど、(思わず笑顔になって)ふたりとも四季のミュージカルが大好きで、すっごい気があってさ。「キャッツ」の真似して歌ったり踊ったり、「オペラ座の怪人」ごっこしたり。……亜湖は、わたしなんかよりメッチャ歌がうまくて、有望だった。踊りも一生懸命だったし、振りを教えてもらったこともあった。こういう子がアイドルになるんだって、ずっと思ってた。でも、同期がどんどんデビューするのに、亜湖だけが取り残されて……。なんでだと思う?

秋良 (首をひねる)

立夏 華。華がない。ステージに立つと。オーラ。

秋良 ああ……。

立夏 残酷だよ。そういうの言えないし、持って生まれたもんだし。

秋良 あたしにも……ない?

立夏 どうだろ? アッハハ、男の子だし、アハハハ! 男子でガールズのメンバーになれたら、華とかのレベルじゃないし。

   間。

立夏 やってごらんよ、見てあげるから。

秋良 え?

立夏 自己紹介。ほら!

秋良 (腹を決めて)琴芝加奈。17歳。ぜったいセブンカラーズのメンバーに入りたいです。笑顔ならだれにも負けません。よろしくお願いします!

立夏 (薄く笑って)フッ……。(コンタ☆の声音を真似て)きみにとって、アイドルって何?

秋良 見てくださっているファンのみなさんに、笑顔と元気と勇気を与えられる存在です。あたしもアイドルになって――

立夏 フツー。なんの個性もない。ありきたり。新体操のほうがまだまし。

秋良 ―――。

立夏 歌ってみて。歌唱審査。

秋良 ………。

立夏 ほら。わたしの前で歌えなくて、コンタ☆さんの前で歌えんの?

秋良 (また腹を決めて歌う)

ひとり小舟を漕いで 渡った海に

    7色の虹があると あなたは教えてくれた

 嵐に巻き込まれて――

立夏 もしかして、わたしの物真似?!

秋良 ――!

立夏 だろ? 自分ないの? 自分が?

秋良 ……加奈ちゃんが――、死んだお姉ちゃんが、立夏さんの大ファンで……、よく一緒に歌ってて、あたしもすっごく憧れてて!

立夏 お姉ちゃんはお姉ちゃんだろ? 今関係ない。

秋良 関係あるもん!

立夏 オーディション受けんの、あんたじゃん!

秋良 合格したの、お姉ちゃんだもん!

立夏 はぁ?

秋良 書類審査、合格したの、お姉ちゃんで……

立夏 あんたの代わりに、お姉ちゃんが応募したってこと? あんたが男の子なのに?

秋良 そうじゃなくて!

立夏 全然わかんない。

秋良 そうじゃなくて……加奈姉ちゃんが、自分がアイドルになりたくて、このオーディションに応募してて……、1次の書類審査に合格して、すっごく喜んでたんだけど……、(涙が込み上げて)急に――。

立夏 …………死んだの?

秋良 病気がずっと、悪くて……。

立夏 マジ? ガンとか……?

秋良 知ってて応募したんだと思う、もう受けられないかもって。

立夏 あんた――、加奈って、お姉ちゃんの名前、もしかして?

秋良 (泣いて)お姉ちゃんが、あたしに、秋良、わたしの代わりに、受けて、って、アイドルになってね、って、言ってる気がして―――。

   間。

立夏 ……言っちゃいなよ、体が男の子だって。そういうの案外、コンタ☆さんに受けるかも、アッハハ!

秋良 でも。

立夏 並の女の子よりかわいいし。自分さらけ出してさ! さっきのクソみたいな自己紹介より、何千倍もいい!

秋良 ………。

立夏 あんたも、ていうか、お姉ちゃんがどうとか、男の子とか関係なく、あんたが、本気でアイドルになりたいって思ってる?

秋良 ――!

立夏 ハンパな気持ちじゃ、アイドルやってらんないよ。何それ、トランスジェンダー? LGBT? 体が男の子のガールズなんて、ぜったいバッシングされっから。

秋良 ………。

立夏 アイドルなんていいことばっかじゃないし、責任だって、覚悟だっている。働くってことだから、アイドルやるって。でっかいコンサートの前になったら生理だって止まっちゃう。それでも覚悟を見せるっていうか、笑顔を見せるのが、プロのアイドル。

秋良 ………。

立夏 できる?

   杏樹が来る。

杏樹 立夏、入って。それから、琴芝加奈さん、あなたも。(控室を先に出ていく)

立夏 (笑って)行こう、「加奈」!

秋良 ――!

   暗転。と同時に明かりが入れ替わる。ロビーのゆず。スマホを見ながらまた違うお菓子を食べている。そこへ萌絵が通りかかる。萌絵は最終審査を終えたところ。

萌絵 ……ゆずだよね?

ゆず ん? 萌絵? 萌絵ぇ?! 久しぶりぃ! え、オーディション?

萌絵 あれ、秋良だよね? 何してくれちゃってるわけ?

ゆず や、その……

萌絵 琴芝加奈って、偽名? いいのそんなことして?

ゆず 秋良のお姉ちゃんだよ。

萌絵 きょうだいでグルなの?!

ゆず そんなんじゃない!

萌絵 男子が来るとこじゃないじゃん!

ゆず 秋良は、心は女の子だよ!

萌絵 て言っても。

ゆず 実力で2次、合格したんだからいいじゃん。

萌絵 え、あんたもオーディション?

ゆず (お菓子をパクリと一口)落ちた……。

萌絵 係の人に話すから。

ゆず 秋良の夢、奪う権利ないよ!

萌絵 あるよ! 女の子の夢じゃん。

ゆず ……あ! (お腹を軽く押さえて)ヤダ、来ちゃった。

萌絵 え?

ゆず アレ持ってる、女の子の? ヤバ。ホッとしたからかな?

萌絵 おトイレ、こっち!(手をつかんで引っぱっていく)

   明かりが入れ替わる。とそこは審査中の別室。秋良の審査と、立夏の審査が、実際には時間を置いて別々に行われているその審査の様子が、パラレルに進行する。

   秋良がプロデューサーのコンタ☆の前で歌っている。

秋良  ………

    ネクスト ドリーム きょう夢が破れても

    泣いたりしない あしたにはきっと立ち直れるよ

    夢見よう 夜明けの虹を

    夢見よう 希望の虹を ネクスト ドリーム ……

   明かりが入れ替わって、審査を受けている立夏の姿が浮かび上がる。

立夏 ……受ける必要ってあるんですか? それなりのストーリーがいるんだろうけど。スキャンダル起して、ファンを炎上させた漆原立夏が、地方からみそぎのオーディション……、とか動画撮って。――わかってるけど! これ、ほかの子たち、いい迷惑じゃん! ぜったい受かんないのに。――いい子がいればって……、ウソだ! メンバーになれるの、結局わたし一人なんでしょ! ……

   明かりが入れ替わって、秋良の姿が浮かび上がる。

秋良 ありがとうございます! ……はい。……はい。ありがとうございました! 失礼します。(頭を下げて審査室を出ていこうとするが、意を決して)――あの、これ、見てもらっていいですか?

   秋良、鞄から生徒手帳を取り出して、プロデューサーのコンタ☆に差し出す。

   明かりが入れ替わる。立夏が思いをぶつけるように激しく歌い踊っている。

立夏  今 わたしの胸は 張り裂けそう

    この日のために 流した涙 無駄にしたくない

    過去 眠れない夜 起き出して

    歌って踊った 大切な曲 こころに抱いて

    ああ どうか神さま 一度でいいから

    コール マイ ネーム わたしを呼んで

    お願い お願い ほかは何もいらない

    助けて 助けて ほかは何も見えない

    ああ どうか神さま 一度でいいから

    コール マイ ネーム わたしを呼んで

    あなたの鼓動が 届くぐらいに

   暗転。と同時に明かりが入れ替わる。とそこは会場のロビー。また別のお菓子を食べているゆず。そこへ最終審査を終えた秋良が駆けてくる。

秋良 ずっとダイエットしてたのにぃ?!

ゆず ヤケ食い中。やっぱ悔しいんだもん。どうだった?!

秋良 がんばった、今できること。あのね――

ゆず あ、萌絵に会った! 秋良のこと、バレてたよ。

秋良 やっぱか。

ゆず 秋良の夢、邪魔しないでって言っておいた。

秋良 あのね……、そのことなんだけど――

ゆず ぜったい受かるって! ギャフンッて言わせてやろうよ!

秋良 そういうんじゃないから。

ゆず ……ごめん。(また食べる)

秋良 やめときな。

ゆず (食べながら)……秋良さ。

秋良 ん、何?

ゆず あんた、うちの初恋の男の子だって、知ってた?

秋良 うすうす。

ゆず わかってたんだぁ!

秋良 ごめん。

ゆず あやまんなくていいからさ、その代わりぜったい合格してね! お願い!

秋良 何それ、結びつけないでよ!

ゆず (また食べる)アッハハ!

秋良 デブるよぉ?!

   杏樹が出てくる。

杏樹 最終審査の結果を発表します! 2次審査の合格者は、第3控室に集まってください!

萌絵 (出てきて、杏樹のそばに小走りで近づいて)あの……

杏樹 ちょっと我慢できない?

   明かりが変わると、そこは再び第3控室。最終審査を受けた者たちが集まっている。

杏樹 みなさん、お疲れさまでした。すいません、思いのほか時間が押して、プロデューサーのコンタ☆さんは、次の仕事のため、東京へ帰られました。最終審査の結果は、わたしのほうが預かっていますので、今から発表したいと思います。合格者は2名です。(参加者が少しざわつく)……その前に、今回、このような大変な時期に、オーディションを開催できましたことをスタッフ一同、本当に感謝しております。このオーディションは、みなさんの才能の優劣というんではなくて、あくまで、セブンカラーズの新しいメンバーにふさわしいかどうかを、審査の基準にしていますので、ご理解下さい。――それでは発表します。

   緊張の間。

杏樹 漆原立夏さん。

立夏 ……はい。

杏樹 神田亜子さん。

亜湖 はい!!!

   参加者のざわめき。喜びと落胆と。しかし――

杏樹 (続けて名前を呼ぶ。参加者に戸惑いが広がる)渡部美玖さん。……芦田咲希さん。……山内澄美礼さん。……冬坂萌絵さん。――残念ですが、今名前を呼ばれた方とは、今回ご縁がありませんでした。

亜湖 えっ?!

杏樹 不合格となります。セブンカラーズ・アイドルオーディション、中国地区・最終審査合格者は――、星野友加里さん。そして、琴芝加奈さん。

亜湖 (その場に崩れ落ちて、大泣きする)アッアアァァッ!!

友加里 (亜湖の肩を抱いて慰める)

杏樹 ……ふたりは、来月、東京で開催される最終合宿オーディ――

立夏 (激しい怒りで)っざけんなよ!

杏樹 わたしだって嫌だよ! コンタ☆さんが、こういうふうに発表しろって。

萌絵 (手をあげて)いいですか? この人、加奈って子じゃありません! ていうか、この子、女の子じゃないし。「そういう子」だし。

亜湖 何、そういう子って?

萌絵 だから――

美玖 ヤだぁ、男の子ぉ?! キモっ!

亜湖 ええっ、マジ?!

澄美礼 やっぱそっか! 最初っから違和感。

咲希 ええんじゃないかな逆に、そういう子がおっても。そういう時代だし。

澄美礼 加奈って、だれ?

秋良 あたしのお姉ちゃん……

美玖 それって、違反じゃん!

秋良 あたし――あの……

亜湖 わたしの夢、奪わないでよっ!

立夏 (亜湖に)亜湖。ていうか、結局あんたより、この子のほうが、華があるってことなんじゃない?

亜湖 (また泣き崩れる)アッアアァ!!

立夏 杏樹先生。これってさ、わたしのためのオーディションだよね? みんなには悪いけど、漆原立夏が復帰するための。だからわたし――

澄美礼 ヤラセが嫌で、良心がとがめて、爆破予告をしたんだ?

立夏 ――!

澄美礼 立夏さんでしょ、爆破予告したの? 自作自演。

立夏 ……なんでわかった?

澄美礼 亜湖さんが大泣きしたから。あ、こんなに純粋に泣いてる人、犯人じゃないやって。(亜湖に)ごめんなさい、疑って。

亜湖 ……。

澄美礼 立夏さんのツイッターの文章の改行の仕方、癖あるから、もしかしたらって思ってた。(手振りを加えながら)「漆原立夏、1行改行、をオーディション、改行、から排除しない、(改行)とオーディション会場、(改行)を爆破、(改行)する!」。立夏さんのツイッター、いつもチェックしてるし。

杏樹 (立夏に)スタッフみんな、大変だったのよ!

立夏 結局、いい宣伝になったじゃん。

杏樹 そういう話じゃ――

立夏 そういう話じゃん結局! 今度はこの子(秋良)の動画撮って、配信して、話題作りでオーディション盛り上げて、ひと儲け? 今度はトランスジェンダーの子を使って、サプライズ? みんなをだまして、それをダシに商売する気なんだ?

咲希 (手櫛を入れながら)ええんじゃないかなぁ、ビックリしたもん! トランスの子がガールズにおっても。かっこええじゃん!

秋良 (何かを打ち明けようとして)あの――あたし……

友加里 わたし……、あの――!

   みんなが友加里を振り返る。

友加里 ……辞退します! 東京合宿なんて無理。だから、彼女(秋良)を、合格にさせてあげてください!

澄美礼 え〜っ、何?! あんたもそういう子?!

美玖 マジ?!

亜湖 (また大泣きする)アアッアァァっ!!

友加里 ……さっき、こけよったじゃんわたし。脳の神経の病気なんだ。自分の思うように体が動かせなくなってて、筋肉が弱ってきてて、1年後にはたぶん、ダンス踊れなくなる。……まさか、自分が合格するなんて思ってなくて。今を、この瞬間を、一生懸命がんばろうって。……みんなは、アイドルっていう夢に向かって飛ぶ鳥だけど、わたしはモグラ。手も足も動かなくなって、闇の世界に閉じこもってく。アイドルなんて無理!

咲希 え~っ、マジで?!

秋良 闇だなんて……言わないで!

美玖 ウソぉ? カワイソすぎるぅ。

亜湖 (まだ泣きながらも)あんたは、辞めることないよ。車椅子でも歌えばいいじゃん! わたし、あんたの歌のファンだし。あんた歌声、神様からのギフトだよ! 悔しいけど、わたしには――、ない! アアァア~~!(また泣いてしまう)

澄美礼 確かに。あんな歌、聞いたことない。今までのオーディションにはいなかった。

咲希 できるよ、応援する!

美玖 美玖も応援する!

   間。

杏樹 加奈――、じゃなかった。……えっと?

秋良 秋良……です。

杏樹 秋良は――、告白したの、コンタ☆さんに。学生証を見せて。

立夏 えっ?!

杏樹 体が男の子だって、ちゃんとカミングアウトしてくれたの。その上で合格を勝ち取った。……その前に、さすがはコンタ☆さん、見抜いてたらしいけど。……この子は、セブンカラーズにふさわしい、って、帰る間際に言ってた。多様性を強みにしているセブンカラーズに。(友加里に)あなたもよ。だから辞めるなんて言わないで。ここにいる子に、モグラなんてひとりもいない!

友加里 (グッと胸に来て、両手で顔を覆って泣く)アッアア!

杏樹 (立夏に)華がないとか人のこと言ってたけど、それは立夏、今のあんた。(苦笑いしながら)センター取れなかった人間が言うのもアレだけど、今のあんた、輝いてない。魅力がない。努力を怠ってたことが、バレバレ。

立夏 商品価値がなくなったって、はっきり言えばいいじゃん!

   立夏、憤然として、荷物を持って控室を出ていこうとする。

秋良 さらけ出した! ……立夏さんに――、立夏さんに勇気をもらって、告白した! ……アイドルになるのは、加奈姉ちゃんの夢だけど、あたしの夢でもある!

立夏 単純な話、あんたより、輝けてなかったってことだから。

杏樹 (立夏に)大人を代表してあやまる。あんたを利用しようとした、大人みんなの代わりに。あやまる。(頭を下げる)

立夏 杏樹先生は悪くない。

杏樹 立夏は、わたしとはちがうはず、バック踊る人間とは。このまま消える人間じゃない。

   立夏、出ていこうとする。

美玖 わたしぃ、昔、いじめにあっててぇ。ママがキャバクラで働いてるのがバレて、みんなからハブかれて、悪口言われて、すっごく悲しかったとき、テレビから立夏ちゃんの歌聞いて、すっごく励まされて、救い――っていうか、勇気もらって、なんとか美玖、がんばってこれた! だからだから――、今度は、いつか美玖が、立夏ちゃんを励ますことができたら、いいなあって……

立夏 同情いらない。

亜湖 立夏、次はきっと、同じステージに立とうよ。コンタ☆さん、見返してやろうよ!

立夏 ごめん亜湖。決めた――、わたし漆原立夏は、きょう、このオーディションをもって、アイドルを卒業する!

秋良 えっ?!

亜湖 立夏ぁ?!

立夏 次のステージで、「ネクスト ドリーム」で、わたし漆原立夏は、輝いて輝いて輝いてみせる!

亜湖「ネクスト ドリーム」って、次の夢って、もしかして――、ミュージカル?

立夏 四季のオーディション受けてみる!

亜湖 立夏!

   立夏、亜湖に笑顔を贈り、背筋をピンと伸ばして控室を出ていく。

杏樹 (姿の見えなくなった立夏に)あんたのこと、待ってるよ!

澄美礼 やっぱウルシ―、かっこええわ!

亜湖 (涙ぐんで笑顔で)うん! うん!

杏樹 (友加里に)サポートするから、できるとこまでがんばってみよう。コンタ☆さんにも病気のこと話しておく。これからは、あんたのがんばる姿が、みんなの励みになる。

友加里 はいっ!

咲希 できるよ、きっと!

美玖 ええなあ。

杏樹 あんたもよ、秋良!

秋良 はい!

杏樹 合格したふたりには、ひと月後の東京合宿に参加してもらいます。そしてラストオーディションで、各地域から選ばれた合格者の中から、セブンカラーズの正式追加メンバーが選ばれます。東京合宿は、もっときびしいから、覚悟しといて! それじゃみんなも、忘れ物がないように。お疲れさま!

参加者 お疲れさまでした!

   みんな、帰り支度。安堵とさみしさと喜びと。悲喜こもごもに別れてゆく。健闘をたたえ合い、おめでとうの言葉を交わし。悔し涙も。

   秋良と友加里、スマホのアドレスを交換し終えながら。

友加里 じゃ、東京合宿で!

秋良 ありがと。体に気をつけてね。

友加里 また一緒に、振りの練習しよう。

秋良 (鞄に付けていた手作りの人形を取って)これ、あげる!

友加里 かっわいい!

秋良 アイドル人形!

友加里 もしかして、自分で作った?

秋良 (うなずき微笑して)今度、あたしにも歌、教えて!

友加里 わかった! ありがと! バイバイ、またね!

秋良 さよなら!

   友加里、秋良を振り返りつつ、控室を出ていく。出口の所で、もらった人形と一緒におどけて別れの礼をする。笑顔で手を振って去ってゆく。

萌絵 ……おめでと。

秋良 ありがと……。

萌絵 全部納得したわけじゃないけど、……がんばって。

秋良 なんか、ごめん。

萌絵 わたしは、受ける前からダメだったから、ハッハハ!

咲希 (萌絵に)あんたさ、トイレはもう行かなくてもええの?

萌絵 全然平気だ……。

澄美礼 お母さん、大丈夫?

萌絵 ん〜、アイドル目指すのやめようかな?

咲希 演歌歌手?

萌絵 それだけはイヤ! 杏樹さんみたいな、スタッフがいい。カッコいいし。

澄美礼 そっちのほうが向いてるかも。

咲希 美玖は?

美玖 とりあえず美玖、中学受験がんばる。

萌絵 そっか、まだ小学生なんだ?!

みんな 若っ!

   杏樹と亜湖。

杏樹 亜湖。あんた、アシスタントって興味ない?

亜湖 杏樹先生の?

杏樹 それとか、イベント全般。

亜湖 まだ……もうちょっと……がんばってみます!

杏樹 そう……。

亜湖 じゃ。ありがとうございました。(控室を出ていく)

杏樹 何かあったら連絡してよ! (笑顔で)……さあ、撤収撤収!

   明かりが入れ替わると、そこは会場のロビー。ゆずがまた別のお菓子を食べている。

秋良 (勢いよく駆けてきて抱きつく)ゆず~ぅ、合格したよっ!

ゆず よかったぁ!!!

秋良 また食べてる?!

ゆず 秋良ならやると思ってた! よかったぁよかったぁ。次はなんだっけ、東京合宿? ぜったいバレないようにね。

秋良 もうみんなしゃべっちゃったよ。

ゆず え〜っマジ?! え、でも合格したんだ?

秋良 うん!

ゆず あとで取り消しとかない?

秋良 大丈夫。

ゆず しゃべっちゃったんだぁ、ハハッ、秋良らしいよ。……加奈さん、きっと喜ぶね。

秋良 (グッと胸に来て、こらえきれず泣き出す)……うんっ、うんっ!

ゆず 秋良ぁ。

   ゆずももらい泣きして、秋良を優しくぎゅっとハグする。……

秋良 ……お父さん、お母さんには、なんて言おう?

ゆず ん~、正直に話しちゃえば? きっとわかってくれるよ。(まぶしそうに)あ、なんか、スターのオーラが!

秋良 ふざけないでよ。

ゆず ずっと友達でいてね、アイドルになっても。

秋良 当たり前じゃん!

ゆず 初恋の相手だったんだから。

秋良 もうっそれ言わないで。アッハハ!

   そこへ亜湖と澄美礼が帰り支度で秋良たちの横を通り過ぎる。

亜湖 次のオーディションって、どっかいいとこある?

澄美礼 (スマホの情報を見て)ん~、ご当地アイドルなら。湯の町温泉「Uガールズ」。

亜湖 つなぎで、それ受けとくか。

咲希 (髪に手櫛を入れながら、亜湖たちに追いついて)わたしもわたしも! (澄美礼のメガネのない顔に気づいて)あれ、メガネは?

澄美礼 もう必要ないし!

ゆず (澄美礼たちのあとを追って)ちょっと、ねえねえ! これ、わたしも受ける!

秋良 アッハハ! みんな、なんか、いい!!!

   音楽とともに照明が華やかになる。立夏が、カッコよくてかわいいアイドルの衣装を着て現れる。きらびやかな照明の中、笑顔で歌い踊る。

立夏  ひとり小舟を漕いで 渡った海に

    7色の虹があると あなたは教えてくれた

    嵐に巻き込まれて オールを失い

    今はただ祈るしかない 必ず虹はあるはずと………

   ほかのみんなもお揃いでバラバラのアイドルの衣装を着て現れる。アイドルを目指す者たちの渾身のパフォーマンス。

みんな ネクスト ドリーム きょう夢が破れても

    泣いたりしない あしたにはきっと立ち直れるよ

    夢見よう 夜明けの虹を

    夢見よう 希望の虹を ネクスト ドリーム………

   最後に秋良も揃いの衣装でみんなに加わる。

秋良 (天を仰ぎ涙ぐみ、笑顔で)加奈姉ちゃん……、秋良、できるとこまでがんばってみる。ずっと一緒にいてね! ……

    ひとり小舟を漕いで 渡った海に

    7色の虹があると あなたは教えてくれた

    嵐に巻き込まれて オールを失い

    今はただ祈るしかない 必ず虹はあるはずと

みんな ネクスト ドリーム きょう夢が破れても

    泣いたりしない あしたにはきっと立ち直れるよ

    夢見よう 夜明けの虹を

    夢見よう 希望の虹を ネクスト ドリーム

   華やかな夢のステージ。ファンの大歓声と拍手が、「彼女たち」の心の中でいつまでもこだまする。

                           (幕)

広島友好戯曲プラザ

劇作家広島友好のホームページです。 わたしの戯曲を公開しています。 個人でお読みになったり、劇団やグループで読み合わせをしたり、どうぞお楽しみください。 ただし上演には(一般の公演はもちろん、無料公演、高校演劇、ドラマリーディングなども)わたしの許可と上演料が必要です。ご相談に応じます。 連絡先は hiroshimatomoyoshi@yahoo.co.jp です。

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